成東線の踏切 8

「――そう。戸村塚踏切。その反応ならどんな踏切か知ってますね」

 兎我野はそう言うと、簡単に戸村塚踏切について話した。

 

 戸村塚踏切は、成陵市と市外をつなぐ唯一の鉄道、成東線の踏切である。軽自動車一台が通れるか通れないかぐらいの小さな幅の踏切で、歩行専用の踏切だ。この踏切には昔から、幽霊が出るという噂話が絶えない、いわば成陵市の有名な心霊スポットなのだ。

 幽霊の目撃証言は多岐に渡るが、中でも多いのが「鎧姿の武者の群衆」だ。ぼろぼろの鎧で、茶褐色に変色して刃こぼれした刀を引きずりながら彷徨っているらしく、踏切の警告音がなると、痙攣したように突然びくんとなったと思いきや、殺意むき出しに襲ってくる、といったものだ。

 武者の姿は首なし武者や顔が大きく斬られている武者など、様々だ。戸村塚はもともと古戦場であり、多くの武士が命を落とした場所で、この場所で供養をし、墓地となった。一説には「戸村」は「弔う」から付いた地名なのだそうだ。


「――だから、そういうのに憑きやすい人が、ふと飛び込み自殺するって話だよ。まあ、私はそういうの信じないけど」

 兎我野の説明と同じくいずみも奈津美に説明をした。

「兎我野先生、そんなこわいところに恵子ちゃん連れてきて、なにするつもりなんだろう」

「幽霊を見せるって言ってるけど、あやしいね。奈津美、念のためいつでも通報できるように電話持っておいて」

「うん、大丈夫」


「それでは古道さん、キミにこのカメラの使い方を教えます」

 兎我野はそう言うと、肩に掛けていたカメラを外し、恵子に手渡した。

 ずっしりと重量感のあるカメラだ。黒革のデザインが余計に重さを感じる。

「重いカメラだから、こう、しっかり持ってください」カメラの底面を両手で支えるように、兎我野はさりげなく恵子の手に触れ、構え方を教えた。

 ちょっと、ちょっと、なに急に。

「そうです。それで大丈夫です。じゃあ、次はラジオをつけましょう。上部に収納されているアンテナを出してください」

 カメラにラジオなど付いているものなのかと思いつつ、言われた通りカメラ上部を見ると、手前側の左端の角にアンテナが収納されているのが分かった。指揮棒を伸ばすようにアンテナを立てる。

「それで構いません。次はスイッチを入れます。そこのダイヤルを右に回してください」

 兎我野が指をさしている左面のつまみを回した。直後に小さな抵抗があったが、そのまま回すと、カチリと電源が入り、「ザザ……」とノイズ音が聞こえ始めた。

 音はカメラ背面の右下についている円形の部分から出ている。おそらくここがスピーカーなのだろう。銅色の荒い格子状の蓋が付いている。音の出る箇所がひとつしかないのでモノラルスピーカーのようだ。

「ダイヤルを964.3に合わせます」

 つまみの周りには主要周波数が記されていた。ダイヤルをゆっくりと右に回していく。周波数が合うと、ぴたっとノイズがなくなり、軽やかな流行のJPOPが流れる。ふと日常生活に戻された感覚を受けた。さらにそのまま右に回すと、ノイズ音に戻り、また、周波数が合うと、ニュースやトーク番組などを受信した。そうやって指定の周波数に合わせた。

「なにも……やっていませんけど?」

 スピーカーからは「ザザザー」というノイズ音しか聞こえない。

「大丈夫。これで準備完了です」

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