成陵西高校の美術室 10
美術室を離れると、スピーカーのノイズがひどくなり、終いにはチューニングの合っていないラジオのように延々とノイズが繰り返されるようになってしまった。
念のため、他の幽霊と遭遇することも考え、スピーカーの電源は切らずに、ファインダーを覗きながら、下駄箱へと進んだ。
途中、一階の階段を降りきった時に、一瞬だけノイズが消えたので、三人そろって驚いたが、その後は何事もなく、下駄箱にたどり着いた。
生徒用玄関はすでに照明が落とされていて、戸締まりもされている。ガラス扉の外から、外灯の光が差し込んでいた。
この時間に残っている生徒は、教職員用玄関から外へ出ることになる。生徒用玄関の隣にある教職員用の玄関は、暖色のライトがぽつりぽつりと灯っており、その明かりがこちらまで漏れている。それらの光があるため、美術室よりも明るかった。
そして少なからず教師がまだ残っているのだと思うと、少し安心できた。
いずみがスマートフォンのLEDライトを照らした。
「あれだね」
下駄箱の壁には大きな木彫刻板が飾られていた。大きさは奈津美が計算したよりも少し大きいと思われる。
いずみが照らした部分を目で追うと、巨大な蝶々が彫られているのが分かる。その蝶の下部分には無数の小さな蝶々が羽を広げている。彫刻板の下には文字の書かれた銀色のプレートがつけられていた。
「成陵西高等学校創立百周年記念……ビンゴだね」
「この中のどれかに中川さんの彫刻板があるかも」
恵子たちは彫刻板に描かれている名前をひとつづつ確認していった。
その結果、そんなに時間をかけずに奈津美が「中川ゆり」の名前を見つけた。それは大きな彫刻板の右下付近にあった。十センチ角の小さな彫刻板には、これまた小さな蝶々が三つほど描かれており、右端に「三年三組 中川ゆり」と彫られていたのだ。
恵子たちは相談した結果、彼女の彫刻板を取り外して、彼女の待つ美術室へ持って行くことにしたのだ。
職員用玄関に飾ってあった優勝旗の柄の部分をてこの原理のように彫刻板の間にうまく差し込み、取り外した。
背の高いいずみが取り外し、奈津美が受け取った。
「こんなことして、大丈夫かなぁ」奈津美が不安げに尋ねる。
「ちょっと借りるだけだよ、レンタルだよ、レンタル」
「だから、ツタヤか」
「それに、本人――まぁ、もう死んでるけど、いちおう本人の依頼だしさ」
「ま、なんかあったら、兎我野の責任にしたらいいよ」といずみも無責任なことを言う。
再び三階に上がり、三人で美術室に入った。カメラのファインダーを見ると、中川は自分の席に座り、ぼうっと一点を見つめていた。
奈津美は相変わらずしがみつくように恵子を後ろから抱きしめている。
「中川さん、彫刻板見つけたよ」
中川の席の前に立ち、そっと机の上に彫刻板を置いた。
彼女は視線を下に落とし、彫刻板を見た。
「これは――、わたしの……」
彫刻板の凹凸を確かめるかのように、両手で表面をなぞるように触れる。
「あの時の。あの時のまま……」
そう呟くと、彼女は誰に聞かせるでもなく、ぽつりぽつりと静かに語り出した。
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