第一話 貴方と私、戦いましょう

「貴方とワタクシ、戦いましょう」


 若かりし頃の祖母ちゃんは、そう言ってにっこり微笑んだ。

 隣でまだ若い祖父ちゃんとまだ幼いパパがポカーンとしている。

 曾祖父ひいじいちゃんは「流石我が血統……」と感慨深げだ。


「はい! お手合わせ願います!」

「その意気やよし、ですわ!」


 私達は同時に左半身を前にした構えをとる。

 私は地面に深く腰を落としてベタ足で構えている。

 対してお祖母ちゃんはタンタンと軽いステップを刻み、何時でも何方にでも動けるようにしている。

 異世界の拳闘術を元に練り上げた構えだ。

 私も教えてもらっている。


「先程のこともありますし、先手は譲りますわよ!」


 隣で諦めた表情のお祖父ちゃんが指を鳴らす。

 すると周囲の風景が歪み、私とお祖母ちゃんは何時の間にか道場のような場所に居る。


「ママがんばれー!」


 まだ幼いパパが、お祖母ちゃんを応援している。

 なんだか微笑ましい。

 私のせいで死んだパパが、あんなに幸せそうに笑っている。


「今度こそ……守るから」


 そう呟いた後、私は全身で練り上げた魔力を足から放出し、滑るようにして移動を開始。

 一瞬で最高速度に到達して、お祖母ちゃんの懐に入る。

 だが、お祖母ちゃんの身体は幻のように掻き消える。


「――背後!」


 突如として鋭い殺気が背後から迫る。

 魔力を背面に回すと、直後に後頭部への鈍い衝撃。

 与えられた衝撃は魔力の循環で足元へ逃しつつ、すぐさま背後へ肘打ちを放つ。

 

「――あら、やっぱり頑丈ですわ」


 確かに肘打ちは入った筈だった。

 だが、手応えがおかしい。

 魔力を噴出させたことによる加速、肘打ちの打突インパクトの瞬間に放出された魔力、そして強化魔術による肉体の硬化。

 いずれも問題はなかった筈なのだ。


「魔法なんぞに!」


 お祖母ちゃんが私の右肘を握る。

 万力のような力がかかって、身体が悲鳴を上げる。

 おかしい。

 強化魔術が打ち消されている。

 まさか――


「頼ってるんじゃあなくってよ!」


 ――やっぱり、!!

 でも気づいた時には遅い。

 お祖母ちゃんは片手で私の身体を軽々持ち上げると、道場の床に叩きつける。

 投げてしまうようなことはしない。

 あくまで掴んだままダメージを蓄積させるつもりだ。

 床に叩きつけられる度、接触面に魔力を集中させてダメージを避けるが、それでも魔力自体が削られる。


「ぬうあああああああああ゛あ゛あ゛あ゛っ!」


 全身に力を込めて無理矢理魔力を放出。

 大部分がお祖母ちゃんの力で減衰するが、砕け散った道場の床が目潰しになり、一瞬お祖母ちゃんの動きが鈍る。

 その隙に私はお祖母ちゃんの腕を振り払い、至近距離から彼女の鳩尾に掌底を叩き込む。

 お祖母ちゃんは吹き飛ばされるが、猫のように空中で姿勢を整え、道場の壁にする。


「やりますわねぇ! このワタクシに生身で手傷を負わせるとは!」


 身軽に壁から降りて、再び拳闘術らしき構えをとるお祖母ちゃん。

 だがお祖母ちゃんの口から血の雫が一筋流れる。


「武術とは時と共に洗練され、強くなっていくもの。単純な身体能力ならまだしも、戦士としてそう簡単に引けは取りません!」


 私も改めて腰を深く落とした構えをとる。

 私が扱う東洋式の武術は、魔術と相性が良い。

 そしてほぼ無尽蔵の魔力を持つ今の私ならば、お祖母ちゃん相手でもそこそこやれる。

 このまま体力勝負に持ち込めば、勝てるかもしれない……!


「アイダは何処まで身体を改造しているの?」 

「改造? いえ、私は……改造らしいものは……」

「そう……ワタクシは違います。CNTカーボンナノチューブ製人工筋肉、筋力増強兼人工筋肉メンテナンス用ナノマシン、エクサスと同一素材による強化骨格、光ファイバーを利用した神経、そして何より徹底的に対魔術戦闘を志向した無数の防御魔法陣が塩基配列に書き加えられています。しかも現在、防御魔法陣は月単位で佐助にアップデートさせていてよ? 魔術で私は貫けない」


 改めて聞くとえげつない。

 本当に、生まれた時から、その身の全てを戦闘の為に作り上げられている。

 神と人が最も激しく争い、また最も激しく理解し合った時代の、その結晶のような人。

 だけどそんな事分かっている。

 分かった上で、願った手合わせだ。

 

「でも、負けませんよ! お祖母ちゃんだって、私が強ければ喜ぶもの!」


 本当はそれだけじゃない。私はお祖母ちゃんに勝ちたい。勝って、彼女から手に入れたいものがある。でもそれは言えない。

 そのことを知ってか知らずか、お祖母ちゃんは優しく微笑む。


「素敵な返事。でも、きっと貴方は勝てません。ワタクシは貴方の時代には必要の無い筈の力ですもの。ワタクシは貴方の時代には必要なくなって無きゃいけない力ですもの。いくら技術が進歩したところで、存在理由の時点で貴方はワタクシに及ばない」


 その言葉は、滅びてしまった世界から逃げ出した私にとって、あまりに辛いものだった。

 自分の無力を改めて突きつけられたようで、聞きたくなくなる。


「負けません! この時代でやらなきゃいけないことがあるんです! その為に、貴方にだって負けないことを確かめたい!」


 でも、アトゥの力を持つ今の私なら、お祖母ちゃんにだって勝てる筈。

 そうだ。私はこの力で未来を変えると決めたんだ。


「少し手合わせすれば分かります。貴方の力は敵をねじ伏せる為に有るものではない。最後の一押しAide小さな助けAide、ワタクシが切り開いた未来に居る貴方は、きっともっと優しい命の筈。だって佐助の孫でもあるんだもの」

「……っ!」


 何故?

 何故この人は私を見透かしたような事を言うの?

 若い頃も変わらない。

 人の痛い所をズバリと突く。

 天才で、努力家で、たった一人で何もかもを打ち砕いてしまう。

 お祖母ちゃん。

 私はそんな貴方がずっと苦手だった。

 そして若い頃の貴方は、もっと苦手だ。


「――だったら、奥義にてお相手頂きます!」

「笑止! 乱れた心で何をしようと言うの?」

「人の心に押し込んでぇ!」


 足からの魔力の放出で上に跳躍。


「星!」


 もう一度放出して急降下、お祖母ちゃんの眼前に着地。


「辰!」


 着地の反動を活かし、掌底を繰り出す。上下動によるフェイントと破壊力の両方を実現させる為の技だ。


「掌!」


 そう叫んだ時だった。


「悪くなかったわ」

「――えっ」


 ぐらりと頭が揺れる。顎をフックで打ち抜かれた。

 お祖母ちゃんは身体能力と反射神経だけで身を躱し、クロスカウンターを決める。

 圧倒的な地力の差。やっぱり、若い頃の方が強い。


「でも、少し遅かったわね」


 脳が――震える。


「ああ……もう……私は……」

「ウジウジするのは佐助似ねえ? 戦士の感性じゃないわ」


 崩れ落ちた私をお祖母ちゃんが優しく受け止める。


「っと、起きたらゆっくり話を聞かせて頂戴」


 その優しさがどうしようもなく居心地が悪かった。

 だけど、少し懐かしくて。

 私の目からは涙が一筋こぼれていた。

 そして私の意識は暗闇の中に吸い込まれていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る