エッセイ 店員さんとの会話
視界が鮮明に見えていないととても不安である。
メガネを買い替えに行かなければと思いつつしばらく時間が取れずにいたが、やっとこさ重い足取りで吉祥寺へ向かった。
駅に併設されている、駅ビルの中にあるメガネ屋さんへ行くと、まずフレームを選ぶ。
おしゃれ眼鏡を目指しているわけではないが、普段の服装がおとなしい色合いが多いために、どうしてもメガネにアクセントを求めてしまう。
今かけているメガネも、外側は赤のプラスチックフレーム、内側はボタンのイラストが入った派手なメガネをかけていたのだが、最近はそのフレームが重たいことに気が付いた。
夕方になると、鼻筋が重たくなってきて、最後は見えないのにもかかわらず眼鏡をはずしてしまうことは増えた。
それでは生活に支障が出ると気が付き、軽い眼鏡を求めて私はこのお店に来た。
エアフレームなるフレームと、普通のメガネを持ち比べてみるが、私には重いのか軽いのかわからない。
「何かお探しですか。」
両手に抱えたメガネを天秤のように比べている私を見かねたのか、店員が声をかけてきてくれた。
「フレームって選ぶとき悩みますよね。僕ももう二年もフレームをどれにするか悩んでずっと変えていません。」
それはもう変えないほうがいいのではないかと、虎柄の太縁メガネをかけている店員さんに言いかけたが、そうですよねと笑顔で答えて置く。
私は両手に持っていたメガネを見せてどちらにするか悩んでいると伝えると、店員さんはさらに違うメガネを勧めてくれた。
プラスチックのフレームはプラスチックの分重たいという。
その代わり、金属の細いフレームにすれば、軽くなるというので、勇気を出してその細い金属のフレームメガネをかけてみる。
なんだかジョンレノンみたいじゃないか、
私の頭の中は、ギターを片手にイマジンを弾き語るジョンレノンの顔が浮かんでいた。
こんなメガネを常日頃からかけていていいもなのか、そう思いながらも両手に持っている面白味もない形、地味な色合いのフレームを眺めて、1分ほど悩んだ。
どんな服装をするかによるけれども、このフレームはトレンドも含んでいるし、そして何よりも大人っぽい。
今までのプラスチックは少々子供っぽい印象が強かったが、今回は大人っぽくするもの悪くない。
私は結局その眼鏡を買うことに決めた
メガネを作るときにはいつも近視が強くなっているのではないか、もしくは乱視が酷くなっているのではないか緊張する。
待っている間、近い場所と遠い場所を見つめている。
遠くのカフェの看板と、近くの雑貨屋さんのまげわっぱを交互に見つめる。
名前を呼ばれて視力検査に入る。
あごとおでこを乗せて小さな穴を覗き込むと、原っぱの中に赤い屋根の家が二つに見える。
私は知っているのだ。
これは原っぱの中に赤い屋根の家は一つしか見えないはずなのだ。
私はとうとう分身の術を覚えたのだろうか。
中の絵をずっと見ていてくださいね。終わるまでに今おかけしているメガネの度数をお調べしますので。
と私のそばを離れると、機械が少しずつ調整されていく。
あれ、どんどん真ん中に赤い屋根の家が見えてくる。重なってくるではないか。
私は安心した。
「終わりです」
と声をかけられる頃には、原っぱの中に赤い屋根の家が一つくっきりと見えた。
視力検査中は、言葉が画面上に出てくるが、左から読んでくださいといわれているにもかかわらず、私はずっと右から読んでしまった。
終わるころに気が付いて、それに対して店員さんが何も言わずに「はい、はい」と笑顔で進めてくれていたものなのでなんて優しいのだろうと、私は自分馬鹿さ加減と、情けなさに不敵な笑みを浮かべてしまった。
レンズのオプションを指定しなかったため、今日中に仕上がるらしい。
会計時に渡された引換券の引き渡し時間を見ると三十分後には出来上がるとなっていた。
あと三十分この見えの悪い眼鏡をかければ心地よい生活を送れるのかと思うとわくわくしたものだ。
その三十分ビルの中を一人ふらふらと歩き、三十分後受け取りに来ると、そのままかけていくことを選択した。
かけ心地はどうですか?
とってもいいです。
そう笑うと、私はお店を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます