成東線の踏切 2


「関東甲信越地方では、湿った気流の影響で曇りや雨となっており、向こう一週間も、前線や湿った気流の影響で雨の日が多い見込みとなっております。このため気象庁では六月二日に梅雨入りを発表しました。平年より――」

「えー。やだなぁ、梅雨入りだってよー。朝から憂鬱だー。学校休もうかなぁ」

 恵子はテレビから流れる音声に耳を傾けながら言った。

「馬鹿なこと言ってないで早く行きなさい」

 キッチンから焼き鮭の香ばしいにおいとともに母親のいつもの注意が聞こえた。

「んー、これ見たら行くー」彼女もいつも通りの返事をしながら、持っていたバターロールパンを口に放り込んだ。

「それでは、今日の占いカウントダウン!」

 天気予報に続き、朝の情報番組の終了間近の占いコーナーが軽快なリズムとともに始まった。

 ダイニングテーブルの木製の椅子に座ってテレビを見ているのが古道恵子である。

 白いブラウスにベージュのカーディガンをゆるく羽織り、紺地に緑のラインが入ったチェックスカートを穿いて足を組んでいる。

 制服は成陵西高等学校指定のもので、胸元には細いひもで結ったオレンジ色のリボンをしている。色が学年を示しており、オレンジ色は二年生を意味する。スカートは当然のごとく校則違反の膝上ミニスカート仕様である。

 昨日から夏服に衣替えとなったばかりだ。夏服といっても、まだまだカーディガンを着ないと朝は寒いのである。

「さぁ、そして今日一番ラッキーな人は――、魚座のあなた!」

「あ、あたしだ」

「今日のあなたはとにかく積極的。自分で行動したら新しい出会いが待ってるかもしれないよ。ラッキーアイテムはうさぎ」

 やった今日一位だ、と、さっきまで憂鬱と言っていた彼女は、すっかりご機嫌になった。

「傘持って行くのよ」と母親が巾着袋に入った弁当箱を手渡した。

「分かってるー。行ってきまーす」

 玄関の扉を開け、外に出ると、どんよりとした雲が空を覆っていた。今にも雨が降りそうだ。

 恵子の家から学校までは自転車で二十分の距離である。彼女は空を見ながら「うーん」としばらく悩んだ。今、雨が降っていないから自転車で行くか、それとも通学中に雨が降ってくるかもしれないから自転車はやめるか。

 よし、今日は自転車通学はやめておこう。彼女はバス停に向かって歩き出した。

 恵子がスマートフォンを操作しながら歩いていると、急に「ねぇ、キミ」と後ろから声を掛けられた。驚いて振り向くと、そこには若い男が立っていた。

 細身でブラウンのチノパンに白いワイシャツ、紺色のカーディガン姿。歳は二十二、三ぐらいだろうか。

 綺麗な目にくっきりとした二重、すっと通った鼻筋と、頬からあごにかけて流れる顔のライン。

 やだ、イケメン。かっこいい。

 恵子がその美貌に見とれていると、男が話を続けてきた。

「成陵西高校にはどう行ったらいいのですか? 確かこの辺だったと思うのですが」

 どんよりとした今日の空とは対照的に、曇り一つない澄んだ目が彼女の回答をじっと待っている。

 目を合わせたら、逸らせなくなりそうな眼力だ。

「あ、えっと、成陵西はうちの高校なので、この先です。バス停がこの――」

「分かりました、ありがとうございます」

 この先にあります、と続けようとしていたが、男が言葉を重ねてきた。

「制服、可愛らしいですね。では、また後で」

 急いでいるらしく、男はすぐに早歩きで住宅街を突き進んで行った。

 恵子は目を瞬かせ、口をぽかんと開けたまま、道の真ん中で立ち惚けた。

 頭の中では、「可愛らしい」と「また後で」が繰り返し反芻していた。

 やだやだ、どうしよう。

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