第6話 丑三つ時の契約

 梅宮の突然の言葉に、道春は虚を突かれて思わずたじろいでしまう。


 「……悲劇を突き止める? 何を言っているんだ?」

 「ごまかさなくてもいい。君は魔法について知っているのだろう?」


 梅宮が確信を持って言う。その口調から察するに、どうやったかは知らないが、道春が魔法を知っていると突き止めたに違いない。今さら知らないふりをしても梅宮には通用しないだろう。そう判断した道春は、ごまかすのを諦めて正直に白状する。


 「確かに俺は魔法について知っている。でも、どうやってお前はそれに気づいたんだ?」


 道春はまだ梅宮が魔法を使っているのを見たことがないため、弓香のように魔法光を見た時の道春の反応で魔法使いかどうかを判断したわけでもなさそうだ。それに、道春が魔法について知ったのは今日の6時間目の授業中。時間にしてたった8時間前のことだ。あまりにも情報が早すぎる。


 「竹内弓香の人間関係を調べたんだ」


 現在の時刻は午前2時30分ごろだろうか。道春と梅宮の他は辺りに人気が全くなく、夜の街は静まり返っている。もうすぐ満月になりそうな月が雲の間を見え隠れしている中、梅宮が道春の質問に答えるため、話し始めた。


 「そこで、幼馴染に松田道春という人物がいるということを聞いた。――そう、君のことだ」


 梅宮が道春を指さす。


 「そんなことどうやって調べたんだよ。別に隠していることでもないけど、弓香の交友関係についてクラスメイトだとかにストレートに聞いて回っても、怪しまれるだけだろ」

 「私の魔法の力さ」


 梅宮の魔法、ケイヤクノジュンシュ。例え口約束でも、強制的に契約を履行する魔法。どうやって契約を取り付けたかは知らないが、うまくやったものだ。別段口がうまくない道春なんかが「ケイヤクノジュンシュ」を持っていたとしたら、魔法の力を十全に発揮できていた気がしない。


 「『ケイヤクノジュンシュ』か。便利そうでうらやましいな」


 道春は皮肉を込めてそう言う。道春は15年間生きてきて、会話の主導権についてなんて考えたこともなかったが、なるほど相手が主導権を握った会話は道春にとって決して面白いものではないので、道春は皮肉の1つでも言って会話の流れを変えたくなったのだ。


 「ああ、この魔法には随分と助けられている」


 そう言って梅宮は道春の皮肉を軽く受け流す。いや、もしかしたら梅宮は、皮肉を言われていることにすら気付いてないのかもしれない。

 道春は話の続きを促す。


 「それで? そこからどうやったら俺が魔法を知ったことに行きつくんだ?」

 「君のクラスメイト……確か、守屋とか言ったかな? 彼にいろいろ聞いて面白いことが分かったんだ」


 守屋とは、道春の前の席に座っている守屋和広のことだろう。和広め、何をやってくれてるんだ。

 魔法の力でしかたなく教えたのだろうが、道春から和広へのヘイトが高まっていくのを感じる。


 「その話によると、5時間目の体育の時、君は竹内の右腕が青く光ったとか言っていたようだな。そして続く6時間目、竹内と君は共に欠席をしていたそうじゃないか。6時間目にどこにいたかは知らないが、何をしていたかは、ここまで来れば猿でもわかるのではないか?」


 そこまでばれているならもう隠しようがない。観念するしかないだろう。よく考えたら、そもそもと言えば道春が和広に右手が青く光るのが見えたと報告したのが悪いのだ。……その時に今のような事態になることを用心して、弓香の右腕が光ったと和広に話さないのはほとんど不可能に近いので、しょうがないと言えばしょうがない事なのだが。


 「そこまで調べられてたらしょうがないな。観念するよ」


 道春は両手を上げて、降参する。しかし、今の梅宮の説明だけじゃまだ説明しきれていない点がある。


 「なんで弓香が梅宮の悲劇を暴こうとしていると気付いたんだ?」


 そう、6時間目に弓香と道春が出席していなかったことは、クラスメイトに聞けば分かるかもしれない。だが、屋上で2人が話した内容については、それこそ弓香にでも聞かない限り分からないだろう。それ以外で屋上での会話の内容を知る方法は道春にはちょっと思い浮かばなかった。

 そんな道春の質問に、梅宮は困ったように頬を掻くと、


 「それについては答えられないな。まあ、秘密ってことで」


 と申し訳なさそうに言った。


 (秘密か。屋上の会話を聞く手段を持っているのか。もしくはそれ以外の方法か……。今の俺にはまだ分からないけど、屋上での話を梅宮が知ることが出来たことだけは覚えておいた方がいいだろうな)

 「それで、竹内が私の悲劇を暴こうとしてくるのを止める仕事を引き受けてくれるのか?」


 梅宮が脱線していた話を戻し、再度依頼をしてくる。


 (どうするかな)


 道春は考える。


 (いい落としどころは無いものだろうか)


 道春としては弓香が言質を取られたことに危機感を感じている気持ちも分かるし、梅宮の悲劇を指摘されて魔法を失いたくない気持ちも分かる。出来れば2人には敵対せずに仲良くしてくれるのが道春の理想と言えるだろう。

 もちろん道春は梅宮と弓香、どちらを優先するか選ばないといけない時、付き合いの長い幼馴染の弓香を優先するが、今回は梅宮の不幸を前提としてまで、弓香を優先するようなことでもないと思ったのだ。


 「弓香からとった言質を撤回して、相互に不利益なことをしないっていう契約を結ぶのはどうだ?」


 それならばお互いに傷つくこともないだろうし、いい落としどころだと道春は提案する。しかし、梅宮はその提案を首を振って否定する。


 「いや、それはだめだ。詳しいことは私のトラウマに関わるから言えないが、私は自分が有利な状況を崩したくはないんだ」


 道春の提案は梅宮の一言で却下される。確かに弓香の言質を取った今は梅宮にとって有利な状況と言えるかもしれない。なにしろ、魔法を使えば口先一つで弓香を思いのままに操れるのだ。

 反論しようにも、梅宮の発言が本当である確証はないがトラウマの話を持ち出されたのだ。道春からはもうこれ以上何も言えなくなった。


 「それに、竹内の魔法を考えると次に契約する時に何が起こるか分からないしな」


 梅宮がぼそりとつぶやく。つぶやかれたのは小さな声だったが、そのつぶやきの内容は道春にとって看過できるものではなかった。


 「お前は弓香の魔法が何なのか知っているのか!?」

 「知っているぞ。能力名は『スコシノキセキ』。些細な奇跡を現実に起こす能力だろう?」


 能力名までばれているとは……。


 「あっ、もしかして弓香が魔法を使った時の魔法光を見たのか」


 道春に思い当たる節があった。そういえば5時間目の体育の時、弓香は魔法を使っていたはず。梅宮はそれを見たのかもしれない。屋上の時は「スコシノキセキ」を使って誰も屋上を見ないようにしていたと言っていたし、魔法光を目撃したとなると5時間目であることは間違いないだろう。


 「そうだ。それにお前の魔法も分からないんだ。うかつなことは出来んよ」


 梅宮の言葉にハッとする。5時間目に道春が魔法光を目撃したことは梅宮にばれていたのだ。ということは、梅宮は今も道春も魔法を使えると思い込んでいるはず。これを交渉に利用しない手はない。

 そう考えた道春は最良の手を考える。弓香も傷つかず、梅宮も傷つかない。そんな未来につながるような手段を模索する。……少し考えた後に答えが出たのだろう。道春は梅宮の顔を見てしゃべりだす。


 「……俺に任せてくれないか?」

 「何?」


 いきなりこの男は何を言い出すんだ、と梅宮は怪訝そうな顔を浮かべる。


 「お前らが直接ぶつかったら、お互いにただじゃすまないだろう。なにせ魔法使い同士の対決なんだ。それは分かるだろう?」

 「まあ、それは確かにそうだが……」

 「俺が近いうちに必ず落としどころを見つける。弓香と梅宮、両方が不幸にならない解決策を示す。だからそれまで弓香に手を出すのは待ってくれないか?」


 道春がそう言うと、梅宮は少し考える。


 「それで私に何の得があるんだ?」

 「弓香の『スコシノキセキ』のせいで、梅宮は弓香を、しばらくの間は見つけ出すことが出来ない。その間に弓香が梅宮の悲劇にたどり着く可能性があるだろ」


 そこまで言うと梅宮が納得したような顔をして道春を見る。


 「なるほど。私としては自分の悲劇が暴かれるなんて万に一つもないと思うが、君に頼むことでその万が一を消せるというわけか」


 梅宮の言葉に道春は力強く首を縦に振る。


 「……君の魔法を教えてくれないか? そうでないと、落としどころを見つけるなどと言って時間を稼いでいる間に、何をされるか分かったものじゃないからな」


 梅宮の提案は至極まっとうなものだが、別に道春が自分の魔法について話したところで、道春の提案に乗るとは言っていない所がいやらしい。梅宮も道春という得体のしれない魔法使いに警戒しているのだろう。


 「俺が使える魔法を教える代わりに提案に乗ってくれるか?」


 道春が聞く。得体のしれない魔法使いが1人いるよりは、数日の間、弓香にちょっかいを出すのを我慢した方がいいことは誰の目にも明らかだ。もちろん梅宮もそう思っていたのだろう。道春の提案に乗ってくる。


 「いいだろう。君が使える魔法を私に教える代わりに、君が近いうちに竹内と私、両方が不幸にならない落としどころを見つけるまで、竹内に手を出すのはやめよう。……それを誓えるか?」


 梅宮は右腕を道春に見えるように突き出す。これは、「ケイヤクノジュンシュ」の魔法を使うことを示しているのだろう。

 いったん誓えば、魔法がある限りその契約は何が何でも守らなければならない。魔法の詳しい仕様は、いまいちよく分かっていないが、この契約の中には、道春が近日中に落としどころを見つけなければならないことも入っていると考えた方がいいだろう。

 いや、もっと言えば、契約を破ったときの処遇が契約の中に入っていないということは、処遇は梅宮に一任されていて、もし契約を破った場合には、道春はどんな処分も甘んじて受けないといけないのだろう。

 正直に言って、これは道春に相当不利な契約と言っても過言ではない。

 しかし、道春はそれを全て分かったうえで了承する。


 「ああ、誓うよ」

 「私の前で誓いを立てるということがどういうことか分かっているのか?」


 梅宮が確認をしてくる。この確認は梅宮のやさしさなどではなく、道春がこの契約の不利さに気付いているかどうかのテストと考えた方がいいだろう。道春がただの考え知らずか、それとも契約の不利さをしっかりと理解するだけ知能があるかを梅井屋は試しているのだ。


 「分かってる。もしこの誓いが果たされなかった時はお前の操り人形にでもなんでもなってやるよ」


 道春の答えが気に入ったのだろう。梅宮はにやりと口角を吊り上げて笑みを浮かべる。


 「分かった。契約成立だ」


 そのセリフと共に梅宮の右腕が青く光り、道春に魔法の発動を伝えた。

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