第十二話 有角宇宙殴り込み艦隊
「最初は、お前を殺すのも手だとは思った」
「ひっ……じょ、じょうだんだよね……!?」
「いや……」
俺が守るべきはこの世界だ。
眼の前の少女がその敵ならば、躊躇う必要は無い。
いや、まあ、恐らく殺してしまっても、ティンダロスの世界とのゲートみたいなものだから、それはそれで襲撃を遅らせることはできると思われる。少なくとも今、この少女がこの世界を襲う危機の原因であることは疑えない。
そして佐々総介は、俺がこの娘を犠牲にしたら、思いっきりあざ笑うつもりだったのだろう。
人間として世界を守るというのは、結局のところ犠牲を前提にした世界の運営であり、超越者たる己による支配を否定した佐々佐助の選ぶ結論としてはあまりに惨めすぎるとでも言って、俺を馬鹿にするに決まっている。
――と、俺が考えることを見越して、アイダを犠牲にせずに事態を解決すべく駆け回る俺を見たいのだろう。
一度自分の思想を否定されたからといって、世界崩壊まで顔を見せなくなったり、見え透いた罠を仕掛けたり、案外子供っぽい部分もあるものだ。
ため息をついてから、俺は首を左右に振る。
「さっきまでならともかく、今はお前を殺そうだなんて考えていない。安心してくれ。お前が佐々総介と何かろくでもない企みをしているんじゃないか不安になってな」
実際、彼女が何か敵対的な目的でこちらに来ている可能性は捨てられなかったし、その場合は彼女を殺すことで事態の打開や佐々総介の指摘する“時空の歪み”の排除は可能だと思われる。
だがそんなことをしなくても、話はもっと単純にできるはずだ。
そのときには既に手遅れだったとはいえ、そもそも未来の俺が突撃してなんとか解決出来た事件なのだ。
今の俺が、俺たちが突撃すればそれで済む話である。
「でも、どうするの? 今この世界を襲っているティンダロスの猟犬を排除する方法なんて……」
「アイダ、お前は生きていくために人間の居る豊かな世界までやってきた」
「うん……そうだね」
「だったら、お前はその力で自分が生きていく場所を勝ち取らなくてはいけない。この世界は、戦い、勝ち取り、それができなければすぐさま死ねというルールの下で動いている世界だからだ。お前や俺のかつて居た世界ほど平和じゃない」
「……わかってる」
「俺もお前も、ろくでもない状況を潜り抜けてここまで来たからな。分かる筈だ。じゃあ何をすればいいか、分かるんじゃないか?」
アイダは顔を上げて力強く頷く。
「あいつらの本拠地に乗り込んで! 戦って! 勝って! 奪われたものを全部奪い返す! 生きるために!」
「そうだ。俺たちは奴らの存在する時間軸に乗り込む。恐らく未来の俺は一人で行ったから帰ってこれなかったんだ。この世界全体が持つ力を結集させれば、ティンダロスの猟犬やその親玉でも負ける訳が無い」
だがもしも相手の本拠地の殲滅に成功した場合、この世界の人間は時間の軛から解き放たれる。そうなってしまえば、人間はもはや時間旅行を自在に行うことができるイスの偉大なる種族と同等の偉業を成し遂げ、一つ上の次元の存在になってしまう。
全ての人類に叡智を与えろ、とかつて誰かが叫んだ。愚かな人類は自らが善導した方が早い、とかつて誰かが結論づけた。俺は彼らの意見に共感できなかった。
だけど、今この世界が生き残る為には、それに類する何かをしなくてはいけない。そしてそれがティンダロスの本拠地への反攻作戦だ。
「この作戦を以て人類は時の叡智を手にし、種として神の座へと迫る偉大なる一族となる」
「おー!」
考えてみれば恐ろしい行いだ。
神々の土地をチェーンソーで切り開いたように、生命倫理をメスとピペットで作り直したように、俺の乗るケイオスハウルが人類を時の鎖から解き放つ。
「でもお祖父ちゃん、目処は立っているの?」
「アイダ、お前が時間の歪みの原因であることは変わらない。お前を羅針盤代わりにして突っ込めば、そこまで無理をせずに奴らの本拠地まで突入できる筈だ」
「成る程……だけど、お祖父ちゃんのケイオスハウルは本物じゃないんでしょ? 本物じゃないと時間流による高圧や魔力負荷に耐えきれない可能性があるって、私の時間軸のおじいちゃんが……」
「それも問題ない。アイダが居たお陰だ」
「え? どうやったの?」
「それは……」
必要なのはチクタクマンを呼ぶに足る『最高の機体』だった。
そのためにはこの世界には存在しない素材が必要だ。俺の元居た世界にのみ存在する希少金属で全身を構成されたケイオスハウル用フレーム、ミ=ゴのみが採掘技術を持つその金属を集める為に、ロンギヌスの一部を使ってミ=ゴの拠点を襲撃させていたのだ。
一度の襲撃で奪える金属の量はごくわずか。
それでも佐々総介の追討を名目として、世界規模でミ=ゴ相手に襲撃と略奪を繰り返すことで、なんとかケイオスハウル型のフレームを新しく一機分用意することができていた。
別にいきなり襲われて殺された恨みとかじゃない。世界平和のためだ。世界平和のためにも、ミ=ゴはこのアズライトスフィアから一匹残さず潰す。愛犬の恨みもあるし。いや決して恨みで動いたわけじゃないけど。
――という話をしても仕方がないし、省略しよう。
「秘密だ」
「なんだかんだ秘密主義なの似てるよね。そういえば総介さんは?」
「奴は生け捕りにして牢屋に送り込んだ。明日には処刑だと思う」
「……え?」
「処刑」
処刑、実に良い響きだ。
アイダがポカーンとしているが、この娘はあの男がいかに邪悪か知らないようだ。
幸せなことである。
「お祖父ちゃんの、お父さんだよね?」
「あいつが死ぬと人類共通の敵が居なくなるから統治が難しくなる。確かにそれは問題だ。だが同時に、俺が人類の裏切り者ではない証拠として、奴を処刑台に送らなくてはいけない。とても難しい問題だな。願わくばお前の時代には、いや、これからはここに住むんだろうけど、ともかくお前にはこんな事を考えなくて済む世の中になっていて欲しい。そのためにも俺は今頑張ろう。俺はそう思う」
「お祖父ちゃん!?」
「分かるぞ。肉親の死刑の片棒を担ぐなんて正気かって話だろう。でも考えてみてほしいんだけど、自分の妻を生き返らせる為に世界一つ傾けた人間が、その妻共々牢屋に囚えられたら、とにかく全力で安全な場所まで逃げると思うんだよね」
「逃げるの前提で捕まえたの!?」
これだから佐々総介ビギナーは困る。
いや、情報遮断していた未来の俺のせいなんだろうけど。
「だけど、同時に俺のこれからの計画の邪魔をするとも思えないんだよ。自らの理想を否定した息子が、人類種の進化を目指す計画を進めている。奴が妻の蘇生の片手間にやろうとした神々との共存に耐えうる人類・世界の作成を俺がやっているんだから、感謝こそされても邪魔されることは無い。というより、息子に甘い。息子が頑張っている時ならば、手助けはしてくれなくても、邪魔は絶対にしない。故に、俺が統合政府から要らぬ疑いをかけられるような脱走の仕方は絶対にしない」
「いや、無茶でしょ……?」
「無茶?」
「お祖父ちゃんがティンダロスに殴り込む戦力を集める為に、お祖父ちゃんが人間の敵だと疑われないようにしつつ、自分は処刑されないようにリンさんと一緒に脱獄するってそんな方法有るの?」
「俺は思いつかない」
「じゃあ……」
「まー、あいつ天才だしやってくれるんじゃないかな。むしろやれなかったらがっかりだ。俺、父さんの能力だけは世界で一番だと思ってたのにそんなこともできないなんてがっかりだ」
もしかしたらこの会話をどこかで聞いているかもしれない父親に向けて、俺は声を張り上げる。
というか、千里眼を持っているしきっとこの会話も筒抜けだろう。
「いや~! それくらい楽勝でやった後に涼しい顔で計画のダメ出しとかするのが何時もの佐々総介なんだけどな~! は~! お祖父ちゃんになった佐々総介の良いところ見てみたいな~! まだサマノスケの初めての魔法の杖も買ってもらってないのに死なれると困っちゃうな~! 素敵な魔法の杖買ってこられたらちょっと親子の情とかそういうので絆されるかもな~! 息子の教育は雑だったけど孫のことは真面目に考えてるんだってグッと来ちゃうかもな~!」
これだけ言えばきっと大丈夫だろう。
あの人は一度能力を認めた相手からだと、こういう雑な挑発を受けるだけでむきになる。
なまじ自分の能力に自身があるので、一度でも自分が認めた相手の言葉を無視すれば、自分の評価が間違っていたような気分になってしまうのだ。
「これで大丈夫」
「それマジ?」
「マジマジ」
こうして俺たちはロンギヌスを有角宇宙殴り込み艦隊として再編すべく、基地へと戻ることを決めたのであった。
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