第51話 時を越えて~Beyond The Time~

「佐助!」


「応ッ!」


 戦闘開始と同時にラーズグリーズとケイオスハウルはプロヴィデンスを挟撃。


 プロヴィデンスがケイオスハウルのハウリングエッジによる防御不可能な一撃に対処する隙を突いて、ラーズグリーズはプロヴィデンスの脇腹を幾度も貫く。


 プロヴィデンスが魔術による飽和爆撃でラーズグリーズの逃げ場を奪えば、ケイオスハウルがその身を以て盾となり、尽きる事のない魔力を用いて即座に再生する。


 そして再生の隙をカバーするようにラーズグリーズが突撃と急速離脱を繰り返す。


「小癪ですよ! 只の第三世代エクサス風情が!」


「ラーズグリーズは世界最強の第三世代! 邪神の力無しに人が辿り着いた叡智の到達点ですわ! 貴方の馬鹿にした人間の力が、今に貴方を打ち倒す! 覚悟なさいアマデウスッ!」


「何処までその自信が続くかなあ!?」


 異変はすぐに発生した。


 幾度も攻撃を受けるプロヴィデンスだが、倒れる気配は全く無い。


 それどころかどんな攻撃、それこそ神殺しの力を持つ一撃を受けてもまるでケイオスハウルのように即座に再生してしまうのだ。


 しかも既に半ば神と融合しつつあるせいか、それによって魔力を消耗する気配が全くと言って良い程無い。


「無駄無駄! いくら君達が攻撃を加えたところで僕の機体は不滅! 無敵! 君達がいかに精強とて意味は無い! 今の僕はこの世界そのものなのだから!」 


「アマデウス! 貴方の妙な自信の源はこれね!」


「その通り! 凛が相手ならそろそろ再生限界を超えていただろうが僕にそれは無い! 君達は既に詰みの段階に至っている!」


「佐助! 何か思いつきなさい!」


 実はとっくに思いついている。


「駄目だな。恐らくこの世界を想像し創造したアザトースと一体化しているせいで、あの機体は何をされても存在し続ける」


 ただ、これをやることに少なからず抵抗を覚えていただけで。


「どうやったら倒せるのか話しなさいって!」


 でも、これしか手段が無いのなら、俺は――――


「行けばいいんだよ。世界の向こう側まで」


「どういうことですの?」


 弱い自分の心に喝を入れる為、俺は叫ぶ。


「ナミハナ! チクタクマン! 悪心影!」


「なんだい?」


「なんじゃ?」


「合体だ!!」


 真面目な話、それしか手は無いのだ。


「ワット?」


「ぬわははは! そういうことなら良かろう! 儂が時間は稼ぐ!」


 ナミハナの機体から突如飛び出した甲冑姿の悪心影がプロヴィデンスへと疾駆する。


 彼女が自らの影より取り出した大太刀でプロヴィデンスに斬りかかり、プロヴィデンスはそれを杖で受け止める。


「ちょっと佐助、どういうことなの?」


「後で説明する! チクタクマン、コクピットは複座式で頼む! ラーズグリーズの構造をベースにしてフーン器官推力偏向ノズルでとにかく全出力を速度に割り振れ! 余計な装甲は全部捨てろ! ビヤーキーのフーン器官ならばケイオスハウルでも理論上は?」


「オーケー! 君のやりたいことが分かってきたよ! 君の目的のために最適化をするならば……!」


 ケイオスハウルとラーズグリーズが接触すると同時に両方の機体が液体金属と化して即座に融合。


 巨大な球体に変わった液体金属の中心で、俺とナミハナは隣り合って座る。


「ナミハナ!」


「な、なに!? なんですのこれ!?」


「突然だけどお前の命も俺にくれ! 一世一代の大勝負だ!」


「はああ!? ええいなんだか知らないけど好きになさい! 貴方がやるっていうなら付き合ってあげますわ!」


「よし、推進装置はできた! コクピットの内装は後だ! タイミングは君達に任せるぞ!」


 俺達の目の前に突如としてレバーが現れる。


「このレバーを倒せばいいのね!?」


「ああ、一緒に……頼む!」


 正直怖い。凄く怖い。ナミハナが居なければこの選択はできなかった。あれだけ強い言葉を言っていたけど、最後には父に屈していたと思う。


「ええ、良くってよ」


 俺の右手とナミハナの左手が重なった。


 出力を底上げする為に、俺は詠唱を用いて自らとケイオスハウルの魔力を活性化させる。


「輝く無貌の名によりて!」


「遍く虚無を打ち砕く!」


 俺の叫びにナミハナが応える。


「吠え立てろ! 世界の果てへ命の叫びを!」


「震えなさい! 我が疾走は神をも超越する!」


 俺達の声は響き合い重なりあい一つになり、最後の魔法をここに顕現させる。


「無辜なる者の嘆きを!」


「誇り高き者の怒りを!」


「「――――そして未来に進む意思を! その身に受けろ、斬魔機神拳ラース・オブ・ケイオス!」」


 俺達を包んでいた液体金属が蒸発し、中から輝く神の右腕と化したケイオスハウルが俺達を乗せて飛び出した。


 白く輝く二対の翼を備え、金色の光を放つ神の右腕だ!


「拳だと!? ふざけているのか!」


 想像もしない姿で現れたケイオスハウルに戸惑う父さん。


「かかったな!」


 その隙が命取りだった。この派手な見た目を見れば父さんは思わず考えこんでしまう。考えこむその時間さえ有れば俺の作戦は成功する。


「しまっ――――」


 巨腕となったケイオスハウルは握りしめた拳を開くと、プロヴィデンスをその手に握りしめて拘束。動けなくなったプロヴィデンスを包んでそのまま急加速を開始した。


最高硬度対加速概念魔術障壁展開にゃるしゅたんがしゃんな!」


 ケイオスハウルは音を超え、空を超え、天高くへと昇っていく。


「佐助! ちょっと説明なさい! ワタクシ今までの旅で何度も言ったわよね!? まず説明してから何かやりなさいって!」


「俺達はこれから世界の最果てを超え、宇宙の中心にあるアザトースの玉座まで行く。そして父さんを其処に叩き込む。アザトースを封印している場所ならきっと父さんも出てこれないからね」


「はっ?」


「ついでに幾つか星も壊すかもしれない。それで星辰がずれるなら丁度良い。他の邪神が復活するまでの時間稼ぎにだってなる」


「佐助、それ自爆って言うのよ? 途中でワタクシ達も爆発四散じゃなくて?」


「そこでこちらに捕まってらっしゃる父さんを用意した。きっと可愛い息子を死なせない為に必死で神の力を使ってくれると思う。だよね父さん?」


「佐助君……見直しましたよ。貴方は間違いなく僕と凛の息子です!」


「すげえや! びっくりするほど嬉しくねえ!」


「シグナルオールグリーン! 加速良好! 現在第二宇宙速度を突破! ナミハナ嬢! この機体のコントロールは君に任せる! 操縦感覚はラーズグリーズの方に合わせてあるのでこのまま最高速度を出してみてくれ」


 ナミハナの前に操縦桿とペダルが現れる。


「……ええいままですわ!」


 ナミハナにコントロールが移ったケイオスハウルは変わらずプロヴィデンスを握りしめたまま加速を続ける。ナミハナの操縦は快適で、しかも速度は順調に上がり続けている。


 これなら俺はしばらく休んでても良いだろう。


「それにしてもよく考えられてますね」


 コクピットに父さんの映像が映る。


 既に戦意を失っているのか、その表情は何処か晴れやかだ。


神理否定結界コンファインシステムでケイオスハウルの魔術ごとこの馬鹿げた宇宙旅行を止めても良いのですが、魔術による防御が無ければ現在の速度に耐え切れずに機体と私と貴方達が砕け散ります。幾ら私とプロヴィデンスに無限の再生能力が有ると言っても、塵も残さず消滅してしまえばその再生能力を行使する私自身の脳が吹き飛んで復活も何も有りません」


 俺は黙して頷く。


「しかも、宇宙そのものをアザトースの力で書き換えたところでこの機体そのものは止まりません。なにせニャルラトホテプなのでアザトースによる因果律改変を受け付けてくれないのです」


 俺はそれを聞いて笑みを抑えきれなくなる。だがまだ無言で頷き続ける。


「こういった相手を遠い所に送り込む攻撃は空間跳躍で簡単に抜けられるものです。ところが最悪なことに今回のケースでは進路をどう変えようとワープしようと意味が無いんですよね」


「ああそうだ。何処に移動しても魔術の形跡を辿って捕まえる」


「ですよね。そうなれば光速移動には付き合わざるを得ない。目的は光速移動によるウラシマ効果の発生とそれに伴うビッグクランチへの到達ですね?」


、父さん」


「……はい、僕の負けです。酷い。あまりに酷い対処法だ。少し眠るので何か不味いことが起きたら連絡して下さい」

 

 父さんはがっくり項垂れると通信用のモニターを消す。本当にやる気を失くしてしまったのか?


「佐助、要するに貴方はワタクシに何させてるの?」


「第三宇宙速度突破……ウェイト! 待ち給えナミハナ嬢! それは月だ!」


「ちょっと黙ってなさいチクタクマン! それくらい分かってます!」


 目の前でケイオスハウルの指から生えたドリルが月を穿つ。ケイオスハウルとプロヴィデンスの防御は父さんがやってくれたみたいだ。


「ソ、ソーリー……」


「昔見たロボットアニメで勉強したんだけど、光速に到達するとその光速移動する物体の内部では時間の流れが極端に遅くなるんだ。だから光速で移動し続けると擬似的に周囲の時間を無理矢理進めたのと同じ効果を発揮する」


「それに何の意味があるの? アマデウスと貴方の会話からワタクシ達が一蓮托生状態になってるのは分かったけど」


「このまま無限に加速し続けるとね」


「ええ」


「宇宙は終わる」


「……え?」


「宇宙って言っても物理現象だからね。次第にエネルギーを失って萎み、極小の特異点へと収束するビッグクランチと呼ばれる状況になる。宇宙そのものが縮むんだ。何処にいようと全ての存在が其処にたどり着く。だから其処でアザトースの玉座に父さんを叩きこめば万事解決、なまじ融合してしまっただけに父さんは二度とそこから抜け出せない。ついでに星の動きも乱せば星辰が揃わなくなって一石二鳥さ」


 ちなみにもしもビッグクランチが発生しなかったとしても、佐々総介を拘束したままウラシマ効果で未来まで移動すれば彼の脅威がアズライトスフィアを再び襲うまでの時間稼ぎは十分できる。


 我ながら完璧な作戦だ。


「それって佐助の元居た世界の知識?」


「そんなところ」


「つまり貴方はアマデウスを封じながら、他の邪神の復活もできなくしてやろうとした訳ね」


「完璧だろ?」


 たった一つの欠点を除けば、だけど。


「それで、ワタクシ達はどうするの? そのビッグクランチの後は」


 そう、それだ。多分俺達も死ぬ。アザトースの玉座突入とか間違いなく死ぬ。クトゥルフ的に。


「ああ……運が良かったら新しい世界に辿り着けるかも」


「そう、死ぬのね」


「少なくとも今のアズライトスフィアに残ってる皆とはもう二度と会えない」


「……そう」


 コクピットが重たい空気に包まれる。


 当たり前だ。断りもなくこんなとんでもないことに巻き込んでしまった。


「佐助、やろうと思えば貴方これ一人で出来たでしょう?」


「……多分、できた」


「でもわざわざワタクシを連れてきたのね」


「……ごめん」


 少しでも俺の生存確率と作戦の成功確率を上げる為には当然の行動だ。そう考えることも出来るかもしれない。


 でも俺がこんな馬鹿なことにナミハナを巻き込んだのはきっとそういう理由じゃない。


 正直に言えば、一人で死にたくなかった。誰も居ないところで寂しく消えたくなかった。情けなくて言えないけど、怖かった。


「ワタクシは貴方に頼られるのが嬉しいのよ。何時も勝ったり負けたりしてるけど、そういう時だけはなんだか少し勝った気分になるじゃない?」


 ナミハナはそう言ってコクピットの空の景色を眺める。


「見て佐助、ワタクシ達があまりに早く動いているせいで星が流れて消えていくみたいになっているわ。宇宙が終わる時にはあの星々でも死ぬのかしらね?」


「何時か輝きを失い、縮んで消える筈だ。このままだと俺達より先に……」


「暗い顔なさらないで。素敵じゃない。星より長い時間を二人で飛び続けるだなんて……貴方とならそういうのも文句は無いわ」


 そう言って彼女はうっとりとした表情で何時迄も星を眺めていた。


「光速の50%に辿り着いた。サスケ、ナミハナ嬢、もうそろそろ元の時間軸のアズライトスフィアには戻れないが良いかね?」


「俺は構わない。敵が父さんだと分かった時から覚悟の上だ」


「分かったよ……ところでサスケ、私は君に一つ謝らなくてはいけない」


 突然モニターにチクタクマンの(^_^)という顔文字が浮かぶ。


「なんだ?」


「突然だがソースケからの提案により、私はソースケと行動を共にすることにした。彼もまた人間心理の特殊なサンプルの一人と言えるからね」


「チクタクマン! 貴方裏切るつもり!?」


 叫ぶナミハナを俺は制する。こいつのことは俺が分かっている。これでも長い旅を共に越えた戦友だ。


 それに父さんの入れ知恵が有るということは、俺達をなんとかしようとしての行動に違いない。父さんは俺達と共倒れになるくらいなら、俺達だけでも生かそうとする人だ。破綻してるけど、それでも愛すべき父親だ。分かってる。


「……今までありがとう。この後はどうするつもりなんだ?」


「フム……そうだね、とりあえず君に生身の身体を返そう。そしてその便利で優れた機械の身体は私に返してもらう」


「待てよチクタクマン。それは契約の成功報酬だ。俺達の契約はまだ終わっちゃいないぜ?」


「サスケ、私の一存により契約は破棄された。地獄に行くのは私一人で十分だ」


「…………」


「止めてくれるなよサスケ、君の行動を観察したデータから人間的情動の模倣を実験するとこのような結論に至るんだ」


「……止められないさ。お前がそうしたいっていうなら止められない」


「やはり我々は素晴らしい協力・理解関係に有ったようだ。人間の言葉で言えば……」


 俺の口が考えるより先に言葉を紡ぐ。


「友達、かもな」


「フレンドシップ! 友情か! 確かにこれが友情というものなのかもしれないな! 我々は友ということか!」


「返す返すも奇妙な共闘だったけど、会えて良かったよチクタクマン」


「ああ、グッドラックサスケ! 君の人生に幸多からんことを!」


 もう二度と会えないと分かっている。


 もっと話したいことも有る。


 だけど、これ以上話してしまえばきっと胸が痛むから。


 笑顔を浮かべられる内に俺は告げる。


「じゃあなチクタクマン。父さんによろしく頼むよ」


「オーケー! ナミハナ嬢から手を離すなよ!」


「あっ、待ってくれ。最後に一つお願いがあるんだけどさ……」


 俺は左腕の妖神ウォッチに囁く。


「……という訳なんだけどお願いできる?」


「良いだろう! それでは目を瞑っていたまえ! さらばだ……友よ!」


 俺とナミハナを光が包む。視界が捻じれ、時間を超え、空間を超え、俺達の意識はここではない遠くへと飛んでいった。


********************************************


 これは一人の男と一人の女が星となる神話。


 一瞬のその輝きの中に、人々が見たものは、勇気、友情、そして愛。


 かくて今、全てが終わり、かくて今、全てが始まる。


 流れ星の通り過ぎたその後に残されたものは、一縷の望み。

 

 次回、斬魔機皇ケイオスハウル 最終話「あの日見た流星に祈りを乗せて」


 遙かなる旅路よ、いざさらば。

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