第六話 賢人曰くこの世界は我が物であると

「皆さんお久しぶりですアマデウスです。今回は予算が足りないので全世界のラジオ放送をジャックすることで宣戦布告とさせていただきました。この度、世界征服をしようと思ったので、憎き佐々佐助に討伐された後、用意していたネクロノミコンで自らを蘇生して戻ってきました。ウルタールの市街を襲撃したティンダロスの猟犬は私の差し金です。この度、超次元都市国家ネクロポリスティンダロスと私は同盟を組み、この次元へと侵攻を開始しました。私に投降する際は空に向けて『助けてアマデウス仮面』とお叫びくださいね! 前回は混血の差別に憤って立ち上がった私なので、捕虜の扱いは国際法に則しております。ご安心下さい。それでは皆さんごきげんよう」

「……」

「…………」

「親父いいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」


 誰が。

 何処の誰が。

 何時何処で誰が此処までやれと言った!

 その! 無駄な! ノリノリ感に腹が立つ! せめて悪党やるなら悪党らしく振る舞えよ!

 確かに! 念話で! ティンダロスの猟犬が来た場合は事態の収集の為に自ら悪役を買って出るとは言ったけどさ!


『聞こえますか……聞こえますか佐助……今貴方の心に直接語りかけています……。父は貴方のその辛辣なツッコミに心を痛めています……痛む心とかそんなに無いんですけどね、はい』


 聞こえます!

 何してくれてるの!

 やっぱり嫌いだ! なんでいつもそう勝手なんだよ父さんは!


『人間というのは未知の敵や正体不明の存在の前には慌てふためき揉めて挙句に醜態を晒すものですが、分かりやすい巨悪が居る場合には笑ってしまうほど簡単に団結するものです』


 そうですね!

 大体前にどこかの誰かが実例を示してくれました!


『毎度のことですがめっちゃ受けますね(笑)』


 この……この……!


「外道が……! お前のその思いつきのせいで何人死んだと……」

「サスケちゃん!?」

「お祖父ちゃん!?」


 父さん! 二人に滅茶苦茶心配されたぞ!

 どうしてくれる!


『めっちゃ受けますね(笑)』


 待て。此処で怒れば思う壺だ……くそっ。


「あ、いや、すまない。忘れてくれ。ちょっと今後のことを考えたいからそっとしておいてくれ」


 俺はそういって目を閉じる。


『いやあ怒ると思わず口に出ちゃうあたり良い子ですねえ君は』


 そうだ。馬鹿な話は後だ。

 ともかく今後のことを具体的に詰めよう。

 最初に父さんが来た時にした打ち合わせ通りに動くけど良いのか?


『貴方には打ち合わせ通りアマデウス追討部隊を指揮してもらいます。私の遺した各地の有力者のスキャンダル情報はしっかりと使わずに残してありますね?』


 ああ……それで反対勢力は黙らせれば良いんだろ?

 わかってる。それはまだアマデウスと名乗っていた頃の父さんと話していたことだ。


『good! それでは後のことは任せました。そうそう、チクタクマンのことですが……』


 そっちは言わなくても分かっているよ。

 チクタクマンも召喚する。もうこの世界で起きている事件は、神の力無しじゃどうしようもないからな。


『えっ、できるんですか? はて、ネクロノミコンに召喚方法書いてましたっけ?』


 。俺があいつの契約者だからな。幾つか実験をして目処は立っていた。


『素晴らしい。それでは一つだけ警告を』


 何?


『ギルドNo.1“ランドルフ・カーター”、ギルドNo.2“キング・クラネス”、この二人には気をつけなさい。彼等は今回の襲撃にあたって私すら知らない何かを掴んでいます。ですが私にもそれは見通せません。警戒して下さい』


 ……分かった。父さんが言うなら間違いは無い。


『私にとっては彼等は天敵。しかし貴方が善である限り、彼等は貴方を悪いようにはしないでしょう』


 彼等が善意で動いていることは俺も疑ってない。

 だからこそ、今のところは議会で協調できている訳だし。


『そうですね。ですから佐助君、貴方は善を全うなさい。そして己の善性にも悪性にも正面から向き合い、その上で善を貫く強さを持ちなさい。そう、天才たる私にはできなかったことが、凡庸で善良な貴方だからこそ……』


 それだけ残して父さんの声が消える。

 俺は目を開ける。


「サスケちゃん?」

「お祖父ちゃん?」


 心配そうに見上げるアトゥとアイダの頭を撫でる。


「都合が良い。折角だし奴の出現を利用するとしよう」


 俺は恐らく会食を終えているであろう斬九郎さんに連絡をとることにした。

 

     *


 電話は思ったよりも早く繋がった。


「よう、婿殿サスケ。そっちの首尾は上々か? こっちはウルタール諸島の被害状況の確認で、会食どころじゃなくなっちまったぜ」

「ええ、つつがなく。議員達の反応は如何ですか?」

「三年前のアマデウス動乱はこの世界の人間にとっちゃ未だに恐怖の記憶として刻まれている。それは議員達の間でも変わらない。どうするつもりだ?」

「アマデウス追討とティンダロスの被害を抑えるという名目で特殊部隊を編成します。これはアマデウスが所属していたギルドでもなく、多数の裏切り者を出した全人軍でもなく、企業連合をバックに抱える我々統合政府が主導して行うべきでしょう」

「誰が指揮するんだ? 反アマデウスの先鋒に立つことができる人間は多くないぞ」

「俺が出ます。秘書の仕事はケイさんにお願いして他の人員に振り分けて頂いて、俺がアマデウス追討部隊の指揮を行いたいと考えています」

「そうか! やっとお前が戦いに向かうか!」


 電話の向こうで嬉しそうな笑い声が聞こえる。

 俺としては前に出るのは避けたかったが、こうなってしまえば仕方ない。


「はい。あくまで指揮の立場ですがね」

「そうかそうか、ウルタール諸島で青い二足歩行型エクサスと黒い大型エクサスが救援に来て敵を引きつけたと聞いていたが、まさかお前か!」

「一応、まだ湖猫としての登録は抹消してませんから」

「痛快だなあ俺も加わりたかった……だがよ、気になることが有る」

「と、言いますと?」

「なんだかんだ言って、お前さんとアマデウスは親子だ。世間の連中は、お前さんが追討部隊の指揮をするとなれば下衆な勘ぐりをするかもしれねえ。わざとあいつを逃すんじゃないかとかな」


 まあ、実際に裏で手を組んでいる訳だが。


「確かに危険ですね。ですが、それについては対策を考えてます」

「何だ?」

「統合政府とギルドと全人軍から、それぞれ俺に監視役をつけさせるというのはいかがでしょう」

「動きにくくなるだろう? お前さん、折角自分の指揮で動く部隊を編成するってのによ」

「ええ。


 電話で盗聴される危険が有るので、これ以上細かいことは話せない。

 直接会って伝えることとしよう。


「まあ、細かいことは後で会って話すとしようや」

「ええ、すぐにでもそちらへ向かいます。業務の引き継ぎもありますから」


 俺は電話を終える。

 この混乱した世界情勢ならば、アイダの存在についてとやかく言っている時間は無いだろう。

 この世界の住人にとって、大事なのは当面役に立つか否かと自分の利益になるか否かだ。アイダがこの世界の住人にとって有用な戦力になることは、今回の戦いで示せた。


「行くぞ、二人共」

「はーい! 任せて!」

「オッケーよー!」

「アトゥは隠れてもらうとして……アイダ」

「なあにお祖父ちゃん?」

「一芝居付き合え、お前の存在を上手く誤魔化す為に必要だ」


 俺達はすぐさま旅支度を開始した。


     *


 翌日、俺はテート島に設置された統合政府議会に今回の事件の関係者として参考人招致され、アイダと共に出席することとなった。


「……そういう訳で、彼女はアマデウス……いいえ、佐々総介のせいで滅ぼされた異世界から来た生き残りです。今回は長瀬重工ではなく、異世界からこちらに迷い込んできた夢見人である私が個人的に保護させていただきました。父のせいで流浪の身の上となった彼女が、せめて元の世界に戻るかこちらで生活していけるように世話をしたいと思っております」


 俺がそこで一旦台詞を切るとアイダは頭を下げる。


「アズライトスフィアの皆さん、よろしくお願いします!」

「今後は彼女を湖猫ギルドへ登録して頂いた上で、佐々総介が我々にけしかけたティンダロスの猟犬と思しき存在との戦闘を任せたいと考えております。それに伴い、議会が主導して、全世界的に活動が可能な佐々総介の追討部隊を編成することを提案いたします。どうぞよろしくお願いします」


 俺も頭を下げる。

 斬九郎氏の派閥議員はまだしも、ギルドNo.1のランドルフ・カーターを支持する議員や、他の大企業の息がかかった議員は納得していない様子だ。

 確かに我ながら手際が良すぎる。アイダが俺の孫だと直感できなかったら、俺だってここまで素早く保護には動かなかっただろう。

 今回の混乱の犯人が俺ではないか、アイダが佐々総介の手下ではないか、そういった疑いの目を向けられても文句は言えない。

 ――だが、それを真っ先に言うと悪役になってしまう。

 ――だから誰か言わねえかなあ。

 というのがこの議会の雰囲気だ。


「佐々佐助君。先日のウルタール諸島における戦闘、大変助かりました」


 最初に発言したのはウルタール諸島から選出された議員だった。

 元から高位の神官であり、昨日の事件の時も即座に神殿まで戻って民を守る結界を張り続けていた筈の方だ。


「最初に貴方の名前が広く世間に知れ渡った時、我々は貴方を邪悪の権化として石以て追いかけました。そして最初に貴方のお父上の名前が広く世間に知れ渡った時、我々は貴方のお父上を異界の偉大なる賢者として諸手を挙げて迎え入れました。その実、彼こそが邪悪であり、貴方こそが心正しき賢者でした。我々の崇めるノーデンスはニャルラトホテプの総体とは対立しておりますが、それでも貴方が信仰を公言してらっしゃるチクタクマンやトート神は我が神とも縁が深い。特にノーデンスがかの邪悪なる夜鬼を操る力を持つのは、トート神との友誼有ってのことだと言い伝えられております。貴方が夫人に伴われて昨日の襲撃時に救援に来たのも、何かの運命でございましょう」


 わざとなのか、彼は長い話を始め、少しずつ聴衆の集中力を削いでいく。

 緊張した議会が、やれ神の意志だの運命だの因果だのといった長い話によって少しずつ眠たくなってくる。

 魔力を使わない魔術の類ではないかと思えるレベルだ。俺はまだしも、隣のアイダがやばい。凄く眠そうだ。


「かくして、神官長のアタル様は……と、少し長話が過ぎましたな」


 神官議員は笑う。


「ともかく、私の言いたいことは一つ。此度はサスケ殿にまかせてみてはいかがかということです。何せあの男を一度止めたのは彼なのですから」


 何せ、今は世界情勢が不安定だ。

 議員達はできるなら地元に戻って、自分の出身地の安定を図るべく動きたい。

 議会での足の引っ張り合いの前に自爆しては意味が無い。

 だから議員達はいずれも議題に早く決着がつくことを望んでいた。


「待っていただけるかなケット議員。神官としての貴方の意見もごもっともだが、我々はリスクマネージメントも行わなくてはいけない。精鋭になるであろうその部隊をたった一人に任せるのはいかがかと思われる」


 そこで発言したのは、ランドルフ・カーター派閥の議員だった。

 とはいえ今のところ世界の安定を望む彼等の派閥と、安定した市場における企業利益を求める斬九郎さんの派閥は緩い連帯でつながっている。

 だからこそ斬九郎さんの根回しも済んでいる。


「軍やギルド、そして政府から人員を派遣し、佐々佐助氏の補佐にあたらせるというのはいかがだろうか」


 昨日、俺と斬九郎氏が話した流れの通りだ。

 商業的な部分ではランドルフ・カーターの派閥と斬九郎さんの派閥は対立が多いが、それが今回は役に立つ。


「今の時点で異議の有る方は?」


 その問いには誰も答えない。

 その沈黙を確認してから斬九郎さんが大声で叫ぶ。


「議長! 多数決による決定を!」


 かくして佐々総介追討の名目で、各地に跋扈するティンダロスから世界を防衛する独立行動部隊が選出されることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る