避暑

「暑いねえ、今日も。」


隣で受付をしていた優子が珍しく愚痴っぽく言った。里奈がちょっとびっくりして優子を見る。優子が愚痴を言うのを里奈はあまり聞いたことがない。額に汗が流れているのを見て、里奈は「はい。」とタオルを優子に渡した。笑顔で受け取った里奈を見て、里奈が微笑む。


今年は高気圧が張り出しているらしく、毎日うだるような暑さがつづいていた。晴れ渡った空は高く青い。里奈と優子がいる受付は日陰ではあるものの、風がなく、座っているだけでもじっとりと汗が流れ出てくるサウナのような状態だった。普段体育館の暑さにはなれている里奈達であったが、


「バレーしてるほうが楽なくらいね。」


隣の優子が苦笑した。里奈が頷く。一緒にバイトしようと言いだしたのは優子だったが、ちょっと後悔しているように里奈には見えた。それでもサボらずキチンとバイトをしているのだから、優子は根がまじめなんだろう。


大学の夏休みは長い。夏だけでなく、冬も春も休みだらけで、土日もなく部活をやっていた高校生の頃と違って、になったような気がする。おかげでバイトも出来るわけだが、里奈はそんな大学生の中では忙しい方だった。


お遊びではなく、練習がキチンとあるサークルに所属しているのもあったが、意外にレポートや実習が多い学部で、大学生なのに、夏休みにもみっちり宿

がある。レポートというやつだ。文句こそは言わないものの、同じ学部の優子もちょっとこのレポートの多さには嫌気がさしているようだった。


「みんな、楽しそうだねえ。」


隣に座っている優子がポツリと言った。里奈も頷く。真っ青に晴れた太陽の下で泳ぐ子供達は、屈託のない笑顔ではしゃいでいる。お昼すぎになったこともあって、プールの入口は空いていた。暇だが、バイト中にレポートをやるわけにもいかず、里奈も「暑いなあ。」とヒマそうに呟く。


「そういえば・・・」


言いかけてから、優子が足元にあるカバンをゴソゴソといじった。里奈が顔を向けると、手帳に挟んだ紙を優子が差し出す。


「練習表持ってきた。里奈都合つく日、一緒にいかない?可南子達が来て欲しいって。」


可南子とは、2コ下の高校の後輩の名前だ。高校の頃から里奈や優子によくなついていて、今年の女子のキャプテンをやっている。夏休みにOBやOGが練習に来るのは珍しくないことで、里奈達に後輩から、お呼びがかかったというわけだ。可南子くらいの実力なら、上手い先輩と練習したほうが楽しいという思いもあるのかもしれない。


「今日手帳忘れちゃったんだよなあ。」


予定表を受け取りながら里奈がすまなそうに、ペロっと下を出した。優子がそんな里奈を見て笑う。里奈がどこか抜けているのはいつものことだ。休憩の笛の音が鳴る。里奈と優子はおしゃべりをするのをやめた。休憩時間に退場する入場者がわりと多いからである。


「あら、里奈じゃない。」


出口ではなく入口のほうで声がした。振り向くと、綾乃と数人の男女がプールの入口に立っている。里奈が「あれ?」と言って、ペコンと挨拶した。


「なーにー?ここでバイトしてたの?」


綾乃が大きな声で里奈に聞く。愛美曰く、綾乃はなところがあった。里奈も最近そう思う。暑いこともあってか、出口のほうにくる入場者は少なかった。みんな1日券でも持っているのだろう。里奈は優子に断ると、席を立った。


「先輩来るなら連絡くださいよ、割引券あったのに。」


里奈が綾乃に向かっていった。他の先輩のことは、づけで呼んでいるが、何故か里奈は綾乃のことだけ綾乃と呼んでいた。自分でも理由はよくわからない。


「だから、やめてって言ってるでしょ?」


綾乃が苦笑しながら、周りにいる数人に里奈を紹介した。


「ほら、これが里奈。」


雑な説明だったが、どうやら周りにいる男女には里奈が誰だかわかっていたらしい。「へえ。」とか「ああ。」とか相槌を打ちながら、里奈を見た。里奈がキョトンとして首をかしげる。


「ちょっと里奈、挨拶しなさいよ。ほら、排球の他大の子達。」


というのは、里奈達のサークルが所属している関東の大学バレーボール同好会連盟のことだ。名前に排球の文字はないのだが、バレーボールだから、仲間内では何故かと呼ばれている。大会の運営や他大学との練習試合などをする役員が各大学に必ず男女1名ずついて、里奈達の大学では、綾乃がその役員をやっていた。男子は太田が役員をしている。


役員同士は仲がよく、プライベートでもよく遊んでいると話を聞いたことがあった。試合会場でしか会ったことがない他大の先輩の顔など、入学して数ヶ月で覚えているわけがない。元来、人の顔と名前を覚えるのが苦手な里奈のことだ。自分の大学ですら、引退している4年生の名前を全員覚えているのか怪しかった。


「どうも、プールですか?」


里奈が当たり前のことを聞いた。プールの受付でこれから入場しようとする人達に対する質問ではない。綾乃達がぷっと笑って苦笑した。


「ね、なんか抜けてるでしょ?バレーは、ずば抜けてるんだけどね。」


どうやら里奈のことは、3年生の中でも話題に上がっているらしい。綾乃が「まったく里奈は・・・」とぶつくさ言ってるのを無視して、里奈は慌てて入場券を買おうとしている、男子の手を止めた。「優子なら持ってるかも」と言って、綾乃に断りもせず、受付へと小走りで戻る。里奈の話し方も肝心なところがよく抜けていた。


「先輩、やっぱり優子持ってました~。」


優子が誰なのかを紹介もせずに、里奈が受付から小走りに綾乃達の元に戻る。手には4枚の割引券を持っていた。半額になるから、あるかないかでは結構大きい。笑顔で「はい。」と綾乃に渡すと、周りの男子がそれを見て、「おっ!」と声を上げた。


「里奈ちゃん、サンキュー。康介によろしくな。」


康介と付き合ってるのを知っているらしい、もう1人の男子が言う。どこかで見たような気がするが、里奈は顔を思い出せなかった。里奈が見上げながら、頭をさげる。


「俺のこと知らない?」


里奈が素直にコクンと頷く。綾乃がまた「コラッ。」っとまた声をあげた。どうやら有名人らしい。質問した男子が里奈の反応を見て笑った。


「さすが康介の彼女だな。俺結構有名だぜ?」


里奈が首を捻る。さすが康介の彼女とはどういうことだろう?「う~ん。」と顎を駆きながら考えていると、綾乃が口を挟んだ。


「ほら、役員の会長やってるU大の隆だよ、隆。」


里奈が「はあ?」と言って、頭をさげる。ハッキリ言って、全く知らないと言っても過言ではなかった。優子に言ったら、また覚えてないの?と呆れられそうだ。


「ほら、康介とか綾乃と一緒に練習行ったことあるだろ?あと、康介に誘われて引退試合も観に行ったかな?」


里奈が顔をあげる。康介が他大生とも交流しているのを里奈は知らなかった。そういえば、吉野が今度他大との1年飲みがあると行っていた気がする。里奈は大学ってなんか人付き合いが大変だなと検討違いなことを考えた。


「里奈~。」


優子の声がして、里奈が受付を振り返る。見ると、いつの間にか、帰る支度を終えた子供達で出口が賑わっていた。


「あ、すいません。それ、良かったら使ってくださいね。」


そう言うと、ペコリと挨拶をして里奈は優子の方へと走っていった。


***********************


「なあ、俺もプール行きたいんだけど。」


里奈の家のソファーで寝っ転がっていた康介に言われて、里奈は顔をあげた。里奈の大学入学を機に、海外に単身赴任をしていた父親の元へ母親が引っ越してしまったので、里奈は今一人暮しをしている。今日はバイトも練習もなかったが、特に予定もなかったので、里奈は朝から1人レポートに取り組んでいた。そこにバイトを終えた康介がやってきたわけである。


「ああ、綾乃先輩から聞いたの?」


里奈はそう言うと、割引券を探すため、手帳を開いた。確か手帳のポケットにまだ数枚挟まっていたはずだ。里奈が見つけて康介に渡そうとすると、康介は「それはいらない」。と首を振った。里奈が怪訝な顔をする。


「は?今欲しいって言わなかった。」


里奈が膨れた。康介が「違う違う。」と顔の前で手をふる。


「プール行きたいって言ったんだよ、割引券欲しいとは言ってない。」


里奈が「ああ。」と納得した。


「なんだ、割引券が欲しいのかと思った。ごめん、間違えちゃった。」


里奈はペロっと下を出すと、割引券を元の場所に戻して、レポートの続きに取りかかる。今日は特に約束していたわけではなかったので、キリのいいところまでやらせてと、康介には断ってあった。康介も疲れているのか、さっきからソファーの上でゴロゴロしている。


「だからさ、里奈とプール行きたいんだけど。」


レポートの構成について熱心に図を書き込んでいた里奈は、康介の言葉を聞き逃した。


「え?」


目線だけあげて里奈が問い返す。康介が、そんな里奈を見て苦笑した。


「ま、いいや。それあとどれ位で終わる?」


康介がレポートを指さした。


「あと、1枚かな。あ、ごめん、何か飲む?」


里奈が冷蔵庫を開けようと立ち上がると、康介が首を振ってそれを制した。


「ありがと、大丈夫。あのさ、終わったらさ、花火行かね?」


里奈の目が大きく開いて、康介を見た。


「え?今日どこかでやってるの?行く行く!レポート終わった終わった!」


急にテンションの上がった里奈を見て、康介がふっと笑う。


「いや、それはやっちゃって?今日仕上げるつもりだったんだろ?」


康介にたしなめられて、里奈が膨れる。


「えー。もう気分が乗らないんだけど、浴衣どこしまってたかなあ?」


里奈が立ち上がりかけると、康介が里奈の頭をコツンと叩いた。


「コラッ。それ終わらせるまでは行かないから。ってか、キッチン借りていい?」


里奈が膨れながら頷くと、康介がふわっと里奈の頬に口を寄せてから、耳元で言った。


「里奈の大好きな枝豆と唐揚げ作っといてやるから、早く終わらせちゃって?」


康介が優しく言う。里奈が笑顔で頷いた。


「ありがとっ。ちゃちゃっとやるね。」


康介がまた里奈の頭をコツンと叩いてから言う。


「コラッ、ちゃちゃっとやるな。真面目にレポートはやりなさい。まだ3時だから、花火まで時間あるよ。」


里奈はまたちょっと膨れたが、すぐ笑顔になって言った。


「ね、カレーも食べたいな。」


康介がふっと笑う。


「アホか、夏にカレー持ち歩いたら、腐るわ。」


康介は笑ってそう言うと、ソファーから立ち上がった。さっき来る時にスーパーで買ってきたらしい枝豆と鶏肉を冷蔵庫から取り出す。大学に入ってから、ホテルの厨房でバイトしている康介は料理が上手かった。里奈の家だけでなく、太田の家でも作っているらしい。


里奈は料理をしている康介の後ろ姿を見ているのが好きだった。大きくてちょっと太めの広い背中、筋肉がついてがっちりしている肩。里奈はその後ろ姿を見つめてから、ふっと笑って、またレポートに取り掛かる。キッチンから聞こえてくる心地よい料理の音を聞きながら、里奈はテンポよくレポートをまとめ始めた。


***********************


「わあ、すごい人だねえ。」


浴衣を来た里奈がはしゃぐ。駅から降りると、会場までの道は人でまみれていて、康介と里奈はモミクチャにされながら、駅までの道を歩いていた。背の高い康介は、顔一つ周りから出ていて、ちょっと涼しそうな顔をしている。里奈はちょっと浴衣を着てきたのを後悔した。暑いし、歩きにくいし、ロクなことがない。


「あーあ、服で来れば良かった。」


里奈の口から本音が溢れた。康介が、「なんで?」と聞く。


「だってさ、康介は服だから歩きやすいじゃん。私もうグチャグチャになっちゃったよ。」


里奈は「せっかく着たのに。」と、ブツブツ言いながら口を尖らせた。康介が頭に手を載せて優しく笑う。


「いんじゃない?可愛いし。」


里奈が康介を見て「ほんと?」と笑った。康介が人混みの中で、里奈のオデコに顔を寄せる。


「ほんと。今すぐ襲っちゃいたいくらい。」


額に寄せられた唇にドキドキしながら、康介を見た。康介がちょっと眉毛を挙げてみせる。そんな康介のオデコに里奈がデコピンをした。


「こんなとこでそんなこと言うな〜っ。」


康介と里奈が笑う。高校生の里奈と康介では出来なかった会話だ。里奈が康介に自分の体を寄せた。康介が普通に里奈の肩を抱く。


「あ、こっち。」


肩に寄せられた手に、突然グイっと力が入って、康介が人混みから抜け出した。里奈が怪訝な顔をする。


「会場あっちって書いてあるよ?」


里奈は道路脇に貼られたチラシを指差して、康介に言った。康介は涼しい顔をしている。


「あっちにさ、コンビニあるから、なんか飲み物買ってくか。」


里奈が頷いた。人混みに揉まれてもう喉がカラカラだ。里奈がレポートを仕上げている間に、康介が色々ツマミまで作ってくれたから、飲み物以外は調達する必要はない。彼氏と彼女が逆転しているようだが、2人とも特にそれについて気にはしていなかった。里奈は実が料理上手なことは、サークル内でも有名である。


コンビニで、お酒やお茶を買って、2人はまた手をつないで歩き始めた。それにしても会場からどんどん遠ざかっている気がする。


「ねえ、ほんとこっちなの?」


ちょっと不安に思った里奈が疑問を口にした。康介は知らん顔だ。


「地元民しか知らない、穴場があるんだよ。人混み嫌だろ?」


そう言うと、康介は慣れた足取りで裏道を歩き出した。里奈が道を見て、キョロ居する。どこかで見たことのあるような気がした。康介がふっと笑う。


「里奈、この道何回か歩いたことあるぞ。覚えてない?」


里奈がコクンと頷いた。里奈はいつも空ばかり見ているので、あまり街並みを覚えていない。康介が苦笑した。


「俺んち行く時に通ったんだよ、この道。」


里奈が顔をあげた。あの日、里奈は上の空で、康介と空ばかり見ていた。全然覚えていないことに、ちょっと自分でもビックリする。


「通ったかなあ?」


里奈の口から独り言が溢れた。康介が「通ったよ。」と相槌を打つ。里奈は首をかしげながら、夜空を見上げた。花火大会があるからか、ビルやマンション等の明かりが最小限に絞られていて、いつもより街並みが暗い。まだ少し早い時間だったが、夜空には一番星が光っていた。


「キレイだねえ。」


里奈が独り言を言う。康介がそんな里奈の唇に自分の唇を寄せながら言った。


「もっとキレイなもん、見せてあげる。」


里奈が自然と目を閉じる。康介も目を閉じたまま言った。


「俺の秘密基地。見に来る?」


唇を離した里奈が目を開けた。


「秘密基地?」


康介がふっと笑う。


「そ、秘密基地。里奈には特別に教えてやるよ。」


そう言うと、康介は慣れたように、道とは思えない生垣の間を里奈の手をひいて歩き始めた。


***********************


「すごーい!」


里奈が感激の声をあげる。康介が「だろ?」と得意顔をした。


「昔からさ、嫌なことがあるとここに来るんだよ。」


康介がそう言って、買ってきたビールを飲みながら夜景を見る。少し高台にあるその場所からは、街並みが一望でき、消されていない建物の光がキラキラと光っている。里奈はまた「わあっ。」っと感嘆を上げた。


川に光が反射して、水面がキラキラと光っている。時折通る電車と車のライト、普段はもっと明るいであろう街並。向う岸の花火会場の屋台が賑やかで、里奈と康介だけ別世界にいるようだった。


里奈も買ってきたサワーをゴクリと飲む。渇いた喉が、爽快に潤されて、里奈は「生き返った〜。」とオヤジみたいに言った。康介がクックと笑う。少しクセのある笑い声と、時折流れる川岸の風が、さっきまでの人混みの不快感を消していくようだった。


「いいなぁ、こんなとこ、独り占めしてたなんてズルイ。」


里奈が思ったことを口にする。康介が頭に手をポンッと載せて言った。


「里奈が来たくなったら、いつでも来ていいよ。」


里奈が笑顔になる。


「ほんと?ありがと。」


抱きついた里奈を、康介が優しく包みこんだ。里奈が目を閉じて、康介の心臓の音に心地よく耳を寄せた。


「あったかい。」


里奈が顔を埋めたまま言う。康介が腕の中にいる里奈に言った。


「里奈、方向音痴だから、あとで地図書いてやるよ。」


笑って言う康介の声に、里奈が頷く。康介の腕の中で、里奈は花火が始まる音を聞いた。顔だけ夜空に向けた里奈が、花火に見とれる。


「キレイ。」


次々と夜空に華を咲かせる火花が、水面が反射してキラキラと光っている。夜空に咲く花火と、水面に咲く花火。咲いては散り咲いては散る花火に里奈は心が奪われる。


部活ばかりしていた高校時代。思えばデートらしいデートを、里奈と康介はしたことがなかった。一緒にバレーをして、一緒に帰って、一緒にご飯を食べる。恋人というより、友達みたいな関係だったのかもしれない。


今こうして、肩を寄せあって花火を見ているように、もしももっと恋人らしくしていたら、別れなくてすんだのかもしれない。そんなことを考えて、里奈がちょっと苦笑する。今更考えても遅いことだ。


「また来たいなぁ。」


里奈がポツリと言った。花火を見たまま康介が返事をする。


「何回でも連れてきてやるよ。」


里奈が康介の手を握った。打ち上げられては消えていく花火のように、またこの手を失ってしまうのかもしれない。里奈がちょっと握った手に力を入れた。康介が目線を里奈にうつす。


「どうした?」


里奈と康介の視線が空中で絡み合った。里奈の口から不安が溢れる。


「康介、ずっとそばにいてくれる?」


康介は答えなかった。目元と口元を緩めて、里奈のことを見ている。不安そうに見つめる里奈の頭を康介がポンポン叩いた。里奈の顔を自分の口元に引き寄せられてから、康介が口を開く。


「先のことはわかんねぇよ。里奈に他に好きなやつが出来るかもしれないし、何があるかわかんないだろ?」


里奈が口を尖らせた。


「康介以上に好きになれる人なんて出来ないもん。」


頬っぺたを膨らませた里奈の頬を康介がつねる。


「怒るなよ、可能性の話だろ?可能性の。」


里奈が下を向いた。


「そんな可能性の話、聞きたくない。」


康介が里奈の頭に手をポンッと載せてから言う。


「ま、もしそうなっちゃったら、俺はまたここに来て、ヤケ酒だな。」


里奈が康介を見た。なにか言おうとした里奈の口が、康介の口に塞がれて、里奈は何も喋ることが出来なかった。


***********************


「今日、泊まってく?」


花火を見終えた秘密基地からの帰り道、康介か里奈に言った。里奈がキョトンとして、康介を見る。


「泊まっていいの?」


康介がふっと笑った。昔の里奈なら、そんなセリフは吐かない。康介が優しく里奈の頭をなでた。


「親いないから。」


里奈が康介を見ながら首をかしげる。


「大ちゃんは?」


大ちゃんとは、康介の年の離れた弟で、大介という名前だった。6コ離れているから、確か今中学2年のはずだ。


「3人で旅行行ってる。」


康介の家族は仲が良かった。多分康介も誘われたに違いない。自由な康介のことだから、多分適当なことを言って、断ったのだろう。里奈が納得して頷いた。


「泊まるの初めてかも。」


里奈が笑って言う。康介が里奈の部屋に泊まることはよくあったが、里奈が康介の家に泊まるったことは今までなかった。実家なのだから、当然と言えば当然である。


「う〜ん、里奈なんか今日可愛い。」


康介が里奈の額に口を寄せる。里奈がちょっと膨れた。


「なぬ〜っ、いつもは可愛くないの?!」


ぷいっと顔を背けた里奈のことを、後ろから康介が包みこむ。


「俺は里奈が可愛くて仕方ないって、いつも言ってるだろ?」


体をくるっと回されて、里奈が康介の体に包みこまれた。里奈が顔を埋める。


「なんかでも、今日はヤバイ。可愛すぎるかも。」


里奈が康介を見あげた。なにか言おうとした里奈の口が、また康介の口に塞がれて、里奈は何も喋ることが出来なかった。


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