第十話 明るい佐々家家族会議・後編
「……っ」
気づくと三十分程居眠りをしていた。
仕事が多い。
まずは現場指揮や機械のメンテを担当している蒼野やレンから上がってくる戦闘についての報告。ティンダロスの猟犬の出現はなおも増加しており、
それを聞いた上で参謀を担当する
所詮、寄せ集めであるロンギヌスの隊の規律にも目を光らせておきたい。
政治絡みの暗闘も必要だ。父さんの残した膨大な機密情報だけでは乗り切れない事態が増えている。
間諜のミゲルは情報将校としての訓練を受けているだけあって今のところ助かっているが、奴自身にどんな狙いが有るのかまだ決まりきってはいない。
同じ父親になった身として、最後まで理想を共有できれば良いんだが……。
せめて、せめて、チクタクマンさえ居れば事務作業や情報戦をあいつに丸投げできるのに。アトゥが居るお陰でアイダの心配をしなくて良いのはありがたいが……そもそもアトゥと行動をともにしている時点でアイダも相当危ない存在じゃないか心配だし……。
「佐々司令!」
司令室に控えているロンギヌスのオペレーターが大声を上げる。
一体なんだろう? なんにせよ、長瀬重工から出向してきた男だ。信用はできる。
「どうしたんですか」
まるで実の父親のような声を出している。
眼鏡でもかけてやろうか。
「長瀬レン様、ミス・アイダの所属する部隊がティンダロスの拠点に攻撃を仕掛けた所、アマデウスが顕現しました! 戦闘後、ミス・アイダが行方不明です!」
「ぐっ……!」
くぐもった声を上げてしまう。
駄目だ。まだあの男程悠然としてはいられない。
「……分かりました。部隊の損害は?」
「ティンダロスとの戦闘によるものはありますが、殆ど無しです。戦闘における主力だったミス・アイダを捕縛することが目的であったと思われます! そちらの端末に被害状況をお送りします」
「ああ、頼む」
送られてきたデータによると、確かに被害は軽微だ。
レンとアイダの所属する部隊だけはある。
強大な戦力は散らすのではなく纏めて運用して、万が一の事態を避けるのが目的だから、狙い通りではある。
「…………」
なんだこれ。妙なものを見つけたぞ。
あれ、どうしようチクタクマン。
送信されたデータの一番最後に暗号文がついている。
司令官専用の端末で暗号文を読み込むと、其処には信じられない事が書いてあった。
――長瀬邸から佐々左馬之助様が消失。アマデウスが関与していると目されます。
あの野郎……息子を過労死させるつもりだな。
データを送ってきたオペレーターとアイコンタクトをする。
「こうなっては相手が相手です。作戦指揮を今から一日、紅蓮副司令に委託します。北洋の魔導要塞イイーキルス攻略に出ているギルドNo.3が帰還次第、私自らが出ます。アマデウスと同じ魔術回路を共有している私ならば、奴の空間転移を追跡できる筈です。今からやつの追跡に向かいます。ケイオスハウル・プロトタイプの拘束術式を解除しておいて下さい」
司令室がざわめく。
俺が奴を追いかけられるように、奴も俺を追いかけられる。
しかも
俺が指揮をする限り、俺の作戦は奴に読まれるリスクが有る。
「それでは紅蓮さん。お願いします」
「承った……野郎ども! 行くよ! 今日から一日、部隊は副官のあたしが預かる! 今は人類危急存亡の時、企業も軍も政府も、一先ずあたしに従ってもらう! 安心しな、あんた達の大将はすぐに戻ってくる!」
紅蓮さんの一声で司令室の空気が高揚する。
先程までのざわめいていた部隊の空気が、熱を保ちながらも落ち着く。
すべての注意が紅蓮副司令一人に注がれているかのようだ。
「各員、業務に戻れ! 事前マニュアルの通り、これまで続けてきた作戦は変更不要! ただし、攻勢作戦において人員不足等の場合は現場判断で一時中止して司令部まで報告を上げること! ギルドNo.3ナミハナを中核とする北洋攻略部隊は現在遂行中の作戦が終了次第再編をかける! 以上、連絡!」
紅蓮さんの言葉が文章データになって即座に各部隊へ伝達される。
彼女は司令室の空気が引き締まったことをその目で確認してから、俺に囁く。
「できるだけ早く帰ってきなさいよ」
「ええ、レンの奴が気に病みますから」
「……悪いね」
「いえいえ、では行ってきます」
俺は司令室の椅子に仕込んでいた転移の術式を発動させた。
*
「おお、思ったよりも早く来ましたね。成長成長」
次の瞬間には俺は見知らぬ城の中に居て、目の前に佐々総介が居た。
その顔を見た瞬間、俺の中の何かがプチッと音を立てて切れた。
俺は目を丸くしている父親に掴みかかる。
「何やってんだよ父さん!」
佐々総介は楽しそうに状況を分析し始める。
「おっとこれは予想外。もしかして親子であることを利用して最初から直通の転移魔術を仕込んでましたか? わざと私の目の前に現れて、戦闘をしに来たのか交渉しに来たのかを分からなくすることで不意打ちの時間を稼ぐ訳ですね。あと子供の顔を見て私が戦意を削がれるとも考えている。実によく考えている。素晴らしい」
「左馬之助とアイダを何処にやった!」
「待って下さい。二人共無事です。指一本触れてません」
「触れなくてもなんでもできるだろうがあんたは! あんたって人は!」
魔術で強化された筋力で投げ飛ばし、佐々総介に馬乗りになる。
「父さんは良い大人だろう!? こんな時にどうしてこんなことするんだよ! ふざけるなよ! こっちはいっぱいいっぱいなんだぞ! それくらい分かれよ! 何が神の子だ! 自分の子供の事もわからないで!」
「わかりましたから落ち着いて下さい。人質とられている人間の態度じゃないでしょうそれ? 一応人質取ってますよ私? ね?」
そう言われると俺も動きにくくなる。
マウントポジションをとっておいて殴れなかった時点で、本気でぶん殴れないのは分かっていたけど、情けない限りだ。
「落ち着いてくれましたか……いや、貴方を呼んだのにはちゃんと理由が有るんですよ。状況の分析が終わったので、こちらの集めた情報をあなたにお渡ししようと……」
「だったらもっと! やりようがあっただろう!」
「いえいえ、本気で私に奇襲を仕掛けてくれないと困るんですよ。そうしないと周囲の目を欺けない。それにあのアイダちゃんだって、あまり長い間戦っていれば、どんどん痛くもない腹を探られる可能性が有るのでは?」
「……それで、その情報ってのはなんだ?」
その時、部屋の扉が開く。
「はーい、男の子同士の野蛮で楽しそうな親子喧嘩の最中失礼するわ! それはお母さんが説明しましょう!」
「ええ、お願いします凛」
「はいはーい!」
こいつか……。
扉を開けたのは古式ゆかしい魔女の装束に身を包んだ母。佐々凛。
もう二度と見たくもない顔ではあったが、此処に来た以上覚悟はしていた。
というか、佐々総介が此処に来るまでおとなしかったのは恐らく彼女の蘇生に成功したからであろうと踏んでいた。
俺の浮かべる諸々の表情変化を無視したまま、凛は説明を開始する。
「じゃあ佐助ちゃん! ティンダロスの猟犬が何故人前に現れると思う?」
「いやそりゃ……時間旅行でしょ? ドリームランドでも、地球でも、それは変わらないし……」
「正解! でもそういった場合、ティンダロスの猟犬が狙うのは時間旅行をした一個人よね?」
アイダが狙われているということか?
だがそれにしたって、街の人々も襲われていることには変わりない。
そうなると彼女だけが原因だなどとは思えないし……。
「じゃあ何だよ……この世界の人間が全て時間移動をしているとでも言いたいのか?」
「正解! 流石私と総介さんの一人息子!」
「……冗談じゃねえ」
「勿論最初はアイダちゃん一人がどうしようもない未来から逃げ出してきた。だけど、彼女の時間移転によって開けられた道を通じて、この世界全体がゆっくりと別の時間軸へと引き寄せられている……つまり、非常に不安定なのよ! するとティンダロスの猟犬は当然干渉してくるわ!」
「待て、じゃあアイダの居た世界がティンダロスの猟犬やらティンダロスの軍勢に滅ぼされかけていたのって……何が原因なんだ? そうなった原因が有るだろう? それはわからないのか?」
「未来においてアイダちゃんが時間を超えたことが原因で、アイダちゃんの元居た世界の過去から、ティンダロスの猟犬が攻め入ってきた可能性はゼロじゃないわね。これも一つのタイムパラドックス!」
「……父さん、いや佐々総介」
「なんです?」
「自分が殴られたくないから母さんに説明させたな?」
「いくらなんでもそこまで酷い男じゃないですよ私は。凛がどうしても説明したいと言うので……魔術理論に関しては私や君より遥かに熟達しています。私や君は魔眼を持っている優れた血統の持ち主ですが、凛は過去世において人間が扱う魔術そのものの成り立ちにも関わっている大魔導師、ちゃんと考えているんですよ」
「……ごめん」
俺は深く溜息をつく。
この異常事態の原因が、同じ異常事態で滅びかけた世界から来たアイダで、そもそも彼女がこの事態を解決しようと助けを求めたことが異常事態発生の原因なら、駄目だ頭がこんがらがってきた。最悪だ。兎にも角にも救いがない。
「とりあえず聞きたいことは全部聞けたよ、ありがとう……父さん、母さん」
父と母が顔を見合わせる。
「なんだかんだ言って、助けてくれるよな二人共。色々有ったし、迷惑もたくさんしたけど、二人が俺を愛してくれたのは良く分かったよ。ごめんよ」
馬乗りになっていた佐々総介から降りて、彼に立ち上がってもらう。
母さんが駆け寄ってくる。
「佐助ちゃん!」
「母さん……なんていうかその。一からやりなおそう。だって俺達親子じゃないか」
駆け寄ってくる母さんを抱きしめ、父さんと肩を組む。
父さんは俺の考えていることが分かっているのか苦笑いを浮かべている。
「ごめんなさい……私達、普通の人間の気持ちが分からなくて……。こうしたら良いって思ってたことがことごとく佐助ちゃんの為にならなかったから……どうすればいいか……」
「俺も親になってさ。分かったんだよ。子供の為ならば無茶なことしちゃう。母さんは悪くないよ。勿論父さんも悪くない。ただ結果的にやったことが悪い結果につながってしまった……結果はさておき、その気持が俺はとてもうれしい」
と、此処まで言い終えたところで。
「だからもう少し役に立ってくれるかな?」
「ははっ」
「え?」
俺は懐に隠していた護符を破り、内側に込められていた術式を解放する。
またたく間に結界が構築され、両親を拘束した。
「ははははは! 凛、これは私達が佐助の祖父母を嵌めて生贄にした時と同じ方法ですよこれ! 親子ですね! 心が暖かくなりますよ!」
わりと洒落にならないレベルの嫌な話を聞いたが無視しよう。
「ちょっとこれ!? どういうこと!? 分かってたの総介さん! 言ってよ! 言いなさいよ! あなたの教育が悪かったんだわ! そうに決まってます!」
爆笑している父親と呆然としている母親。
二人の身体を囲むように、結界が変化した光の檻が構築されている。
「本気で暗殺に来て貰わなくちゃ困るって言ってたよな……父さん?」
「ええ、そんなこと言いましたね」
「だから本気であんた達を捕まえる。そして統合政府に突き出す」
「いやあ、本気で抵抗しないと逃げられ無さそうですが、本気で抵抗すると貴方を殺しかねません。貴方を殺すと後継者を一から育てなくてはいけないのですが、私は不老不死かつ全知全能の限りなく完全な存在なので、そんな私を否定しつつ魔術師としての私が目指す完全な世界へ歩もうとする存在とか一から育てるのはかなり無駄手間です。いやあ大変大変」
「笑い事じゃないわよ! きっと貴方の育て方が悪かったせいよ! いや、でも、真面目にこの檻から出ようとすると一年くらいかかるわ……どうしよう総介さん」
「私達のエクサスを呼べれば一発なんですけどね。流石に生身では出力が足りません」
結界の中で身動きの取れない二人に背を向ける。
「左馬之助とアイダは返してもらう」
指を鳴らすと結界は拘束された二人をロンギヌスの専用拘束室へと送り込む。
俺はどこぞの城の応接間のような一室から出てアイダ達を救いに向かった。
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