第1章
春
「ねぇ、里奈はサークルどうするの?」
「ん?」
愛美に話かけられて、里奈は食べていたラーメンの箸を止めた。里奈が、上目遣いに向かいに座っている愛美を見る。愛美も里奈と同じように、ラーメンをすすっていた。
女子大生なんだから、ラーメンなんかよりもっとオシャレなものを食べればいいんだが、なんせ、この大学の学食は旨い。しかも、この豚骨ラーメンときたら最高だ。
サークルか。。。
バレーサークに入る心は決まっているのだが、果たして今ここで、どのサークルに入るのかを、愛美に話すべきかどうか、里奈は一瞬考えた。
里奈が首をひねって、質問に答えないでいると、大きな瞳をクリクリさせながら、いたずらっぽく愛美が笑う。
「どーせ先輩追っかけて同じサークル入るんでしょ〜?」
…ばれてる。
愛美はとぼけているようで、里奈の性格を見抜いていた。元来わかりやすい里奈のことだ。多分、愛美でなくても、里奈の態度で誰にでもバレバレだろう。
「もうさぁ、そんなに好きなんだから、もっかい付き合っちゃいなよ?まだ2人で会ったりしてるんでしょ?それにしてもさ、一途だよねぇ、男なんていっぱいいるのにさ、偉いわ、里奈は、うんうん。」
何が偉いのかよくわからないが、愛美は1人で納得して、残ったラーメンをまたズルズル食べ始めた。ラーメンを食べているのに、片手で垂れた髪の毛を押さえている姿が妙に色っぽい。私も男子だったら、愛美に恋をするのかな?と、里奈はどうでもいいことを考えた。
愛美とはクラスも部活も違ったが、お互い運動部で、練習前や練習後の更衣室や購買で話すうちに仲良くなった。人の意見に左右されず、さっぱりとした性格で、喜怒哀楽が激しい里奈とは妙にウマが合う。
愛美はモテた。男子にも媚びず、女子とも群れをなさない。変わったといえば変わった性格だったが、裏表なく素直で明るい性格で、高校時代、大体の男子は愛美に恋をしていた。
愛美は顔も可愛く、とにかくモテるので、女子から僻まれることも少なくなかったが、本人は特に気にしていないようで、男子から告白されては、付き合ったり別れたりしていた。里奈の知る限り、愛美に彼氏がいなかったコトはない。
「一途っていうか、忘れられないもんは忘れられないんだもん。嫌いになって別れたわけじゃないし。。。」
里奈が口を尖らせながら言う。愛美がちょっと呆れながら答えた。
「だから、もっかい付き合っちゃえば?って言ってんの。もう里奈的には、大丈夫なんでしょ?」
別れた理由を知っている愛美が言う。里奈が答えないでいると、悪戯っぽく笑いながら里奈を見て、愛美が話題を変えた。
「ってかさ、里奈、吉野に告られたでしょ?」
里奈が視線を愛美に向ける。どうして知ってるんだろう?愛美にその事を話した記憶はなかった。愛美が続ける。
「もうさ、吉野と一回付き合ってみたら?付き合ったら、先輩より好きになれるかもよ?終わった恋より新しい恋だよ、コ・イ。」
先輩と付き合えとか吉野の付き合えとか、愛美の話は時々ムチャクチャだ。里奈がちょっと呆れて、ふうっとため息をつく。
「新しい恋ねぇ。。。」
里奈が下を向いてつぶやいた。愛美が何を悩んでいるんだ?と言う顔をする。里奈が首を振った。愛美が「なんで?」と首をかしげる。
卒業式前に、吉野には確かに好きだと言われた。でも、付き合いたいとかそういうことを吉野が言ったわけではない。同じバレー部だった吉野は、里奈に忘れられない人がいることは百も承知で、「待ってる」と言ってくれたのだった。
*************************
「あれ?里奈?珍しいな」
珍しく朝寝坊をした朝だった。現役を終えても、なんとなく毎日朝練に行っていた里奈だったが、その日はあわや遅刻という電車にギリギリ間に合ったのである。小走りで走っていた里奈は声の主の方を振り返った。
「あれ?吉野だって、珍しいじゃん。朝練行かなかったの?」
吉野も現役を終えても朝練に必ず行くバレー馬鹿で、里奈が知る限り、吉野が遅刻をするイメージはない。里奈は小走りで歩くのをやめて、吉野と並んで歩くことにした。今まで気付かなかったが、隣に並ぶと結構大きい。
「いや、なんか今日は起きれなくてさ、授業に間に合ったのが奇跡。」
吉野の言葉に、里奈が思わず吹き出す。
「私も一緒〜。なんか今日は起きられなかった」
吉野も笑う。
「気が合うな〜、付き合っちまうか?」
里奈が吹き出す。
「なにそれ?話が急だよ。」
笑った里奈を見て、吉野が笑いながら喋りだす。
「いや、だってこんな偶然ないだろ〜?2人とも現役でもないのに、朝練、今まで皆勤賞。そんな2人がたまたま同じ日に寝坊して降りた電車がたまたま一緒とか、ちょっと運命感じるじゃん?」
考えがぶっ飛んでると思ったが、里奈は笑って答えた。
「まぁ、一理あるかな?」
吉野が、だろ?という顔をする。よく晴れた日で、隣で歩く吉野の髪が青空の下でキラキラ光って眩しかった。妙に機嫌のいい、吉野の声が上から聞こえる。
「お、今日快晴じゃん!なんか良いことあっかな〜」
明るくて無邪気だなあと、里奈は思った。思わず見惚れてしまった里奈を見て、ちょっと照れながら、吉野が言う。
「なんだよ?そんな見んなよ〜 照れんじゃん。俺に恋しちゃった?」
里奈は「バーカ」と言って苦笑した。里奈の気持ちを知っているらしい吉野が、「だよな」と呟く。キョトンとした里奈と吉野が視線が空中で一瞬絡み会った。少しだけ真顔になった気がした吉野が先に目を逸らす。
「先輩はいいなあ。」
吉野が呟いだ。里奈がまたキョトンとする。
「何が?」
吉野がちょっと苦笑して答える。
「いや、里奈にずっと想っててもらえていいなあって思って。」
里奈はちょっと黙ってから、首を傾けて、空を見上げた。吉野に言うでもなく、ポツリと呟く。
「また彼女にしてくれるかなあ。」
隣で吉野が苦笑した。里奈は晴れた青空にしばし目を奪われる。あの日もこんな風に晴れてたなあ。隣で吉野が何か言った気がした。物思いにふけっていた里奈が聞き返す。
「え?」
吉野がまた苦笑した。
「だから、もし彼女にまたなれなかったら、俺んとこ来いよって言ったの。」
里奈がキョトンとする。
「は?」
吉野がわからない奴だなという顔をした。
「だから、里奈が振られたら、俺んとこ来いって言ってんの。何回も言わせんなよ。」
里奈が頬っぺたを膨らませて怒る。
「なんで振られるって決まってんの?」
吉野が、そんな里奈を見て笑った。
「なんだよ〜、さっき里奈が、また彼女になれるかなあって、弱気なこと言ったんじゃん。そんなこと言われたら、期待するだろ?」
里奈がちょっとビックリする。
「は?期待ってなに?吉野って私のこと、まさか好きなの?」
吉野が吹き出した。里奈の頭をコツンと叩く。叩かれた頭を里奈は抑えた。あの日もこんな風に頭を抑えたことを思い出す。そんな里奈を見ながら吉野が笑って言った。
「里奈はほんとに先輩は好きなんだな。俺がずっと里奈のこと好きなの、とっくに気づいてくれてると思ってたけど。入り込む余地なしか~。」
吉野が苦笑する。里奈はそんな吉野をじっと見つめた。いつから好きでいてくれたんだろう?全然思い当たらず、里奈は首を横に振った。思ったことが全部口から出る里奈が吉野に言う。
「ごめん、全然気づいてなかった。でも、私、吉野とは今付き合えないよ?」
吉野が里奈を見て頷いた。振られることはわかっていたのかもしれない。少しテンションの下がった吉野が里奈を見て、ふっと笑った。
「里奈の気持ちはわかってるよ。お前が嘘つけないのもな。里奈はバレーも恋も全力投球だからな。」
里奈が吉野を見上げる。黙っていると、また吉野が続けた。
「俺もさ、里奈みたいに一途なんだよ。だから、俺は里奈のこと今は待ってる。里奈がもしも先輩に振られたら、そしたら、俺んとここいよ。待ってるから。」
吉野が少し寂しそうに笑う。振られたらと言われたことに対して、里奈は今度は頬っぺたを膨らませなかった。
「ありがと。」
素直に溢れでた里奈の言葉に、吉野の目元が緩む。
「おう。なんか葬式みたいな雰囲気になっちまったなー。」
吉野が空を見上げた。里奈もつられて空を見る。
「キレイな空だね。」
里奈が言った。
「ほんとだな。」
里奈と同じように空を見つめる吉野の姿に、里奈は自分の姿が重なって見えた。
*************************
物思いにふけっていた里奈が我に返る。愛美が肘をついて、里奈を見ていた。どうやら、随分愛美を待たせていたらしい。
「まったく、なんちゅう顔してんのよ?話、聞いてんの?」
愛美がちょっと怒りながら続ける。
「せっかく女子大生になったんだし、恋人の1人や2人くらい作りなさいって。一途なのはいいけど、実らなくっちゃなんにもなんないでしょ?」
まったくもう、とぷんぷん怒りながら、愛美は食べ終わった食器を片付けるために立ち上がった。態度とは裏腹に、言い方は優しい。多分、本気で怒っているわけではないのだろう。
「私、コーヒー買ってくるけど、里奈もいる?」
愛美が里奈に聞く。里奈は「いらない。」と言ってから、食べ残したラーメンをまた啜りはじめた。愛美がぶつくさ言いながら行ってしまったので、里奈は1人ぼんやりと学食の窓から空を見上げる。
4月も半ばになり、ようやく暖かくなってきて、見上げた空は綿菓子のような雲が並んでいて、なんだかあったかい。建物の外では、あちこちでサークルや体育会の勧誘がされていて、新入生達が楽しそうにテラスの上を歩いていた。
可愛い子は勧誘に引っ張りだこにされている。愛美も、この調子だとしばらく帰ってこないだろう。愛美は群を抜いて、かわいい。里奈は食べ終わった食器も片付けず、愛美の席に山積みになっている勧誘のチラシをボンヤリと見ながら、椅子の背もたれに寄っかかった。
「なんでこんなに好きなんだろなぁ。」
いつものように里奈の口から独り言がこぼれる。椅子によっかかって、体ごと上を見上げた時だった。
「豚骨ラーメンが?」
突然頭の上から声がして、里奈はびっくりして、バランスを崩した。もう少しで椅子からひっくり返りそうだったことに腹を立て、頬っぺたを膨らましながら声の主を振り返る。
「ビックリした。いきなり話しかけないでよ。」
里奈が声の主を睨んだ。声の主とは、康介である。
トレーにラーメンとカレーを載せた康介は里奈の慌てた様子を見て、クックと笑った。このタイミングで登場しないでよ、と内心毒づいてる里奈の気持ちなどお構いなしに言う。
「いや、名前呼んだんだけど、気づかなかったんだよ。ここ、空いてる?」
相当お腹がすいているのか、里奈の返事も待たずにさっさと隣の席に腰をかけると、康介は割り箸を割って、ラーメンを食べ始めた。里奈はそんな康介を見て、ため息をつく。この人はなんで、いつもこんなに、私の心にズカズカ入ってくるんだろう。里奈は、自分もわりと図々しい性格をしていることを忘れて、少し呆れて、康介の事を見た。
「ラーメンとカレーって。。相変わらずよく食べるね。ってか、何でここにいんの?」
ズルズル旨そうにラーメンを食べる康介を見ながら、里奈はよくそんな早く食べられるなあと無駄な感心をした。康介が目線だけ里奈のほうに動かして答える。
「勧誘してたら腹減ったんだよ。朝から何も食ってなくてさ。飯食おうと思ったら、里奈が1人でぼけっとしてたわけ。1人で食うより、2人のが楽しいじゃん?」
-2人のが楽しいじゃん-
里奈はにやけそうな顔を無理やり元に戻してから、つっけんどんな物言いをした。
「どうせ昨日も朝まで飲んでて二日酔いかなんかでしょ?」
また食べるのをやめずに、康介がチラッと里奈を見ながら、眉毛をちょっと上げてみせる。機嫌がいい時の康介のクセだ。
「正解。よくわかってんじゃん。」
あっという間にラーメンを食べ終えると、康介はカレーをガツガツ食べ始めた。そんな康介を見ながら、里奈は1人、また物思いにふける。
康介と里奈、それに吉野と愛美は、附属高校に通っていた。偏差値もそこそこあり、半分近くは外部に進学するのだが、残り半分は大体そのまま内部に進学する。特に半分しか内部に上がれないというわけではないのだが、何故か受験組と内部推薦組が毎年半々になるのが定例だった。
部活ばかりやってたタイプは内部推薦組が多く、里奈もそのくちだった。部活ばかりやっていたのだから、当然といえば当然である。同じバレー部だった康介も内部推薦組で、追っかけたつもりはないのだが、里奈はまた、この春から康介と同じ学校に通うことになった。
「おまえ、そういやサークルどうすんの?」
康介の声で里奈は現実に引き戻される。既にカレーを食べ終えていた康介は、「旨いな、これ。」と言いながら、里奈のお茶を勝手にゴクゴク飲んでいた。ペットボトルを里奈に返してから、康介は当たり前のように、里奈の食器まで自分のトレーに片付け始める。
質問に答えないでいると、片付けていた康介の手が止まった。一瞬じっと里奈を見てから康介がふっと笑いながら言う。
「その感じだど決めてないな。うち入れば?女子でバレー、ガチでやりたいなら、うちしかないぞ?」
目をあげた里奈の視線が一瞬だけ、空中で康介の視線と絡み合う。里奈は頭をちょっと傾けて、康介に聞いた。
「入っていいの?」
聞き返した里奈を不思議そうに見つめながら、康介が今度はぷっと笑った。里奈の頭に手をぽんっと置いてから、康介が言う。
「入るか入らないかは、里奈が決めることだろ?俺の許可はいらないはずだ。ま、俺は里奈が同じサークル入ってくれたほうが安心だけどな。」
頭に置いた手を話して、康介が視線をちょっと逸らした。
「安心?」
目をあげた里奈の視線が、また一瞬だけ、空中で康介の視線と絡み合う。また視線を逸らした康介が、立ち上がりながら里奈に言った。
「そ、安心。変な虫が寄ってこないように見張ってなきゃいけないだろ?同じサークルなら、俺の目が行き届くからな。里奈は昔からなんか危なっかしいから。。お、愛美ちゃん帰ってきた。」
里奈の心をグラグラ揺さぶる事をサラリと言って、康介は2人分の食器も持って立ち上がった。すでに視線は里奈から外れ、愛美に向かって片手を挙げてみせる。
「おー、久しぶり。愛美ちゃん勧誘されすぎだな。」
また山のように勧誘のチラシを手にして戻ってきた愛美を見て、康介がケラケラ笑った。愛美もつられてニカっと笑う。
「先輩、勧誘サボってナンパしてていいんですかあ?」
愛美は茶目っ気のある顔で康介を覗き込んだ。大体の男子はこの笑顔にやられるらしいのだが、康介は何故かときめかないらしい。
「ナンパじゃねえよ。なんで里奈のことナンパすんだよ。飯食ってただけ。んじゃ、俺行くわ、またな。」
ちょっと苦笑しながら言う康介を、愛美はシッシとばかりに追い払おうとする。仮にも先輩なのにヒドイ扱いだ。康介も「俺は犬じゃねえぞ。」と言いながら、その扱いを特に気にしている様子はない。
「今度飲みに連れてってくださいねー。」
立ち去ろうとする康介の後ろ姿に向かって、愛美が言う。愛美は酒好きだ。「はいはい、気が向いたらね。」と言いながら、康介は振り返りもせずに行ってしまった。そんな後ろ姿を見ながら、里奈はまた、ふうっとため息をつく。
「なんでこんなに好きなんだろなぁ。」
今日何度目かのセリフを里奈は口にした。康介からは相変わらず視線が離せない。
「先輩のこと?バレーのこと?」
目線をうつすと、愛美がコーヒーを啜りながら、ニヤケ顔で自分の席に座っていた。いらないと言ったのに、ちゃんと里奈の分までコーヒーを買ってきてくれている。多分、愛美のこうゆうさりげない優しさも男心を揺さぶるんだろう。
「でも私はさ、ハッキリしない男って、嫌いなんだよね。新しい恋だって、新しいコ・イ。」
ハッキリしない男とは、康介のことを言っているのだろう。里奈が少しふくれっ面をすると、愛美がドサッと手に持っていたチラシの束を里奈に寄こしてきた。目線をあげるとウインクしている愛美と目があった。
「なあに?これ?」
里奈が首をかしげながら聞く。
「ん?チラシ、サークルの。私はテニスしか興味ないから、それは里奈にあげる。」
それは、大学にあるバレーサークルのチラシの山だった。
*************************
「悪いね、愛美、付き合わせちゃって。」
「いいよ。私、お酒飲むの好きだし、タダだし♪」
新歓コンパを抜け出して、里奈は駅に向かって、葉桜になった桜並木の下を愛美と歩いていた。里奈も愛美もお酒が強いが、愛美の酒好きにはどうやったって勝てない。
相当飲んだはずだが、愛美はピンピンしていて、鼻歌を歌いながら、ヒールの高い靴で、桜並木に敷かれた石畳をぴょんぴょんと飛んでいた。愛美は時々、子供みたいなことをする。
「なんかしっくりこないんだよなぁ、サークル探すのやめようかな。」
コンビニで買ったお茶を飲みながら、里奈はまた、ため息をついた。愛美はまだ、石畳の上を飛び回っている。どうやら、機嫌がいいらしい。
今日のサークルのノリも好きになれず、里奈は明日どうしようかな?と夜空を見上げた。都心から少し離れたキャンパスだけあって、夜になると少し星がキラキラ光っている。
キレイだなあ。。里奈が1人ぼんやり空を見ていると、向こうで愛美の声がした。
「あれ?吉野と康介先輩だ。おーい、こっちこっち~?2人とも今帰りですか~?」
見ると、練習を終えたらしい康介と吉野が数人と連れ立って歩いている。練習後にみんなで、ご飯でも食べていたのだろう。こんな時間まで体育館は空いていない。
輪を抜けてきた吉野が愛美に話しかけた。
「お、今日も飲んでんのか、愛美はサークル決まった?」
愛美が無駄にピースサインをしながら答える。
「私は決まった~。もうさ、里奈が全然決まんないから、毎日付き合ってあげてんの。」
優しいでしょ?と言ってから、愛美は吉野と世間話を始めた。吉野と愛美は仲が良い。恋仲にならないのが不思議なくらいだ。こんなに仲が良いのだから、どっちかが好きになっても良さそうだが、何故かそうはならないらしい。里奈はどうして、吉野が自分に告ってきたのか未だに解らず、ちょっと首をかしげた。
男子バレー部のキャプテンだった吉野は、少し細身で背が高く、女子に人気がある。おまけに頭も良くてキレイな顔立ちをしているのだから、モテないわけがない。そんな吉野が高校3年間彼女がいなかったのは、里奈のことが好きだったからのようだが、里奈にとっては、今はどうでもいいことだった。
そんな吉野は、体育会はさっさと諦めて、康介と同じ、ガチのバレーサークルのに入ることに決めたらしい。女子は体育会がないため、本気でバレーをしたかったら、康介と吉野と同じサークルに入るのしかないのだが、里奈は何故か迷っていた。何を迷っているのかは、自分でもよくわからない。
「んで?うちに入ることにしたわけ?」
不意に声がして振り返ると、いつの間にか仲間の輪から抜け出してきた康介が、里奈の隣に立っていた。手には練習着が入っているらしい大きなカバンを持っている。里奈がまた星空を見上げると、康介もつられて空を見上げた。
「まだ、決めてない。バレーはしたいんだけど、なんかさ、なんかね。。。」
煮え切らない里奈の返答に康介が、苦笑して答える。
「迷うとこかねえ?里奈上手いんだし、バレーやめちゃうのもったいけどなあ。」
理由はバレーだけじゃないんだけどな。里奈が返事をしないでいると、吉野と愛美が近づいてきた。吉野が笑って里奈に話しかける。振られても普通に接してくれる吉野の態度が里奈にはありがたかった。
「里奈は入んないの?上手い奴ばっかりで面白いぜ~。多分、里奈ならすぐレギュラーとれるよ。ねえ、先輩?」
吉野が康介のほうを振り返る。康介が視線を吉野のほうに向けた。また空を見上げながら、康介は「そうだなあ?」と顎に手を当てながら考えている。少ししてちょっと首を捻ってから、康介が答えた。
「う~ん、ポジションが被んだよな。ま、練習次第じゃねえの?里奈、引退してから体なまってるだろうし。」
現役時代よりちょっと丸くなった里奈を見て康介がにやりと笑う。里奈は太ったことを指摘されて、頬っぺたを膨らませた。そんな里奈を見て、康介がクックと笑う。里奈が康介に何か言い返そうとした時だった。
「あー、同じなんすか、ポジション。そりゃ、里奈頑張んなくちゃだな。ま、俺もだけど。」
吉野の妙に納得した声がして、里奈は吉野のほうを振り返った。自分もというのは、きっと吉野も、エースか誰かとポジションでも被っているのだろう。康介と吉野はポジションが違う。
「同じって?」
里奈はなんのことだろう?と不思議に思って、吉野に問いかけた。吉野はそんな里奈を見て、微笑みながら答える。
「女子のエースの先輩と里奈、同じポジションなんだよ。すげえ上手くてさ。ええっと、綾乃さん?でしたっけ?」
吉野が康介に問いかける。
「そ、綾乃。」
康介が答えた。康介を見た里奈の視線が、康介の視線と空中で絡み合う。目を逸らしたのは里奈だった。
-綾乃-
星空を見上げながら、里奈の心が高校生の頃に引き戻されていった。
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