第四話 襲来・ティンダロスエクサス
お説教はもう懲り懲りだよ……。
わずか十分だった筈なのだが、ナミハナ怒りの説教タイムは身に沁みた。
「三年前はドタバタしてたから見敵必殺しちゃったけど、また会ってお話したいものね。佐助のお母様とは」
機嫌が直ったから今はあえて何も言うまい。
男には反論したら負けなタイミングが有る。
今はそういう時だ。
「ええ、お待ちしております。それでは私は単独行動をとるのでここらで御暇するとしましょう」
父さん。涼しい顔すぎないかい父さん。実はナミハナの話をまったく聞いてなかったね父さん? 穏やかな笑顔で全部適当に受け流していたね?
「それでは」
マントを翻して格好良く消えても駄目だよ父さん。
また一つ怨みが増えたからね父さん。
「それで佐助、これからどうするの?」
「ああ、俺としては斬九郎さんと合流して……」
と、ここまで言いかけた時だった。
ナミハナの腕に巻かれた長瀬重工製スマートウォッチが鳴る。
空中に投影された画面を眺めていると、ナミハナは急に真剣な面持ちになった。
「ザボン島近海にあるウルタール諸島で神話生物による襲撃。出撃した近海の
「ウルタール諸島? あそこには旧神を崇める巨大な神殿が有る筈だ。なのに……」
「幸い、生き残りの住民は其処に逃げ込んでいて、人的被害は最低限で済んでいてよ」
「成る程、神殿が無きゃ今頃全滅だな」
急な襲撃だ。
ウルタール諸島は入り組んだ地形になっていて、船を用いたエクサスの大量展開は難しい。
その分ギルドの湖猫が数多く居た筈なのだが、それがやられたとなると状況は非常に悪いと言って良いだろう。
「近海の湖猫全員に救援要請が出てますわね。佐助、転移魔術で送ってくださる?」
「俺も行こう。幸い俺もまだギルドの湖猫だ」
「あら、貴方まだギルドから抜けてなかったの?」
「政治家の秘書ばっかりやってるけど、そもそも湖猫稼業が俺の原点だからな」
「あ、待って下さい! 私もケイオスハウルネオで出ます! もしかしたらティンダロスの猟犬に関係する事件かもしれません」
「良いでしょう。アイダ、貴方はワタクシが雇った私兵という扱いでギルドに届け出ます。だけど佐助、貴方は自分のエクサスが無いじゃないの。ケイオスハウル再現計画だって予算が無くてろくすっぽ進んでいないでしょうに」
……ああ、その質問を待っていた。
「あら、佐助貴方悪い顔しているわね」
「あ、これは私の知っているお祖父ちゃんの顔だ」
「こんなこともあろうかと用意していたんだ」
そうだ。
此処は統合政府本部を擁するテート島。
そのテート島の小高い丘の上に立つ旧アマデウス邸、すなわち夢のマイホームの地下には!
「有るんだよ、ケイオスハウル・プロトタイプ!」
かつてアザトースを信奉する
*
ウルタール諸島の内海。その中心に降り立つ三機のエクサス。
テート島の地下神殿から直接空間を繋げ、俺達はここまで飛んできた。
「着いたぞ」
甲虫を思わせる漆黒の巨体、ミサイルに腕を付けただけのような真紅の小型機、そして女性的なフォルムの青い人型の機体。
ケイオスハウル・プロトタイプ、ラーズグリーズMk.2、ケイオスハウルネオ。
「街が燃えている……」
「こちらギルドNo.3“ナミハナ”、救援に来ましたわよ……ギルドのウルタール支部からの返事は無し。酷い有様ね」
俺達の降り立った内海をぐるりと取り囲む島々は、いずれも炎と悲鳴に包まれていた。
小型船やエクサスが巨大な神殿のあるウルタール本島まで逃げようとしているが、背後から黒い霧のようなものがそれを追いかけている。あれは……ティンダロスの猟犬か。
「ナミハナ、ティンダロスの猟犬だ。完全に実体化していないが、それでも脅威だぞ」
「分かりました。要するに攻撃に当たらなければいいのでしょう? ワタクシは島々の様子を見て怪しい奴を叩き潰します。佐助とアイダは此処で逃げる人々の援護をお願いしましたわ」
「了解、いつも通りのオフェンスとディフェンスだな」
「そういうこと。話が早くて助かるわ」
次の瞬間、ラーズグリーズが俺の視界から消える。
ラーズグリーズは急加速と急停止と急旋回を繰り返しながら、周囲の海上を飛び回る黒い霧をすり抜けて周囲の島々の強行偵察へと行ってしまった。
「お祖父ちゃん! 来るよ!」
ラーズグリーズの登場によって刺激されたティンダロスの猟犬達は、その場に残っていたネオとケイオスハウルに狙いを定め、俺達の周囲をグルグルと旋回し始める。
こちらの隙を伺っているという訳か。多少は知恵も有るそうだが、所詮は獣だ。
「それは……獲物を相手にした時しか通用しない戦術だな」
「お祖父ちゃん? どうしたの?」
「荒ぶる神の息吹を受けて、悪しき一切灰燼と為せ……ゴッドハァアアウル!」
ケイオスハウルの口に当たる部位から物理的破壊力を持った魔力波が放出され、飛び回るティンダロスの猟犬を次々とすりつぶしていく。
これには撒き散らした濃厚な魔力を撒き餌にして神話生物の注意を此処に集めるという狙いも有る。
「もう一発だ! ゴッドハァアアウル!」
今度は海面に向けて射出。爆音が鳴り響き、海に巨大な波が立つ。
それによって刺激された海中の神話生物までもが目を覚ます。
「やばいよお祖父ちゃん!? このあたりの神話生物が全部こっちに向かってくる! なんでわざわざ様子見しているような神話生物まで挑発するの!」
「様子見するような奴らは潜在的な敵性存在だ。だから俺達が全部引き受ける。それだけ市民の被害が減る」
海中からは慌てた深きものども、空中からは騒ぎで寄ってきていたナイトゴーント。
そして近隣の島々で暴れていたと思しきティンダロスの猟犬も、黒い煙のような姿のままでこちらへと向かってくる。
「あ、あ、やばいよこれ! この数!」
「安心しろ。ケイオスハウルは絶対に沈まない」
「若い頃から真心の重装甲主義だねお祖父ちゃん!」
「装甲厚は裏切らない……」
「ええい、もう! わかりましたよ! 私だってできるところを見せてあげるんだから! アイダ・佐々、ケイオスハウル・ネオ! 行きます!」
ネオはアメンボのように細いワイヤーを足元に展開して、海上を滑るようにして移動を開始した。
「見てなさい!」
そして近づいてきたナイトゴーントを頭部のワイヤーで八つ裂きにし、足元から近づく深きものどもに震脚を食らわせ、発勁でティンダロスの猟犬を掻き消した。
「一瞬で三体か」
そう言っている間に更に二体の大型ナイトゴーントを手刀で切り裂く。
アイダ自身の拳法の腕と、ネオに搭載された無数のワイヤーが相まって、海上・海中・空中を自在に動く三次元機動が可能になっているらしい。
「どんなもんよお祖父ちゃん!」
空中に魔術で張り巡らせたワイヤーを蹴りながら跳躍、ナイトゴーントを踏みつけ跳躍、変幻自在に空を舞うケイオスハウル・ネオ。
その姿は実に華麗で、活き活きとしている。ナミハナの孫だと言われれば納得する戦闘スタイルだ。
「悪くないが」
俺はケイオスハウルの両腕を射出し、アイダの着水点に音も無く迫っていたエクサスを破壊する。
青黒く明滅し、まるで忍者のように細身のシルエットを持つ機体だ。
下半身はホバークラフトになっているのでエクサスだと認識できるが、俺はこんな機体見たこともない。
「遊びが多いぞアイダ」
そんな事を言っていると機体の背後から衝撃。
アサルトライフルを構えた所属不明のエクサスによって銃撃をされた。
その程度でケイオスハウルの装甲は傷つけられないが、レーダーに映りにくいのは厄介だ。
「お、お祖父ちゃん!? なんでエクサスに狙われているの私達!」
「さあな」
先程射出したケイオスハウルの両腕を操り、背後から銃撃した三機のエクサスを鋼の拳で叩き潰す。
「ただ、このエクサス……俺達の時代には見覚えが無いぞ」
「私だって見覚えないよこんなエクサス!」
「少し調べよう」
ネオが寄ってくる神話生物や不明エクサスを相手取っている間に、俺は撃破した三機のエクサスからコクピットブロックを抜き取る。
中はひしゃげてしまっているが、調べるだけなら問題無い。
「……ふむ」
射出した両腕をケイオスハウルに戻し、引き寄せたコクピットブロックを力任せにこじ開ける。
中に残っているのはドロドロとした液体。
ティンダロスの猟犬が死んだ時に良く似ている。
「成る程、俺達の技術を奪われているな」
「お祖父ちゃん! なんか分かった?」
「ティンダロスの都市で、エクサスの生産が行われている可能性が高い」
「ええええええ!?」
「なんだって良い。こいつらは皆殺しだ」
エクサスの技術を奪ったということは、その過程でエクサスが鹵獲された可能性が高い。
鹵獲されたエクサスのパイロットがどうなったのか……ミ=ゴの手に落ちた経験が有る俺には分かる。許せない。
「皆殺し!?」
そうだ。殲滅だ。ティンダロスの都市を火の海に変えてやる。
それをこれから奴らに分からせてやる。
「
手元の使い捨て用ネクロノミコンに残った全頁の三分の一を破り捨て、魔術の触媒として使用。
ニャルラトホテプを崇める為の星を象った小型神殿をその場に召喚して、ケイオスハウル・プロトタイプと合体を行う。
機械と機械が設計や仕様を完全に無視して即座に融合し、合一するその奇跡は間違いなくチクタクマンのものだ。
「お祖父ちゃん!? なにそれ!?」
「チクタクマンは生きている。それは知っていた。なにせこいつが使えるんだからな!」
星を象った外郭から、大量のミサイルが射出されて集まる神話生物を次々と焼き払う。
魔力を用いたレーダーによれば、ウルタールの内海に次元の裂け目が大量に現れている。
此処から所属不明のエクサスが現れていると推測していいだろう。
逆に此処に大量の破壊エネルギーを叩き込めばどうなるのか。実に興味深い。
「質問に答えてよお祖父ちゃん!」
「うおおおおおおおおおおおお! フラッシングゴッドハァアアアアアウル!」
小型神殿と一体化したケイオスハウルが上空に向けてゴッドハウルを放った。
空中に形成された魔法陣でゴッドハウルの軌道を調節し、レーダーに反応の有る神話生物と次元の裂け目を頭上から狙い撃つ。
まるでどこぞのロボアニメのリフレクターみたいだな。
「さて、やったか!」
レーダーからは神話生物の反応は消えている。
「危ないお祖父ちゃん!」
だが、突如としてケイオスハウルの目の前に二足歩行型のエクサスが現れた。
そのエクサスはこれまでの所属不明のエクサスと同様に青黒く明滅し、まるで忍者のように細身のシルエットを持つ機体だ。
これまでと異なるのは二足歩行で、アイダのケイオスハウル・ネオと同様に水上に立つことができるという点だ。
「やっべ……!」
ケイオスハウルのフォートレスユニットの外郭に、忍者のようなエクサスは手持ちの忍者刀を突き立てる。
じゅわと泡立って外郭に傷が付いた。
「間に合ええええええええええええええ!」
しかし、ケイオスハウル・ネオがワイヤーで忍者エクサスを捉えて力任せに海面に叩きつける。
「助かったよアイダ」
レーダーを確認すると、再び神話生物と所属不明のエクサスの反応が増えている。
次元の裂け目も再度発生している。何故そうまでしてウルタールを狙う? そこまで旧神の神殿が邪魔なのか?
「アイダ、雑魚は俺が蹴散らす。そいつの相手は任せたぞ」
「はい!」
「もうすぐ島の外から増援が来る筈だ。此処が踏ん張りどころだぞ!」
「はい!」
眼下には尽きること無い敵の群れ、視界の端には逃げ惑う人々、足元には未来から来た頼れる仲間。
いつの間にか俺は微笑んでいた。
俺もなんだかんだで、書類仕事よりはこっちの方が好きらしい。
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