第1話 斬魔機皇覚醒
冬の朝、温い布団に篭もるような微睡みの中、何処からか俺に問いかける声がした。
「Mr.サスケ。一つ、質問をさせて欲しい」
やけに良く通る男性の声。穏やかで知性を感じさせる。
「なんだこれ? ここで一体何が……」
眼を開けると俺は海の中に居た。
不思議と息はできる。
さっきまでに起きた出来事も覚えている。
辺りを見回しても声の主と思しき人影は無い。
「君は何が起きたのか知りたいのかい?」
また声がする。
俺は頷いた。
知りたい。俺がここに居る理由を。
一体あの後何が有ったのかを。
「良いだろう」
指を鳴らす音がすると同時に目の前に映像が浮かび上がる。
気絶した俺と先ほどの化物。一体じゃない。
何体も居る。
俺はベッドに寝かされたまま額にマジックで点線を入れられている。
甲殻の色が濃い個体の指示で他の個体が動いているみたいだ。
俺の額になにか書いている奴は下っ端か。助手ってところだろう。
何の助手だ?
それは簡単に推測できる。
だが考えたくもない。
甲殻の色が濃い個体は触腕の先に手術で使うメスのような何かを持っている。
奴らは俺の頭にそのメスに良く似た刃物を宛がう。
おい、まさかだろう?
冗談だよな?
頼む冗談であってくれ!
刃物は俺の額の点線に沿って真っ直ぐに俺の額を切り裂く。
やめろ!
信じられないがあの小さな刃物で骨ごと切り裂かれている。
血が……俺から血が出ている!
何故こんなにも冷静に観察できるのかは分からないが、奴らはプラモデルのパーツか何かのように俺の頭蓋を切り外す。
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
白くて豆腐みたいな脳。血管のお陰でほのかに赤みを帯びている。俺はまだ生きている。
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
化物の癖に手際が良い。脳にギリギリまで栄養が行き渡る為に骨だけ外したのか。
怖い。それ以外何も考えられない。
生かして何に使う?
一体何に何に何に何に何に何に何に――――――。
脳と延髄と眼球が、俺の頭からズルと抜けてあっという間に近くに置いてあった水槽に投げ込まれた。
「あ、あ、あ…………」
分かった、分かってしまった。きっと親父もこうなったんだ。
だから――――
パスワードを間違えています。
思考できません。
始考できません。
死考できません。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「おやおや、これは駄目だね。この記憶は消しておこう。人間というのは実に脆い……困ったものだよ」
*****
意識を取り戻した時、俺に問いかける声がした。
「Mr.サスケ。一つ、質問をさせて欲しい」
やけに良く通る男性の声。穏やかで知性を感じさせる。
「なんだこれ? ここで一体何が……」
目が覚めると俺は海の中に居た。
不思議と息はできる。
さっきまでに起きた出来事も覚えている。
辺りを見回しても声の主と思しき人影は無い。
「事態については後から説明しよう。その前にどうしても君に一つ聞きたいことがあるんだ」
「なんだそれ? どうせ俺にできることは無いし……まあ好きにしろよ」
「礼を言おう。何故君は血の繋がった親を殺された時は逃走を選択し、血縁関係の無い異種の奴隷が殺された時に激昂したんだ?」
成る程、少なくともこの質問者は人間じゃないのだろう。
俺の行動を何がしかの方法で見ていて興味を持ったのか。
興味を持たせて生き残る為の手がかりを引き出せればラッキー。
そうでもなければ……まあ考えても仕方ない。
出たとこ勝負だ。
「答えても良いが条件が有る。お前がマロンを殺した連中の仲間か教えろ」
まずは確認しなくてはいけない。
こいつはマロンを殺した怪物か?
それとも別の何かか?
どっちだって構わない。なんとか生き残って利用出来るだけしてやる。その後にきっちり礼をしてやるか否かの違いだけだ。
あんな滅茶苦茶なものを見てしまった後では何が起きても同じだ。
「マロン? 君の父親か?」
「お前の言うところの異種の奴隷だ」
「マロンという品種なのか? 私のデータによればあれはシベリアンハスキーのメスだった筈だが……」
「名前だ。そういう名前なんだ」
「成る程、そういえば君達人間は異種族に対して親愛を以て振る舞うこともあるらしいな」
「それが分かったなら俺の質問に答えてくれないか? こんな訳の分からない状態になっている割には我慢している方だと思うんだけど」
「ソーリー、これはうっかりしていた。先ほどの質問の答えはノーだ。君や君の父、そしてマロンを殺した存在と私は敵対的立場に居る。君の助けになることは保証しよう」
「俺の助け?」
「そうとも。これは取引だ。私は君に命と身体と復讐の“機械”を与え、君は私の任務を遂行する為の協力者となる」
「機会?」
「イエスオフコース。私の名前はチクタクマン。破滅の針爪弾く混沌と現代文明の権化にしてかの有名な這いよる混沌の化身。それが君に神の力を与えようと言うのだ」
チクタクマン。
這いよる混沌ニャルラトホテプ。
アニメやゲームやTRPGで見たことがある。
まさかクトゥルフ神話の怪物達が本当に居るというのか?
でも、そうだとすれば分かる。
俺達家族を殺した連中。
あれはミ=ゴだ。
彼らは要するに異星人で人間の脳を缶詰にして実験台にすることがある。
俺の脳も今正に缶詰の中で浮かんでいるのだろう。
考えるだけでおぞましい。
そんな所見ただけで気がおかしくなりそうだ。
「俺が協力者というのはどういうことだ?」
「私はこれからとある異世界に行かなくてはいけない。そこは邪神と人間の戦争が続いている」
「邪神が人を支配する手伝いをしろというのか? 邪神ってのは人間の手伝いが必要な程弱いとも思えないが……」
「君達の言語に合わせて言えば、その答えはノーだ。そもそも我々邪神はその世界において多くが眠っている。そして先に目覚めた落とし子達が勝手に人間と殺しあっている。困ったことにそのせいで人間はより強く逞しく進化している」
「じゃあ一体何をしに……」
「戦争を終わらせるんだよ。我が父が起きてしまうといけないからね」
「父?」
「君は我々神の一族に対して多少の知識が有るみたいじゃないか。分かるだろう?」
「こんな目に遭うまで小説やアニメやゲームの生き物だと思っていたけどな。ニャルラトホテプの父と言うならば……」
「小説……ああそうか! 君の世界にはハワード・フィリップス・ラブクラフトが居たのか! いやはや実におもしろい。そういう偶然も有るのか。君は小説が好きなのかい?」
「本当は漫画家になりたかった」
「コミックか! ふむ、私もコミックは嫌いではない。というか人間の生み出した娯楽は嫌いじゃないよ! 私や私の部下もフルートをやっていてね! 今度演奏を聞かせてあげようじゃ――――」
「やめて? 頼むから、やめてくれ。な?」
「HAHAHAHA!!」
どうにもべらべら喋る相手は苦手だ。
だが話自体は面白いくらい調子よく進む。
話が早いのは嫌いじゃない。
べらべら喋る奴の相手をする時間が短くて済むからだ。
故にこいつは面倒だが嫌いな相手ではない。
「話を脱線させるな。チクタクマン、お前はアザトースが起きると不味いと言いたいんだな?」
「ライト、君は話が早くて助かる。その通りなんだよ。あの世界の人間は強くなりすぎた。我々旧支配者が本気で相手すれば勝つことはできるが戦いの余波で我が父が目を覚ます程に強い」
「成る程、お前はこの世界を終わらせたくないんだな? アザトースが目覚めれば全部が終わりだからな」
「イグザクトリーサスケ! 私はこの燦然たる三千世界を失いたくない」
アザトース。
俺はその名前を知っている。
無限の中核に棲む原初の混沌。
形なく知られざるもの。
盲目にして白痴にして万能者。
混沌の極地に座する絶対的支配者。
揮発する根源。
曰くこの世界は全てが彼の微睡みの中で揺蕩う夢であり、彼が目覚めたならばそれだけで我々の存在は泡と消える。
最強の神だ。
「分かった。取引には乗る……元から復讐する機会が有るならば欲しいと思っていたところだ」
「そうか、受けてくれるのか!」
姿こそ見えないが声は明らかに喜んでいた。
俺の知る限りにおいてニャルラトホテプと取引した人間の行く末は破滅。
きっと俺も漫画家になる夢や親父の後を継ぐ未来なんてものとは無関係な人生を送り、それはそれは滑稽に破滅するのだろう。
だが構わない。もう破滅なら充分にしている。だったらそういうのも有りだ。これ以上の地獄なんて俺にはもう無いんだから。
「ならば君に機械の中の機械! 機械の王たる力を与えよう!」
「力?」
「眼を覚ましたまえ! 君のために特別製の身体を用意した! このままミ=ゴの宇宙船から脱出と洒落込もう!」
「ちょ、ちょっと待て! 特別製ってどういうことだよ! 説明を――」
まさかサイボーグにでもされるのか?
ミ=ゴに殺された人間は元の世界に生身の身体が保存されているんじゃないのか!
それぐらい返してくれても良いだろう!
「時は来た! 旅立ちの鐘を鳴らせ! 勇者の武勇を
「細かい話を聞いてないぞ!!」
俺がそう叫んだ瞬間、俺は狭い部屋の中で眼を覚ました。
どうやらミ=ゴの脳缶の中ではないらしい。
身体が満足に揃っている。
これが機械の身体だとは信じられない。生身にそっくりだ。
「一体此処は……?」
周囲を確認する。
目の前には何かのモニター。
そして頭を左右に振って初めて自分の首筋にケーブルが刺さっていると気付いた。
なんだこれ? こんなケーブルを繋げるコネクターは俺の身体には無かった筈だ。
「気分はどうだいサスケ?」
左手首に何時の間にか巻かれていた時計から声がする。
見ると文字盤の液晶に(^_^)と笑顔が表示されていた。
ゲームと同じように機械に憑依して実体を得るのか。
さしずめ妖神ウォッチというところだな。
「この身体は一体なんだ?」
「全身義体という奴さ。私は機械に限って言えば万能の神だからね。生身の体に限りなく近いパーフェクトな品だよ!」
やっぱりそうか。
機械の身体について一切説明せずに同意を取り付けようとしていたなこいつ。
まあ下心が見える相手の方が取引には都合が良いか。
「俺が詰め込まれているこの機械はなんだ? チクタクマンってことはお前の依代になる機械なんだよな?」
「ザッツライト! そのとおりだよ。これはエクサスと呼ばれる作業用人型パワードスーツだ」
「パワードスーツ? こいつがエクサスって名前なのか」
「ノー! このマシンにも名前は有る!」
「名前? 聞かせてくれよ」
「そうだな、これは
モニターに緑色の文字が浮かび上がる。
アルファベットでCHAOS HOWLと其処にはあった。
「斬魔機皇ケイオスハウルと呼び給え!!」
チクタクマンは自信たっぷりに言ってのける。
恐らくこの名前をよほど気に入っているのだろう。
俺も気に入った。
「混沌の咆哮……ニャルラトホテプが操るスーパーロボットには相応しい名前だな」
「こういったケイオスハウルのようなエクサスは君がこれから行く世界“アズライトスフィア”では一般的な作業機械、そして兵器だ。とはいえ勿論性能は天と地! あの世界に私の最高傑作に敵う機械など存在しないがね! これを見給え! 性能とビジュアルを簡単に纏めてある!」
チクタクマンがそう言うとすぐモニターにホバークラフトの上に人の上半身を載せたような姿のロボットが表示される。
「はーん、パワードスーツって要するにロボットか!」
「ノー! パワードスーツ!」
「分かったロボットだ!」
「ノー!」
装甲の色は漆黒、人間に良く似た顔つきの殆どをマスクで覆っている。見えるのは恐らくカメラになっているのであろう二つの緑の目だけだ。
両腕は捻れ曲がる非ユークリッド幾何学的な金色のラインで彩られており如何にも豪華だ。しかしその歪んだ曲線の造形は見る者に何とも言えない胸騒ぎを呼び起こさせる。
一方で胴体には幾つもの作業用の副腕が格納されたラックがついていてさながら軍用のベストだ。ラックの一つ一つに燃ゆる三眼をアレンジした紋章がこれまた金色で刻まれていた。
そして胸部にはチクタクマンという名前の通り、今まさに十二時を刻もうとする時計の図案が刻まれている。この機体そのものがチクタクマンの本体であり、非常に高度な機械と魔術の組み合わせによって作られたと書いているが、俺の知識では生憎と詳しいことがわからない。
これを覆う装甲は薄い鋼材とニャルラトホテプの質量を持つ魔力が幾重にも組み合わされていると書かれている。この世界でもトップクラスの強度だそうだが、装甲が破られる為の伏線としか思えない。
「そうか……俺はこれに乗っているって理解でいいんだよな?」
「そうだ。操縦ならば神経を既に接続しているから君の思うように動く。心配するな」
「成る程……試していいか?」
「ああ、勿論だ。視覚神経を接続する。エクサスを自分の身体だと思って扱ってみてくれ」
「つまり、エクサスとやらを動かすチュートリアルって訳だ」
「イグザクトリー! さあ今からはペイバックタイムだ! 君はもはや神々や怪物に蹂躙される哀れな一般人ではない! 好きなだけ暴れろ!」
視界が切り替わる。
目の前には何体ものミ=ゴが忙しそうに俺が乗っているのとは違うデザインのエクサスを整備して回っている。
どうやらこれはこのエクサスのカメラの映像を頭の中で見ているらしい。
チクタクマンの言うとおりか。
しかも彼が何かしているお陰でこのエクサスが動いていることにはまだ気づかれていない。
復讐には丁度良い。
「そうか! じゃあ細かい話は後だな!」
手始めに足元に居たミ=ゴに対して拳を振り下ろす。
エクサスの腕は俺が思った通りの軌道を描いてミ=ゴをゴミクズのようにした。
甲殻はひしゃげ、緑の体液は水たまりを作り、残った触覚が苦しげにピクピクと蠢いている!
なんておぞましい! なんて無様! なんて哀れなんだ!
だが届いた! 俺の拳が届いた!
「人間の世界に来なければこうならずに済んだんだぞ! 畜生共が!」
周囲を取り囲むミ=ゴを前に見せしめのように何度も何度も拳を叩きつける。
床とエクサスの腕が何度もぶつかり金属音が格納庫を揺らす。
「随分と興奮しているね、サスケ。他のミ=ゴに逃げられてしまうよ?」
「ああ、お前の言う通りだ! すぐにあいつらも始末する!」
鳴り響く警報。
慌てふためく化け物共。
武装した化物が格納庫の中に次々入ってくる。
これじゃあまるで俺が悪者だ。
そんなの許せない。俺達だけじゃない。多くの無辜の人々を同じ目に遭わせた癖に!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
俺が拳を強く握り締めると同時にケイオスハウルの肘関節から蒸気が噴き出す。
胸の内の怒りが熱く滾り、本物の熱に変わってケイオスハウルを動かすようだ。
「そうだ、絶対に許さねえ!」
マロンを、父を、俺を、よくも殺してくれたな!
「一方的に傷めつけられる怖さと痛さを教えてやる!」
俺は迫る怪物達を前に雄叫びを上げながら飛び掛かった。
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