最終話 あの日見た流星に祈りを乗せて
前回までのケイオスハウル!
大 ・ 団 ・ 円 !
世界は救われ、佐助とナミハナの二人は帰るべき場所へと辿り着く!
だがアズライトスフィアに戻る前に佐助には為すべきことが有った!
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「なにここ!? 魔力の気配が驚くほど薄いわね!」
視界が戻ると其処は見慣れた俺の家の前だった。
時刻は夜。俺が連れ去られてからこっちの世界ではあまり時間が経っていないみたいだ。
アズライトスフィアとこちらでは時間の流れが違うのだろうか。
左腕の妖神ウォッチを見てみると時刻は午後十時。異世界に行く前の俺だったらもうそろそろ家に戻っている時間だ。あの日も確か九時過ぎに戻ってきたのを覚えている。
「俺の元居た世界だよ。ここは俺の家。向こうに帰る前に一回だけ此処に寄って行きたかったんだ」
「あら、そうなの? チクタクマンに頼んでいたのはそういうことだったの?」
「うん、アズライトスフィアにはあの戦いの翌日辺りに到着する予定。父さんとチクタクマンの話だと、この家の地下に父さんが隠していた扉から帰ることができるんだって」
この世界に来る時のことは良く考えてなかったのに、向こうに帰る時の条件は事細かに設定している辺り、やっぱり俺は向こうの人間になってしまったみたいだ。
「場所は?」
「場所はザボン島のナミハナの家にしておいた。相談せずに決めちゃったけど良かった?」
「良いと思うわ。久方ぶりの我が家ね。実家よりもあのお城の方がワタクシの居場所って感じがするもの」
「俺もそうだな。もうこの家よりもあそこのほうが懐かしい。子供ってのは薄情なものだな」
「それだけ私達の城が良い所ってことじゃない。居場所なんて親に頼らないで自分で作るべきなのよ。それにしても佐助の実家って小さいながらも洒落た造りですわね。テート辺りではこういうのを和洋折衷と言うそうだけど……」
小さいのか、この家が小さいのか……!?
「曾祖父ちゃんの趣味だそうだよ。とりあえずついてきて」
家の扉を開けるとひんやりとした冷気が漂ってくる。まだ冷凍ガスが残っているのか。
ナミハナは俺の肩を掴む。力が強くて痛い。もう生身の身体に戻ってしまっているのか。なんだか呆気無いものだ。
「お待ちなさい佐助。ほんの僅かにだけど血の匂いがするわ」
「そりゃ血の匂いくらいするよ。俺と、もう一人の家族が殺された場所だからね」
警察が来てなくて助かった。
今なら事件の形跡を消し去ることもできる。
「ああ……やっぱりか」
「……これは、酷いわね」
リビングにはバラバラになった愛犬マロンの凍死体がまだ残っていた。
ゴールデンレトリバーの十二歳、雌。
よく見れば頭、胴体、手足、凍りついたまま綺麗にバラバラになっている。
「マロン……迎えに来れなくてごめんな」
俺を庇って死んでしまったマロンの首を抱きしめる。
「佐助、貴方がチクタクマンに相談して此処に来たのはこの子の弔いをする為?」
「うん、アズライトスフィアに戻ったら墓も作って――――」
そこで俺は何も言えなくなる。近づいて良く見れば、わずかだがマロンの身体から魔力の光が漏れ出ていたからだ。
マロンはまだ生きている!
「どうなさって?」
「奇跡だ! 生きてる! マロンが生きてる! 生きてるんだよ!」
「な、何を仰ってるの?」
幸運なことに俺は狂ってもいなければ夢も見ていない。
「完全に凍結されてしまっていたせいで酸素や栄養の不足による細胞の死が遅れているんだ。少し離れててくれ。凍結した細胞を安全に解凍して、同時に傷を修復すればいける。これくらいなら俺の魔術で治療できるかもしれない」
「お待ちなさい。アトゥとチクタクマンが居ない今の貴方にそれができるの?」
「いいや、あいつらはまだ俺の中で生きている」
俺は懐から印刷済みのネクロノミコンを取り出す。
「あ、貴方!? いくらpdfで貰ったからって魔術書をそんじょそこらのプリンターで印刷なさっていたの?」
「そんじょそこらじゃない。チクタクマン謹製のマジカルプリンターだ。本物と違って使い捨てだけどページが触媒として使えるんだぜ。流石知恵の神トートの贈り物だ。とっても便利」
俺は手際良く凍りついたマロンの身体のパーツを並べ、彼女の周囲にコピー版ネクロノミコンのページを敷き詰め、台所から持ってきたナイフで自らの腕を切って血をふりかける。
「本当に貴方正気?」
「俺はアズライトスフィアに居た時からアトゥに寄生されていた。逆を言えばあいつが死んだ今でも俺の脳や血液にアトゥの因子が残っている。それを刺激することで、マロンの損傷を本能的に癒やしてくれるかもしれない」
「危ない真似を考えるわね……じゃあほら、ワタクシの魔力もお使いなさい。魔術師じゃないから大した量ではないけれど無いよりはマシでしょう? 今の貴方は神による魔力のバックアップが無いんだから気をつけなきゃ駄目よ」
そう言ってナミハナは俺の右手を握る。
「ありがとう。それじゃあやってみるよ」
俺は左手にコピー版ネクロノミコンを持ち、右手でナミハナの手をとる。
そしてすっかり慣れてしまった詠唱を開始する。
「
俺がアトゥを称える呪文を唱えると、俺がふりかけた血から金色の結晶が生えてマロンの全身を包む。
結晶が消え去ると其処には綺麗な身体に戻ったマロンが寝転んでいた。
「……くぅん?」
彼女は目を開けて起き上がると不思議そうに周囲を見回す。
そして俺とナミハナに近づくと俺達の手をぺろぺろと舐め始める。
「あら、珍しいわねワタクシに懐いてくれる犬なんて」
「マロンは賢いからな。きっと助けてくれたって分かるんだろう」
「あら、良い子ですわね」
ナミハナが珍しく年頃の女の子らしい表情でマロンを撫で擦る。
俺もマロンの背中をゆっくりと撫でる。
「さあ帰ろうマロン。俺達の家はもう此処じゃないんだ。此処にはもう誰も帰ってこなくて、俺達はそれを背負ってまた違う場所で生きていかなくちゃいけないんだ」
「ばうぉぅっ!」
俺達の未来を祝福するように、マロンは窓の外に広がる宵闇に向けて一声吼えた。
そうだ、行こう。俺達はまだ生きている。
俺達にはまだ帰る場所が有る。
【斬魔機皇ケイオスハウル 完】
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