プロローグ2 星を見る男
俺の名前は
アズライトスフィアことドリームランドに迷い込んでしまった
「あれから三年か……」
「どうした
「いえ、アマデウスによる動乱からもう三年も経ったのかと思って……」
「お前さんの親父か」
「ええ、俺はあいつを倒した以上、人間としてこの世界を住みよい場所にしなくてはいけない。なのにまだ政治は混乱したままで……」
アマデウス。またの名を佐々総介。
奴によって破壊された世界を復興するべく、同じ日本からの夢見人である斬九郎さんと共に復興の為に働いていた。
「馬鹿言っちゃいけねえ。統合政府だってできたんだ。多少はマシになってるさ」
「そうでしょうか。まだ貧困も、差別も絶えません。教育の拡充も遅れています。これでは俺の元居た世界にも劣る有様です」
「
言われてみればそれもそうだ。
非合理的であっても、非効率的であっても、人間のことは人間が決めなくてはならない。それが俺の考えだった筈だ。
俺はネクタイを締め直し、手元のパッドを使って予定を再確認する。
「はい。午後五時からは鹿苑館で統合政府議会の長瀬重工派議員と会食。その後は翌日の予算審議委員会における答弁対策を行います」
統合性府議会。
アマデウス動乱と呼ばれた一連のテロ事件が起きた後、統治能力を失った各地域の政府は統合政府を作ることで最低限の秩序を保とうとしたのだ。
アマデウスを討ち果たした俺と、アマデウスの侵攻を水際で食い止めた斬九郎氏は、その功績から政府の一員に誘われた。
「面倒くせえな!」
「そうおっしゃらないで下さい。長瀬重工会長の座から引きずり降ろされたんですから、やることなんて修行か政治活動の他に無いでしょうに」
「お前が議員になれば良かったのに!」
だが、俺はそれを断ってあくまで斬九郎さんの秘書として働くことを決めていた。
「俺はまだ議員になるための地盤が固まっていません。各地に残る
「親殺し、
「はい。指名手配犯については主に義父さんのせいですが……」
「ははっ、ちげえねえ! あの時は悪かったな! 追い詰められたら何処まで頑張れるか知りたくってよ! それにしても社会的にも戦力的にも追いつめられた状況から、味方を集めて俺の喉元に迫った時はすごかったなあ……ぐははは!」
斬九郎氏は豪放磊落に笑う。
義理の父とはいえ、人を指名手配犯にしておいてよくまたそこまで悪びれずにいられるものだ。
まあ、そうやって悪びれずに素直に事情を話してくれる所が好きなのだが。
「ったくもう……ご自分の孫を試すのはやめてくださいね」
「レンは狙ってないぞ? あいつは職人とか学者の類だからな。戦う人間じゃない。ああ、もしかしてお前さんがナミハナとこさえた息子の話か? 個人的には今度こそ俺を殺せる男じゃないかと注目しているんだが……」
「別に、俺と彼女の間に生まれるだけでそれはもうどうしようもなく試練でしょう。これ以上試練を増やさないでやってください……」
「がっはっはっは!」
斬九郎は笑いながら俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
まるで子供扱いだ。
だがその振る舞いは本当の父親みたいで悪い気はしない。
「ところで義父さん……今度休暇を頂いても良いでしょうか」
「構わんが目的やら行き先くらいは報告してもらわないと困るぞ」
「少し……父親らしいことをしてあげたいんです。俺は、俺の父と違って、息子に父親らしいことをしてあげられてませんから」
「はん、男親なんて放任くらいがちょうど良いんだよ」
「だから
「べ、別に最近は関係修復できてるからな! 向こうも大人になったしな!」
「あはは、マシにはなりましたね」
「言うなあお前!」
俺と斬九郎さんがとりとめの無い話をして笑っていると、若い運転手さんが顔を真っ青にしてこちらに向けて叫ぶ。
「旦那様! サスケ様! 星が! こちらに向けて星が降っております!」
「――は?」
「え」
俺と斬九郎さんはマヌケな声をあげながらフロントガラスの方を見る。
確かに空の向こうから青い星のようなものがこちらに高速で向かってきていた。
「暗殺にしちゃあ大味だな」
「でも生身の状態の俺達に巨大質量ぶつけるのってわりと合理的じゃありませんか?」
そんな事を言いながら俺達は魔術で車の天井を透過して通り抜け、走る車の上に立つ。
懐に仕込んだネクロノミコンの頁を一枚破り、青い星に向けて投げつける。
「なんかそれ、毎度思うけどもったいないよな」
「pdfデータから印刷した使い捨て用の魔導書ですよ。制作した俺にしか使えないのでご安心を」
ネクロノミコンの頁は俺が指を鳴らすと青い魔力の光を放つ。
そしてまるで意思を持つかのように隕石の前に展開し、七重の魔術障壁を張り巡らせ、目の前に迫る青い星の速度を殺しにかかる。
ガラスの砕け散るような音を鳴らし、障壁は一枚また一枚と燃え尽きる。
だがその度に青い星の速度は落ちていた。
「あー、駄目ですね。直撃コースです。逸しても良いんですが、道路以外に落とすと街が吹き飛びます……あれ?」
そこで俺は気づく。
星かと思っていたものは、二足歩行型の青いエクサスであると。
本来、エクサスというのは神話生物との戦闘を目的とした海上戦用ロボで、上半身こそ人型だが下半身はホバークラフトになっている筈だ。
あのエクサス、何かがおかしい。
「ほう、エクサスか。しかも二足歩行。変な形だ。ケイオスハウルみてえだな」
斬九郎さんはそう呟きながらスラリと日本刀を抜く。
確かに二足歩行のエクサスなんて妙だ。
だが気にしている場合じゃない。後で考えよう。
「一応、止められる程度に減速はさせました。町中なので、派手に破壊しないでくださいね」
「おうよ」
七枚の障壁を破ってこちらに向けて落ちてくる全長15m程の青いエクサス。
斬九郎さんは魔術も使わずに日本刀一本でそれに立ち向かう。
彼はひらりと車から飛び降りたかと思うと、走行中の車を超える速度で青いエクサスの落下予想地点に向かって走り出す。
「久し振りの御開帳と洒落込もうかぁ! サポート!」
「
斬九郎さんの全身から金色の光の奔流が立ち上る。
「いよっしゃあ! 力がみなぎってきたぜ!」
彼は光の尾を引いて、上体を全く揺らさない特異な走り方で青いエクサスの真下へと潜り込んだかと思うと――
「邪神剣の一が崩し、
――只一発の片手突きで、空から落下する巨大質量のエクサスを静止させた。
突然の巨星の墜落に慌て、野次馬で賑やかなストリートも、その一瞬ばかりは言葉を失い斬九郎さんの剣技に見惚れる。
さて、注目を集めすぎてしまった。
こういう時は消えるに限る。
「はい、それでは仕舞ってしまいますよ」
俺はパチンと手を叩いて異界に繋がる“門”を形成。
そのまま青いエクサスごと車両を含めた一切合財を一度亜空間に収納した後、テート島地下に建設した
*
俺と斬九郎さんは二人がかりでエクサスからパイロットを引きずり出す。
パイロットの少女は気を失ったかに見えたが、エクサスの中から引きずり出されて床に寝かされると、すぐに目を覚ました。
そして俺達に向けて礼儀正しく頭を下げる。
「助けて頂いてありがとうございます! 私の名前は佐々アイダです! 佐々佐助さんってご存知ありませんか? 私の親類にあたる方なのですが……」
「俺です」
手を挙げる。
「あ、やっぱり! こんにちわ祖父ちゃん!」
少女が微笑む。
「えっ」
なにそれ怖い。
まだ息子仕込んだばっかりなのに。
こんな青い髪と青い瞳と白い肌が眩しい素直な良い子っぽい美少女知らない。
ショートカットで明るい笑顔が素敵だ!
「なぁにぃ? ちょっと待て嬢ちゃん。そいつは一体……」
「サムライっぽい偉丈夫……もしかして曾祖父ちゃん!」
俺と斬九郎さんは顔を見合わせる。
「こいつはどういうことだ婿殿」
「異世界から人間が来るんです。未来から来てもおかしくはないでしょう」
「ふむ……」
現に俺と斬九郎さんは異世界からの迷い人だ。
斬九郎さんも納得してくれたようで、ポンと掌を拳で叩いた。
「ちげえねえ。冴えてるな」
「気になるのはタイムパラドックスやティンダロスの猟犬ですが……」
「あ、あのーお二人共? 申し訳ありません。少し良いでしょうか」
「どうしたんだ?」
「どうしたアイダ?」
俺と斬九郎さんは異世界に飛ばされた経験から、この奇妙な来客をすんなり受け入れてしまった。
「何か……食べる……ものを……」
アイダちゃんのお腹が大きな音を立てた。
*
それから十分後。
我が家のダイニングにて。
「いやー! 助かりましたよ曾祖父ちゃん! あ、ご飯おかわりで!」
「おう良く食うなアイダ!」
「そりゃあもう! 腹が減ってはなんとやら! 私はよく食べてよく戦う主義ですから!」
俺の目の前で斬九郎さんと青い髪の少女が仲良く並んで飯を喰っていた。
新鮮なお刺身とお米だけで既にそれぞれ二合以上は食べている。体育会系だ。
少女は俺を見て不思議そうに首を傾げる。
「お祖父ちゃんはもっと食べないんですか?」
「お祖父ちゃんな……まだ二十歳そこそこなんだけど」
「お、なんだなんだ。いきなり祖父になってびびってるのか?」
ナミハナ達が帰ってきていなかった為、話がこじれていないのは幸運だが、この後どうすれば良いかわからない。
ともかく議員秘書らしい仕事をしておこう。
「義父さん、この後は議員の皆様と会食も有るんですからね? 食べ過ぎは良くないですよ?」
「え、行かなきゃ駄目? 俺、自分に懐いてくれる親族とか久し振りなんだけど。本当に親族なのかな?」
「ええ、其処は間違いありません。丹田の魔力炉に、佐々一族に特有の波長が見えますから。特徴自体は大分薄くなっていますが、俺や
「便利だなその魔眼……」
「機械の体から生身に戻りましたからね」
「あ、あのー……」
アイダちゃんがおずおずと手を挙げる。
「どうしたアイダ。気になることが有るなら何時でも言え」
「義父さん、そこまで詰め寄らないで下さい怖いんですから」
「なんだよ! お前だって話しているだろう嫉妬するなよー!」
「あの、お二人とも。聞いて下さい」
アイダはしばし沈黙した後、固い意思を感じさせる強い口調で俺達に告げる。
「このアズライトスフィアは、三十年後、滅びます」
アイダがそう言った瞬間、突如ダイニングの扉が開いた。
そこに居たのはますますグラマラスになった金髪の美女、彼女に手を引かれてポケーっとこちらを見る紫の瞳の子供、そしてふわっふわの真っ白な老犬。
「たっだいま戻りましたわ~」
「ただいま~」
「わん!」
順に愛する妻ナミハナ、愛しの我が子サマノスケ、愛犬マロンである。
きっとマロンの散歩をしていたのだろう。
ああ、アザトースの玉座にぶちこまれたであろう父さん、俺すっかりマイホームパパだよお前みたいにだけはならないから母さんと一緒に安らかに狂ってくれ……じゃなくて。
アイダのことを説明しなくては不味いな。
「――パパ!」
とか馬鹿な事を考えてる間に、隣りに座ってたアイダが立ち上がり、これまた馬鹿みたいに無防備にサマノスケに近づく。
それはジブリのアニメで見るような勢いで、実質体当たりのような勢いだった。
「近くってよ!」
そしてナミハナが反射的に繰り出した回し蹴りによって、アイダは狭い室内で大きく吹き飛ばされる。
食器棚が割れ、家財道具が散乱し、俺のこっそり買っていたミニチュアケイオスハウルが棚の上から落ちてバラバラになる。
……少し泣く。
「おい、ナミハ――」
「やるじゃないですか。お祖母ちゃん! 若い頃からキレッキレですね! 反応できませんでした!」
俺の台詞を遮り、アイダはのっそりと立ち上がる。
マロンは呆然とするサマノスケを自らの背中に乗せると俺の背中に隠れる。
相変わらずの名犬ぶりだ。
「は? 何やら二人の知り合いのようだから加減いたしましたけど、出会ってそうそうワタクシを老婆呼ばわりとは随分と無礼ですわね!」
「え!? ちょ、ちょっと待って! あの、ごめんなさい! それは違うんです!」
揉め始めた。
俺は仲介しようと立ち上がるが、斬九郎さんは俺の肩に手をかけて首を左右に振る。
「面白そうだ。戦わせよう」
「あら何が違うって言うのかしら?」
「私は孫なんです! 貴方の孫! 未来から来ました!」
「馬鹿おっしゃい! 時間旅行なんて無理に決まってるじゃない!」
「お爺ちゃん達は信じてくれたのに!?」
元異世界転移者&ニャルラトホテプの相棒コンビの柔軟性に甘えたな曾孫よ。
「だまらっしゃい! 貴方が仮に本当にワタクシの孫だとしても! しても……したなら……ちょっと大丈夫? 怪我とかしてない? 女の子なんだから身体は大事にしなきゃ駄目よ?」
な、なんかものすごい母性に目覚めてる……。
どうしたナミハナ。三年くらい前の触れるもの皆撃ち貫くドリルのようなお前は戦場に置いてきたのか。
なんでお前アイダの前で膝を突いて服についた木片とか払ってあげているんだ。
「え、あ、どうも……おばあ、ナミハナさん」
「良いわよお祖母様で。よく見たら目元は佐助に似てるわね。ほら立てる? 顔は大丈夫ね。それに服も丈夫……もしかして未来の強化繊維?」
「あっ、はい……」
「サマノスケは良いお父さんになっていた?」
その問いにアイダは一瞬だけ目を伏せる。
まさか、何か有ったのか?
「……はい」
「そう……そうなの。なら良かったわ」
ナミハナはポカンとした表情のサマノスケを眺め、微笑む。
母性と言うやつか。
あいつも変わったな……益々好きになってしまう。
「ねえ、お名前は?」
「アイダです」
「そう……ねえアイダ。貴方とワタクシ、戦いましょう?」
「はい! お手合わせ願います!」
……ん?
んんんんん!?
待てよ、ちょ、待てよ!!
「その心意気や
前言撤回だばかやろー!
あの天井知らずのバトル馬鹿!
此処で何をするつもりなんだ!
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