第三話 魔人跳梁

 私の曾祖父ひいおじいちゃんにあたる総介さん(曾祖父ひいおじいちゃんと呼ぶほど親しみを持てない)は、お祖父ちゃんの顔を見てニヤついている。


「ふふふ、佐助君。君の女性の趣味が全くわかりませんよ。少し乱暴すぎません? そういうのが良いんですか? リンはお淑やかな女性でしたし、私も基本的に平和な国に生まれているのでどうもそういうのは理解できなくて……」


 いきなり異性の趣味の否定から入った。すごい、すごいよ総介さん。初めて会った時から感じていたけど、人間がまるで出来ていない。


「ああいや、それよりもですね」


 総介さんが指を鳴らすと、砂にされた椅子がその場で再構成されて元の姿に戻った。

 総介さんはそれにどっかりと座るとテーブルの上のワインをボトルから飲み始める。線の細いイケメンなのに意外とワイルドである。


「今回は戦いに来た訳では無いのですよ」


 総介さんは酒瓶をたやすく空にしてテーブルの上に置く。酒豪だ。


「なんだと?」

「何の用かしら? 回答次第では死んでもらいますけど」

「血の気が多いですねギルドNo.10……いや今は3でしたか。その、殺すというのは貴方が殺した私の妻のようにですか?」


 それを聞いたお祖母ちゃんが気まずそうな顔をした。

 そんな因縁が有ったなんて聞いてなかった……。


「……ええ、そうね」

「酷い死に方でしたよ。高速回転するドリルにコクピットを貫かれたせいで肉片も残らなかったのですから」


 総介さんは椅子から立ち上がり、カツカツと音を鳴らして私達の周りを歩き始める。


「思うんですよ。人間が、あんな死に方を……していいものなのでしょうか?」


 わざとらしくゆっくりと問いかける総介さん。

 もしかしてお祖父ちゃん達に喧嘩を売りに来たの?


「恨み言を言いに来ただけか父さん? 随分と合理的じゃないな」


 総介さんはニコリと笑う。

 父と呼ばれるのを待っていたかのようだ。


「ええ、そうですね。まあリンの完全な蘇生も終わりましたし、実はそんなに恨んでないんですよ。それに左馬之助君も立派に育っているようで何より何より。やはり私のような男でも初孫は可愛いんですよ。よって貴方への怨みは今や全く有りません。むしろ貴方もまた、私にとっては特別な家族と言っても良い」

「遠慮しますわ! 佐助とワタクシは自分達の人生を生きているの! 寄ってこないでちょうだい!」

「おや残念」

「あ、あの……総介さん!」

「何ですかアイダさん?」

「そういう人を喰ったような言い方! 良くないと思います!」

「ははっ、仰るとおりだ。これは参りましたねえ。佐助と言い、貴方と言い、子や孫に教えられることと言うのは実に多い! 天才たる私が物を教わるとは、久し振りですよ! 世界はこれだから面白いというものです!」


 総介さんはカラカラと笑う。普段の丁寧な物腰と少し雰囲気が違う。こちらの愉快な性格の方が素なのだろうか。


「ん……待った」


 お祖父ちゃんが私と総介さんの間に入る。

 

「二人共、何やら互いに知った顔のようだな」

「そうですね。私は黙っておくように伝えたのですがいやはや参った。可愛いものですね」

「……あの、えっと……」


 しまった……!

 黙っていようと思ったのに!


「アイダをこの時代に送ったのは……お前だな、佐々総介」

「そうですよ」

「チクタクマンはどうした?」

「私は彼の同盟者であって契約者ではありません。彼と霊的につながっている貴方の方がそのあたりには詳しいのではないかと思うのですが?」

「……気に食わないな」


 お祖父ちゃんは不機嫌そうに総介さんから顔を背ける。

 結構子供っぽい人なんだな。それとも総介さんにだけこんな態度なんだろうか。


「ま、待って下さい! お祖父ちゃん! 私は総介さんに助けてもらったんです! お祖父ちゃんが死んだ後、もういよいよどうしようもなくなった私の前にあらわれて……」

「なに?」


 お祖父ちゃんの表情が変わる。自分が死んだという話はこの人にとっても衝撃的だったらしい。


「なら少しくらいは話を聞くか……」


 うう、最初から全部話せば良かった……。


「素晴らしい! やはり孫はかすがいと言ったところか!」

「そうだな、それでどういうことなんだ。父さん」


 あ、すごい。謎のハイテンションを当たり前のように受け流した。

 手慣れてる。


「どうもなにもそのままです。あちらの時空の私が、アイダにケイオスハウル・ネオの起動権を委ね、時空の門を開く手伝いをしました」

「やっぱりあんたか!」

「はい」

「もうここまで来ると慣れてきますわね。アイダ、それは本当ですの?」

「は、はい……だってお祖父ちゃんもお父さんも死んじゃって……どうしようもなくて……」

「しかしまたよりにもよって……」

「佐助、これは貴方の責任でなくて?」

「……そうだな」


 それ以外何もできなかった。

 私が弱いから……頼るしかできなかった。

 うつむく私の頭をお祖母ちゃんがポンポンと叩いて微笑む。


「貴方は悪くありません。貴方をそこまで追い込んだワタクシ達に非があります」

「そうだ。ナミハナの言う通り、お前は悪くない」


 お祖父ちゃんは私の肩に手を置いて、そのまま総介さんを睨みつける。


「さて、いい趣味をしているな父さん。俺が死んでからようやっと働くつもりになったのか」

「勘違いをしていませんか? 私は世界などもうどうでも良いのです。一度手に入れようとして貴方に阻まれた以上、二度も三度も同じことを繰り返すなんて無粋ですからね。貴方達が守り抜くと信じて全てを委ねたのに、非常に残念ですよ」

「父さん、勘違いをしていないか? 父さんの言葉を俺が信用すると思っているのか?」

「何が言いたいのですか?」

「父さんが世界を滅ぼしていないという証拠が無い。アイダの語る話だって、マッチポンプじゃないのかって言っているんだ」

「おや、鈍りましたね。三年前なら『わざわざそんな事をするくらいなら、別のもっと簡単な手段を考える筈だ』とか言いそうなものですが」

「父さんが嫌いだからな。犯人になってくれないかと期待しているんだよ」

「嫌……い……? 私が、嫌い……?」


 とても、空気が悪い。

 信じたくないのだが、総介さんは自分が嫌われている理由が今一理解できていないのではないだろうか。

 人の心が無いかもしれない。


「あの、二人共……喧嘩はやめてください」

「おや、良い子ですね。これはリンに似ましたね。感動的です」


 相変わらず総介さんからは人の心を感じられない。

 そんなだからお祖父ちゃんの神経逆撫でし続けちゃったんだろうな。

 分かる。寡黙だから分かりにくいけど、意外と繊細だからねお祖父ちゃん。きっと心の中では色々考えて迷ってるけど、それをうまく表現できないんだ。

 繊細に見えて、我が道を行くことにしか興味がない総介さんの逆だ。


「先に言っておくけど、母さんの印象は父さん以上に悪いぞ。幼いころに死んで、再会したと思ったら……魔法少女だからな」


 魔法少女。

 魔法少女 is 何?

 いや、私も子供の頃テレビで見たけど……どういうこと?


「私は構いませんが母親のことは悪く言うものではありません。貴方も人の親となったのでしょう」

「……あいつは死んで良い人間だし、俺はあいつを許さない」

「アトゥさんのことで恨んでいるのですか? いや、私としても佐々家の魔術を継ぐ子は彼女を使って生み出すべきだと考えていましたが、一人の親としては今の貴方達の幸福を素直に祝福したいと……ん? また怒らせてしまいました?」


 アトゥ?

 あの子が一体どうしたんだろう?

 お祖母ちゃんも表情が曇っている……。


「それはあるが、それだけじゃない……」

「うーん、要領を得ませんね。そうだ、逆に質問しましょう。私がアマデウスとして、彼女がリン=カルタとして貴方に接していた頃の思い出も、今では呪わしい過去ということですか」


 そう聞かれるとお祖父ちゃんは固まる。

 しばし沈黙が続いた後、お祖父ちゃんはポツリと呟く。


「……お前らは二人共腹が立つけど、今でも父さんと過ごした十七年は忘れてないし。今でも偶に母さんの作るケーキが懐かしくなる日も有る」


 総介さんはニコリと笑って頷いた。


「宜しい。その話だけ伝えておきます。それと……」

「なんだ父さん?」


 総介さんは恥ずかしそうに頭を掻く。


「その、なんですか、佐助。貴方が呼びもしないのに勝手にここまで来て申し訳ありませんでした」


 あっ、この人お祖父ちゃんの気持ち分かってない。


「それを言うなら呼ばなくても来てくれよ。なんだかんだ言って親子なんだからさ。アイダの来た世界の俺は、きっと最後まで父さんを呼ばなかったんだろう? だから来なかったんだ」

「え? ええ、そうですね。少し頭を働かせれば行くべきことは分かってましたが……」


 分かってたことは疑わないけど、本当に来なかったの最低だなこの人。


「意地だろ。お互いにさ。きっとそうだ」


 気まずそうにため息をつく二人。

 男の人って面倒くさいな。


「ところでアマデウス。そのティンダロスの襲撃の理由については分かってまして?」

「おっと、大事な話をわすれてましたね。何故、あの世界にティンダロスが来たか。その理由はとても単純です。そもそも今のドリームランドを守る結界が非常に弱っているんですよ」

「ドリームランド……いやアズライトスフィアの結界が弱っている? どういうことだ父さん」

「第一に名前、ドリームランドという名前を奪われたこの世界。ドリームランドという世界が本来持っていた異世界からの干渉をはねのける呪力が薄れました」

「名前を剥奪されることによる霊的防御の減衰か。さもありなんだ。でもそれだけじゃないんだよな」

「はい。第二にエクサスの開発が有ります。今やエクサスは人間と神をつなげる機械となってしまいました。その結果、この狭い世界に強大な力を持つ存在が溢れかえり、内側からこの世界を圧迫しました。具体的に言うと佐助や斬九郎のような存在ですね。居るだけでこの不安定な世界のルールを混沌の側に塗り替え、全ての存在を不安定にします。内原トミオのように、異世界から多くの夢見人が流入しているのも良くないことです。ドリームランドは夢見人の力で発展しましたが、夢見人の力はドリームランドの秩序を破壊する力でも有るのです」

「だがケイオスハウルはもうこの世界には無い」

「現在長瀬重工でチクタクマンの遺したデータから再現計画は行われていますわ」

「そう言っても完成は暫く先だろう?」

「ですわね」

「いえいえ、これは貴方達だけの問題ではありません」

「俺達はあくまで切っ掛けってこと?」

「そうです。貴方と斬九郎が開けた穴から、次々夢見人が舞い込んできていると解釈してください。因果はもっと複雑なのですが、それ以上の説明は貴方と私にしか理解できなくなりますから」

「分かった。他に理由は?」

「第三の理由、私と貴方が三年前に行ったアザトースへの突撃。あれでアザトースが起きそうになりました」

「あっちゃあですわ」

「良くないな」

「でしょう?」

「アマデウス、貴方は止める為の方法は知ってらして?」

「目下調査中です。私はティンダロスの対抗勢力であるヨグ=ソトースの神殿に向かうつもりですが」

「成る程、じゃあ俺も行くよ」

「いえいえそれには及びません。貴方には別の仕事が有る」

「俺に?」

「ええ。人間として立ち向かうのでしょう? 念話で話した通り、貴方は貴方の仕事をしなさい」


 念話!? 祖父ちゃんと総介さん何やってるの!?


「父さん、それは言わない約束だった筈だけど」

「其処の二人にはちゃんと言わないと駄目でしょう? 妻と孫ですよ? まあ貴方の妻にはきっちり見抜かれてそうですが……」

「分かってましてよ。なんだか微弱な魔力の反応が飛び交ってるんですもの。魔術で何かしているってことくらいは」


 お祖母ちゃんまで!

 過去の人達は皆強すぎるよ……。


「それにしても貴方達随分と仲良しですわね? なんだか毒気を抜かれちゃってよ? てっきりここで殺りあうかなって思ってましたのに……」

「おお怖い怖い」

「大体ね。二人共、素直に話そうと思えば話せるじゃないの。最初のあの流れは何? 親子揃って不器用すぎではなくって?」

「ふははは! ブーメランですねぇ! 長瀬家の末娘様!」

「おだまり。佐助が居なければ素手でも引きちぎってるわよ」

「あ、ごめんなさいなんでもないです」


 総介さん弱い! 息子以外には弱い!


「結局そうやって話したかったんじゃないの。特にアマデウス、貴方ギルドNo.3だった頃の洞察力は何処に落としてきたの? すごいウザくて苦手だったんですのよ?」

「ギルドNo.10……ああいや、現在は色々繰り上がってNo.3でしたね。そう言う君も随分とフランクじゃないですか。世界を滅ぼそうとしたこの私に対して」

「佐助と違って貴方のことは好きではないですが、義父ですもの」

「待てナミハナ! 俺はこいつが嫌いだぞ! こんなサイコを親に持った気持ちを考えろ!」


 でもお祖父ちゃん。それで簡単に父親を切り捨てられる人格だったら、とっくにニャルラトホテプの力に飲み込まれて発狂してるよね。

 ツンデレだなあ。


「はいはいキライキライ。素直になったらいかが? ワタクシとしては貴方の実母に対するガチトーンな嫌い方地味にショックよ。その人のことそんなに知らないけど、同じ母親として」

「うぅ……だ、だけど!」

「ふはははは! これだから面白い! あらたなるギルドNo.3よ、貴方の問の答えは至極簡単です。私がいかなる天才とて人の親。愛の眼鏡で眼が曇れば、情けなくもなろうというものです。君も何時かそうなることでしょう」

「いや、母親が子供相手に情けないところを見せてどうするんですの?」

「ん? 言われてみればその通りですね。いやはや……この私がこうも情けなくなろうとは……」

「……父さん」


 お祖父ちゃんと総介さんは目を合わせて苦笑いを浮かべ、そして肩を竦めた。

 流石に親子だけあって、その仕草は笑ってしまうくらいそっくりだった。

 勿論、二人共お祖母ちゃんに「絶対今これだから怖いんだよとかどうせ話通じないよって思ったのでしょう! 其処に並んでお座り! そして素直にお言い!」と滅茶苦茶しぼられたのは言うまでもない。

 怖かった。

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