成東線の踏切 3
教室に入ると、教室では友達同士がいくつかのグループを作り、おしゃべりをしていた。廊下側の三列は男子の席で、サッカーの試合、ゲームソフト、動画サイトの話が聞こえた。
「おはよう古道」「おはようー」何人かの男子生徒が挨拶してくる。
恵子は挨拶を返しながら中庭が見える窓側の女子の席に向かった。
成陵西高等学校の校舎は上から見るとHの形をしていて、Hの左部分が、音楽室や美術室、視聴覚室などがある特別棟、右部分が各学年の教室がある教室棟、横ラインの部分が、職員室や校長室、下駄箱などがある連絡棟となっている。そしてHの横ラインの下部分が中庭となっているのだ。
女子の間では、昨日のドラマの話、SNSの友達の話、週末の遊びの計画などの話が聞こえてきた。「おはよー」と女子もそれぞれに挨拶を交わす。恵子は一番窓側、後ろから三番目の席に座った。
「おはよー、奈津美。ちょっと聞いて聞いてっ!」席に座るやいなや身を乗り出して隣の席の奈津美に話しかけた。
「あー、恵子ちゃんおはよう」
奈津美は恵子の勢いに動じず、のんびりと読んでいた本をぱたんと閉じた。
「ん? どうしたの?」
子犬のように首をかしげて、純粋無垢な丸い目で恵子を見つめている。
高岡奈津美。つやのある黒髪ロングのふわふわパーマで、前髪を綺麗に切りそろえているヘアスタイルと、丸顔に大きな黒目と大きなメガネが特徴の同級生である。その容姿も相まってか、かなりほのぼのとした性格だ。
「さっきね、超カッコイイ男の人に話しかけられたんだよー」
「わぁ、すごいね。どんな人なの?」
「んー。ジャニーズっていうよりジュノンボーイ系かな。とにかくすっごいカッコよかったんだ」
恵子は先ほどの出来事を思い返しながら目をキラキラと輝かせながら奈津美に話した。
「朝から良いことあってよかったね、恵子ちゃん」
「そう、それでね、西高はどこ? って尋ねられたんだよ。学校の関係者なのかな?」
「んー、教育実習生の先生とか?」
奈津美は口に人差し指を当てながら思案顔で話す。
「この時期にあったっけ?」
「この時期じゃなかったような……」
そんな考えを巡らせていると、「よっ。お二人さん、おはよう」と、突然、頭上から声がした。
顔を上げると、そこには一七五センチメートルはあろう長身の女子が立っていた。
ショートカットにつり目がちの細い目で恵子を見ている。片瀬いずみだ。いずみは恵子の前の席に着いた。
「カッコイイ人の話、奈津美にもしてた」
いずみには通学中にSNSで簡単に内容を伝えていたのだ。
「あぁ、恵子が一目惚れしたってやつね」
「ちょっと、やだ。そんなこと言ってないって」
恵子は慌てて否定したが、
「でも、そうなんでしょ?」と、いずみはさらに追い打ちを掛けてきた。
「そんなんじゃないよー。ただちょっといいなって思っただけだよ」
「かわいいって言われて喜んでたくせに」
「違う、違うよ。ちょっと驚いただけだよ」立て続けに否定するが、いずみは奈津美に向かって説明した。
「制服がかわいいって言われたのに、自分のこと言われたと思ってるんだよ、こいつ」
いずみは目を細めながら軽蔑するように、でもどこか冗談めかして恵子を見ている。
恵子もたまらず、「むぅ。違うもん」と口を膨らませてすねてみせた。
「朝の占いが当たったって喜んでたじゃん。新しい出会いだって」
「う。いずみのいじわる……」しゅんと肩を落とした。
いずみが次々に痛いところをツッコんでくる。
「ふぅん、ま、どっちでもいいけど」
いずみは冷たく「ふっ」と笑いながら言った。
別に喧嘩しているわけでも、仲が悪いわけでもない。昔からの掛け合いなのだ。その光景を見た奈津美は「ふふふ」と両手を口に添えて笑う。
恵子といずみは幼稚園の頃からの幼なじみで、昔から「姉妹のようだね」と言われることがあるほどの関係なのである。小学校三、四年生の時にお互い違うクラスになったことがあるが、それ以外は幼稚園から高校まですべて同じクラスで、席に関してもあいうえお順に座ると「片瀬いずみ」と「古道恵子」で前後に座ることが多いため、自然と一緒に行動することが多いのだ。
「でも誰なんだろうね。わたしも見てみたいな。恵子ちゃんが言うんだから、すごいイケメンさんなんだろうなぁ」
奈津美は教室の天井を仰ぎ見ながら、目をつむった。
「あぁ、奈津美の妄想が始まったよ」
いずみが大げさに肩を動かした。
ちょうどその時、朝のホームルームが始まるチャイムが鳴った。
三時間目の世界史の授業が終わり、恵子は奈津美と教室に戻ると、いずみが声を掛けてきた。
「恵子の言ってた、イケメンくん、日本史の教師だったわ」
「えー、なになにどういうこと?」
「佐伯の代わりだって。ほら、佐伯、病気かなんかで日本史の授業、結構自習になってたじゃん。だから、その代わりの教師らしい」
「へぇ。先生だったんだ。どう? かっこよかったでしょ?」
「あー、そうだねぇ。私はそういうの興味ないから、よくわかんないけど、まあ確かに顔は美形だったね」
「イケメンさんの先生に恋する恵子ちゃん。禁断の恋が今始まる……きゃあ」
奈津美はメガネの上から両手を覆った。
「やだ、奈津美まで。だからそんなんじゃないって」
「イケメンくんの名前知りたい?」
「知りたい、知りたい」恵子は目を輝かせながらいずみに詰め寄る。
「トガノハヤトだってさ」
「トガノ?」
「そう。トガノハヤト」
漢字で書くと「兎我野隼人」となることをいずみが教えてくれた。
「うさぎっ!」恵子が飛び上がった。
「なに、どうしたの」
「今日ね、朝の占いでね、ラッキーアイテムはうさぎだって言ってたんだ。やだ、どうしよう。こんなに占いが当たったのって初めてかも」
「恵子ちゃん、どうするの? 今から日本史に変更するの?」
「奈津美、それは無理だよね、うん」いずみが優しくツッコむ。
「また話してみたいなぁ。年齢とか既婚とか」
奈津美の言う「恋」ではないが、単純にイケメンの生態が気になるのであった。
「まあ、頑張りな」
いずみは興味なさそうに笑い、次の授業の準備に入った。
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