第八話 結成・特務部隊ロンギヌス
「思えば、あれから三年か」
「長かったね……」
琥珀色の液体が入ったグラスを傾けながら俺とミゲルは頷き合う。
他の皆は料理を腹いっぱい食べて満足げに歓談している。
それぞれに積もる話が有ったのだろう。
アイダも中々どうして馴染んでいるみたいだし、安心した。
「どうだ? そっちの長男は」
「元気いっぱいでね、メイが困っているよ」
「極悪で鳴らした銀行強盗カップルも、子供相手には形無しだな」
「まあね。そもそもあいつのせいで引退した訳だし」
「もしかして犯罪者生活続けたかった?」
「まさか、さっきも言った通り、潮時だと思ったんだよ。政府は人材不足、神々の血を受け継いだハーフリングへの偏見も相変わらず厳しい、だけどハーフリングにしか扱えない第四世代エクサスの有用性は証明されている。そんなところに司法取引の話が来たら乗るしか無い」
「まあ……俺がお前でもそうするかな」
「俺がお前でも、か。今なら言えるけど、君が羨ましかったんだよ僕は」
「どういうことだ?」
「アマデウスの息子で、彼に後継者として期待されているなんて、あの頃の僕には妬ましかった。あの男は、最初から自分の家族以外どうでもよかったのにね」
「……今は?」
「今はすっきりしたよ。なんかこう、色々とね」
「そいつは何よりだな」
「何せ軍部から派遣された顧問って仕事も忙しそうだしな。考えている暇とかなさそう」
「軍といえば紅蓮艦長はどうした?」
「あの海賊お姉さんか。そういやあいつも軍から派遣されるのか……
憂鬱そうな表情のミゲルに、俺は思わず笑ってしまう。
「何が辛いんだよ。別に昔船を襲ったからって気にする事はないだろう」
「彼女の部下を殺してるんだぜ?」
「戦争で殺し合うなんて当たり前だ。例え昨日の敵であれ、お前がエージェントとして真面目に仕事する分には今日の友として認めるさ」
ミゲルは長いため息をつく。
「サスケ……君はさ」
「なんだ?」
「随分とこの世界に思考を毒されてしまっているね」
言われてみればそうである。
「もう此処で生きると決めたからな……」
「そいつはなによりだ。このイカれた世界にようこそ」
三年前に殺し合っていた相手と、そんなことを言って笑えることに、時間の流れの偉大さを感じる。
同時にかつて居た世界へのわずかな郷愁も。
クラスメート、我が家の前にある薬局のおじさん、予備校の友人、彼らは一体どうしているのだろうか。
「わかってると思うが、明日の式典で喧嘩なんて始めるなよ」
「分かっているよ。何せ僕達は君のお目付け役だからね」
「軍からのお目付け役同士が喧嘩をしてくれた方が、俺は自由に動けるか?」
「かもしれない。だが僕と紅蓮艦長の雪風無しでどうこうできる相手じゃあないよねえ? 世界各地に現れるティンダロスの猟犬と、アマデウスの対処だなんて」
「……そうだな」
「どうした?」
「ミゲル、父さんの側近だったお前には伝えておきたいことがある」
「僕に? その情報って、僕なんかよりも伝えるべき相手が居るんじゃない?」
「いいや、逆にお前くらいにしか話せない。明日の式典の準備も兼ねて、少し奥で話そうか」
「まあ、アマデウス追討部隊の指揮官様と軍事顧問様だからね。密談もあるか。あのアイダって子についてもいくらか聞かせて欲しいものだが……」
「気になるか?」
「だって、彼女だけ新顔だろう。軍からも報告を受けていない。何を隠している?」
「それについても、アマデウスに絡む話だ」
「オーケー、聞くよ」
俺はミゲルを奥の密談用の部屋へと連れ出した。
*
翌日。
テート島にある統合政府の議会にある大ホールにて。
「湖猫ギルド、軍部、統合政府の皆様。この度はお忙しい中、お集まり頂きありがとうございます。先日、我が父である佐々総介が挙兵しました。彼は全世界的に神話生物を召喚し、蹂躙を開始しております。そこで、私は再び父を討つべく、皆様の協力の下、特務部隊ロンギヌスの結成を此処に宣言いたします」
厳かな空気の下、俺はアマデウスの追討部隊結成を宣言した。
此処から先はもう戻れない。
死んだ者、地元が壊滅的な被害を受けて議会まで戻るどころではない者、そもそも行方の知れない者。
式典には欠席こそ目立つものの、ギルドや軍、企業連の人々が居る為か、寂しい印象は無い。
「ロンギヌスの活動にあたって、私自らが指揮をとることとなります。指導者という立場にはまだ未熟かとは思われますが、何卒よろしくおねがいいたします」
俺は頭を下げる。
拍手。だけど単純な歓迎じゃない。皆ギラギラした目で見つめている。
俺が何を為すのか、俺が何を求めているのか、準備の時間は終わって表舞台に立たなくてはいけない時が来た。
――此処から先はもう戻れない。
*
ロンギヌス結成式を無事に終えた俺は、一部のメンバーと共に ロンギヌス司令部へと移動した。
テート島の船着き場に近い商家を買い取って作られた建物だ。
霊脈がある訳ではないので魔術的防衛力は低いが、エクサスの出撃には便利だ。
俺は司令室でギルドからの顧問を出迎えていた。
「ふははは! それにしても、あの頃の童がまた随分と成長したものよ!」
黒髪の美少女がカラカラと笑いながら紅茶を飲み干す。
ギルドNo.7こと魔弾の翁。
今は転生して美少女になっているが、腕前に変わりは無い。
こいつがギルドから派遣された監視役だ。
「三年もあれば人間は成長します」
「お主にだけ言ったのではないぞサスケ。No.10……いいや現No.3も、あとあれだ……レンとミリア。あの戦いで組んだ連中が、それぞれ成長したのが面白うて仕方ない」
「貴方の退屈は凌げそうですか?」
「ああ、とても良い。だからこの先もせいぜい退屈させるなよ」
「ええ」
その時、ドアがノックされた。
「入ってくれ」
「失礼するよ」
ミゲルが部屋に入ってきた。
「半神の小僧か」
「魔弾か、同僚になるとはね」
ミゲルと魔弾はお互いに好戦的な笑みを浮かべた後、握手する。
「二人共、喧嘩しないでね」
「喧嘩などするわけなかろう。ギルドは軍から仕事を貰っておる」
「軍としても、ギルドが居るお陰で面倒事を押し付けられる部分は有るね」
「ああそう? ともかく、今日から本格的にロンギヌスは活動を開始する。こいつを見てくれ」
俺はテーブルの上にこの世界の地図を広げる。
地図の上にはティンダロスの襲撃が激しい地点、そして時空の乱れが確認されている地点に目印がつけられている。
「これは?」
「ロンギヌスによる活動予定地だ」
「佐々総介の手がかりを探すのか?」
「いえ、まずはティンダロスの撃退をしてもらいます」
「ギルドはアマデウスの追討に金を出しておるんじゃぞ?」
「ええ、ですのでアマデウスの追討は基本的に俺とミゲルで行います。彼について詳しく知っているのは俺達ですから」
「指揮官不在で軍勢が成り立つか?」
「主な調査はミゲルが、俺は此処に残って指揮を担当する予定です」
「ふむ……アマデウスのかつての部下が信用できると思っておるのか?」
「成る程、それは貴重な意見として参考にさせてもらいます顧問殿。ただ少なくとも今は信用して仕事を任せるべきでは? ギルドと軍の間の微妙な関係は存じておりますが、統合政府の人間としては、それを一旦横において欲しいものです」
「ふん」
魔弾は不満げに鼻を鳴らす。
――父親に似て、政治ごっこが上手になったな。
と顔に書いてあった。
「……今は何も言えんのう。なんぞ儂の知らぬ情報をかかえておるようじゃが……まあ良い。紅蓮艦長と少し話をしてくる。軍からの顧問は別にその男だけではないからな」
「ええ、戦闘面では主に貴方達二人が中心となります。事前に十分な打ち合わせをお願いします」
「まあ退屈はせんで済みそうじゃな。機体を裏切ってくれるなよ」
魔弾はそれだけ言うと司令室を出て行く。
「誘拐、窃盗、クスリの密売、ギルドを通さない遺跡荒らし、湖猫相手の詐欺、神殿に対する破壊工作、確かに僕が信用できないのも納得だね」
「そこが問題じゃないと思うけどな」
「で、どうするのさ。僕が佐々総介を探すって? 本気かい? 途中で裏切ってあっちにつくかもしれないし、なんなら軍の連中に情報横流しとかしちゃうよ? 今の僕は彼らの工作員だからね」
知っている。だからこそ、ミゲルに教えた情報は「佐々総介がティンダロスの召喚に関わっていないと本人が話していた」と言う話だけだ。
「分かっているさ。だからお前には別の仕事を頼みたい」
「なんだ?」
「こいつだ」
もう一枚の地図をホログラムで表示する。
現在アズライトスフィア内部で確認されているミ=ゴの拠点だ。
十数箇所程度だが、いずれも人間を阻む険しい地形や、暗黒街のど真ん中に存在しており、迂闊に手を出すことはできない。
「現在、アズライトスフィアでは産出されない特殊な金属が貯蓄されている。こいつを可能な限り奪い取って欲しい。手段は問わない」
「成る程、泥棒は得意科目だけど……それだけでいいのかい?」
「関わる人材は可能な限り減らしたい。重要な局面では俺やナミハナもついていくかもしれないが、逆に言えばそれ以外の人員は割けない」
「……マジかい?」
「お前にしか頼めない」
ミゲルは肩をすくめる。
「……まあ、僕としてもハーフリングの人権活動を真面目にやってくれる企業系議員さんは得難いコネだしね」
「アマデウス個人はさておき、アマデウスが求めた理想については否定できない者同士だ」
「でもあいつ、本当にハーフリングの解放とか求めてなかったんじゃない?」
俺は首を左右に振る。
あいつはそこまで冷淡な男じゃない。
「多分家族三人で何時迄も幸せに暮らすって目的の次くらいには真面目に考えていたと思うよ」
あいつにだって一応心のようなものはある。善意のようなものはある。
ただ最優先目標の為ならばなんでも切り捨てられるだけだ。
「……だといいけどね」
「俺は世界を良くしたい。あいつと同じように、だけどあいつとは違うアプローチで」
「僕も、僕みたいな悲惨な生まれの子供が生まれない世界を目指している」
「俺達の目的は今のところ一致している訳だ」
「ああ、その限りにおいては、手を組もうじゃないか」
「頼んだぞ」
「頼まれた」
俺とミゲルは固く握手を交わした。
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