第九話 明るい佐々家家族会議・前編

 それから約一週間。私達を始めとしたアマデウスの追討部隊は各地に展開。

 おじいちゃんの指揮で次々とティンダロスの猟犬を追い詰めていました。

 圧倒的な性能と引き換えに暴走の危険が指摘される第四世代型エクサスと安定性に優れる分性能で劣りなおかつコストパフォーマンスでも微妙になり始めた第三世代型エクサスの混成部隊は、まさに時代の変革を告げる部隊だったのかもしれません。

 だけど私は知らなかった。

 物事が上手く行きかけている時こそ危ないものなのだと。

 その日、私はテインダロスの猟犬が出現する時空の裂け目へと急行していた。


「さーて来るよアトゥ!」

「神遣いが荒いのよぉ! っていうか囲まれてる! 囲まれちゃってるわ!」

「真っすぐ行ってぶん殴る!」

「そうね、貴方はそういうこと言うわ。知ってた」


 水上を滑らかに走る二足歩行の異形の機体。

 解析によりティンダロスの猟犬がAIとして詰め込まれた無人機だと判明したものだ。

 私のケイオスハウル・ネオと同じ。この世界に居てはいけないもの。

 忍者のようなシルエットを裏切らず、軽やかな動きで四方から私のネオを囲む。


「付かず離れずの距離で様子を伺ってきてるね」

「学習したんじゃないの? 吾輩達の動きを」


 これくらい敵じゃないけど、時間稼ぎに徹されるとちょっと手間取っちゃうかも?


「アイダさん、先行しすぎです」


 そんな無線通信と共に四台の浮遊無人砲台ドローンが、忍者のような機体を撃ち貫く。

 

「ごめんなさいレン……」


 レンおじさんと呼んでしまいそうになって慌てて口をふさぐ。


「レン君!」

「同年代とは言え、此処では僕が指揮官です。おとなしく従って下さい。早く所定の手順を」


 困ったことに若い頃の叔父さんは見た目と違ってあんまりかわいくない。

 大人になるとこれが変わるんだからびっくりだ。

 

「了――解!」


 ネオは右足を大きく振り上げて海面に叩きつける。

 これは震脚のちょっとした応用。

 魔力を載せた右足で海中をノックし、索敵を行っているのだ。

 そしてケイオスハウル・ネオはそのデータを背後で待つ指揮官機であるレン叔父さんの機体アステリオスへと送信する。


「索敵データは確認しました。第三世代エクサス部隊、前へ!」


 レン叔父さんの一声で軍から合流した部隊が前に出る。


「対海中攻撃、撃ち方はじめ!」


 私がネオの周囲を飛び交うシャンタク鳥やティンダロス由来のエクサスによる射撃から必死で身を躱している間、第三世代エクサス部隊による攻撃が時空の裂け目に近い神話生物達を次々掃除していく。


「私達、完全に囮だよねえ?」

「仕方ないでしょう? 我輩達、敵か味方かわからないことになっているんですもの」

「まあそりゃあそうだけどねえ」


 ワイヤーで飛び交うシャンタク鳥を捕まえ、寄ってきた夜鬼を踏み台にして、空中で四肢をクルクル振り回しながら猫のように姿勢を制御する。

 着地する先は襲ってきた敵のティンダロス製エクサス。忍者のようなスリムな機体を踏みつけて、私はもう一度空を飛ぶ。

 あと少し、もう少し。

 何時か人は海から離れて空を目指す。

 まるで神々の座へと届けと言わんばかりに。

 私もきっと、このケイオスハウル・ネオにそういうことを求めている。

 この機械は、私の傲慢な望みを叶える魔法だ。

 

「うおりゃあああああああああああああああ!」


 振り上げた拳は星の重力に惹かれて恋して落ちていく。

 思いの重さを力の強さに変換し、私は私の思いを実現していく。

 おじいちゃんと違って魔法の才能はいまいちだけど、私の拳は何時だって私を表現してくれる。

 叩きつけた一撃は海を割り、対海中攻撃で弱っていた深きものどもの姿を露わにする。中でも特に巨大な奴めがけて私は走り、頭部へと膝蹴りを食らわせる。

 ダゴンと誤認されそうなサイズのそいつの鳩尾に、ネオのつま先を引っ掛け、私はもう一度飛ぶ。


「アトゥ! ワイヤー!」

「もうやってるわよ!」


 その勢いで巨大な深きものの首に絡まったワイヤーが締り、切断する。

 私が高く跳躍し、拳で割った海が戻る頃には全て終わっていた。

 突然の出来事にティンダロス製のエクサス達は動きを止める。すると遥か遠方からレン叔父さんが操る無人砲台ドローンがまた敵のエクサスを撃ち抜く。


「巨大神話生物反応消失! 畳み掛けて下さい!」


 その混乱に乗じて背後から第三世代エクサスの部隊が増援に来る。

 彼らの戦い方は荒っぽい。無駄が多い。だが生きる活力に溢れている。

 命を燃やして燃やして尽きるまで戦うという気概に満ちている。

 私はこれを守りたい。

 私はこの時代が結構好きだ。


「お疲れ様ですアイダさん。補給に戻って下さい。母艦が近くの海域まで来ています」

「もう少しやっちゃダメかなあ? ナミハナさんならここから追撃まで出ずっぱりで働くよね?」

「彼女の真似はしないで下さい。貴方の機体も、本来貴重なサンプルなのですから大事にするべきです」


 お祖母ちゃんは真似しちゃダメらしい。

 叔父さんはケチだ。

 

「はいはい、分かり――」


 そう言いかけた時、晴天に霹靂が鳴り響いた。

 何が起きたの?

 そう思う間もなく、私の意識は闇に沈んだ。


     *


 次に私が目を覚ますと、お姫様みたいなドレスを着てベッドの中で眠っていた。

 部屋は和洋折衷で、お爺ちゃんが好んで使っていたメイジジダイ風の雰囲気です。


「これはこれはお姫様。お目覚めでしょうか?」


 目の前には黒いローブを着て三角帽子を被った小さい女の子が居る。

 どうやら私が目を覚ますまで待っていたらしい。

 殺気がまったく感じられない。魔術師だとは思うけど誰だろう?


「あ、あの……此処は?」

「深海都市ル・リエーよ」

「えっとアトゥちゃん……知りませんか?」

「あー、ごめんね? あの子はちょっとケイオスハウル・ネオに封印させてもらったわ」

「封印? アトゥを……?」

「できるわよ、だって貴方のひいお祖母様ですもの……うふふ」


 その子供はそう言って私の鼻先を小さな杖でつついた。


「それにしても私に似て顔がいいわね!」


 何だこの人。

 待って、ひいおばあちゃんってどういうことなの?

 こんな子供みたいな見た目なのに?


「あら、察しが悪いのはきっと佐々家の血じゃないわね! いやでも佐助ちゃん言葉が遅かったからあの子に似て口下手ってこともあるかしら!? やだもーかわいい!」


 あ、すごい。ダイナミック無礼。

 この人きっと人間として何もかも終わってる。

 もしかしてお爺ちゃん苦労したんじゃないかなこれ?

 というかこの人が総介さんの奥さん……なの? 女性の趣味どうなんだろうあの人……曽祖父だけどちょっと困るな。

 

「ふふふ、落ち着いて下さいリン。曾孫に会えたからってはしゃぎ過ぎです」


 女の子の足元から影が伸びて総介さんが現れる。

 いつもどおりの胡散臭い登場だ。


「だって! あなた! だって!」

「まあまあ落ち着いて」

「あたしだってもうちょっとお話したい!」

「大丈夫ですよ、貴方のこともちゃんと考えてますから」

「本当に?」

「僕が君以外の事を考えた時がありましたか?」

「無いわね!」


 はしゃぐリンさん(ちゃんとさん付けする私、偉い)をたしなめる総介さん。

 

「貴方をこうして内密に攫ったのは他でもありません。我々の密約について語らいたかったということと」

「ああ……それ? じゃあアトゥちゃんも呼びたいなあ」


 なんというか話すのが憚られるので思わず視線をそらしてしまう。


「ええ、それは彼女も関わりますからね。ですがそれはそれとして」

「として?」

「佐助も呼んで少々家族会議をしたいと思っていたのです」

「来るの?」


 これには私も驚いた。

 こんな状況でわざわざ会いにくると思っているのだろうか。


「来ますよ――だって」


 総介さんはなんでもないことのように何もない場所からひょいと子供を取り出す。

 それはお爺ちゃんの家で見たことの有る利発そうな顔立ちのお子様だ。

 というか……幼き日の私のパパだ。サマノスケお父さんだ。


「……此処どこ?」


 不安げな顔のサマノスケお父さんを、総介さんはリンさんに触らせないように私に渡す。


「ちょっとあなた!?」

「素直にいいましょう。貴方が佐助君に授乳していた時から、貴方はに子供を任せるのは怖かった……! 息子相手だから試練も必要だろうと我慢していましたが……孫や曾孫はもうちょっと優しく扱って下さい」

「――あなた!?」


 コミカルな空気には騙されない。

 いともたやすく行われるえげつない行為に、私は驚き、同時に今にも泣きそうなサマノスケお父さんを抱きしめる。


「サマノスケ君……だよね? お姉ちゃんの事覚えてる?」


 まだ幼いお父さんはコクコクと頷く。


「久しぶりだね。大丈夫だよ。私が君を守るから」

「お姉ちゃん……」


 私はお父さんを更に強く抱きしめる。


「こうやって息子を攫われたら、流石の佐助君も泡食ってこっちにくるでしょう? だって私の意図が読めない訳ですから、何が起きるかわからない。放置なんてできませんよねえ?」


 総介さんの目を見据え、私は非難の色を声ににじませる。


「……総介さん、貴方は何をするつもりですか」

「家族会議ですよ」

「……?」


 面食らう私を無視して、総介さんはお父さんに微笑む。


「驚かせてすいませんでした。サマノスケ君、貴方のお爺ちゃんですよ」

「……しらない。おじいちゃんは斬九郎おじいちゃん以外居ないって言われたもん」

「おや、それは残念」


 私は怯えるお父さんを布団の中に隠し、二人に告げる。


「今は二人共出ていって下さい。私、この子と一緒に居ますから!」

「ええ、分かりました」

「良いの?」

「ええ、時間はありますから」

「でも香食君のところでのお仕事は?」

「完全にあちらで処理してくれそうですから大丈夫。偶には夫婦水入らずもいいでしょう」

「まあ、そう言われたら我慢するけど……誤解されてる気がするわねえ」


 総介さんは満足そうに微笑み、何かいいたげなリンさんを連れて部屋を出る。

 そして私達は二人きりになった。

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