霜夜

「あいつ、元気にしてるか?」


電話の向こうで、疲れた様子の声が聞こえた。吉野が受話器を握りなおす。


「奈菜ちゃんと仕事ばっかで、ちょっと痩せたみたいです。俺も直接会ってないんで、わかんないんすけど。。。」


小さなため息が、海を渡って電話越しに聞こえた。吉野がまた口を開く。


「先輩、今年も正月帰ってこないんすか?」


康介がふっと笑ったような気がした。

少し間が空く。


「日本にいたら、俺は里奈に会いたくなっちゃうんだよ。」


吉野がため息をついた。


「俺個人的には会いに行ってやってほしいんです。でも愛美が。。。」


康介が「吉野、サンキューな。」と電話の向こうで言った。吉野が電話なのに首をふる。


「先輩、早く帰ってきてくださいよ。先輩いないと、なんか忘年会とかつまんないんすよね。」


電話の向こうで康介が笑った。


「お前、俺好きすぎだな。」


吉野が苦笑する。


「好きじゃなきゃ、わざわざ国際電話かけたりしないっす。」


また康介が電話の向こうで笑った。


「お前、そっちか?」


吉野が「違います!」とキレた。康介が、また笑う。


「からかい甲斐があるやつだなー。まぁ、いいや。帰ったら奢るわ。いつもありがとな。またな。」


吉野がまだブツブツ言いながら、「ウィッス。」と返事をした。電話は既に切れている。吉野はため息をつくと、キッチンに向かった。コーヒーをセットしてから、1人ぼんやりとする。


「なんでこんな事になっちまったんだろうなぁ。」


コーヒーメーカーが終了の合図を鳴らした。吉野がコーヒーをカップに注ぎながら、物思いにふける。


「俺だけが心配してんのかもな。」


吉野は1年以上前の出来事を思い出して、1人苦笑した。


*************************


あの日、里奈は結局見つからなかった。携帯も繋がらず、秘密基地や里奈のアパートを手分けして探したが、見つける事ができなかった。


後で愛美に聞いた話によると、秘密基地には行ったらしかった。行ったその足でそのまま1人病院に向かったらしい。


里奈が何故康介に打ち明けずに1人で産んだのか、吉野にはわからなかった。愛美の話だと、悪阻が相当ひどく、精神状態も不安定だったらしい。


「ずっとプロポーズしてくれるの信じて待ってたんだって。それで、置いてかれるのがショックだったみたい。妊娠してなかったら、受け入れられたかもしれないって、里奈言ってたよ。」


愛美がいつかそんな事を言っていた。安定期に入るまでの里奈は、愛美とも会わないくらい、不安定だったらしい。


そんな里奈を救ったのは、両親だったと聞いた。絶対に産むと言う里奈に対して、相手が誰なのか、なぜ結婚しないのかを説明し、自分達が納得したら、産んで育てなさいと里奈の両親は言ったらしい。


里奈は知らないが、康介の両親や康介にも連絡をとって、産むことの了承を得たらしかった。康介の両親は何度も頭を下げて、里奈の両親に謝ったらしい。


その時、逆に自分の娘が、勝手に子供を産むことについて、里奈の両親も謝ったらしかった。里奈の両親は、康介のことを高校時代から信頼していた。康介と里奈がいつ結婚するのか、孫がいつ見れるのか、首を長くして待っていたらしい。


吉野にも、里奈の妊娠が判明した頃、里奈の母親から1度電話がかかってきた。


「吉野君、きっとあなたにも色々負担をかけちゃうと思うわ、ごめんなさいね。」


電話越しの里奈の母はとても落ち着いていた。この穏やかな母親から、喜怒哀楽の激しい里奈が生まれてきたのが不思議なくらいである。


「あの子は、昔から頑固なところがあるから。私達が反対してもしなくても、あの子は絶対に産むのよ。でもね、きっと大好きな愛美ちゃんに、色々里奈が頼っちゃうと思うの。たまに、愛美ちゃんのこと里奈に貸してあげてくれないかしら?」


ふふっと笑いながら言う里奈の母に、吉野は「もちろんです。」と即答した。なんの許可を取ってきたんだか、いかにも里奈の母らしい。


「怒ってないんですか?」


思わず聞いた吉野に里奈の母が笑って答えた。


「怒ってないわよ。順番が逆になっちゃっただけでしょ?康介君は、怒ってたけどね。」


吉野が電話の受話器を握る。


「先輩、怒ってたんすか?」


里奈の母がまた笑う。


「そうなの、もうカンカン!子供のことを康介くんに言わないで、康介くんの夢を優先させた里奈に対して、真っ赤になって怒ってたわ。」


吉野の目に、その姿が目に浮かぶようだった。普段本気で怒ることのない康介だったが、里奈のこととなると別だった。吉野がふっと笑う。


「先輩らしいですね。おばさん、俺、いつか里奈と先輩の結婚式行きたいです。」


電話越しで「そうねえ?」と里奈の母が言う。


「あの子達、2人とも変わってるから。式なんて挙げるのかしら?」


他人事のように言う里奈の母に吉野が苦笑した。里奈が里奈なら、里奈の母も里奈の母だ。電話越しに「そうそう!」と里奈の母の声がする。


「里奈が、いつ吉野君と愛美ちゃん結婚するのかなあ?って言ってたわよ。ちゃんと捕まえときなさいよ、愛美ちゃんモテルんだから。」


娘の一大事より、娘の友達の恋仲のほうが気になるらしいセリフに吉野が「ま、いつかは。」と苦笑しながら返事をする。「あらあ、そんなこと言ってると逃げられちゃうわよ?」と呑気に言う里奈の母の声が電話越しに聞こえた。


「それじゃ、吉野君、里奈とまた遊んでやってね。」


小学生の親みたいなことを言って、里奈の母は電話を切った。受話器を見て、吉野が苦笑くる。心配しているのは、当事者よりも、周りのようだった。


*************************


「あの2人に付け入る隙なんて、なかったんだよな。」


1人苦笑しながら呟やいて、吉野は立ち上がった。コーヒーを飲みながら、吉野は窓から空を見上げる。キラキラと光る星がキレイな空だった。


「あいつ、今でも空ばっか見てんのかな。」


吉野が遠い目になる。吉野が初めて里奈を見たのは教室ではなく体育館だった。女子で1人やたらと上手いのに、ゴローさんに反抗ばっかしてる奴がいると男子の中で評判だったからである。


アップの後ストレッチをしていると、隣にいた康介に突然言われた。


「おまえ、アイツ知ってる?」


吉野がビックリして振り返ると、康介が前屈しながら、女子コートのほうを指差している。吉野は首をかしげた。ぼんやり空を見ている女子の隣が優子だと言うことは知っていたが、吉野はその時、里奈のことはうろ覚えだった。隣の康介が口を開く。


「1年2組、相澤里奈。ゴロー期待の新入生。」


後輩の女子のことなど興味のなさそうな康介に言われて、吉野がビックリして康介を見た。


「2組って、俺と一緒っす。」


吉野の発言には興味なさそうに、康介が「ふ〜ん?」と言って立ち上がった。両手を伸ばして肩を伸ばしながら康介が言う。


「あーやって、なんかぼけぇってしてんだよ、いっつも。」


言われて吉野が、里奈を見ると、確かに1人ぼんやりと窓の外を眺めていた。その横顔に窓からの光が入ってキラキラと光っている。吉野は一瞬ドキッとした。


「面白いぜ、アイツ。練習始まった途端別人になるから。」


ニヤリと笑った康介が言う。吉野はもう1度里奈を見た。そういえば、いつも朝練の格好のままホームルームに来て、担任に怒られている女子がいたような気がする。


「アイツ、女バレだったのか。」


入学したてで、出席番号順に席が決まっていたため、吉野は最後から2番目だった。思い出せば、いつも、廊下側の一番前で怒られてる女子がいた気がする。吉野がまた里奈を見た。ちょうど下を見た里奈の髪がふわっと垂れて、吉野はまたドキッとする。


「コラ!吉野!集合せんか!」


ゴローさんに怒鳴られて慌てて吉野が部員達の元へと走った。さっきまで隣にいたはずの康介はいつの間にか、輪の中心に立っている。


「すいませんっ。」


謝った吉野を見て康介がクックと笑った。吉野が、少しふてくされる。


「あー、ベンチメンバーだが〜」


ゴローさんが喋りだした。吉野はどうせベンチ入りはないと思って、チラリと女子のほうを見る。アップを始めた女子がちょうど、走り出したとこだった。里奈はヤル気があるのかないのかわからない走り方をしている。


「コラ!吉野!女子ばっか見てるんじゃない!」


ゴローさんに怒られて、吉野が「はいっ!」と慌ててキョウツケの姿勢になった。康介達がクックと笑う。


「おまえ〜、そんなんじゃ、メンバーから外すぞ?」


言われた吉野がビックリしてまたキョウツケした。


「えっ?!俺ベンチ入っていいんすか?!」


康介が「期待の新入生しっかり〜」とニヤニヤ笑う。吉野がビックリして康介を見た。康介が眉をあげてニヤッとする。


「まぢ、頑張ります!」


思わず敬礼した吉野を見て、部員達が爆笑した。ゴローさんまで苦笑する。


「相澤にその素直さがあればなぁ。。。」


そう言ってゴローさんはチラリと女子の方を見た。アップを終えた女子がサーブの練習を始めようとしている。その中で、手首をクルクル回しながら、首をポキポキ折っている選手がいた。


吉野が思わず目を奪われる。およそ新入生とは思えない態度のデカさだったが、体から放たれるオーラは群を抜いていた。


順番が回ってきて、窓の外を見上げた里奈の視線が、コートへと戻ってくる。遠目からでもその顔つきは別人と分かった。ふわっとあげたボールに手が吸いついたかと思うと、絶妙なカーブをしてから、反対のコートにボールが落ちる。


「あれ、まぢ1年かよ。」


吉野が思わず呟いた。ゴローさんふっと笑ってから吉野に言う。


「吉野にあのオーラがあったらなぁ。」


吉野がゴローさんを見てまたキョウツケした。


「自分もオーラ出せるように頑張ります!」


部員達が爆笑する。


「オーラなんて、そんな簡単に出せるもんじゃねぇよ。アイツは特別だ。」


康介がポツリと言った。ゴローさんがそうそうと頷いている。


「練習あるのみっ!」


ゴローさんの声に「ウィッス!」と部員達の顔が引き締まる。


「俺も負けられないな。」


膝に手を当てて、部員達と掛け声をかけてから、吉野はコートの上へと走って行った。


*************************


「先輩って、あの頃から里奈のこと好きだったのかな。」


物思いに浸っていた吉野が呟いた。康介が里奈のことを好きらしいと気づいたのは、2学期に入ってからだった。


吉野は密かに想いを打ち明けようと思っていたが、里奈は自分と話していてもボンヤリ空ばかり見ていて、ちっとも会話が進まない。そのくせ康介と話す時には別人みたいに笑顔でニコニコしていた。


優子にそれとなく聞いたこともあるが、それとなくはぐらかされてしまっていたのもある。吉野は里奈に何かと話しかけるようになっていた。


―「ちょっとそこ、俺の定位置だから、あんまり近く立たないでくれる?」―


いつか康介に言われたことを吉野は思い出した。あまり感情をむき出しにしない康介がちょっと真顔になったので、吉野の印象に残っている。


「あれも冬だったな。。」


独り言をいいながら、吉野はコーヒーを啜った。愛美ほどではないが、里奈も高校・大学と、結構男子に人気があった。あまりに里奈が康介を好きすぎて、諦めた奴が何人かいたような気がする。


「なんかでも、あの2人って憎めないんだよなぁ。」


吉野がまた1人苦笑した。康介がいつでも里奈を守っていたことを吉野は知っている。


「先輩早く帰ってこいよ。」


吉野が1人呟いた。今はもう恋愛感情はないにしても、1人で子育てしている里奈のことが、吉野は心配だった。ため息をつきながら、吉野が空を見上げる。吸い込まれそうな空にはさっきよりも沢山の星がキラキラと輝いていた。


*************************


「おぅっ!吉野久しぶり!」


太田が既に酔っ払った顔で手をあげた。吉野が「ちわっす。」と挨拶をする。太田の隣では、既に出来上がった様子の綾乃が「吉野、相変わらずトロいわねぇ。」と肩肘をついてブツブツ言っていた。


「先輩は?」


吉野の問いかけに太田が「トイレ。」と指をさす。1つ空いたグラスを見つけて、吉野は店員に「生2つ。」と注文した。太田がなぜか顔の前で手を振ったので、吉野が怪訝な顔をした。


「康介、奈菜ちゃんに会えるまで、お酒飲まないんだって。」


吉野がビックリした顔で綾乃を見る。綾乃がクスリと笑った。


「2人で乾杯するまでは飲まないって、決めてるみたい。」


吉野の隣に誰か座る気配がした。吉野が振り返る。少し痩せたような気がする康介が、「おせーぞ。」と言って吉野のおでこにデコピンをした。


「痛っ!先輩あいかわらず凶暴すぎだよ!」


康介は知らん顔して、ウーロン茶を頼むと「吉野、おまえコレも飲んで。」と注文したビールを渡してきた。吉野が苦笑する。


「すいません、なんか頼んじゃって。」


吉野がぺこりと頭を下げた。康介が笑う。「相変わらずわつまらんやつだな〜」と言った康介が、ふっと笑った。


「吉野、ありがとな。色々。」


吉野が顔をあげる。頭をブンブンと振ってから吉野が口を開いた。


「先輩、帰ってくるのずっと待ってたんすよ〜。」


半泣きになった吉野を見て、「気持ち悪い奴だな。」と康介が言う。そんな2人のやり取りを見て、太田と綾乃が笑った。


「里奈がここにいたらねぇ。。。」


綾乃がしみじみとした。康介がふっと笑う。


「いつか、連れてくるよ、2人とも。」


そんな康介を見て、太田が「今連れてこいよ〜」と茶化した。康介が「それは無理かな。」と苦笑する。吉野が口を開いた。


「先輩って、いつから里奈のこと好きだったんすか?」


康介がチラッと吉野を見てから、「ん〜?」と首をかしげる。ちょっと遠い目をした康介が口を開いた。


「空見てた時かな。」


吉野の頭に10年以上前の記憶が蘇った。


―「1年2組、相澤里奈。ゴロー期待の新入生。」―


あの時からやっぱ好きだったんか。俺はとんでもない人と恋敵だったんだな。。。吉野が1人苦笑する。


「それって、メンバー発表の日すか?」


康介が「いや、もうちょい後だな。」と言ってから首をかしげた。吉野を指差してにやっと笑った康介が言う。


「メンバー発表の日は、おまえが里奈に一目惚れした日だろ?」


言われた吉野が口をパクパクした。康介がニヤリと笑いながら「図星だろ。」とデコピンする。そんな2人を見ていた、太田と綾乃が爆笑した。


「吉野、里奈好きだったもんねぇ。可哀想に、ずっと片想いしてたのね。」


綾乃が泣き真似をして、康介と太田が今度は爆笑した。吉野が1人目を見開く。


「なんで俺が好きだったの知ってんすか?!」


3人が爆笑した。吉野が1人膨れて酒を煽る。一気に飲み干すと、康介に貰った2杯目を口にした。飲みっぷりのいい吉野を見て、太田が呆れて口を開く。


「おまえ態度バレバレだったぞ?吉野が好きなの気づいてなかったの里奈ちゃんだけじゃねぇの?」


康介が爆笑した。


「あいつ、ほんと鈍感だからな。。お前に言われるまで気付かなかったらしいぜ?」


吉野が真っ赤になって怒った。


「なんで先輩、告ったのしってんすか?!」


康介が「ん~?」とい言いながらにやっと笑った。


「里奈にカマかけたら口滑らせたから。」


綾乃が「里奈らしいわね。」と笑う。


「なんだよ、もう。みんなで俺を笑いものにして。」


綾乃がヨシヨシと吉野の頭をなでた。


「私だって、ずーっと康介に片想いだったんだから、一緒だわ。」


綾乃の発言に、4人とも声をあげて笑った。あの頃話せなかった切ない想いもヤキモチも嫉妬も今なら笑って話せる。時間が経っても、仲間でいられる不思議な関係。大好きなスポーツを通じて知り合った仲間達とは多分、この先何年経ってもずっとこうやって、居心地のいい空間を作り上げて行けるのだろう。


康介、太田、綾乃、吉野。ここにいつか里奈も絶対戻ってくる。あの頃みたいに楽しく笑える日がきっとくる。吉野がそう思ってしみじみした時だった。「あ、そうそう。」そう言って、綾乃がカバンから携帯を取り出した。画面を操作してから康介に渡す。


「先週、ちょうど会ったのよ。」


画面には綾乃に抱かれた女の子が、写っていた。覗きこんだ吉野がぶっと吹き出す。


「まぢ、先輩に似すぎなんすけど!」


笑った顔が康介にそっくりで、太田と綾乃も笑った。康介だけじっと画面を見つめている。そんな康介を見て、綾乃が手渡した携帯の画面をスライドした。そこには、笑顔の里奈と女の子が今度は写っている。


「里奈、幸せそうだったよ?」


綾乃が優しく康介に言った。康介が「うん。」と言ってから、「コレ、ちょうだい?」と綾乃に言う。綾乃が携帯を受け止って、「言うと思った。」と言って、画面を操作しだす。吉野の隣で康介の携帯が鳴った。


「可愛いなぁ、里奈も奈菜も。」


画面を見た康介が、ポツリと言ったのを、吉野がビックリしたように見る。吉野がそんな康介に向かって口を開いた。


「会いに行かないんすか?」


康介が吉野を見ずに「ん〜?」と首をかしげる。


「連絡はとってるよ。」


なんでもないことのように言った康介にビックリして、吉野が口を開いた。


「聞いてないっす!なんだよもぅ!散々心配したのに!」


思わず敬語を忘れた吉野を、康介がふっと笑いながら見た。「誰に向かってタメ語使ってんだよ?」とおでこにデコピンをする。康介が吉野に向かって笑って言った。


「愛美ちゃんと吉野には感謝してるよ。」


おでこを抑えながら、少し酔いの回りの早い吉野が「先輩〜っ。」と康介に抱きついた。康介が苦笑する。太田が「附属の奴らは仲がいいなぁ」と独り言を言った。康介と吉野のやり取りを見ていた綾乃が突然口を開いた。


「で?式はいつなわけ?」


いきなり綾乃に言われて吉野がビックリしながら「なんで知ってんすか?」と言った。綾乃が悪戯っぽく笑う。


「里奈がウキウキしながら、こないだ言ってたのよ。聞いてないわって言ったら、えー!なんで?って驚いてたわ。」


康介が「相変わらずだな。」と言って苦笑した。吉野も苦笑する。


「なんだ、今日ちゃんと、言おうと思ってたんすよ。」


ちょっと膨れた吉野を見て3人が笑った。綾乃が「2次会でイイ男捕まえなくちゃ。」とウキウキしながら言う。そんな綾乃を見て、「相変わらずだな。」と康介が苦笑した。


「先輩も来てください。」


康介の方を、振り返った吉野が言った。康介が「もちろん。」と言ってからクックと笑う。吉野が「なんすか?」とふくれっ面になった。


「いや、おまえのスピーチとかまぢウケそう。」


太田と綾乃が爆笑した。吉野が1人ふくれっ面で「なんだよ、3人して。」とブツブツ言う。そんな吉野に康介がまたデコピンした。


「コラ、誰に向かってタメ語使ってんだよ。」


また「痛っ。」とおでこを抑えた吉野がちょっと真顔で言った。


「あの、奈菜ちゃんに・・・」


吉野の言葉を遮るように綾乃が言う。


「そうそう、リングガールやるんだって!もう里奈も奈菜もウキウキだったよ!」


吉野が「もー!」と怒った。


「なんで先に言うんだよ~。父親にちゃんと許可とろうと思ったのに。」


康介が苦笑した。吉野の頭にポンっと手を載せた康介が言う。


「喜んでお受けします。」


頭をあげた吉野に康介が優しく笑った。吉野が目を見張る。


「先輩、そんな優しい顔することあるんすね?!」


綾乃が不思議そうに言った。


「あら?知らなかったの?康介って里奈の話ししてる時はいつもこんな感じの顔よ?」


吉野が驚いて、ちょっと落胆して見せた。


「なんだ、こんな優しい顔もするんじゃ勝目ないじゃん。」


太田が「可哀想になあ。」と言って、笑いながら吉野に新しいコップを渡した。吉野も泣き真似しながら、「ほんと俺可愛そうです。」と言って、笑ってお酌を受ける。みんな笑っていた。でもどこか淋しさが潜んでいる。綾乃が店の窓から見える夜空を見上げながらポツリと言った。


「康介、早く里奈をここに連れてきて。やっぱり里奈がいないと私なんか調子でないわ。」


康介もつられて空を見上げながら、ふっと笑って言った。


「そうだな。俺もそうしたいよ。」


見上げた空には星がキラキラと光っている。星空を見あげた吉野が言った。


「あいつ、今でも空見てんすかね。」


康介が苦笑した。


「見てるよ、きっと。」


黙っていた太田が口を開く。


「康介、おまえもちゃんと式あげろよ?」


康介が「そうだなあ。」と首をかしげる。康介のほうを見た吉野に、康介が笑いながら言った。


「なんか空がキレイそうな式場、探しといて?」


吉野がニヤっと笑った。


「愛美が勝手に探してました。」


そう言うと、吉野がカバンからゴソゴソ何かを取り出して、康介にドサッとチラシの束を渡した。目線をあげた康介に吉野がニヤニヤしながら言う。


「先輩に今日会うって言ったら、絶対渡せって言われて。」


綾乃がチラシの束のいくつかをつまんで見た。


「あら、さすが愛美ちゃん。里奈の好きそうなところばっかりじゃない。」


そう言ってから、康介のことをちょっと睨んで綾乃が言った。


「康介、けじめはちゃんとつけるのよ。」


康介がチラシを見ながら笑って言った。


「言われなくても。」


4人が笑った。


「康介と吉野と里奈ちゃんにかんぱーい!」


太田が高々とグラスをあげる。それは里奈が卒業してから7年経った冬の夜の出来事だった。





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