成陵西高校の美術室 12
再び生徒用玄関に戻り、完成した中川の彫刻板――と言っても、先ほどとなんら変わりはないが――を元の位置に戻した。
その瞬間、彫刻板に描かれた蝶が、色を帯び、煌めく鱗粉を振りまきながら、周囲の小さな蝶々を引き連れて、羽ばたいていくように見えた。
実際には、いずみの照らすスマートフォンのLEDライトの明かりだけしか輝いていなかったが、まるで中川が、友達を引き連れて羽ばたいているように。ようやく分かち合えたかのようにそう見えた。
――ありがとう。
ところで、そもそもの噂話になっていて、優からも聞いた「授業中に突然彫刻刀を持って生徒を刺し殺そうとした」と言う話だが、どうやらその噂はデマだったようだ。
今回の中川本人のエピソードに加え、後日、奈津美が得た情報でもその噂は否定できる。
図書当番をしていた奈津美の話によると、卒業アルバムが並んでいた棚の隣に、今はなき新聞部が刊行した「成陵のそら」のバックナンバーが並んでいたそうだ。
今回の件で、奈津美は何気なくその年の発行号を見てみると、「おくやみ」の欄があり、そこに中川のことが記載されていたようだ。
その内容によると、中川は、授業中に突発性心臓発作を引き起こし病院へ運ばれたが、まもなく死亡したとのことだった。身体が弱かった上に、彫刻板を作り終えなければというプレッシャーがストレスになってしまったのかもしれない。
新聞にはさらに早すぎる死を悼む声として、「中川さんはみんなを笑顔にしてくれる人でした」、「きっとまたすぐ会えるよね」などが記載されていた。
「まぁ、つまり時が経つにつれて、事実が歪んでいったようだね。『美術室の霊』については昔から霊現象はあったようだし、その現象のエピソードとして、おもしろおかしく尾ひれがつけられたってわけだな」
いずみが自席で足を組みながら目の前にいる恵子に向かって話した。
「なるほどねー。話した感じの中川さん、普通にいい人そうだったもんね」
「人、じゃないんだろうけどな」
「おばけさん」
「幽霊、なんだよね? あたしたち幽霊と話したんだよね? 」
「そういうのは認めたくないけど――どうやらそうみたいだな」
いずみは腕を組み渋々と言った感じで話した。
「しかしそうなるとだ――」
「うん?」
「なぜ、兎我野は私らに幽霊を視せたんだ? 」
「それは……研究の手伝いじゃなく、何か裏があるってこと? 」
「かもしれない。やっぱあいつ、何か企んでるのか」
そういうといずみは難しい顔をした。
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