斬魔機皇ケイオスハウル・重装改
海野しぃる
第一章 覚醒・ケイオスハウル!
第0話 闇の訪い
今時の高校生は結構忙しい。
朝早く起きて学校へ向かい、クラスの面倒な人間関係に悩みながら日中を過ごし、授業が終わればすぐに予備校で夜遅くまで勉強。学校の授業はつまらなくて其処での人間関係も面倒くさく、予備校は講義が面白くて人間関係が楽なものの課題が難しい。とにかく難しい。これにまた時間を奪われてしまうのだ。
「
「ごめん、今日はちょっと用事が有ってさ」
「分かったぞ
「マジか。じゃあ今度オススメの動画教えるよ。じゃあ急いでるんで先に失礼するぜ」
「じゃあな、また木曜に会おうぜ」
「おう、じゃあな」
「またね佐々君!」
友人が指摘する通り、俺には今日の夜十時からTRPGのオンラインセッションの予定が有って急いで帰らなくてはいけない。バスに乗り、駆け足で家へと戻りドアを開けた。
玄関に上がってそのまま階段を上り部屋へ戻ろうとすると背中から声をかけられた。
「お帰り、佐助。今日はずいぶん早かったじゃないか。まさか予備校をサボってはないだろうね?」
リビングのドアの向こうから俺の父親“
「今日は疲れたからね。さっさと寝ようかなって」
「そうだろうね。若干息が上がっている。それに家のドアを開ける時も普段より少し勢いが良かった。何か父に秘密で楽しいことがこの後有るのかな?」
相変わらず魔法使いみたいな洞察力だ。
「普段描いている漫画の続きは? せっかく楽して君が受験勉強できるようにお金を払っているんだからしっかり続きを描いてくれないと僕は悲しいな。君の漫画の一番の愛読者としては、ね?」
「勘弁してよ父さんまた見たの……?」
「ふふっさてな。ところで君の漫画で気になるところが有ったからこっちに来てくれないか。どう考えてもこのメカのデザインはガンダ……」
「やめて!? わかった! 今行くから待って!」
俺は観念して二階じゃなくてリビングへ向かう。
ああそうだ。今この瞬間まで、俺は当たり前の日々が続くと思っていた。
だがドアを開けたその瞬間、根拠無く信じ続けていたつまらない『当たり前』は脆く崩れた。
「どうしたんだ佐助? 鳩が豆鉄砲を食ったようじゃないか」
首。机。椅子。
テーブルの上に有ったのは親父の生首だった。
本物なんだろうか?
周囲には血の一滴も見当たらない。
親父の首は僅かに口角を上げて優しく微笑む何時もの表情を浮かべている。
男とは思えない白い肌も、やけに艶やかな長い髪も、憂いを帯びながらも優しい眼差しも、何時もと何も変わらない。
ただ首から下が無いだけだ。
あんなの死んだ人間の表情じゃない。
死ぬよりイカレタ何かが親父の身に起きている。
「佐助、こっちに来なさい」
スピーカーは親父の声を流し続けている。
粗末な仕掛けだ。こんなものに気付きもしないなんて俺って奴は……。
だけどあの向こうで一体誰が喋っているんだ?
親父のしゃべり方までそっくり模倣して、親父を愚弄している。
なんにせよ、俺は俺の父の亡骸を辱められたことが許せない。
たった二人の俺の家族で、早くに母さんが亡くなってから男手一つで俺を育ててくれたのだから。
「……父……さん?」
無言で三歩下がる。勝手に足が動いた。俺は怯えているのか?
あと一歩、後ろに下がろうとしたところで何かにぶつかった。
「っ!」
ネトネトした柔らかい感触とカサカサという羽音。
吐き気のする悪臭。粘液の冷たさ。
振り返りたい。
でも振り返れない。
身体が思うように動かない。
冷たくて固い何かが背中に当たる。
刃物? いやこれは刃物じゃない。それよりもっと生物的な……爪だ。
これは何かの爪、あるいは蟹が持っているようなハサミだ。
嫌だ。やめろ。こんなの勘弁してくれ。俺が何をしたっていうんだ。
「佐助、こっちに来なさい」
沈黙した親父の首と親父の声を流し続けるスピーカー。
そうだ。
アレは親父じゃない。
親父だったものだ。
物だ……物になってしまった。
「う、うわああああああああああああああああああ!!」
ああ……もうダメだ。怖い。
俺は叫びながらリビングの中へと逃げ出す。
あのリビングの窓を開けて逃げ出す事ができるかもしれない。
「バウバウバウッ!」
俺の悲鳴を聞きつけたもう一人の家族、愛犬のマロンが二階から駆け下りてくる。
駄目だ。
助けに来たって無駄なことが何となく分かる。
俺は逃げながらも叫んだ。
「来るな! 逃げろ!」
「――キャインッ!」
背後でマロンの悲鳴が上がる。
そうだよな、逃げろって言っても分からないよな。
というかあれだ……分かっていたとしても来ただろうなお前は。
ゴロゴロと重たい何かがいくつも転がる音。
俺は思わずその音がした方向を振り返ってしまった。
「マロンッ!!」
振り返った後の光景は心臓が止まりそうだった。
子供の頃から遊んでくれたマロンの胴体と手足がバラバラになって転がっている。
大好きな漫画で敵に凍らされたキャラがああやって死んだのを見たことがある。
馬鹿げている。本当に馬鹿げている。どうしてこうなった。
もはや怖いとさえ思わない。ひたすらに腹立たしかった。こんな訳の分からないものに蹂躙される日常が、この異常な現状が、俺には、佐々佐助には許せなかった。
「く、この……ぶっ殺してやる……!」
俺はマロンの死体の前に立つ化物を見上げる。
複眼と無数の鉤爪がついた腕を持つ蜻蛉の化物が其処に居た。
口と思しき場所からはギチギチと音を立て、肌は粘液か何かで滑っている。
ああ、もう怖くない。
ここまで現実離れした状況では恐怖も感じられない。
こんな異常な相手に殴り掛かるなんて自分でも正気の沙汰とは思えなかったが、足元に転がるマロンだったものを見て何もしないではいられなかった。
「うわぁぁああああああ!」
俺は拳を振り上げて目の前の化物に殴りかかっていく。
だが俺が化物に近づく前に、化物は消火ホースみたいな機械を俺に向け、白いガスを吹きつけてきた。
冷たい。
まるで電源が切れたように俺の身体は動かなくなる。
消え行く意識の中で俺が最後に見たものは、窓の向こうから俺を見下ろす白いローブの男の影だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます