第十三話 戦うことしか知らなくて

 私はロンギヌスの基地の医務室でナミハナお祖母ちゃんと一緒になってテレビを眺めていた。


「もうすぐ時間ですわね」


 治療用の薬液で満たされた医療ポッド(もずく風呂みたい)から、お祖母ちゃんがゴボゴボ音を鳴らしつつ話しかけてくる。


「お風呂から上がったらどうです?」

「こっちの方が効率的というものでしょう? あっ、真似しなくてよくってよ。これ、やりたくてやってるだけですもの」

「ソ、ソウデスネー……」

「あら、映ったわよ」


 家庭のテレビや街頭モニターにお祖父ちゃんの顔が映る。

 総介さんは空に仰々しく自分の顔を映して演説を始めたそうだけど、なんだか親子でやっていることがそっくりだ。

 本人に言ったらきっと怒るんだろうけど。


「皆さん、私は統合政府直属特務部隊ロンギヌスの指揮を執っている佐々佐助です。みなさんもご存知のように、魔術師がティンダロスの猟犬と呼ぶ怪物を掃討する任務に従事しております。三年前、私の父であった佐々総介……否、アマデウスがこの世界の敵となったように、またも彼が復活し、猟犬を解き放ったからです」


 顔色一つ変えない。

 総介さんに、実の父親に濡れ衣を着せている筈なのに、顔色一つ変わっていない。


「サマノスケがねえ……」

「急にどうしたんです?」


 お祖父ちゃんの演説をあまり聞いていないのか、お祖母ちゃんはお父さんのことを話し始める。


「本当に良く眠る赤ん坊だったのよ。自分にそっくりだって、佐助が笑っていたわ」

「それが……どうしたんです?」

「きっと、よく眠る赤ん坊だったって父親に言われたことがあったのよ。そうじゃなきゃどうして自分の赤ちゃんの頃が分かるっていうの? それに、御母上は幼稚園に入る前に死んでしまった。きっと、佐々総介にも佐々佐助にもそういう時間があった」


 どう答えれば良いのか、私はわからない。

 きっと変な顔をしている。


「アマデウスの手口は実に簡単なものでした。現在、政府の解析チームが時空の門を分解する術式を組み立てています。認めたくはないのですが、アマデウスと私の使う魔術体系はほぼ同じであり、その分だけ対抗術式を開発する手間も省けることは事実です。しかし、それでも、その行使の為には長い準備と安全な場所の確保が必要です。さてここで質問です。ティンダロスという超時空都市国家が、せっかく手に入れた侵略の橋頭堡をそうやすやすと手放すでしょうか? 私はそう思いません。危機は去っていないのです。この苦難の時に、私はもう一度人の子として、そして一人の湖猫として、命を賭けて立ち向かいます。そう、ティンダロスの猟犬の源たる都市国家ティンダロスへの反攻作戦です」


 画面の向こうでお祖父ちゃんが熱弁をふるっている。

 立派な服を着て、自信満々に喋り続けるお祖父ちゃんは、私の知る彼とはまるで別の人間みたいだ。

 あんなに燃えるような瞳で、人々に言葉で訴えかけることができるなんて、まるで魔法かなにかを使っているみたいだ。


「あとね。佐助は元々すごい口下手っていうか、人見知りをする子だったの。最初に会った時は本当に何を考えているのかわからなかった」 

「本当ですか?」

「信じられないわよね。そうなるまでに、本当に何度も酷い目に遭ったのよ。家族に裏切られたり、指名手配犯として軍に追いかけ回されたり……」

「――大切な人を亡くしたりねっ!」


 肩の上から声がして、驚いて振り返る。

 一瞬リンさんかと思ってびびったけど、アトゥだった。あの二人、声が似ているんだもの。


「……あ゛ー、まあそうね」


 お祖母ちゃんが引きつった笑みを浮かべている。

 そういえばこの人たちも色々有ったんだろうか?


「もう回復したの?」

「まあねぇ、本体はケイオスハウルネオの中だけど、吾輩は分身だけ飛ばしてきたわ」

「ねえアトゥ、あなた……」

「どうしたのナミハナ?」


 お祖母ちゃんが優しく微笑む。


「いえ、なんでもないわ。今は楽しい?」

「そうねえ、まあ楽しいんじゃないかしら。吾輩がこうして居られるってことは、未来と同様にこの世界も絶望や怨嗟で溢れているってことでしょうし。平和は遠そうねえ?」

「でも何時か来ますわ。今より良い未来が……少なくともあなたたちの見た未来よりは良いものが」

「あらあら、人間は何度同じことを言えば気が済むのかしら?」


 それを聞いたアトゥちゃんはケラケラと笑う。

 

「ちょっとアトゥ、笑うことはないんじゃない?」

「良くてよ、アイダ。彼女が笑うことしかできないように、私たち人間も夢を見ることしかできない。お互いにそういうものよ」

「そうねえナミハナお嬢様……あはは、メイド暮らしが懐かしいわね」


 二人が話している間にお祖父ちゃんの演説は終わってしまう。

 私たちはきっと戦うことになる。少なくとも私とアトゥちゃんは戦う。


「あの、お祖母ちゃんも戦いに行くんだよね?」

「……いいえ」

「え?」


 眼の前が真っ暗になる。

 なんで?

 あんなにお祖父ちゃんが頑張っているのに、その一番重要な戦いについていかないの?


「あれでしょー? 佐々総介と凛の監視を任されているんでしょう? そんな治療ポッド使ってまで身体を調整しているのは、それが理由ね?」

「話が分かるのねアトゥ、手伝ってくれるかしら? 流石に一人じゃ辛いと思っていてよ」

「ごめんねお嬢様、吾輩、今の契約者を守らなきゃいけないから……勿論起こされたり封印されたりでめっっっちゃ腹が立ってるけど、全部合わせると借りのほうが多いのよね。あの織田っぽい信長っぽいニャルラトホテプでも引っ張り出してきた方が良いんじゃないの?」

「あれはあれでお父様の契約相手だから、あんまり離れてくれないし……苦手なのよね。なんか、あいつの前でデレデレしているお父様見るのも気に食わないし」

「あっ、わっかる~! 吾輩もアイダちゃん居るから佐助ちゃんにあんまりベタベタしないように気をつけてるし」

「それとはちょっと違うんじゃなくって?」

「そうかな~?」


 私が想像していないところで戦いがどんどん進んでいる。

 そうか、あの二人の監視をする人間が必要なのか。

 お祖父ちゃんがあくまであの二人と敵対しているポーズを取るために人材をとられちゃう。

 それにお祖母ちゃんなら、あの二人を殺さずにいい雰囲気で逃してくれるかもしれない!

 しっかり考えてあるなあ。


「流石に佐々凛に二回不意打ちが成功すると思えないし、佐々総介も今でこそ黙っているけど三年前に佐々凛を殺した私に加減をしないと思うのよ」

「そうねぇ……吾輩としても流石に貴方を見殺しにするのは気がひけるわ」

「待って、二人共なんで本気で戦うみたいな話をしているの?」


 アトゥちゃんとお祖母ちゃんはこちらを見て首をかしげる。


「いや、逃げたら本気で殺しに行くのは当たり前でしてよ?」

「まあナミハナお嬢様の勝ち負けはさておき、二対一なら本気でいかないとうっかり死ぬんじゃないかしら? 下手な湖猫を増援に連れて行っても被害が増えるだけだから実質一人で食い止めないと行けないのが辛いところね。どうするアイダ、吾輩たちも残っちゃう?」

「未来から来た貴方たちは時間の揺らぎを示す羅針盤代わりでしょう。残っていられる訳がないじゃない。本丸まで殴り込んできなさいよ」


 おかしい。

 何かこう、おかしい。

 本当にそこまでしなくちゃいけないの?

 お祖父ちゃんと総介さんがあんなに互いのことを分かりあって行動しているのなら、別にお祖母ちゃんと総介さんたちがわざわざ殺し合わなくてもどうにかできる道があるんじゃないの?

 

「どうしたのアイダ?」

「なんでそこまで戦わなくちゃいけないのか……私、分からなくって」

「あ、それ佐助もちょいちょい言っていたわね」

「分かる~吾輩も聞いた~」

「アイダ、対案ある? この短期間で実行可能な、この世界の人間を納得させつつ、殴り込み艦隊の準備を整える血生臭くない方法」


 そんなものは無い。


「殴り込んで勝つことが目的なのよ。戦わないことが、和解することが、平和が目的じゃない。世界にわだかまる不和、飛び交う猜疑心、渦巻く闘争、そういった全てを利用して、混沌としたこの世界の全てをぶつけ、相手を押しつぶし飲み込む。佐々佐助が始める戦争はそういうものよ。良くって? その規模の戦いの為には、こういう馬鹿らしいことも必要なの」

「……分かりたくないです。確かに戦わなければ生き残れないのは良いんです。そういうものだって分かります。でも家族でわざわざこんな……だって家族でしょう? 化物じゃないんですよ? そんな間柄でわざわざ死闘を演じるなんて、嫌ですよ私は……!」

「その感覚が私にはイマイチわからないのだけど……まあ、あれですわ。きっとこういう、あなたからすれば野蛮に見える振る舞いはしなくて済む時代になる。未来から来た貴方がそう感じているってことは、きっとそういう闘争を求めない時代が一時的にでも来る筈よ」

「あらあら、そう考えると人間って進歩してたのね。カタツムリ程度の速度だけど」

「随分な言い草ですこと」


 お祖母ちゃんは医療ポッドの中で肩をすくめる。


「こうも考えられるわ。貴方たち神々は完成したままどこにも行けないけど、私たち人間はこうして進み続けられる。素敵でしょう?」

「そんな事言えるのは、お嬢様が強いからよ。人類の持てる技術を詰め込んだフラッグシップモデル様は、人類が進み続けるのが楽しいでしょうね。だってお嬢様は常にその先頭に立つんですもの。異世界からのマレビトさえも己の中に取り込んで、無限に拡大していくこの世界の人間の貪欲さの象徴よ、お嬢様は」

「どうかしら? 今は私が最高最強の人類だけど、どうせすぐに後継機が出るわよ」

「そうやって、お嬢様は笑って未来に託すじゃない。今この一時、己が最強であった誇りと共に、次に現れる最強を笑って見送るんでしょう。確かに自分が守った時代がそこにあったから……自らが老い衰えても自らの英雄譚は死なない。ずるいわよ、まるで神様みたいなことをするなんて」

「ずるい? それなら最後の最後に死に逃げた貴方のほうがよっぽどずるいわ」

「それは出遅れたあなたの負けよ」


 二人はとても楽しそうに笑っている。

 アトゥはお祖母ちゃんにいじめられていたと文句を言っていたけど、言うほど険悪な雰囲気ではない。

 私はこの二人の不思議な絆をどう言い表わせば良いのか分からない。

 そもそも、やっぱりお祖母ちゃんは戦いへの価値観が違う。

 私の知っている戦いというのは、何時だって辛く苦しくて悲しいものだった。

 お祖母ちゃんはそれこそが名誉であり、生きる意義であると言わんばかりに戦いを求める。

 その輝きが、なんだか少し眩しいと思った。


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斬魔機皇ケイオスハウル・重装改 海野しぃる @hibiki

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