冬
順調に勝ち進んだものの、12月を前にして、男子も女子も試合に負けてしまった。春まで大きな大会はない。もうすぐ期末試験を控えていることもあって、部員達の練習の熱は以前より少し冷めていた。
内部推薦で大学に進む3年生は、この期末試験の結果で進路が確定する。そんな訳で練習には1・2年生しかいなかった。里奈はサーブの練習をしていた手を止めて、体育館の窓から見える空を見上げる。窓の外に見える空は、今に雪でもちらつきそうな位、寒々しい雲が広がっていた。
「なんか淋しいな。」
つぶやきながら、里奈はちょっとため息をつく。自分が3年生だったら、どうだろう?里奈はちょっと考えた。
「来ないな、間違いなく。」
里奈の口から独り言が溢れる。これが多分普通の3年生の姿なのだろう。附属高校に通っているせいか、里奈はちょっと感覚が麻痺していた自分に苦笑した。こんなに部活ばっかりやっていても、受験勉強せずに大学に進学できるのだからありがたい。里奈は、附属高校に進学させてくれた親に、心の中でちょっとだけ感謝した。
「あ~あ、でも一緒に練習したいなあ。」
里奈の口からまた独り言が溢れる。もうすぐ試験だから、康介が来ないのは仕方なかった。練習に来なくても、図書室で勉強しながら、康介は里奈が部活が終わるのを待っていてくれている。一緒に帰れるのは里奈は嬉しかったが、以前よりちょっと距離が離れてしまったような気がして、里奈は少し不安だった。
「おい、ぼけっとすんなって。」
後ろから突然、頭をコツンと叩かれて、里奈が我に返る。振り向くと、制服姿の康介が里奈の後ろに立っていた。里奈がキョトンとする。
「どうしたの?練習するの?」
康介が、まさか?とちょっとおどけた顔をした。
「ちょっとな、野暮用。」
そう言うと、康介はくるりと振り返って、優子のほうに歩いていく。ストレッチをしていた優子が「お疲れ様です。」と笑顔で挨拶する。そんな優子に康介が話しかけた。
「塩崎、こないだ俺が頼んだのどうなってる?」
なんのことだろう?と里奈は思う。自分ではなく優子に頼み事をしたことで、里奈はちょっとムッとした。口を尖らせて2人を見ていると、優子が「ああ。」と言って立ち上がった。優子は、体育館の隅に置いてある荷物のほうへと歩いていく。相変わらずのんびりとした足取りだ。里奈は2人の近くに行ってもいいのか、ちょっと考える。優子がカバンの中から何やら出見つけたらしく、康介のところに戻ってきた。
「はい、遅くなっちゃってすいません。先輩練習来ないんで、渡すの遅くなっちゃいました。
優子が「すみません。」ともう1回頭を下げてから、康介に小さな白い封筒を渡した。康介が封筒を受け取る。
「いやいや、助かったわ。サンキューな!んぢゃ、またな。」
里奈はなんだろう?と首をかしげた。顔はまだふくれっ面のままである。優子は「勉強頑張ってください。」と言ってから、また座ってストレッチを始めた。二人のやり取りを見ていた康介が里奈の視線に気づく。
「顔がおたふくみたいになってる。」
隣に気配を感じて、里奈は視線を康介から外した。いつの間にそこにいたのか、吉野が里奈の隣に立っている。里奈はふくれっ面のまま、また視線を康介のほうに戻した。
「だってさ、なんかさ、私に頼んでもよくない?」
里奈が口を尖らせて言う。隣で吉野がふっと笑った。里奈は目線だけ吉野のほうに移して、「だってさ。」とまたブツブツ言う。
「ほんと先輩が好きなんだなあ。」
ちょっと肩を落とした吉野が里奈の隣でポツリとつぶやいた。ブツブツ言っていた里奈が今度は吉野のほうに顔を向ける。吉野と里奈の視線が空中でちょっと絡み合った。里奈が視線を外して、肩を落とす。吉野は好きな人いないの?と里奈が聞こうとした時だった。
「痛っ。」
吉野のが突然声をあげた。里奈が視線をあげると、隣にいる吉野がおしりを押さえている。いつの間にやら、2人の近くに戻ってきていたらしい康介が吉野を軽く蹴っ飛ばしたらしかった。康介は男子にはわりと凶暴だ。それでもみんなに慕われているのは、人当たりがはよく面倒見がいいからだろう。
「ちょっとそこ、俺の定位置だから、あんまり近く立たないでくれる?」
康介が吉野を指さしながら、ちょっと真顔で言った。「あ、すいません。」と吉野が慌てて里奈から離れる。吉野が離れたのをチラっと見ると、康介が里奈の頭をコツンと叩いた。
「なに吉野に見とれてんだよ?俺、ヤキモチやきだから、気をつけて。」
隣で「先輩、凶暴すぎっすよ。」と言っている吉野に、「お前が近くに立つからだろ?」と逆に文句を言っている。自分だって、優子に何か頼み事したくせに。。里奈がまた膨れた。そんな里奈の頬っぺたをつまんでから、康介が里奈に向かって言う。
「おまえ、なんか隙があんだよ。気をつけろって。んじゃ、またあとでな。」
康介は、そう言うと、くるっと後ろを向いて、体育館の入口のほうへと歩いて行った。
***********************
「ねえ、さっきのなあに?」
練習を終えた帰り道、里奈が康介に聞く。日が短くなり、辺りはすでに真っ暗である。風が冷たい日で、里奈は首をちょっとすくめた。マフラーをしてこなかったことを後悔する。康介が質問には答えず、「寒い?」と里奈に聞く。里奈はコクンと頷いた。
つないでいた手を離して、康介が自分のマフラーを外した。里奈の首に、外したばかりのマフラーを巻く。康介の温もりを感じて、里奈が素直に「ありがと。」と言った。康介が、優しく笑ってから、ちょっと首をかしげて、里奈に言う。
「あのさ、俺もいつでもそばにいてやれないんだから、あんま隙作んなって。」
里奈がキョトンとする。康介と里奈の視線が空中で絡み合った。首をかしげて、里奈が聞く。
「隙って?」
つないだ手を離して、聞き返した里奈の頭に、康介が手をおいた。ちょっと苦笑しながら里奈に言う。
「里奈は気付いてないの?」
なんの事を言っているのかわからず、里奈が疑問顔になる。
「気付くって何に?」
康介が、ふっと笑った。苦笑しながら里奈を見る。里奈がよくわからないでいると、康介が空を見上げた。里奈もつられて空を見る。曇ったままの空はなんだかすごく寒々しい。里奈がまたブルっと震えた。
「いや、まあ、気づいてないならいいや。」
康介が隣で呟く。里奈は視線を康介に戻した。首をかしげて康介を見つめる里奈と康介の視線が空中で絡み合う。
「里奈は可愛いな。」
康介が里奈を見て言った。里奈が何か言うのを封じるかのように、康介が里奈の顔を自分の顔の近くに引き寄せる。口を封じられた里奈はそれ以上何も喋れなかった。
あれ、なんだったんだろ?里奈の疑問は言葉にならずに、冬空の下に消えていった。
***********************
「ほんと良かった♡嬉しい!」
里奈が背伸びをしながら、腕を伸ばした。よく晴れた日で、気温とは裏腹に気持ちがいい。空がキラキラ眩しいのは、里奈の気持ちが反射しているからかもしれなかった。
「ありがと。」
そんな里奈を見て、康介が微笑む。2学期の終業式であると同時に、今日は内部推薦の合格発表日だった。終業式だから、部活はない。里奈が喜んでいるのはら康介が希望の学部に行けることが決まったからだった。
「でもさ、先輩、まさか法学部とはなぁ。ちょっとビックリした。」
里奈が素直な感想を口にする。法学部は偏差値が1番高く、内部推薦の希望者も多かった。康介が、里奈の頭をコツンと叩く。
「まさかって、失礼だな。俺は里奈と違って頭もいいんだよ。」
ニヤリと笑った康介を里奈が睨んだ。いつものように顔がふくれっ面になる。
「私だって、法学部行けますよーっだ。」
里奈が顔をクチャッさせて、ふざけてみせた。康介が笑う。
「じゃあ、大学は一緒に授業受けれるな。」
頭に手を置いた康介が微笑んだ。里奈はちょっと困った顔になる。
「そうかぁ。法学部行けば、一緒に授業受けれるのかぁ。それも捨てがたいなぁ。。」
ブツクサ言ってる里奈の顔を康介が覗きこんだ。「嫌なの?」と不思議そうに聞く。里奈はまたちょっと困った顔になった。
「ちょっと興味がある資格があって、法学部じゃない学部が、今は希望なの。」
素直に言った里奈の頭を康介が優しくなでる。康介が「そっか。」とつぶやいた。里奈の視線と康介の視線が、空中で絡み合う。口を開いたのは康介だった。
「偉いな、里奈は。なりたいものがあるんなら、頑張れ。やってみないで諦めるのは良くない。」
頷いた里奈の頭をを、ヨシヨシっと康介がクシャクシャにする。今度は里奈が口を開いた。
「先輩はどうして法学部なの?」
康介がチラッと里奈を見てから空を見上げる。里奈もつられて、空を見上げた。今日はほんとに清々しい青空だ。
「俺はさ、里奈と違って、今はなりたいものがないんだ。でも、誰かを守ってかなきゃいけないだろ?だったら、就職にも有利な法学部がいいかなって。理由はそれだけ。」
康介のことを里奈が見上げる。冬の空と、キラキラとした太陽の光で、康介の顔が眩しく見えた。里奈は素直に感心する。
「すごいなぁ、先輩は。ちゃんと先のことまで考えてるんだね。」
康介が視線を里奈に戻した。目元を緩めて里奈に言う。
「ちゃんと夢がある里奈のほうがすごいよ。」
想いを尊重してくれた事が嬉しくて、里奈は思わず康介に抱きついた。
「先輩、やっぱりカッコイイ。大好き。」
いつもは抱きしめ返してくれる康介が、珍しくポケットに手を突っ込む。里奈が不満げに康介を見上げた。ちょっと苦笑してから、片手だけ出した康介が、里奈の頭に手をおく。
「あのさ、もうそろそろ、名前で呼んでくんない?」
ちょっと目を開いた里奈を見て、康介がふっと笑った。頭に置いた手をもう1度ポケットに突っ込む。手を出した康介が、里奈の手に何かを渡した。
「これ、誕生日とクリスマス、一緒な。」
里奈がビックリして視線を手のひらの中にうつす。
「今日、イブだろ?」
康介がビックリした里奈を見て笑った。
「なんでそんなビックリすんだよ?里奈、何が欲しいか結局言わんから、俺が勝手に選んじまった。」
手にした包みを里奈が見つめる。
「開けていい?」
胸がキュッとなった里奈が、辛うじて聞いた。康介が「いいよ。」と言う。包みの中身を見て、里奈が康介を見た。目から涙が溢れる。
「もらっていいの?」
康介が苦笑してから、里奈に聞いた。
「好みじゃなかった?」
里奈が首をふる。目の端が涙でちょっと光った里奈が笑顔になった。
「つけて♡」
無邪気に指を差し出す里奈を康介が抱きしめる。そんな康介を突き放して、里奈が今度はちょっとふくれっ面で言った。
「つけてってば。」
康介がちょっと迷う。里奈が「もぅっ。」と頬っぺたを膨らませた。
「つけるのは、本番にとっときたいかな。」
里奈がキョトンとする。
「本番って?」
康介が苦笑いした。
「だから、いつか結婚とかするだろ?その時のこと。」
里奈の顔がぱあっと明るくなる。
「先輩、私と結婚してくれるの?」
孝介が里奈の頭を叩いた。里奈が「痛っ。」と、頭を押さえる。
「コラ。まだ高校生だぞ?こんな早く人生決めんな」
里奈がまたふくれっ面になった。
「えーっ、先輩、私と結婚するの嫌なの?」
膨れた里奈を見て、康介が笑う。
「嫌じゃないさ。でもまだ高校生だぞ?この先何があるかわかんないだろ?」
里奈がちょっと俯いた。口を尖らせながら、自分で指輪を指にはめる。指にはめるとサイズがぴったりで、里奈はビックリして、康介を見た。康介が苦笑する。
「塩崎にサイズ教えてもらったんだ。」
里奈が、いつかの封筒のことを思い出した。カラオケボックスで、指の話をしていたような気がする。里奈は胸があったかくなるのを感じて、手を空にかざした。
「キレイ。」
太陽の陽射しを浴びて、指輪が光る。
「お守りにするね。」
笑顔で振り向いた里奈を康介の腕が包みこんだ。
「大学行ったら、あんまそばにいてやれないから。俺の代わりに持ってて。」
コクンと頷いてから、里奈が顔をうずめる。
「先輩、大好き。」
それには答えず、康介がコツンと里奈の頭を優しく叩いた。
「だから、先輩って呼ぶなって。」
里奈もそれには答えず、顔をうずめたまま言う。
「ねぇ、先輩。もしも30になっても先輩が結婚してなかったら、結婚してくれる?」
康介がふっと笑った。埋めていた顔を離して見上げた里奈の頬っぺたを、康介の手が優しく包み込む。
「いいよ」
また口を塞がれて、里奈は何も言えなかった。
―この時の会話を覚えているのは自分だけだと、里奈はずっと思っていた。
***********************
「コラー!相澤〜!真面目にやれ!」
顧問の怒号が鳴り響く。「真面目にやってるよ。」と呟いてから、里奈は、久しぶりに受けた康介のスパイクで、腕が痺れているのを感じた。手首をクイクイッと回してから、なんで受け止められなかったのか、里奈は自分で考える。
2年生になって、里奈達の代になると、里奈はチームのエースになった。男子はエースの吉野がキャプテンもしている。里奈の性格では、キャプテンは出来ないとゴローさんが判断したからなのか、女子は裕子がキャプテンをしていた。
よく晴れた冬の朝で、陽射しがやんわりと体育館に差し込んでいる。康介が大学に行ってしまってから、里奈は自分でプレーについて考えることが多くなった。少し自立したからなのか、後輩に刺激されたからなのか、里奈は日々上達するのを、自分でも感じている。
期末試験も終わり、冬休みになったが、選抜の試合があるので、男子も女子も、冬休み返上で練習していた。今日は康介が大学の仲間達と練習に遊びに来ている。
里奈は相手コートにいる、康介達を見た。選抜の相手をイメージするには、ちょっと強すぎるかもしれない。なんせ康介のサークル仲間は、ほぼ全員、元キャプテンかエースだ。
あの人、上手いな。里奈は康介ではなく、唯一1人混ざっている女子の選手を見た。長く伸ばした髪は黒く、目は切れ長で鼻筋が通っている。謂わゆる美人というやつだ。
康介の口から最近よく聞く、綾乃という人かも知れない。勝って笑いながら康介と話しているのを見て、里奈は胸がチクンとした。自分の知らない康介を見たような気がして、ちょっとだけ切なくなる。
「里奈っ。」
優子の声がして、里奈は慌てて、視線を戻した。部員達はすでに顧問の元に集まっている。「やばっ。」と言いながら、里奈は慌てて、仲間の元に向かう。そんな里奈に向かって、康介が相手コートから声をかけた。
「里奈、ボケボケすんなって。」
里奈が膨れながら、康介を睨む。前は隣まで来て、頭をコツンと叩いてくれたのに。里奈はまたちょっと切なくなった。
***********************
「康介の彼女なんだって?」
靴紐をほどいていると、頭の上で声がして、里奈は顔を上げた。綾乃ともう1人の女子大生が、里奈の隣に荷物を置いて座る。隣でストレッチをしていた愛美が、怪訝そうに2人を見た。里奈は愛美に、綾乃を紹介する。綾乃が「こんにちわ。」と挨拶しても、愛美はペコっと、挨拶しただけだ。
「太田が言ってたのよ。康介は女子高生と付き合ってるって。」
太田とは、康介の大学のサークル仲間である。太田と康介は仲が良く、里奈も何回か会った事があった。地方出身の太田は1人暮らしで、実家暮らしの康介は、しょっちゅう家に転がり込んでは、朝まで飲んだりしているらしい。高校生の里奈にとって、それは次元の違う世界の話だった。
「バレー、上手いじゃない。」
綾乃がまた口を開いた。綾乃も確か1人暮らしをしている。結んだ髪を涼しげに下ろした綾乃を見ながら、里奈は胸がザワザワするのを感じた。
「綾乃先輩には勝てないですよ。」
それを聞いた綾乃がクスッと笑う。里奈はまた視線を足元にもどして、靴紐をほどいた。蒸れた足を解放して、足首をクルクル回す。綾乃はストレッチはせずにさっさと着替え始めた。カバンからポーチを出しながら、里奈のことも見ずに言う。
「先輩って呼び方、なんか懐かしいな。綾乃さんでいいよ?」
隣で、愛美がちょっと綾乃を睨んだ気がした。そんな事は気にもせず、綾乃がマスカラを治しながら、里奈の事を見ずに言う。
「康介、ちょっと不満みたいだよ?」
里奈が目線をあげた。マスカラを塗りおえた綾乃と目が合うと、綾乃がふっと笑った。微笑むと綾乃はなんだか色っぽい。里奈はしばし彩乃のキレイな顔立ちに見とれた。彩乃がまた口を開く。
「大学生と付き合ってるんだから、そっちのほうもちゃんとしたら?康介持てるから、誰かにとられちゃうかもよ?」
隣の愛美が突然口を挟んだ。
「あのー、化粧するなら鏡あっちです。」
指で洗面所を差しながら、シッシとばかりに追い払おうとする。そんな愛美をチラッと見てから、里奈が綾乃に言った。
「ストレッチちゃんとしないと、ケガしますよ?」
見当違いの答えに、綾乃がちょっと呆れた顔をする。彩乃がふっと笑ってから言った。
「康介と同じで、かわすのも上手いのね。試合もうすぐなんでしょ?頑張ってね。」
綾乃が荷物を持って立ち上がる。里奈は「お疲れ様です。」と頭を下げた。もう1人の女子大生も一緒に立ち上がる。愛美は、完全に2人を無視だ。
「里奈ちゃん、今度サークルにも遊びにきて。里奈ちゃんなら、気にいると思うよ。」
もう1人の女子大生が、優しい笑顔で里奈に言った。気にいるとは、バレーのレベルについて言ってるのだろう。里奈が「はぁ。」と惚けると、綾乃が笑った。
「私と全然タイプ違うのね。バレーはでも一緒にしてみたいな。」
里奈が顔をあげる。綾乃は笑顔で里奈を見ていた。この人と同じチームでプレーしたら、きっと楽しくてワクワクするだろう。笑顔で里奈は「はい、私もです。」と返事をした。
***********************
「なんなの、あれ。感じ悪ーい。」
綾乃達が帰ると、愛美が口を開いた。康介が卒業してから、里奈は愛美と一緒のんびりストレッチをするのが習慣となっている。里奈は待たせる人がいないが、愛美は相変わらず彼氏を待たせていた。それについて里奈はいちいち何か言ったりしない。指摘したところで、愛美が態度を急に帰るとは思えないからだ。
「感じ悪いって?」
足の裏を押しながら、問いかけた里奈に、愛美が呆れる。「まったく、里奈は。。」とブツクサ言ってから、愛美が時計を見た。愛美が時間を気にするのは珍しい。
「だからさ、あの綾乃とか言う人。絶対、康介先輩好きじゃん。里奈に嫉妬してんだよ。」
里奈がキョトンと愛美を見た。言われてみればそうかもしれない。
「でもさ、あんな事言わなくていいのにね。これだから女子はヤダよ、女子は。」
愛美が自分も女子である事は棚にあげて、嫌そうに顔をしかめて言った。確かに里奈もちょっと不快に感じたかもしれない。康介がどんな風に綾乃達に話しているか知らないが、康介がちょっとも不満に思っているかもしれないと、里奈も少し前から思っていた。里奈がちょっとため息をつく。
「そっちのほうって、やっぱそうゆうことかな、、、。」
里奈がちょっとうつむき加減でポツリと言った。肩を落とした里奈を見て、愛美がちょっと苦笑する。こうゆう相談は優子には出来ない。真面目に答えられて逆に悩んでしまいそうだからだ。愛美は同情こそしないがいつも里奈の味方だ。それに、あっけらかんと話してくれる愛美の方が、里奈は打ち明けやすかった。
「そりゃね、男子はそうかもね。でもさ、康介先輩は、待っててくれるって言ってるんでしょ?里奈は里奈のスピードでいんだよ。無理することないって。」
愛美に言われて、里奈が「うん。」と返事をする。「まあ、そのうち、大丈夫になるよ。」と言いながら、愛美が珍しく里奈の肩をトントン叩いた。愛美なりに心配してくれているのだろう。
「ありがとう。」と里奈が言うと、ふっと笑って頷いてから、愛美がまた時計をチラッと見た。里奈が不思議そうに愛美を見る。
「愛美、何か用事あるの?」
愛美が苦笑した。手をヒラヒラと左右に振って否定する。
「いや、私じゃなくて。里奈急がなくていいの?康介先輩、待ってるんじゃない?」
愛美に指摘されて、里奈がハッとした。しばらく彼氏と下校する習慣がなかったので、すっか感覚が麻痺している。慌ててて着替えると里奈は立ち上がった。それを見た愛美がふっと笑う。
「そんなに好きなんだからさ、大切にしなよ、里奈の気持ち。」
愛美が目を細めていった。愛美なりに心配してくれているのだろう。里奈はこの子とは長い付き合いになりそうだな、と心の中で思った。
「愛美、ありがと。またねっ。」
里奈はその日久しぶりに、のんびりとした愛美の返事を背中で聞いた。
***********************
「なんか懐かしいな、こうゆうの。」
隣を歩いていた康介が眩しそうに空を見上げる。里奈は繋いだ手があったかくて、久しぶりにドキドキするのを感じた。私服を着た康介は、少し髪を茶色く染めて、なんだ大人びて見える。
「飯、何食う?」
隣で腹減ったな〜とお腹を抑えている康介を見て、里奈が笑顔で答えた。
「カレー!」
康介も笑う。
「おっ、久しぶりにあの店行くか!」
高校の最寄駅近くにある人気のカレー屋の名前を康介はあげた。勿論、里奈に異論はない。2人で並んで歩きながら、里奈はずっとこうしていられたらいいのに、と思った。
見上げた空は雲1つなく晴れ渡っている。里奈が空に見とれていると、康介が口を開いた。
「あのさ、里奈。飯食った後、ヒマ?」
里奈がキョトンとする。そんな里奈を見て、康介がちょっと言い訳した。
「いや、予定あるならいいんだ。ヒマだったら、家来ない?って誘おうかと思って。」
里奈が康介を見つめる。何度か誘われたことがあるが、里奈は気持ちの整理がつかなくて、それとなく今まで交わしてきた。里奈がうつむく。頭の中で、綾乃の言葉が反芻した。
ー不満に思ってるみたいだよ?ー
康介が、自分とは違う世界に行ってしまったような気がして、里奈は淋しくなった。溢れそうな涙を必死に堪える。隣の康介が「ごめん。いいから。」と言って、里奈のことを包みこんだ。里奈の目から涙が溢れる。
「ごめんな、まだ里奈、高校生だもんな。急いでないから。」
康介に優しく頭をなでられて、里奈が頭横にをふった。康介の胸に顔を埋めて、里奈が小さな声で呟く。
「行く。」
ビックリした康介が里奈の顔を覗きこんだ。視線を合わせられない里奈の頭に康介の手が置かれる。
「無理すんなよ?」
下を向いたままの里奈が小さな声で言った。
「無理してない。」
康介が、もう1度、里奈を引き寄せた。頬っぺたを優しく包まれて、里奈が顔をあげる。康介と里奈の視線が空中で絡み合った。里奈の不安をかき消すように、康介が里奈の頭をぽんっと叩く。
「とりあえず、飯食いに行くか。腹減ったし。」
康介がちょっと困ったように笑った。里奈はコクンと頷いく。2人で手をつないで歩きながら里奈は、空を見上げた。さっきまで、晴れ渡っていた空に幾筋かの雲が見える。
「試合、勝てるといいな。」
少し不安になった里奈が話題を変えた。
「応援行くよ。」
康介が里奈の頭に手を置いて、優しく言う。里奈が「ありがと。」と笑顔で言った。2人で空を見上げる。さっきまで晴れ渡っていた空には幾筋かの薄雲がいつの間にか浮かんでいた。
***********************
その日、どうやって康介の家まで行ったのか、里奈は覚えていない。康介と里奈が別れたのは、それからしばらくしてからだった。。。
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