第二話 魔人襲来
「さて、これからどうする?」
「サマノスケの安全を確保。続いてワタクシの現在請け負っている依頼の日程調整」
「文句なしだ。それで行こう」
気絶しているアイダを横に、俺とナミハナは簡単な会話だけで今後の方針を決定した。
「おいおい婿殿、そして娘よ。俺は……」
「「貴方はサマノスケを連れて大人しく帰ってから仕事に戻って下さい!」」
俺とナミハナの声が重なった。
流石に三年間も公私に渡って行動を共にしていると、俺とナミハナの思考や発想も似てくるらしい。
改めてそれを実感させられて思わずくすりと笑ってしまう。
「ええ、でも俺だって……」
「ダメなものはダメです」
「大体斬九郎さんは議員としての仕事があるのですから、これ以上こっちに居る訳にはいかないでしょう?」
「待てよ! この一件の説明は婿殿がやるよな!?」
「勿論やりますから他の議員の皆様との会食にだけは行ってきて下さい。世間的にはアズライトスフィアの外から来た夢見人と説明するつもりですので、先に会食の場で『また違う世界から夢見人が来た』と偽の情報をリークしてください」
「はっはーん、わかったぞ。任せておけ」
斬九郎さんはにやりと笑う。
「そういうことです」
俺も合わせて頷く。
「どういうことですの?」
「アイダの正体が未来人だとバレてしまっては不味い。だから適当な嘘でその事実は隠さなくてはいけない。でも軍やギルドの治安維持部隊にいきなり夢見人が降ってきたとだけ説明しても、一部の怪しまれる可能性は高い」
「そうかもしれないわね」
「だから斬九郎さんにさも極秘で進んでいる話を漏らしてしまったかのように偽情報を先に出してもらって、その後に異世界から夢見人がアズライトスフィアに紛れ込んできたので保護したと発表する」
「するとどうなるの?」
「長瀬重工はエクサスの開発・生産を主な事業とする巨大軍産複合体だ。だから異世界技術の解析の為に、異世界の機械に乗って降ってきた夢見人を保護したと世間は推測する。あとはアイダに口裏を合わせてもらって、彼女が異世界から来たことと我々の保護下で生活することを夢見人協会に報告させれば万事解決。世間の人は誰もアイダが未来人であるとは思わない」
「人間ってのは一つ隠し事を見つけると、もう一つ隠し事が有るとは思わないんだよ。婿殿と俺の世界ではよくあった兵法の一つだな。とは言え、それなら俺も急いで会食にいかにゃならないな。時間ももうすぐだ。曾孫を守るためにもちょいと頑張るとしますかねえ」
「成る程……また面倒ねえ」
「仕方ねえだろ。責任ある立場ってのは面倒なんだ。お前は政治に疎いのが玉に瑕だなあ……ま、そこは婿殿と補えば良いさ」
斬九郎はポカーンとして俺達の話を聞いていた左馬之助を担ぎ上げる。
「わー! 高い!」
「行くぞ左馬之助」
「じいじ、これからお仕事なの?」
「そうだぞ左馬之助。じいじも、パパもママも仕事だからよ。レンかミリアちゃん辺りにでも遊んでもらっとけ」
「わぁ! レンお兄ちゃんの作ったエクサス乗りたーい!」
「左馬之助、お小遣い貰ったらパパとママに報告するんだぞ」
「うん!」
「うんじゃなくてはいでしょうに。まあ良いわ。サマノスケ、パパとママの無事を祈っててね」
「はーい! 行ってきます! ちゃんと帰ってきてね! あ、あとエイダちゃんにバイバイって言っておいてね!」
「ああ、あまりお祖父ちゃんお祖母ちゃんに迷惑をかけるなよ。左馬之助」
「はーい!」
とまあ、このように話はすぐに決まった。
ナミハナはぐずるサマノスケと斬九郎さんと共に長瀬一族の邸宅へと送り届け、俺は倒れたアイダを起こして治療し、三人で今後のことについて話し合うことにした。
アイダが未来からの訪問者ならば、この時代に来た意味も有る筈だ。
まずはそれを聞き出すとしよう。
*
目を覚ましたアイダを伴い、俺達は魔術的な防護の厚いセーフルームへ向かった。
旧神の印を超える効果を持つコスの印とネクロノミコンに書かれた時空断層の形成術を組み合わせて、因果や概念レベルの攻撃も耐えられる仕組みになっている。
ケイオスハウルの装甲に使われていた技術のちょっとした応用だ。
俺達三人は木製の椅子に腰掛けて会話を始める。
「手短にいくとですね。このアズライトスフィアは狙われています」
アイダは真剣な面持ちでそう言った。
「狙われている?」
「いつだって狙われていたでしょうに。ねえ?」
ナミハナに聞かれたので俺は頷く。
この世界が平和なことは基本的に無かったので、狙われているというだけでアイダがそこまで真剣な表情になる理由がわからない。
「……アイダ、君の居た世界は何に狙われているんだ?」
「ティンダロスです! 奴らが世界中の人間を襲っているんです!」
「佐助、ティンダロスってティンダロスの猟犬ってことでいいのかしら?」
「恐らくそうだと思う。ややもすればティンダロスの住民や、ティンダロスの都市そのものという可能性も有るが……」
ティンダロスの猟犬とは時間を超えた存在を付け回し餌食にする神話生物だ。
彼等は人間の生きる時間の外にある町“ティンダロス”からやってくる。
だからティンダロスの猟犬と呼ばれる訳だ。
「アイダ、ティンダロスの猟犬が君の世界を無差別に襲っているというのか?」
「はい! 一体一体の力はエクサスなら撃退できる程度なんですが、それが時と場所を問わずに現れるんです……それで……」
「馬鹿な。あれは時間旅行者しか狙えない筈だ。一部の魔術師は猟犬を使役するが、世界中を襲わせるなんてことができる訳が無い……」
「あっちの世界のお祖父ちゃんもそう言ってました」
「そういえばあっちの世界のワタクシってどうなってるの? 佐助は大分戦い続けていたみたいだけど」
アイダは気まずそうに目を伏せる。
「ああ、無茶して死んだのね。ワタクシらしいわ」
「……やめてください。その、無茶なんて……お祖母ちゃんは私達の為に……!」
「あらあら、気にしているの? だったらごめんなさい。でも結構楽しそうだったでしょう?」
「そうですけど、でも……」
アイダは口ごもる。
「ナミハナ、あまりいじめるな」
「いじめてないわよ。だって素敵じゃない? ワタクシ、この平和な時代で只々腐るだけかと思ってたのに。そんな楽しい戦場が有るなら……」
「――闘争心も程々にしておけ。良いな?」
「佐助、貴方にワタクシの何が分かるの?」
ナミハナはこちらを挑発的に睨みつけてくる。
結婚して初めてわかったのだが、こいつは事あるごとに喧嘩をふっかけてくる。
悪い癖だ。
「分かるさ。お前の色んな顔を見てきた」
ナミハナは俺の言葉を聞いてクスリと笑った。
喧嘩をふっかけてくると言っても本気では無いのだ。
「……そうね。私もよ」
アイダはこちらを見て困惑している。
祖父母が一触即発かと思ったらイチャつき出したので困惑しているのか。
大体日頃からこんなノリなのだけど、知らないと焦るものなのかもしれない。
「お二人とも、孫の見ている前でそういうのはどうかと思いますよ?」
背後から聞き覚えの有る声。
目の前に座っているアイダの驚いた表情。
俺とナミハナは一瞬で事態を把握する。
「アマデウス!」
ナミハナは立ち上がり、椅子を持ち上げ、背中を向けたまま声の方向に投げつける
「佐々総介ぇ!」
俺は魔術障壁を展開し、アイダとナミハナと自分自身を守る。
そして振り返る。居た。白衣を着た長髪の美男子。眼鏡をキラリと輝かせながら、薄笑いを浮かべる男。ああ、俺の父親だと思いたくは無いが、間違いない。こいつは佐々総介だ。
「おお怖い怖い。孫の前で何をしているのですか」
ナミハナが投げた椅子は佐々総介の目の前で静止し、砂となり崩れた。
あの魔人はカラカラと笑っていた。
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