第10話 1つの悲劇
「何で……何で僕を残して逝ってしまったんだ。何で……」
父さんは「何で」と答えの帰ってこない問いを繰り返している。はたから見るとみじめに見えるだろう父さんのその姿は、しかし
「大丈夫、安心してくれ。お前たちは父さんが守るから」
目を泣きはらしながらも、
場面は変わる。
「何をしてるの?」
「これはね、母さんが残してくれた大切な理恵を守るために必要なものだよ」
父さんは作業を続けながら
「そうなの? ありがとう!」
それに満足したのか、父さんは嬉しそうに目を細めながら
「どういたしまして。ああそうそう、一応縫い合わせてはいるけど他の人の前で決して襟をめくっちゃいけないよ。父さんとの約束だ」
そう言うと、父さんは
場面は変わる。
「……へえ、そうなんだ」
父さんがテレビを見ながらうんうんと頷いている。どうやらテレビの雑学系の番組を見ているらしく、新しい知識にひたすら感心していた。
「その番組そんなに面白いの?」
父さんが見ている番組より、もっと別の番組が見たかった
「ああ、これは面白いよ。新しい知識は生活を豊かにしてくれんだ。理恵もこういう番組をたくさん見た方がいい。きっと自分の世界が広がっていくから」
「うーん。よく分かんない」
父さんが言ってることを小学3年生の
「理恵にはまだ早かったかな?」
父さんが少し残念そうに言う。その口調に
「じゃあ、父さんと一緒にちょっと実験してみようか」
「見てごらん。メジャーの端っこがぐらぐらしてるだろう? これがぐらぐらしてないとメジャーで正確に距離を測ることが出来ないそうなんだ」
逆に言うと端がぐらぐらしているおかげで性格に距離を測れるそうだよ、と父さんは補足した。
そこから父さんの実験に付き合う
場面は変わる。
9歳になった
「この鏡に向かって『お前は誰だ?』と言ってみなさい」
父さんはきつい口調で言う。この前、交差点で猫がひかれて死んだのを見てから、父さんは少し変わったような気がする。昔と比べて怒りっぽくなり、感情の上下が目に見えて激しくなった。父さんは新しい雑学を仕入れるたびに
「お前は誰だ?」
少し怖い父さんの言う通りに、鏡に向かってそう言う。鏡に映った私が私に言ってるような? なんか変な気分になってくる。
「よし、もういいだろう。明日もやるからな」
父さんは
そして翌日、同じように鏡の前に座らされた
「お前は誰だ?」
「よし」
そう言って父さんは満足気に部屋を出ていった。
そして
「どうだ? 鏡の前で何か変な気分にはなってこないか?」
「うーん。あんまり」
(本当は頭がぼうっとしていやな気分になってくるのに、違う風に答えちゃった)
そう思った
「あんまり……か。効果はなさそうだな。何かしら効果があったなら続けさせようと思ってたのに」
父さんがぼそりと言ったその言葉に
場面は変わる。
「理恵、今日から1週間くらい友達と遊ぶ約束したか?」
「うん。明々後日に遊ぶ約束してるよ」
「そうか。……2日間か、まあいいか」
父さんはそうつぶやくと
「ここどこ?」
「ちょっとした伝手で借りれた場所だ。理恵は明日と明後日、ここで生活するんだぞ」
「……分かった」
「食事はちゃんと届けられるはずだから安心していいぞ」
トイレはそこで、食事はここから出てくると
――ゴトッ
そこから取り残された
その食事を大して時間もかけずに食べ終わった後、
「暇だなあ」
そんな事を思いながら何時間か耐えて、次の食事の時間がやってきた。
――ゴトッ
静かな部屋に鳴るその音に
食事を食べたらまた寝る。今度は何時間か起きていたおかげかすんなり寝ることが出来た。ベットは用意されていないから床にそのまま寝る事になるが、時間を消費できるのならそれ以上のことはない。この部屋に閉じ込められるのも2日間だけだと分かっているのが、
そして食事を食べ終えた後、さらに何もない時間が訪れる。寝ようとしても無駄なので、ときどき体勢を変えながら暇を無為につぶす。早く終わってくれという気持ちが自分の中で徐々に強くなっていくのを感じた。
――ゴトッ
この部屋に入ってから何度目になるか分からない音が聞こえる。食事の回数から日にちが分かるかと考えたが、この食事が何度目かも忘れてしまったうえ、食事が1日3食とは限らないから考えるだけ無駄かと開き直る。
暇な時間には壁をコンコンと叩いてその反響音の違いを確認した。基本的には4方どれも同じだが、玄関のドアは他の壁と比べて少し薄いことが分かった。部屋を1周してもまだ食事の時間にはならなかったので、もう1周する。しかし、1度やったことなので特に目新しさがなく、あまり時間をかけずに終わってしまう。まだ食事は来ない。しょうがないのでもう1周する。それを数回繰り返した後、ようやく食事が出てきた。
食事も全く変わり映えせず、
まだこの生活は終わらないのか? 今何日目だろうか?
日付の感覚が全くなくなった
「いたっ」
痛くて手を引っ込める。久しぶりにしゃべったようで、口がしゃべり方を忘れていた。しゃべり方を忘れるという新しい体験に嬉しくなって、
(何だろうあの赤い点は?)
壁にぽつんと1つ赤い点がついていたのだ。それは今回の食事が来る前、
真っ白な壁にそこだけ赤い点がついているのがどうも気になり、
次に道春が起きた時にはすでに食事が部屋に来ていた。食事を口に入れようとするも、吐き気がしてうまく口に入らない。おかしいなと思い何の気なしに天井を見上げると、一面の白が視界を覆い、一気に気分が悪くなる。
(なんでだ?)
くらくらする頭を両手で抱えて、
それから何時間たっただろうか、突然玄関のドアが開かれて父さんが
「おい理恵、気分はどうだ?」
「……ああぁ」
場面は変わる。
「このまま無くなればいいな……」
しかし
「ちょっと来い。時間は3時間程度で済む」
父さんが命令してくる。
「分かった」
「よし。ついてこい」
そう言って連れてこられたのは家の2階の物置だった。物が詰まっていないその部屋はたびたび実験に使われていて、あまりいい思い出がない。
「座れ」
物置の真ん中には椅子が鎮座しており、その真上に天井から巨大な漏斗のような物が取り付けられている。
父さんの命令通りに椅子に座った
「この状態で3時間だ」
そう言うと父さんは漏斗の下にあった栓を緩めると、パイプ椅子を
――ピチョン
――ピチョン
「ビクッ」
水滴が額にあたるたびに
――ピチョン
「ビクッ」
始まってから1時間、
――ピチョン
「ビクッ」
始まってから2時間、1滴落ちるごとに全身に衝撃が走った。
――ピチョン
「ビクッ」
始まってからもうすぐ3時間、
父さんがロープを外して水滴を止めたのにもかかわらず、
真っ白な
「ケイヤクノジュンシュ」
「1度交わした契約の履行を強制する魔法」
「魔法は悲劇の体験を条件に与えられる」
「悲劇を指摘された場合、魔法を失う」
ここで、道春の意識は現実に戻った。
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