「奈菜〜、行くよ〜?」


「は〜い。」


パタパタと走ってきた娘と手をつないで、葉桜の桜並木の下を里奈は歩き始める。よく晴れた青空が気持ちいい春の朝だった。何年ぶりかなあ?里奈は少し物思いにふける。


付き合ったり別れたりしていたが、30になって、ようやく吉野と結婚することを決めた愛美の、今日は結婚式だ。愛美がなぜ母校近くの式場を選んだのかはよくわからなかったが、里奈はこの街が好きだった。愛美とかつて歩いたように、もうすぐ咲きそうな桜並木の下を里奈は奈菜と並んで歩く。彼女は一体、何人の男性と恋に落ちたのだろう?里奈がちょっと首をかしげた。


「あ、ピョンピョンしたい!」


突然そう言うと、里奈の手を離して、奈菜は走り出す。桜並木の石畳をピョンピョン飛び跳ねて、奈菜が遊び始めた。そんな後ろ姿に、里奈は昔の愛美を思い出す。もう10年以上前のことだ。里奈は一瞬昔の思い出に引き込まれる。


チクリと胸が痛んで、伏し目がちだった目を、里奈はボンヤリと空に向けた。見上げた空は眩しくて、雲1つなく晴れ渡っている。


「キレイだなぁ…。」


里奈の口から、独り言が溢れる。あの日も、こんな風に晴れてたっけ。里奈が、また思い出に浸る。その時、里奈の後ろに人の立つ気配がした。


「ほんとだな。」


忘れられない声が聞こえて、里奈は空から視線を外す。少し目尻にシワができた康介と、里奈の視線が、何年かぶりに空中で絡み合った。晴れた空と優しい顔がリンクして里奈は一瞬目を奪われる。あの日もこんな風に里奈は康介から目が話せなかった。


「久しぶり。」


康介が、優しく微笑む。里奈もちょっと頭を傾けて微笑んだ。会うのは一体何年ぶりだろう。帰国してしばらくしてから、康介から「会いたい。」と連絡が来た。それでもその時の里奈には受け入れる余裕がなく、会うのを断り続けてきた。


それでも康介はその後も、特に何かなくても連絡をくれていた。今ではしょっちゅう電話をするようになっていて、昔のように笑って話せるようになっている。会いたいのに会いたいと素直に言えない自分のことが、里奈はちょっと嫌いだった。


いつか話そうとは思っているのに「、奈菜のことも、康介に里奈はまだちゃんと話していない。里奈が目線をあげた。少し大人になった2人の視線が空中で一瞬だけ絡み合う。


「愛美の結婚式行くんだよね?」


招待されているのは愛美から聞いて知っているのに、里奈が康介に聞いた。


「ああ。里奈も?」


里奈がコクンと頷く。「あの愛美と吉野がねえ。。。」と呟いた里奈の頭を、康介がコツンと優しく叩いた。


「変わってないな、里奈は。ちょっと痩せたか。でも元気そうで安心したよ。」


そう言ってから、康介は奈菜のほうを見る。里奈もつられて奈菜を見た。奈菜は既に石畳を飛ぶのをやめて、何やら熱心に拾い集めている。


「あ!またなんか拾ってる、もう!」


突然里奈が頬っぺたを膨らませながら言うと、康介がクックと笑った。


「その起こる時の癖も変わってない。」


久しぶりに頬っぺたをつねられて、里奈がまた膨れる。康介が、クックと笑うのを無視して、里奈は桜並木の下を歩き始めた。


「奈菜ちゃん?」


追いついてきた康介が里奈に聞いた。里奈が頷いてから、答える。


「うん。奈菜。」


康介がじっと奈菜を見つめてから、ふっと笑ってポツリと言った。


「奈菜、俺にそっくりじゃん。」


笑いながら言った康介を里奈がビックリして見た。康介が問いかけ顔になる。ふうっと息をついてから、里奈が康介を見た。青空とリンクした横顔は相変わらず優しい。


「知ってたの?」


康介がなんでもないことのように「ああ。」と言った。頭にポンっと手を置いた康介が里奈に優しく言う。


「里奈から直接聞きたかったけどな。」


里奈の胸がきゅっと締め付けれれた。「ごめんなさい。」と俯いて謝った里奈に康介が優しく言う。


「謝るのは俺のほうだよ。ごめんな。ちゃんと里奈の話聞いてやらなくて。そばにいてやれなくて、ごめん。」



伝えたいことはいっぱいあるのに言葉が思い浮かばなくて、里奈は下を向いた。「あのね、、、。」と口を開きかけた里奈の言葉を康介が遮る。


「里奈、産んでくれてありがとな。もういいだろ?」


意味がわからなくて里奈が首をかしげた。康介がふっと笑って優しく里奈の頭をコツンと叩いた。


「もういいだろ?まだ怒ってるのか?」


里奈がちょっと目を開いて、慌てて首を振る。康介が里奈の頭にポンッと手を置いて、奈菜のほうを見た。里奈もつられて視線をうつす。康介が奈菜を見てふっと笑った。


「可愛いな。俺と里奈の子だもんな。」


少し黙ってから、康介がまた言葉を繋いだ。


「吉野からずっと聞いてたんだ。でも愛美ちゃんが里奈が1人で頑張ってるから、まだ早いから待って欲しいって、、、」


またちょっと言葉を区切った康介が首をちょっと曲げて続けた。


「愛美ちゃんにさ、里奈が素直な里奈に戻ったら、絶対俺に会いたいって思うから、先輩も待っててくださいって言われたんだよ。俺はすぐにでも帰国して、すぐに籍入れたかったんだ。でも、里奈は今はそれを望んでないって、愛美ちゃんが言ってさ、、、。」


康介が里奈を見た。2人の視線が、空中で絡み合う。里奈がどうしていいかわからず頭に手を当てる。


「里奈、ごめんな。1人で頑張らせて。」


里奈の目から涙が溢れた。こみ上げてきた思いも言葉となって口から溢れる。


「子供のこと、ちゃん言いたかったの。でも言っても康介困ると思ったから言わなかった。康介の夢、壊したくなかった。」


康介が苦笑する。里奈の涙を康介は優しく拭いた。


「ありがとう。でも俺は言って欲しかったよ。籍だけでも入れるとか色々あっただろ?俺、里奈と約束したじゃん。結婚するって。」


―約束?―


封じ込めていた里奈の想いが溢れかえりそうになる。そんな里奈の頭をコツンと叩いてから、康介は奈菜のほうに向かって歩き出した。追いついた康介は、しゃがみこんで奈菜に話しかけている。


「何拾ってるの?」


奈菜が拾う手を止めずに答えた。


。」


康介が首をかしげる。


?」


奈菜が康介のほうに顔を向けた。人見知りをあまりせず、誰とでも話せるのは、里奈譲りなのかもしれない。奈菜が「これ。」と拾った石を載せた手を、康介に開いてみせた。手の上にはキラキラ光った石がいくつか載っている。これが星でこれがハートで、と自慢気に康介に説明を始める。


「へえ。」とか「ふうん。」とか康介は相槌を打ってから、「キレイだな。」と奈菜の頭を撫でた。奈菜がニコっと笑う。そんな奈菜を見て、里奈は少しうんざりした顔をした。奈菜のことだ、にしまうためにを持って帰るに違いない。


「ちょっと、これから結婚式なのに、奈菜、それ持ってくつもり?」


奈菜が里奈のほうをキョトンとして振り向いた。


「そうだよ?」


何が問題なんだ?と言わんばかりの顔をして、奈菜は「ママこれ持ってて」と里奈に石を渡すと、またピョンピョン石畳を飛び跳ね始めた。そんな奈菜を見て康介がクックと笑う。里奈はちょっと康介を睨んでから、ため息をついた。独り言が口からこぼれる。


「まったくもぅ、なんで子供って何でも拾って持ち帰りたがるのかしら。。」


捨てると奈菜に怒られそうなので、里奈はブツブツ言いながらも、ティッシュに石を包んで鞄にしまった。捨ててしまって、披露宴の最中にでも騒がれたら、たまったものじゃない。康介は隣で、「性格そっくり。」と言って、まだ笑っていた。里奈が孝介を見て、またふくれっ面になる。そんな里奈を見て康介が優しく笑った。


「里奈がお母さんになってる。」


頭にぽんっと手を置かれ、里奈が上目遣いで康介を睨む。


「変?」


康介が首をふる。


「ううん、全然変じゃない。いいんじゃない?」


何が可笑しいのか、康介はまだクスクス笑っている。里奈は思わず頬っぺたを膨らました。


「怒んなって。それ、変わってないな。」


里奈が頬っぺたを膨らませる。膨らました頬を康介がつねった。頬っぺたをすぐつねってくる康介の癖も変わってない。また一瞬、里奈と康介の視線が絡み合った。


「ママ〜、はやく〜。」


奈菜の声が遠くでして、慌てて里奈は小走りで娘の元に向かう。


「もぅ、しちゃうでしょ、しないの!」


腰に手を当てた奈菜が、いつもの里奈のセリフを仁王立ちで言った。さっきまで石を拾って、今も階段を登ったり降りたりを繰り返しているのに、自分はをしているとは思っていないらしい。


里奈が、はあっとまた息を吐いた。康介はそんなふたりのやり取りを見て、またクックと笑っている。里奈は、追いついてきた康介と並んで、式場に向かう階段を登り始めた。既に登り終えた奈菜が、また階段をジャンプしながら降りてくる。


下までジャンプで降りると、奈菜はまた階段を登り始めた。一体何往復するつもりなんだろう?「それが寄り道って言うのよ。」と里奈が奈菜に指摘する。奈菜は知らん顔で鼻歌を歌いながら、階段を登っている。うんざりした里奈の顔を見て、また、隣で康介が笑った。


「可愛いな。里奈も奈菜ちゃんも。」


里奈の頭に康介が手をぽんっと載せる。目をあげた里奈と康介の視線が空中でまた絡み合った。里奈はまた胸がチクリとする。康介はいつでも優しかったのに、どうして、この手を離したんだろう。


-あの日、もし頷いてたら、あなたは今でも私の隣にいたんだろうか。。。-


里奈の想いは言葉とならずに、空の彼方へと消えていく。里奈は階段を登ってきた奈菜を見つめた。奈菜は里奈ではなく、キョトンとした顔で康介を見ている。


「ねぇ、おじちゃんは、ママのおともだち?おなまえは?」


階段を登ってきた奈菜が康介を見上げて聞いた。康介が屈んで奈菜の目の高さに視線を合わせてから、笑顔で言う。


「ああ、友達?ではないかな。名前、康介っていうんだ、奈菜ちゃん、こんにちわ。」


すでに里奈と康介を追い越していた奈菜の足が止まった。首をかしげてから、ちょうど康介の二段上を登っていた奈菜が立ち止まって振り返る。


「コースケ?」


奈菜が一瞬何かを考えるように首を捻った。次の瞬間、奈菜の顔がパッと明るくなる。手をぽんっとつきながら、奈菜は康介にとびきりの笑顔を向けた。


「まなみちゃんがいってた!コースケってでしょ?」


奈菜が今度は里奈に向かって、「そうだよねえ?」と聞く。子供は正直だ。里奈は訂正もせず、「そーそー。」と相槌を打った。訂正したところで、愛美が嘘ついたとでも言い出しそうで面倒くさい。


「そーそー!」


里奈のセリフを笑顔で真似してから、奈菜はまた階段を登り始めた。愛美のことだ、こないだ家に遊びに来た時に、のことを、奈菜に言って聞かせたに違いない。里奈は、愛美と奈菜が寝っ転がって、アルバムを見ていたのを思い出した。あの時、妙に2人が盛り上がっていたのは、康介のことだったのかと、1人で苦笑する。


康介が隣でふっと笑った。里奈が康介をチラッと見て苦笑する。また空中で2人の視線が絡み合った。晴れた空とリンクした康介の姿に、里奈はあの日のことを思い出す。そんな里奈を見て、康介が首をちょっと傾けながら、里奈に言った。


「里奈、もういいだろ?3人で暮らそう。」


康介と里奈の視線が空中で絡み合う。頭にぽんと手を置かれ、里奈は素直にコクンとうなづいた。


-今頷いたら 、あなたはこれから先、私の隣にいてくれるんだろうか。。。-


頷いた里奈の頬っぺたを康介が優しくつねる。


「ありがと。俺も里奈を待たせたけど、里奈は俺のこと待たせすぎ。」


ぽんっと頭を叩かれて、里奈は頭を抑えた。「康介は・・・」と言いかけた里奈の声を、奈菜が遮る。


「ねえ、コースケなの?」


階段の上で奈菜が大きな声で言った。里奈と康介がビックリして奈菜を見る。奈菜は知ってるぞと言わんばかりの得意顔をしていた。愛美のことだ。色々奈菜に吹聴したんだろう。愛美はいつだって里奈の味方だ。いつか2人が一緒になってくれたらいいとずっと思っていたに違いない。


「そーそー。」


康介が笑って、里奈と同じような相槌をうった。里奈が目を開いて康介を見る。そんな里奈に康介が優しく微笑み返す。


「そーそー!」


奈菜がまた真似をした。里奈と奈菜も「そーそー。」と奈菜の真似をする。また階段をジャンプで降りてきた奈菜が笑顔で言った。


「そうか。じゃあ、ってやつだね?」


里奈と康介が苦笑した。愛美は一体どこまでこの子に話をしたんだろう。里奈が奈菜のことをじっと見た。奈菜は里奈を見て、「。」と言って笑った。里奈がもう一回苦笑してから、奈菜の言葉に相槌を打つ。


「そーそー。」


康介が里奈の声に被せるように言った。


「そーそー、ずっと、。」


里奈が康介を振り返った。康介が笑う。奈菜が笑って、また真似をした。


「そーそー、ずっと、。」


ぴょんぴょんジャンプして降りていく奈菜を見ながら、里奈がまた苦笑する。どうやら、洋服を汚さないようにと言ったことは全く覚えてないようだ。楽しそうに遊んでいる奈菜を見ながら、里奈が康介に聞く。


「ずっとって?」


里奈が顔を向けると、康介が眉毛を少しあげて見せた。機嫌のいい時の癖は今でも変わっていない。里奈の質問には答えず、奈菜に目線をうつした孝介が笑って話を変えた。


「約束したろ?30になったら結婚するって。俺じゃなくて、里奈が30になっちゃうけど。」


あの日の2人の情景が里奈の目に浮かぶ。覚えているのは自分だけだと思っていた。無邪気に笑う里奈と康介の姿が蘇る。


-「ねぇ、先輩。もしも30になっても先輩が結婚してなかったら、結婚してくれる?」


康介がふっと笑った。埋めていた顔を離して見上げた里奈の頬っぺたを、康介の手が優しく包み込む。


「いいよ」-


里奈の胸にあたたかいものが流れた。ずっと自分だけが覚えていると思っていた。里奈がずっと大切にしていた想い。幼かった2人が乗り越えられなかったもの。今ならもう大丈夫だ。


「覚えててくれたんだ。」


里奈の言葉と涙がポロリと溢れた。康介が優しく里奈に微笑む。


「言ったろ?誰かを守ってかなきゃいけないから、法学部選んだって。」


里奈と康介の視線が空中で絡み合った。


「誰かって、私のこと?」


昔の里奈ならきっと分からない。少し大人になった里奈を康介が眩しそうに見た。康介が笑って答える。


「そーそー!」


康介の返事に、里奈が吹き出した。奈菜は、2人の会話を聞いていたのか聞いていなかったのか、また「そーそー!」と真似して笑っている。あったかくて柔らかな陽射しの中で、康介と奈菜の声を聞きながら、里奈はあったかい気持ちになって、空を見上げた。


雲ひとつない真っ青な空に、康介と奈菜の声がこだまする。見上げた空は雲ひとつなく眩しくて、青くキラキラと光っていた。


*************************


「ママ~!これ、したから、まなみちゃんがくれるって~。」


パタパタと走ってきた奈菜の手には小さなブーケが握られていた。里奈が驚いた顔をして奈菜の顔を見る。奈菜がニコニコしながら、手にしていたブーケを奈菜に差し出した。


「あのね、これもってると、きれいなドレスきて、おひめさまになれるんだって。」


愛美はまた何か奈菜に吹き込んだらしい。ウキウキしている奈菜がまた口を開く。


「それでね、これをママがもってると、ママもナナもキレイなドレスきて、おそらがきれいなとこでケッコンシキできるんだって。」


一体愛美はどこまでこの子に吹き込むんだろう。ちょっとうんざりした顔をした里奈を見て、綾乃がクスリと笑った。


「奈菜ちゃん、お姫様になるには王子様がいなくちゃだめじゃない?」


奈菜が「えー?なんで?」と言いながら膨れる。


「ほら、愛美の隣にも王子様がいるでしょ?」


奈菜の近くに座っていた優子が、優しく奈菜に話しかける。奈菜が「えーっ。」と素っ頓狂な声をあげた。


「なんでヨシノがおうじさまなの?オウジさまってかっこいいんだとおもってた。」


がっかりした様子の奈菜をみて、同じテーブルに座っていたみんなが笑う。里奈が苦笑しながら奈菜に注意した。


「ちょっと奈菜、もっと小さい声で喋りなさい。吉野に聞こえたら泣いちゃうじゃない。」


それを聞いた綾乃や太田が爆笑する。奈菜はふくれっ面で「まなみちゃんはおひめさまだけど・・・」とまだブツクサ言っていたが、運ばれてきたご馳走に歓喜の声

をあげた。


「これぜんぶ、ナナの?やったね、ママのやつよりぜんぜんおいしそう!」


大きな声で「いっただっきまーす!」と言って早速食べ始めようとした奈菜をまた里奈が注意する。


「コラ、乾杯してからって言ったでしょ?もう!」


奈菜の隣に笑っていた康介が優しく奈菜の頭を撫でてから言った。


「みんなで乾杯してから、一緒に食べような。」


奈菜がキョトンとした顔で康介を見上げた。「しょうがないなあ。」と言って、奈菜がしぶしぶ手にしていたフォークとスプーンをテーブルに置いた。


「あら、随分素直じゃない。」と言った里奈に奈菜がまた余計なことを口走る。


「だって、コースケってママのだいすきなひとでしょ?ナナがしてママがきらわれちゃったら、ママないちゃうからさあ。」


ケロッとした顔でとんでもないことを言う奈菜を見て、綾乃と太田が吹き出す。笑いをかみ殺しながら綾乃が奈菜に聞いた。


「じゃあ、康介は里奈の王子様になる人なのかしら?」


奈菜がキョトンとして綾乃を見る。


「なんで、コースケがオウジさまなの?」


優子がまた優しく言った。


「王子様はお姫様が大好きな人のことなのよ。里奈が大好きなら、康介先輩が王子様ってことにならない?」


奈菜が「う~ん。」とちょっと考えたような顔をする。隣で苦笑している康介を見上げながら奈菜がニッコリして言った。


「オウジさまってかんじじゃないけど、コースケわるいやつじゃなさそうだし、コースケがオウジさまで、ま、いっか。」


テーブルについていた、太田と綾乃、優子が笑った。康介と里奈もつられて笑う。康介が太田に空いているグラスを差し出した。


「ようやく俺も酒が飲めそうだよ。」


太田が久しぶりに康介のグラスにスパークリングワインを注ぐ。太田の隣で見ていた綾乃が少し涙ぐんで言った。


「里奈、よく今日まで頑張ったわね。」


里奈が綾乃にグラスを差し出す。里奈のグラスにスパークリングワインを注ぎながら綾乃が笑いながら言った。


「式、ちゃんとやりなさいよ?」


里奈が笑顔で「はい。」と答える。そんなやりとりを優しい笑顔で見ていた優子が奈菜に言った。


「奈菜ちゃん、お空のキレイなところで、里奈と康介先輩と奈菜ちゃん、みんなで結婚式できるって。よかったね。」


奈菜がキョトンとした顔で優子を見る。


「ナナのオウジサマはだれ?」


奈菜の問いかけに優子が「そうねえ?」とちょっと首をかしげて考える。ちょっと困った顔をした優子の思いを吹き飛ばすように奈菜が「ま、いっか。」と明るい顔で言った。


「ナナはこどもだから、オウジサマはいいや。コースケ、ナナのパパになってくれる?」


笑顔で覗き込んだ奈菜を見て、康介がちょっと涙ぐんだ。奈菜にわからないように、涙を拭ってから、康介が優しく奈菜に言った。


「奈菜、コースケは奈菜がママのお腹の中にいる時から、ずっと奈菜のパパなんだ。名前がタカオカナナになっちゃうけど、いいかな?」


奈菜が怪訝そうな顔をする。


「タカオカナナってなに?アイザワナナならしってる。」


康介が苦笑した。太田が口を挟む。


「結婚すると苗字が変わるんだよ。里奈も相澤里奈から高岡里奈になる。」


奈菜が「ミョウジ?」と首をかしげた。「おとなはムツかしいなあ。」とちょっとふくれっ面になりながら奈菜がテーブルに顎をのせる。姿勢の悪さを注意しようと里奈が口を開きかけた時、奈菜が里奈のほうに顔だけ向きを変えて言った。


「ママ、アイザワリナからタカオカリナになるの?ナナさあ、ママとおそろいがいいから、アイザワナナじゃなくてタカオカでもいいや。」


テーブルの反対側で「奈菜にそっくり。」と言って綾乃が笑った。太田もクスクス笑っている。優子が優しく里奈に微笑んだのを見て、里奈が奈菜に優しく言った。


「うん。ママ、高岡里奈になるの。奈菜も高岡奈菜になってくれる?」


奈菜が「いーよー。」とめんどくさそうに言った。お腹がすいてそれどころじゃないらしい。その時、会場のライトが消えて、入場口がパッとライトに照らされた。奈菜が「まなみちゃんだ!」と目を輝かせて指を指す。


吉野の隣に立っている愛美は今まで見た中で1番キレイだった。里奈が歓喜の涙を流す。奈菜が不思議そうに里奈を覗き込んだ。


「ママ、どこかいたいの?」


里奈が微笑んで首を振った。


「ううん。愛美がキレイで幸せそうで、嬉しいの。」


奈菜が「ウレシナキってやつだね?」と言ってニコっと笑った。そんな奈菜の肩には康介の手が優しく置かれている。2人が高砂に着いた時、カーテンがパッと開いて晴れ渡った空と景色が会場内に広がった。奈菜が「すごーい!」とはしゃいで手を叩く。


「奈菜、ママはお空が大好きなんだ。お空の下で、キレイなドレス来て、結婚式しような。」


康介が吉野と愛美を見たまま言った。奈菜が「しってる。」と康介に言う。康介がちょっと驚いた顔をして奈菜を見た。奈菜がニッコリ笑って康介に言う。


「ママね、いっつもおそらみてるの。それでね、まなみちゃんと、ケッコンシキジョウっていうの、ナナいっしょにおそらがみえるとこ、えらんだんだよ?」


康介が苦笑した。どこまでも愛美は里奈の幸せを願っているらしい。びっくりして奈菜を見ている里奈と康介の視線が空中で絡み合った。2人が目を合わせたまま、ふっと笑う。その時、司会が乾杯の挨拶を伝えた。


「かんぱーい!」


高々とグラスをあげた里奈と康介のグラスが何年かぶりに重なった。奈菜も「カンパイカンパイ!」とジュースをみんなのグラスに合わせている。「やっとたべられる!」と言って、お子様メニューにかぶりつきだした奈菜を見て、優子が言った。


「よくここまで真っ直ぐに育てられたね、里奈、偉いよ。」


太田が頷く。綾乃がクスっと笑って言った。


「康介、一生里奈に頭上がんないんじゃない?」


康介が「うめ~っ。」と一気にグラスを飲み干してから、ニヤリと笑って言った。


「いや、それはない。里奈は俺のこと好きすぎだから。」


里奈が膨れながら康介を睨んで言う。


「なによ、康介だって好きすぎでしょ?」


奈菜がゴチソウを頬張りながら言った。


「オトナはうるさいなあ。。」


みんながぷっと吹き出す。その時、司会が友人代表スピーチが始めるのを伝え始めた。里奈が笑顔で立ち上がる。奈菜が「あ、ママ、おしょくじちゅうにたっちゃだめなんだよ。」とまた食べながら言った。それを聞いた里奈が愛美に真顔で注意する。


「食べながら喋らないの。ご用事がある時は立っていいの。」


奈菜が「えー。オトナはずるい。」と言った声が大きくて、会場内に笑いが起きた。里奈がペコリと場内に頭を下げてからひな壇に向かう。


康介がそんな里奈のことを優しく見ていた。晴れ渡った空と里奈の笑顔がリンクして、あの日と同じようにキラキラ光っている。康介が少し目を細めて里奈を見た。


―「先輩って、いつから里奈のこと好きだったんすか?」―


いつかの吉野の言葉が康介の頭に蘇った。


「あの日からずっと好きなまんまなんだな。」


独り言を呟いた康介を不思議そうに奈菜が覗き込む。


「あのひってなあに?」


そんな奈菜のことを「ん?」と康介が優しく覗き込んだ。


「奈菜は夏好き?」


質問された意味がわからない様子の奈菜に康介がふっと笑って言う。


「康介は、夏が好きなんだ。夏になったら、キレイな空のところで、里奈にキレイなドレスを着せてあげたいな。」


奈菜が笑顔で言った。


「ママもなつすきだっていってたよ。キラキラしてきれいだったんだって。」


康介がちょっとビックリしてから、ふっと優しく笑った。


「そっか、里奈も覚えてたんだな。」


奈菜がキョトンとして康介を見た。首をかしげながら「オトナはむずかしいなあ。」と言う。里奈のスピーチを聞いていた愛美が高砂で泣いていた。吉野が優しく愛美の肩に手を置いている。


スピーチをしている里奈の後ろにある窓からは、キラキラと光る空が見えていて、里奈と愛美と吉野を優しい光が包み込んでいる。それはとてもよく晴れた気持ちのいい春の日の出来ごとだった。

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