成東線の踏切 6


「今日の未明、成陵市亀山町のコンビニエンスストアに二人組の男が果物ナイフを店員に突きつけ、現金六万――」

 恵子はテレビの音声を聞き流しながら、しょぼくれた目をこすった。制服姿で朝食のレーズンパンを囓る。

 日本史の教師じゃない、本当は研究者で、幽霊が専門。見たことのないカメラ。外見はちょっとだけ好みのタイプ。

「朝から元気ないわね? そんなんじゃ一日乗り切れないわよー」 母の弘子がキッチン越しに言う。

 恵子は考えているところを阻害されたので、

「んー。朝は低血圧なの」と適当に答えたら、

「なに訳わかんないこと言ってるのよ」とツッコミが入った。

「お弁当、ここに置いておくね」と黄色い熊のキャラクターがプリントされた巾着袋が、テーブルの上に、とん、と置かれる。

 昨日と打って変わって、今日は梅雨とは思えないほど清々しい快晴だ。恵子はアウトドアプロダクツの黒地に星柄のリュックサックを背負い、自転車に乗って学校へ向かった。


「――でね、地下室に連れ込まれて、襲われるかと思ったんだよ。もうすごいびっくりしたよ」

 恵子は昨日の出来事――、兎我野から「秘密に」と言われていたことを、あっさりといずみと奈津美に話していた。

「えー、恵子ちゃん危なかったね」

「襲われちゃえばよかったのに」

「むぅ。いずみ、ひどい!」

「まあ、いいや。で、どうなったの?」

「だからね。今日の放課後、また準備室に行くんだけど、襲われちゃったら怖いから、一緒に来てよー」

 恵子はくねくねと身体を動かしながら猫のようにねだった。

「やだ」いずみはあっさりと言い放つ。

「えぇー。お願いだよ、いずみちゃーん」

「だって、『幽霊』とか言ってる時点で、そいつ絶対、怪しいやつだって。しかも教師じゃないんでしょ?」

「うん。教師は本職じゃないって。でも、『幽霊』って言ったって、たぶん、学術的な何かなんだと思う。何かの研究者って言ってたし」

「ふーん。じゃあ、民俗学とかそんな感じの?」

「そう、それ。民俗学って言ってた」

「そうだとしても、秘密にしておけって言われたんでしょ? 部外者の私たちが行ったら、恵子は約束を破ったことになるよ?」

「むぅ。むぅ……」いずみの的確なツッコミに何も言い出せなくなる。

「奈津美もダメ?」

 奈津美は眉にしわを寄せ八の字にして、

「わたしも……嘘つきはドロボウさんに好かれちゃうから、どうしよう」となんとも釈然としない回答だ。

「いずみちゃんお願いだよー。隠れて見ててよ。クイーントマトバーガーおごるから」

「そんなに不安なら行かなきゃいいじゃん」

 もっともな意見だった。

「でも、ほら、興味っていうか、好奇心っていうか、あるじゃん、そういうの」

「私には分からないな」

「そこをなんとか。お願いっ」

 恵子はいずみの前で両手を合わせて懇願した。

 渋っているいずみの顔を見て、

「クイーンポテトもつけるから」と付け加えた。

「……仕方ないなぁ。そのかわり、部活終わったらな」

「やった、ありがとうー」

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