エッセイ 本

漫画を読んだり、小説を読んだり、最近は読書にいそしむ時間が去年より多い。

もともと物語の世界観が好きだったり、自分のためになることを自分から吸収していきたい性格の私は、読書が嫌いと言うわけではなかった。

私が不思議に思うことは、読書を続けていくうえで、読書好きにあまり会わないというところだ。

同い年の友人の中に積極的に小説を買いに本屋に行くという友人はあまりいない。もしかするといるのかもしれない。

私は家を出る用事があると必ず本屋に寄ってしまうほどだ。買うことが目的ではなく、眺めることが目的で…


私は、本をお勧めしてと言われるとどうしようと思ってしまう。

この本が好きだ!と言うものはあるのだが、それをその人が読みやすいものに感じるかは別問題だ。

本を読まないからこそ、これくらいの大きさの字で、量も多くないものにして、なんて考えていても、それも会わないことがある。

結局その人が読まなければ、読書と言うものは始まらないのであって、薦められるものでもない気がする。

けれど、私は自宅に友人が来て、本を読んでいるとうれしくなる。私の自宅にいる間に読み切れなかった小説を貸してほしいと言われたらそのままプレゼントしてしまう。

なぜかというと、私の中で本の中身は記憶されていて、さらにその本をプレゼントしたという修飾が付けば、なおさら忘れられない本になるからだ。

お嫁に出した本のその先はわからない。もしかしたら埃かぶっているかもしれないし、何度も熟読されて癖がついているかもしれない。もう古本屋に売られてしまっているかもしれない。それでもいいのだ。そうやって自分の手元にあった本が冒険することを想像するのもとても楽しいのである。

本をお勧めしてほしいと言われたら、私はまず、その人を考える。

その人が普段どんなことをしていて、どんな道を通って、どんなことを趣味にしていて、どんなふうに笑うか、そんなことを考えて本と相談する。

棚にある本たちは私の性格に寄り添っている子たちばかりだ。なんだか恋愛小説が多く見受けられるが、それは恋愛偏差値を上げようと参考書を買いあさった結果だ。

何かの役に立ったのかその無駄な恋愛偏差値は…と言われるかもしれないが、女子も、男子も考えることは一定ではなく、互いに違う方向を向いているが、それをすり合わせながら何とか一緒にいるのが恋愛なのだなと最近はその参考書によって学習したものだ。

私はたまたまそういう本が多くなったというだけで、本屋さんの本棚は別だ。

必ず自分の好きなスペースができるから一度行ってみるといい。

漫画でも参考書でも小説でも必ずそこの棚が好きになる瞬間がある。そこにある本があなたに会った本だと私は思う。

だからお勧めしてほしいと言われたら、本屋に一緒に行こう。そしてふらふらと歩いていると「こんな感じの本ってあるかな」と自然と出てくるものだ。

それが今一番読みたい本である。それがどんなジャンルであろうと読書には変わりない。


逆に、本をお勧めされると興味がそそられる。

私は、本に関しては現代小説やコミックばかりでほかのジャンルに関しては頓珍漢もよいところ。

そんな私に、今の年だから読んでおくといいよ。と進めてくださる人間がいることは貴重だ。

その人に勧められた本は私は読むようにする。なぜなら、その人との会話もできるが、私自身の中に入ってくることが楽しいからだ。

苦手な分野で、時間をかけて読むことになっても、その時間が無駄だとは少しも感じない。

むしろその時間をかけて読んでどこまで理解できたか考えることが楽しい。そして、あまり理解できていないとわかるともう一度読んでみようと思わせてくれる。

これが人に口で説明してお勧めできるようになるともっといいのだがそれがなかなか難しい。

とりあえず己の中に入れることで精いっぱいだ。

小説も同じだ。この小説面白いから読んで。そう言われることがあるのだが、ホラー小説だったり、時代小説だったり、あんまり読まないんだよなぁと言うものが多い。

けれど読んでみるとそんなに怖くなかったり、言葉遣いを気にすれば普通の小説と一緒だと感じたり、新しい発見が多くある。

現代小説の中にも、SF、恋愛、青春、群像、エッセイ、、、などいろいろ種類がある。何冊も読むことで、自分がどの種類の小説が好きなのかわかってきて、本棚が充実する。


本の背表紙をなぞることはあるだろうか。

私は時々活字が目で追えなくなることがある。そういう時は人差し指で本の背表紙をなぞるのだ。

ゆっくり読みながらどんな本か想像しながら。

どんな風に本を買うかはその人それぞれの完成だと思うが、私はこの背表紙をなぞってよめた本や、表紙の絵などで買ってしまうことがある。

A6サイズの単行本になると帯のデザインや、POPのデザインを読んで、気に入って取ってしまう。

その時は優しく、キャラ弁が崩れないようにお弁当箱を持つ幼稚園児の手のような…そんな風に大切に扱う。

これからうちに来て私に読まれるのだよ。とちょっとだけ話しかけると、手のひらに載っている本が喜んでいるように感じるのだ。

両手で持っている本をレジに持っていくと、大体の店員さんが笑ってくれる。本屋さんには本好きが多い。

結構出し入れは雑でも、本を店の棚に出すときには愛着がある本を面おきにしたりするものだ。私は本を大切に扱わない書店員に出会ったことがない。


本を開いて、目次を読んで、私はメニューを見ているように感じる。どこをどう料理して最後に行きつくのかとても楽しみなのである。

文頭の入り方も作家さんによって違う。私は自己紹介から入る小説はなんだか好きだ。

お互いに挨拶を交わしている気分になってとても楽しい。

自己紹介されると、私もそのキャラクターに自己紹介をしてから宜しく。とつぶやいて読み進める。

そして本を閉じるとき。結末にアッと驚いたり、涙を流したり、笑ったり。。。いろいろな感情がごちゃごちゃと混ざり合い私の心はいっぱいいっぱいになる。

どこにこれを吐き出したらいいのだろうか。と思い詰めることもある。けれど、必ず最後に「ありがとう」と丁寧に背表紙をなぞってしまう。

どんな物語にも終わりがあり、その形がどんな風であっても、私に新しい世界を見せてくれたこの本に感謝の気持ちがあふれるためだ。

恥ずかしがる必要もない。ただ、本当にありがとうとおもうだけで、その本に対する思い入れがまた変わってくる。

ただの積読だったものが、大事な財産に変わるのだ。


私はこうやって読書を続けて、知識だけではなく自分で考えるということも身に着けてきた。

けれど、まだ、まだまだ足りない。もっと本を読んだりいろんなことを感じなければいけない。

今、文書を書いていることもそうだ。

自分で考えて自分の意見を言葉にする。私は文章のほうが得意だ。口に出すには少し考えすぎてためらいが出る。

その分、文章ならば、頭で考えていいることをすらすらと打ち込めることができるのに、不思議だ。

いつか必ず口に出す。自分と言うものを堂々と口で発表できるようになるための前段階だと思うことにする。

そのためにボキャブラリーを広げ、自分の中の引き出しをたくさん作る。人間に対して寛容になり、大きく包み込むように物事を見れる人間になる。

自分を面白くするのはこういう少しずつの積み重ねだと思っている。

けれど、私自身感じるのは、この小さな積み重ね以上に、ここにいることが私自身に会っていないのではないかということだ。

昔からこの日本独特の頭の固い考えが苦手だった、もう少し柔軟に個人個人をよく見て判断して適切な言葉を発することはできないものかと思うことがある。

~です。~ます。と言った敬語は日本独自の言い回しである。それがどれだけ、人の格差を作っているのだろうと考えたことがある。

上下関係と言う物が言葉遣い一つで不安定になる。それ一つで心も不安定になる。

楽に、こうじゃないか、ああじゃないかと口にすることができない、お伺いを立てるということは美意識のあることなのかもしれないが、人間の心を常に緊張の中に陥れているように感じてしまう。

私は気楽に人に話しかけに行ける人間ではない。言葉の壁があると思っている。

相対し、目の前の人間がどんな人間で、どんな風に物事を考えて、こんな風に話しかけたら嫌な気持ちにはならないかな…なんて一瞬で考え、言葉遣いを変えていたら心労がたまってしまう。

けれど日本人はそれが平気なのだなと思う。

私はあまり得意ではないのでしんどく感じてしまうと友人に相談すると、お前のような奴は日本にいるべきではない。と言われてしまった。

何と、この言葉は罵詈雑言ではなく私を思っての言葉だった。

シンプルな言葉で己を表現する海外に行きなさい。情緒や、風情を遠回しに表現する日本にいるとあなたは疲れてしまうよ。と言われたのだ。

そう言われると、少し、自分が日本人に生まれた意味すら考えてしまうようになった。

けれど、そうやって、自分が日本人に生まれた意味を掘り下げていくとさらに深い歴史の渦に落ちる。

日本語はいつできて、日本語はどんな表現があって、と考えていくうちに、遠回しでシンプルではないけれど日本語はとても美しいと思うようになったのだ。

現代語として、表現は増え、そして古いものは消えていく。けれど、もともと持っている日本の美意識と言うものを考えると、私は丁寧な言葉遣いを続けることに意味はあると思うようになれたのだ。


本を読むことによって、得る知識や、歴史、そしてj必要としていなかったことまでも吸収できることを知る。

それはとても楽しいことで、苦痛にはならない。

本を読み、人と話、意見を共有する。

こうやって先人も今の私たちにつないできた貴重な能力なのだなと感じている。

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