成東線の踏切 9
「なんか、うさんくさいな。教師のふりして、女子高校生を襲う変態野郎なんじゃないのか」
「いずみちゃん、汚いことばは良くないよ」
「あぁ。ごめん。でも、変態野郎だったらぶっ潰しに行くよ」
兎我野と恵子の位置から一定の距離を離れて、状況を見守っている。
「あとは、上部の蓋を開けるだけ。蓋を開けて中をのぞき込んで見てください。そこがカメラのファインダーになっています」
恵子が上部の蓋に手を掛けると、思い出したように言葉を付け加えた。
「あぁ、そうそう。もし幽霊が襲ってくるようでしたら、幽霊をファインダー内に収めた状態で前面のシャッターボタンを押してください。このカメラはフィルムは使いませんので、どんどんシャッターボタンを押して構いません」
どういうことだか分からなかった。しかし兎我野は「覗けば分かる」と言わんばかりに手のひらをカメラに向けて勧めた。
恵子は再び上部の蓋に手を掛けた。蓋はそれほど重くなく、簡単に開いた。おそるおそる中を覗き込む。
ファインダー越しには、月明かりと踏切前の薄暗い街灯の光でぼんやりの像が映っていた。
「側面についているノブを回せばピントを合わせられます」
兎我野の言うように、ノブを回すと、ファインダー内の像が徐々に輪郭を成してきた。そこには戸村塚踏切とその脇にある大きな木が映っている。
「あれ?」
恵子はファインダー内に映された像を見て妙な違和感を感じた。その違和感が何であるかすぐに分かった。ファインダー越しに見ると、左右が反転して見えるのだ。黄色と黒の警告色の柵には「戸村塚踏切」の文字が反転している。
「カメラの特性上、風景が反転していると思いますが、気にしないでください」
像の反転以外はこれと言って変わったところはない。
「あの、なにも――」
とその時、急にカンカンカンと甲高い音が鳴り出した。踏切の警告音である。警告ランプの光に合わせ、辺りが断続的に赤く染まる。
ザザザ……ザザザ……うう
ラジオのノイズに混ざって人の呻き声が聞こえた気がした。ファインダーを覗くと、線路に人が倒れているのが見えた。
いずみは民家の塀の陰に隠れて、恵子と兎我野の会話を電話越しに聞いていたが、その通話が突然切れた。
「ちょっと。もう何やってんの、恵子」
「お話、聞こえなくなっちゃった……」
「仕方ないから、このまま状況を伺おう」
こちらから電話をかけ直すことも出来ないため、このまま塀の陰に身を潜めながら、直接会話を聞き取る。
しかし、この位置からではボソボソと話し声は聞こえるが、何を言っているのかまでは分からない。もう少し近いところまで移動したいのだが、これ以上先は、場所が開けており、兎我野に見つかってしまう恐れがある。
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