成陵西高校の美術室 6
いずみから部活動が終わったとの連絡が入ったので、奈津美とともに図書室を施錠して出た。
手には先ほどの卒業アルバムを抱いている。いずみにも見せるために、奈津美に許可をとって借りてきたのだ。
「恵子ちゃん、図書室のカギ返しに行かなくちゃ」
廊下は既に照明が消されており、窓から降り注ぐ柔らかい月明かりのみが足下を照らしている。
成陵西高校の周りには大きな建物がなく、田園風景が広がるのどかな場所だけに、月明かりでも十分に明るく感じられるのだ。
中庭には、帰路につく学生が見えた。職員室にはちらほらと明かりがついているのが確認できた。もしかしたら兎我野もいるのかもしれない。
その一方で図書館や美術室がある特別棟は暗く静まりかえっている。
特別棟二階にある図書室から、H型の横ライン部分の職員棟まで通じる暗い廊下を抜け、同じく二階にある職員室へ図書室のカギを返却する。職員室の周りだけ廊下の照明も点いていた。
職員室には数人の教職員が残っていたが、非常勤や他学年の担任で、直接恵子たちと関わりがある職員はいなかった。
カギを返すと、再び暗い廊下を通り特別棟に戻った。
図書室横の階段を降り、特別棟一階の保健室前でいずみと合流し、問題の美術室に向かうことにした。
下校時間をとっくに過ぎた時間であるため、職員室に残っている教職員に気づかれないないようにしなくてはならない。
恵子はスマートフォンに内蔵のフラッシュ機能を懐中電灯代わりに辺りを照らした。しかしそれが肝試しのような雰囲気となり、不安を倍増させる。
持っていた卒業アルバムを見せながら、「中川ゆり」について二人に伝えた。
「ま、これだけじゃ亡くなったかどうか分からないよね。卒アルの写真撮影の日にたまたま休んだだけとかね」
「古い卒アルだから、なんだか不気味に見えるね」
月明かりとLEDライトがあるにしても、夜の校舎は嫌なものである。いざ進もうと思うと怖じ気づいてしまい、亀のスピード並にも歩けていない。
「夜の学校ってやっぱり……怖いね」
「お、おばけさん出てきたらどうしよう」奈津美がしがみつくように恵子の背中にくっついている。
「大丈夫。いずみが助けてくれるから」
「あんた、勝手に他人任せにしないでよ」
「だって怖いんだもん。それにこの三人で一番しっかりしてるのいずみだもの」
いずみは軽く舌打ちすると、「ほら、いくよ」と先頭を切ってそそくさと歩き出した。
「あ、待ってよ、待ってってー」
置いて行かれそうになった恵子と奈津美が小走りについていく。
日の当たる日中とは違って、行き馴れた三階の美術室も遠く感じた。
美術室の階まで来ると、いずみが立ち止まった。
「ねぇ、恵子、例のカメラ出してみて」
「え? あ、うん」
いずみによるLEDライトに照らされながら、恵子は黒のリュックサックから「鍾馗眼」と呼ばれている二眼レフカメラを取り出し、卒業アルバムをしまった。
「兎我野がなにか仕掛けてるとしたら、美術室だと思うんだ」
いずみは再び歩き出した。
「いずみちゃん、それどういうこと?」
「この前、恵子と兎我野が行った戸村塚踏切は兎我野自身が指定した場所」
「うん」
「つまり、あらかじめ何らかの仕掛けの準備ができるってことだ」
「そ、そうだけど……。でも今回の美術室の霊の話はあたしが提案したんだよ?」
「そう。恵子が提案した。でも、さっき恵子が兎我野に会いに行ったら追い返されたんだよな?」
「う、うん」
「うちらが行く場所と時間をあらかじめ知っていれば、その前に仕掛けてしまえばいいわけだ。で、それがついさっきじゃないかってこと。恵子を追い返した後でな」
確かにいずみの言うとおり、兎我野が美術室に何かを仕掛けるための時間は十分にあった。
「でも……、なんでそんなことを?」
「私が兎我野のこと疑っているの知っているからじゃないか? あえて恵子に場所を指定させ、その疑いを晴らそうとしてるんだ」
「うーん……、それに何の意味があるの?」
「それは私も分からない。だから美術室じゃないところでカメラを使ってみようと思うんだ。それで何も映らなかったら、兎我野に問い詰めてやる」
「でもでも、そこに幽霊がいなかったら映らないんじゃ……」
「大丈夫。あそこなら絶対いるから」
幽霊否定派のはずのいずみは自信満々に窓の外に向かって指をさした。
指の先を目で追うと、そこには教室棟の屋上が見えた。
「創立何十年もある校舎の屋上なら、誰かしら飛び降りてるでしょ」
雨の上がった教室棟の屋上は、まるでそこだけスポットライトが当たっているかのように煌々と月明かりが照らされている。姿は見えないが、特別棟側に月が出ているようだ。
恵子は二眼レフカメラのストラップを首からかけた。古い革製のストラップだ。
兎我野に教わった通り、カメラの準備をする。上部の蓋を開け、ファインダーを出す。
初めて見るいずみと奈津美は、黙ってその様子を見ていた。
左端の角にあるステンレス製のアンテナを引き出し、左側面にあるつまみを回した。964.3に合わせるまでに、音楽番組や英会話といったいくつかのラジオ番組を受信する。
ザザザ……、とノイズが入る。
「これで準備完了だよ。あとは、このファインダーで覗くと、幽霊が視えるんだよ」
「カメラにラジオがついてるってのはフツーないね」
「うん、兎我野が作ったって言ってた。これで霊の音が聞こえるんだ。この前も、このスピーカーから落ち武者の声が聞こえてきたんだよ」
「ふっ、怪しさ満点だな。ラジオに見せかけたワイヤレススピーカーってこともありうるね。兎我野が遠隔で音を出してたとか」
「とりあえず、覗いてみようか」
三人は寄り添うように近づき、頭を突き合うように小さなファインダーを覗き込んだ。
「あれ? これ左右逆じゃね?」
ファインダーに映し出されている像は、実際の像とは逆に映っている。
「うん、そうみたい。兎我野も言ってた。気にしないでって」
「ふーん」
ファインダー内には向かいの校舎の三階部分を映している。恵子はゆっくりとカメラを動かし、屋上へと向けた。
何か映っていたらどうしようという不安と、何か映っていてほしいという期待が、混ざり合って妙な緊張が走る。
「……なんか見える?」
三、四秒、制止した後に、いずみが言葉を発した。続けて奈津美も「おばけさん、いない、ね」と、安堵したようにつぶやく。
「うーん」
いずみの言うとおり、兎我野に騙されたのだろうか。ファインダーを覗いたまま、教室棟の屋上から、職員棟の屋上、さらには恵子たちのいる特別棟の廊下へとカメラを動かして見たのだが、像が逆に映っているほか、これと言っておかしな点はなかった。
ザザザとスピーカーから聞こえるノイズ音にも変化がない。
ザザザ……――、ザザザ……ザザ……からぁーんっ!
ノイズの中から突然何かが落ちる音が聞こえた。
「なに!?」三人とも同時に驚いた。
「い、いまなんか聞こえたよね?」恵子が確認する。
「あぁ、確かに、何か落ちたような音が聞こえた」
「こわいよぅ」奈津美は恵子にしがみつく。
「恵子、ファインダーは?」
いずみに促されて、ファインダーを再び見る。しかし先ほどと変わらず何も映っていない。
スピーカーからは再びノイズ音のみが流れている。
「ううん、なにも映ってないよ」
「恵子ちゃん、さっきの音って、もしかして、
廊下の突き当たりに位置する美術室を見る。暗くてよく分からない。
いずみが美術室に向かって歩き出す。
「ね、ねぇ。恵子ちゃん、美術室のカギって閉まってるんじゃないのかしら」
奈津美がどうしようかと尋ねてくる。
「へへん、そこは恵子ちゃんにおまかせ」
恵子は変な鳴き声を発しながら自信満々に言うと、制服の内ポケットからカギ束を取って見せた。
「あんた、盗んだの?」
「し、失礼な。図書室のカギを返したときに、ちょっとレンタルしただけだよ」
「ツタヤみたいに言うな。無断で盗ったんだろ」
「むぅ一泊二日だもん」
「だから、ツタヤみたいに言うなって。……まぁ、なんかあったら兎我野が面倒見てくれるか」
美術室の前に着いた三人は、扉のガラス越しに中の様子を覗った。
「うーん、よく見えないね」
部屋全体が薄暗い。
いずみがスマートフォンのLEDライトで中を照らすが、よく分からなかった。
恵子は持っていたカギで美術室を開けた。ガラガラと乾いた音で引き戸が開く。
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