第2話 青い光
4時間目が終了した昼休み。大きく伸びをして長い間椅子に座って凝り固まった体をほぐし、いつも通り道春は幼馴染の弓香に声をかける。
「学食に行こうぜ」
「いいわよ。せっかくだし、保坂さんと守屋君も誘わない?」
いつもは道春と弓香の2人で学食に行くのだが、今日は何の気まぐれか、弓香は2人を誘おうと提案してくる。特に断る理由がない道春はそれを承諾し、和広と美紅に学食に行こうと声をかける。2人とも昼ご飯を誰と食べているわけでもないため、誘ったら乗ってくるだろう。
そんなことを考えながら声をかける。思っていた通り、
「ああ、いいぜ」
「構わない」
と、二つ返事で了承を受け、4人で学食に向かった。
道春が通う三春高校は部活動が盛んであることの他に、学食が広く、メニューが充実していることでも有名だ。大学の食堂のように地元の人などが時々食べに来る事からもその片鱗がうかがえよう。
道春達が学食に着いた時にはすでに多くの生徒が昼食を食べ始めていた。といっても込み具合はいつも通りで、探せば4人が座れるテーブルも見つかるだろう。
「今日はカレーにするか」
そう言うと、道春はカレーの食券のボタンを押す。学食の目玉とでもいうべきカレーは、三春学園において安くて量が多いうえに辛さを自由に調整できるなど食堂側の本気を感じさせる一品となっている。
「おーい。こっちこっち」
食券を出し、カウンターでカレーを受け取った後、皆を探していた道春に弓香の声が聞こえた。人にぶつからないように身をひねって声のした方向を見ると、弓香が4人掛けのテーブルを陣取り、こちらに向けて手を振っていた。他の2人は昼食を買っている最中なのだろう、弓香だけが座っている。
人ごみをかき分けて何とか弓香のもとにたどり着いた道春は疲れたようにため息を吐く。三春高校の学食は確かに大きいが、食堂の大きさに比例するかのように利用者の数も多いため、カレーをこぼさないように運ぶのに苦労しなければならなかった。
カレーが乗っているトレーをテーブルの上に置き、一段落ついた道春は弓香に話しかける。
「そういえば、保坂と和広には朝話したんだけど、今朝おかしなことがあってさ」
正面に座った弓香の視線を受けながら、道春は朝起きたら見知らぬ女の子が家で朝ごはんを食べていたことを話す。この話に対して和広は一蹴したが、弓香はどんな反応をするんだろうかと思って、道春は軽い気持ちで話をふってみただけだったが、この話に対する弓香の反応は道春にとって予想外のものだった。
「え? それがどうかしたの? なにもおかしくないじゃない」
返事を聞いて道春は愕然とする。弓香の反応は、異常に気付かないという点で道春の両親のものと全く同じだったのだ。焦った道春は、手に持っていたスプーンを取り落としそうになるが、何とか掴みなおし、スプーンがカレーの海へダイブするのを防いだ。
弓香の反応に焦った道春は再度確認する。
「いやいや、見知らぬ女の子が家にいたんだよ。おかしいと思わないの?」
「全然おかしくないじゃない。道春こそ一体どうしたの?」
弓香の顔を見る限り、どうやら本気でそう思っているようだ。これが少女の言っていた「周囲に溶け込む能力」の力なのだろうか? もしそうだとしたら、和広の反応がおかしいことになるが。
そんなことを考えていると、ちょうどタイミングよく和広と美紅がテーブルに入ってくる。
「どこに座ってるか大分探したぞ」
自分が注文したラーメンのプレートを置きながら和広が愚痴るように言う。確かに席についた時点で2人には取ったテーブルの位置を連絡した方が良かったのかもしれない。いつもは弓香と2人だから完全に忘れていた。
少し遅れて美紅が席に着く。座っている位置は弓香と道春が正面に座り、和広が道春の左隣で美紅がその正面といった具合だ。
「見つかってよかった」
そう言いながら美紅も席に着く。美紅は昼食にチャーハンを買ったようで美味しそうなにおいが道春まで漂ってくる。
「そうだ。聞いてくれよ和広」
そう言って道春は弓香の反応がおかしい件について話す。
「おかしいと思わないか?」
道春はすがるような目をして言う。両親と弓香の示し合わせたかのようなリアクションを見ると、自分が間違っているか、さもなくばあの少女が言った「周囲に溶け込む能力」が本当にあることになってしまう。道春は自分をそこまで頭の固い人間だと思っていないが、どうしても超能力のような超自然的なものの存在を認めるわけにはいかなかった。
だから朝のように、愉快に笑って否定してくれ。その反応はおかしいと言ってくれ。
そんな道春の願いを壊すように、
「何がおかしいんだよ」
と、和広は突き放すように言った。
「いやいや、朝お前は面白いこと言うじゃないかって言ってたじゃないか」
驚愕に目を見開きながらも道春は追及する。朝の和広の反応を思い返すと、確かに家に見ず知らずの少女がいる状況を異常だと感じていたはずだ。それから1日もたたないうちにいきなり意見が変わるのは考えづらい。
「あれは……」
和広はごにょごにょともどかしそうな様子をしている。自分でも朝なぜ異常だと感じていたのか、思い出せないようだ。
和広のそんな反応を見て、道春は思う。
(周囲に溶け込む能力は本当にあるのかもしれないな……)
弓香と両親だけだったら示し合わせたうえでのドッキリという可能性もあったのだが、和広までと言うと話は別だ。
(和広の反応は一貫性がない。多分周囲に溶け込む能力が学校まで浸透するのに時間がかかったんだろう)
道春が学校に来た時点ではまだ和広は正常だったはず。そこから昼休みまでの間に能力が進行してきたと考えるのが自然だ。
となると、
「異常を知覚できるのは俺だけか……」
誰に聞かせるわけでもなくつぶやく。超能力の不気味さを噛みしめながら。
+++++
5時間目、道春は校庭で体育の授業を受けていた。昼食を食べた後すぐに運動するのはあまりよくないが、それを言っても時間割の関係上仕方がないだろう。まあ、元々運動が得意でない道春は体育の授業にベストコンディションを求めるほど本気でやっていないから、昼食の後でも特に問題はないのだが。
今日の体育では、男子はサッカーを、女子はテニスをそれぞれトーナメント形式で行っていた。
「あー、まぶしいな」
「本当だな」
サッカーのトーナメント戦でまさかの1回戦敗退をかまし、残りの時間が一気に暇になった和広と道春は、テニスコートのフェンスにもたれながら、元気そうに動き回る女子を見ていた。同じようなことをしているクラスメイトが多数いるせいで、サッカーの観戦者があまりいないのは余談である。
「おー、揺れたな」
「――本当だな」
サッカーで疲れ果てたのか、ぼーっと女子の試合を眺めている2人。その目には一切の下心がなく、見ようによっては枯れていると表現できたかもしれない。
「お、次は竹内か」
フェンスに寄りかかって脱力した状態から、少し身を乗り出して和広が言う。道春が見てみると、幼馴染の弓香がラケットを振り回しながら体を温めているのが見えた。道春と違い、運動神経が優れている弓香は体育の時間、大抵のスポーツにおいて活躍していた。それは本人が所属している空手部でも同じようで、空手部の中でも期待の新人としてその名を馳せている。
三春高校では部活動が盛んなため、優秀な選手も多くいるはず。それなのに、授業も半分以上終わった今までトーナメントに残っているということはなかなかの快挙と言えよう。
「これ何回戦だっけ?」
と、道春が何の気なしに和広に質問した直後、事件は起こった。
テニスの試合をしていた女子が相手側から飛んできたボールを打とうとした瞬間に、よろけるようにして前に倒れこむ。テニスコートは平坦で躓くような凹凸はないため、おそらく変に力が入ってしまったのだろう。
「危ないっ!」
誰が言ったか分からないが、そんな声が聞こえた。
その間にもテニスボールは恐ろしい速さで、つまずいてしまった女子に向かう。当たり所にもよるだろうが、当たったら痛いじゃすまないかもしれない。しかし幸いにも、よろけた女子はボールを何とか右手に持っていたラケットに当てて、ボールをはじくことによって、ボールがぶつかるのを回避することに成功する。だが、ほっとしたのもつかの間、
「竹内さん、避けて!」
ラケットではじいたボールがそのままの速度で弓香に向かって飛んで行ったのだ。誰が悪いわけでもない。弓香はボールは飛んでくることに気付いていないようで、次の試合に向けて体を温めている。誰かが弓香を突き飛ばしてかばおうとするも、ボールの方が速いのは誰の目にも明白だった。ボールは弓香の顔に向かって飛んでいる。
「避けろっ!」
意味がないかもしれないが、叫ばずにはいられなかった。道春の声かは分からないが弓香が声に反応する。そしてようやく、弓香が自分に向かって飛んでくるボールに気付いた。しかし、もう遅い。ボールを目で追うことは出来ているだろうが、今から動き出してもボールを回避することはできない位置だ。
(当たった――)
そう思っていた道春はそこであり得ないものを目にする。
「えっ?」
道春に見えたものは、飛んでくるボールに驚いた弓香の表情。弓香は反射的によけようとするも、体勢的にボールをよけることが出来ない。それを悟った弓香の決意を秘めた目と青く光る右腕……。
――青く光る右腕?
道春が不思議に思った時にはテニスボールは弓香の顔すれすれを突き抜けて行った。
「おかしい」
弓香に当たらなかったのはよかったが……回転で若干ずれたのか? いや、通り抜けた後のボールを見ても回転してそれたようには見えない。……それに今はおさまったけど、右腕が一瞬青く光ったようにも見えた。
道春はどうしても腑に落ちない気持ちを抱える。
「なあ、和広。今、弓香の右腕が青く光らなかったか?」
「いや、そんなことないと思うぞ。いくら間一髪でボールが当たらなかったとはいえ、そんな幻覚を見るなんて……疲れてるんじゃないか?」
幻覚? いや、そんなはずはない。
道春は心の中でそう叫ぶ。
「これも俺しか知覚できないのか?」
今朝から続く非日常的な現象に、道春は嫌気がさしてきた。
弓香の周りの皆が危なかったね、などと声をかけている中、話しかけられている当の弓香は、周りの無事を喜ぶ声に対応しながらも、フェンスにもたれながら不思議そうな顔をしている道春をじっと見つめていた。それに気付けなかった道春は、さっき見たものが幻覚だったのかについて考えていた。
思えばこれがターニングポイントだったのかもしれない。ここから道春の現実は少しづつ日常とずれていくのだから。
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