エッセイ 健康志向と煙草と体


 「タバコ」に関して同年代と意見交換をし、討論をしたことがある。


友人はタバコは体に良くない、周囲の人にも迷惑をかけるものだからやめるべきだ。


と言い、私はルールを守り、喫煙所以外のところで吸っていなければ良い。


そう言った。


タバコと言うものが危険で、体に害を及ぼし、人間をだめにするものであるとすれば、禁止するような法律を作ればよい。けれどそれがなく、徐々に喫煙場所を減らしている現状と、喫煙所に喫煙者があふれている現状を見ると、タバコを吸う人が、ルールを守らなかったからではないだろうか。


JTの広告をよく電車やテレビの中で見るが、歩きたばこは背の低い子供やあたる危険であるし、ポイ捨てを行うことで自然環境が悪化する。


近年健康志向が強くタバコもそうだが、酒や、菌に対しても敏感すぎると思う。


私は幼少期の入院で友人が無菌室に入っているのを何度も見ている。


その中で半年を過ごし出てきた友人は弱り切っており、常にマスクをし、どんな菌にも大勢がない状態で出てきているためなかなか出歩くことはできなかった。


たとえが極端ではあるがそんな人間がこの世に増えたらどうなるだろう。人が出歩かなくなり、小さな菌と戦争でも始めるのだろうか。社会が動かなくなり、経済も安定しなくなるだろう。


だから、私はこの健康志向すぎることもよくないと思えた。


共存するという道はないのか。


私は友人にそう訪ねた。


友人が不服としている部分は税金だった。たばこを吸うと半分以上が税金ではあるが、タバコを吸うことで健康にリスクを伴い寿命を短くし、医療費は非喫煙者が負担しているという。


私はうなずきながら聞いたが、それを言えば、こうも返せる。


タバコを吸って支払われるたばこ税は、一般財源として道路や、地方情勢で使われている。


金は天下の回り物と言うが、自分だけが支払ってその人を背負っている気になると視野が狭くなる。


喫煙者が肩身の狭い思いをしているのは、鳩山政権の頃の健康志向もあるが、それ以上に今までの喫煙ルールがずぼらだったせいだろう。


今その見直しがされ、禁煙、分煙、喫煙と場所の指定がされている。


君はその場所にまで乗り込んで、「喫煙は体に悪いからやめなさい、周りに害が及ぶからやめてくれ!」と言うのだろうか。


喫煙者は口をそろえて言うだろう。「だったらここに来なければよい。私たちはルールを守ってタバコを吸っているし、私の体のことをあなたにとやかく言われる筋合いはない」と。


その中でも、本当に私の体を気遣って言ってくれる友人であれば考えるものではあるのだが…。それくらいの見極めは誰でもできるはずだ。


今この世の中で喫煙者がいるということは、共存していくしかない。


人はわが身に降りかかる危険はよけようとするし、自分を守ることに必死になる。


自分で自分を守る努力をしながら多種多様な人間がいることを理解し、共存していく道を選ぶことはできないのだろうか。私は甚だ不満である。


私は喫煙所にはなるべく近づかない。副流煙もあるし、服には匂いも移る。そういう場所に自分から近づかない努力をする。一方で路上でタバコを吸っている人間がいれば、やんわりと声をかけるときもある。


気にしてるから大丈夫だ。


と言われることもあるが、「もしも」の時を考えてほしいとも思う。そのもしもが怒らないように今は喫煙所と言うものが設けられているのだ。


タバコを吸うことは否定しない。けれどルールは守って吸えなければ私は喫煙をする資格はないと思っている。


しかし、友人はタバコはだめだ健康に悪い。周りに迷惑だ。そういいながら酒を飲んでいる。


酒だって血管を収縮させたり、三半規管を麻痺させたりし、危険は増えるし、健康にもよくない。


けれど酒はやめない。これは矛盾だ。


健康が健康がと言うのであれば、三食バランスの良い食生活をきっちり行い、酒もたばこもたち、運動をして健康的に過ごせばよいのに、酒は飲むのだ。


よっぽど、飲みつぶれて、服を脱ぎだし、人に背負われて店を出るほうが周りに迷惑なのではないだろうか。


人間良いものだけではだめになる。時に世の中でだめだといわれているものをそばに置くことで物事の良しあしがわかるのではないだろうか。


 

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