第16話 安全な出会い

 今思えば、弓香が何かしらの魔法を道春にかけている可能性はかなり高かった。コンビニで偶然理恵と出会った時に気付くべきだったのかもしれないが、道春は気付くことが出来なかった。これは考え続けることを心髄としている道春にしては珍しいことで、それすら含めて、さすがは魔法の力と行った所か。

 「……ちょっと気付くのが遅れたな」

 道春は今更ながらに後悔する。恐らくだが、今朝に美紅から話を聞いたときにすでにフラグは立っていたのだ。こうなったら理恵の時と同じく出会うことは簡単に予想できたはず。そうなればせめて弓香と行動を共にするなど対策も取れただろう。

 (それももう手遅れか)

 すでに道春の目の前には金森がいるのだ。今更どうこう言っても無駄以外の何物でもないだろう。弓香の魔法が道春の不幸を願ってかけたものではない事は、かけられた本人の道春も重々承知であるが、今回ばかりは内心恨まずにはいられなかった。

 そんなことを考えている間にも金森は近づいてくる。そして、道春と3メートルほど離れたところで立ち止まった。

 「おい」

 道春が何を言おうか迷っている間に金森が話しかけてきた。

 「俺の顔を凝視してどうしたんだ?」

 「え?」

 そういえば、と道春は考え直す。

 (金森はこっちのことを知らないんだ)

 それだったら話は早い。要は波風をたたせずに素通りすればよいのだ。

 「すいません。顔についている傷が気になって凝視しちゃいました。とっさのこととはいえ、失礼しました」

 そう言って頭を下げると、道春は金森とすれ違おうとする。

 ――もし、金森がただの通り魔だったらこれでこの出会いは終わっていただろう。


 道春と金森との距離が縮まり、もうお互いに手を伸ばせば届くほどの距離まで近づいたとき、金森が動いた。

 金森は「待った」と言いながら道春へ手を伸ばしてくる。金森の腕は触れた物質をこの世から消滅させる魔の腕。しかも、美紅の話によれば発動までのタイムラグも存在しないらしく、少しでも触れられたら終わりだそうだ。

 突然の金森の動きに驚いた道春はバッと大きく飛びのいてしまう。

 (しまった。過剰反応だったか……)

 上履きで廊下をこするほどに勢いをつけて飛び退った道春は早くも後悔していた。

 「どうしたんですか、先輩?」

 金森のネクタイの色を確認しながら言う道春。どうやら3年生のようだ。

 「いや、そんなに逃げるなよ。傷つくなあ」

 金森はそう言って、やれやれとばかりに肩をすくめて見せた。――左手を青く光らせながら。

 「!!?」

 痛恨のミス。ここでの金森とのやり取りは道春の完敗と言うべきだろう。道春は金森がする行動に金森が期待するリアクションを取り続けたのだから。しかし、道春が犯したミスと呼べるものは青い光に反応してしまったことくらいだろう。

 自分が『魔法』関係者だと素直に告白してしまったのだから。

 「やっぱりか」

 金森が確信したように頷く。

 「お前も魔法使いか」

 「……」

 道春は沈黙を貫く。ここで下手なことを言って魔法使いではないとばれるのは避けたかった。道春の使う魔法が何かわからない限り相手も手を出してこないだろうという考えだ。

 しかし、その考えも金森には適用されなかった。

 「……いや、そうとは限らないかもな」

 顎に手を当てて考えていた金森がそんなことを言いだした。顔は悲しげで何かを憂いているように見える。

 道春は依然沈黙している。いや、沈黙以外の動作が出来ないのだ。目の前の男、金森に何のヒントも与えない。それが今道春にできる唯一の反抗だった。

 「なあ」

 金森が独り言を止めて道春に話しかけてくる。

 「神はいると思うか?」

 「……いえ、俺は特に何も信仰していませんが」

 いきなりの質問に怪訝な色を隠せない。

 「ああ。いや、そう言う意味じゃない。単純に神はいると思っているかを聞いているんだ」

 今の日本人はよく『神』という言葉を使うが、実は神の解釈には多くの意見があるのだ。全知全能の存在としての神や、創造神としての神。人類を高みから見る存在としての神や、概念をつかさどる存在としての神。

 今回の金森の質問は多分、

 「人を――自分たちを見守る存在のことですよね? 俺はそう言う存在は信じていませんよ」

 人を見守るなどと簡単に言うが、それを信じるにはいくつかの障害がある。まず第一に、

 「どうやって人を見るのかも分かりませんしね。まさか人と同じように光の像を網膜に焼き付けているわけでもないでしょうし」

 第二に、

 「自由研究で蟻を観察する小学生じゃないんですから、人間なんて見ても大して面白くないと思いますよ」

 人間を見守る理由がないという事。

 まさか神の精神性が人間の小学生に劣っていることはないだろうと道春は考えたのだ。

 道春の話に、金森は何を考えているか判断させないようなポーカーフェイスで口を開く。

 「なるほど。お前はいない派か」

 金森は道春に背を向けて、道春が歩いてきた方に足を動かす。

 自分から離れていく金森を見てほっとしたのもつかの間、金森が足を止めて「そうだ」と言葉を紡ぐ。

 「俺は神がいると思っているよ」

 振り返らずにそう告げて、今度は本当に道春から離れていった。


 「危ないところだった……のか?」

 金森が去った廊下で、道春は今の金森との出会いを評価できずにいた。

 「神の存在について気にしていたようだった……けど、それが悲劇と関係があるのかはまだ確定しないな」

 道春は一度言葉を区切り、思考を先に進める。

 「ブッシツノショウキョ、もう持ってたなんてな」

 あわよくば金森が魔法使いになる前に通り魔事件の対策をしようと考えていたが、それももう遅い。後は力にものを言わせて金森の行動を縛る以外に選択肢が無くなった。元からそのつもりだったとはいえ、一番簡単な解決を見れなかったショックは大きい。

 「……使うべきか?」

 思考に上ってくるのはとある超能力。自分とハク以外は誰も知らない、理解のちから。魔法とは別の法則で動く、もらいものの奇跡。

 「いや、だめだ」

 通り魔と聞いて、はじめは正気を失っての犯行かと思った。それに疑問を覚えたのは通り魔が魔法で証拠を消していると聞いてからだ。

 悲劇に飲まれて狂ったとしてもわが身可愛さで警察に捕まらないようにするのはおかしい。

 それが道春の考えだ。

 実際に金森と対面した結果として道春の意見は、

 「金森は狂ってなんかいない。ましてや、通り魔は一時の気の迷いでもない――意図的な確信犯だ」

 『確信犯』と言う言葉がある。

 この言葉は「情けは人の為ならず」という慣用句と同じく、誤まった意味で用いられる事が多い言葉だ。今道春が言ったように、結果を予想たうえで意図的に行動に移した人の意味が通俗的だが、実はこの言葉には本来の意味としてもう一つの側面を持っている。

 それは、「自分の行動の道徳的、宗教的あるいは政治的な正しさを確信してなされる犯罪」という意味。

 この時は誤用こそしたものの、道春はまだ知らない――金森の通り魔事件の動機を、ひいては先程の道春の発言が本来の意味で正しかったことを。

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魔法使いの条件 東上西下 @Higashikami

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