成東線の踏切 7


 放課後、恵子といずみ、それから奈津美は駐輪場を文化部棟のある方向に歩いていた。

 いずみの部活終わりまで待っていたため、外はすっかり暗くなっていた。

 奈津美は「おばけさんがいるなら見てみたい」といずみと一緒にトコトコとついてきた。確か怖がりだったはずだが。

 トゥトゥトゥ、ルンルンと、軽快な呼び出し音がなる。

「はいよ、つながった」といずみが電話を受け、音をスマートフォンのスピーカーに切り替えた。

「地下室だと隠れる場所がないから、この自転車置き場で、奈津美と一緒に話してる風にしてて」

 恵子の声と、それに少し遅れて、スピーカーからも聞こえる。

 恵子はスマートフォンでいずみに電話を掛け、通話をつなげたままで兎我野に会うことにした。恵子と兎我野の会話は、すべていずみと奈津美に聞こえるというわけだ。

「はいよ、恵子様」いずみは渋々返事した。

「恵子ちゃん、危なくなったらすぐに電話してね」と奈津美。

「いや、もうつながってるから」といずみ。

 恵子は制服のポケットにスマートフォンをしまった。と同時に、布のすれる雑音がスピーカーから聞こえた。

「じゃ、行ってくるよ」と恵子は片手をあげ、文化部棟に向かってひとり歩き出した。


 外から見る限り、文化部棟は暗く静まりかえっており、誰もいなそうだ。

 ひょっとしたら、もう兎我野は帰ってしまっているかもしれない。来る時間が遅かっただろうか。

 観音開きのガラス扉に手をかけ、ゆっくり押すと、扉はなんの抵抗もなく開いた。

 後ろを振り向き、自転車置き場のほうを見た。二人の人影が見え、背の低い方が大きく手を振っている。奈津美だろう。

 向きを直し、文化部棟内へと入った。そのまま右奥に突き進むと、地下室へ続く階段から明かりが漏れているのが分かった。階段下に一本しかない蛍光灯が道を案内するかのように光っている。

 どうやら兎我野はまだいるようだ。地下室へ降り、観音開きの準備室の扉を開いた。

 準備室に入ると、兎我野は部屋の中央のテーブルでなにやら資料を読んでいた。そして恵子に気づくと、

「やあ、よく来ましたね。もう来ないかと思いました。では早速行きましょうか」と二眼レフカメラを首に掛けた。

「え? 移動するんですか?」

「ええ。ここでは視られませんから。幽霊がいるところに行きましょう」

 兎我野はそういうと、荷物を持ち、ついてきてと準備室から出て、そのまま文化部棟の外に出た。

「どこに行くんですか?」

「ここからそう遠くないから心配しなくても大丈夫ですよ。歩いて五、六分ぐらいです」

 駐輪場には、自転車に寄りかかっているいずみとその隣に立つ奈津美の姿が見えた。

 いずみが「聞いてるから大丈夫」と手でジェスチャーを送っているのが見える。彼女たちも後からついてきてくれそうだ。

 恵子は、兎我野の横に並んで歩く。校門を出て、学校前のバス停を通り過ぎる。

 お互い何も言い出さずに、ただただ歩いている。

 恵子は兎我野の横顔を見た。見上げるほどに高い位置に顔がある。整った鼻筋に、まっすぐ先を見る瞳。

 かっこいいな、と純粋に思う。肌の感じや顔立ちから、年齢も恵子とたいして離れていないのではないか。

 昨日出会ったばかりなのに、こうやって並んで歩けるなんて。いや、そんなのだめ。教師に恋愛感情を持つなんてあり得ない。ちょっとかっこいいなって思ってるだけだし。

 奈津美に影響されたのか、乙女心が揺らいだ。

 しかし、兎我野は何者なんだろうか。

「あの。先生は何者なんですか?」

「僕?」

 恵子がこくりとうなずくと、兎我野はしばらく考えたふうにして、

「そうですね。目的地までまだありますし少し話しましょう」と言った。

「それでは、僕の研究のことについて話しましょうか」

 兎我野自身のことが知りたかったのだが、彼は研究者としての話を始めた。

「古道さんは幽霊はいると思いますか?」

 「死後の世界」の次は「幽霊の存在」か。

「幽霊、ですか」恵子は考えた。

 幽霊と言って思い出す単語を頭に思い浮かべた。地縛霊、背後霊、守護霊、霊感、霊視、前世、来世、オーラ、スピリチュアル、占い、手相、恋愛運、結婚運。

 なんだか後半から脱線しているような気がする。でもそんな感じ。

「あたし、占いとかは好きなので、背後霊とか守護霊とかそういったものならいるのかなぁって思うことはあります」

「なるほど。では地縛霊や浮遊霊と言った霊はどう思います?」

「うーん。こわいからあまり考えないようにしています」

 地縛霊とは、死んだ場所に囚われている幽霊のことで、浮遊霊は、自由に動き回れる幽霊のことだろう。そのくらいは恵子も知っていた。

「ははは、おもしろい答えですね」

 兎我野が急に笑い出したので、恵子は顔を赤くした。

 別にこわくないもん。頭の中で否定する。

「答えは、キミの周りにウヨウヨといますよ」

「えぇっ!」恵子は思いっきり後ずさりした。

 兎我野は再び「ははは」と笑い、「冗談ですよ」と付け加えた。

「こいつ、性格悪いな」電話越しに会話を聞いていたいずみが思わずツッコんだ。

 兎我野は肩に掛けている二眼レフカメラを恵子に見せた。

「幽霊を視るためにはこのカメラを使います」

 兎我野が立ち止まった。

「さて着きましたよ」

 恵子は兎我野が見ている先を見た。

「あの、目的地って――」

「戸村塚踏切ですか」「戸村塚踏切じゃん」

 ほぼ同時に恵子といずみが言った。

「戸村塚踏切?」奈津美が聞き返す。

「あぁ、奈津美は知らないと思うけど、この辺じゃソレ系の話で有名な踏切なんだ」

「へぇ、有名なデザイナーさんが作ったの?」

「うん、違うね。なんだろ、話の流れ的に、幽霊話にならないかな」いずみの素早いツッコミが入る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る