第49話 さようならとは言えなくて
前回までのケイオスハウル!
ついに迷いを断ち切った佐助! 彼はその真っ直ぐな心のままに四天王最後の将リン=カルタとの戦いを開始した!
魔術師としての経験の差から押される佐助であったが、リンがアトゥの思わぬ行動によって虚を突かれたこともあり、辛くも勝利を収めた!
しかしその代償はあまりにも大きく、神として殆ど不死の力を持っていた筈のアトゥもその神核を砕かれて消滅してしまった……!
アトゥは最後の瞬間に人を、愛を理解しながら佐助の腕の中から消えていったのである。
しかし佐助達に悲しむ時間は無い! アマデウスが待ち構えるカダスの城へと突撃を仕掛ける。
最終決戦の時が訪れようとしていた。
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「
ケイオスハウルがハウリングエッジを振るい、城門を叩き切る。
城門の向こうには深きものども、夜鬼、そしてクトーニアンや名状しがたい軟体を引きずるアザトースの従者などが不快な音を立てながらのたうち回っていた。
驚くべきはその数。広大な城の庭を埋め尽くさんばかりの量に戦慄を禁じ得ない。真面目数えれば日が暮れてしまいそうだ。
「サスケ! ワタクシに続きなさい!」
「応ッ!」
ナミハナのラーズグリーズが前に出る。
「
ラーズグリーズの両腕のドリルが紫電を解き放ち、高速移動と共にすれ違う神話生物を一瞬で粉砕し、ケイオスハウルの道を作る。
ガグ、クトーニアン、異次元からの色、深きものども、どんな相手もお構いなしの一方的蹂躙疾走。本当に頼りになる。
「ああ懐かしい……この城こそがカダスの最奥、我々神々の聖域だ!」
「その割には神らしい力の持ち主がいらっしゃいませんわね!」
「ナミハナ嬢、君の機体のドリルは多くの神話生物と魔術師の血を吸っている。ある種の概念礼装となっているせいで、我々神にすら当たり前のように刺さるのさ」
「そう、それってワタクシはまだ佐助の隣に居られるってことかしら?」
「というか……この戦いが終わったら、俺こそナミハナに勝てなくなりそうだな」
ケイオスハウルはガトリングとバズーカと熱線照射によりラーズグリーズの撃ち漏らしを次々破壊する。
チクタクマンによる火器管制は自分でやっている時よりもスムーズで正確だ。
「それが嫌なら修行なさい。ワタクシ達はまだまだこれからが有るんだから!」
「応ッ! またケイさんに頭下げて一からやり直しだ!」
「ふふっ、サスケ。君との旅路ももうすぐ終わりかと思うと、いくらか名残惜しく有るな」
ケイオスハウルの普段は隠し腕が収納してある腹のポケットから無数のミサイルが飛び出す。
ミサイルは光の尾を引いて周囲を囲む半魚巨人や巨大な目玉、名状しがたい泥を次々と蒸発させていく。
「まだこんな隠し玉が有ったのか。悪いことするなら頼むから俺の目が届かない場所でやってくれよ」
「出し惜しみ無しという奴さ。君には特別借りが有る。それで手を打とう」
「礼を言う」
「やはり我々は良いパートナーでいられそうだね」
「そう祈ってるよ」
「敵は片付きましたわね! 行くわよ佐助!」
「応ッ!」
軽口を叩き合っていると機体に通信が入ってくる。
「――――ナミハナ様、サスケ様、聞こえておいでかな?」
それは懐かしい声。ナミハナに仕える執事のケイさんの声だ。
「ケイさん!」
「ケイ! そちらの戦いは終わってまして?」
俺とナミハナは殆ど同時に声を上げる。
「ええ、問題無く――」
「儂にも話させろぉ!」
だがその返事が終わる前に乱入者が現れた。
「こちらはナイ神父をケイの奴が無限熱量で昇華させた。斬九郎の奴めまた獲物を盗られたと悔しがっておったわ! あやつ、格好つけすぎじゃな!」
カラカラ笑う童女の声。織田信長、すなわち悪心影だ。
「ノッブ!?」
「儂じゃ!」
「ヘイ! 悪心影! この戦いが終わったら我々もまた敵同士! 覚悟しておき給えよ!」
「は、は、そうじゃのうチクタクマン。今の内に儂に仕えるなら厚遇するぞ? 大臣の位は保証して――」
「おいお前ら俺にさっさと通信機寄越せ! ケイと右府殿ばかりずるいぞ」
斬九郎さんの声がする。元気そうで何よりだ。
「お待ち下さい旦那様。やはりここは私がもう少しナミハナ様とお話をば……」
「いやだ! 俺も話したい!」
「だ、そうですが如何致しますお嬢様?」
「もう……好きになさってくださいます?」
「よしっ! 通信機とった!」
子供か。あんた子供か!
「斬九郎さん、あれだけ戦ったのにお元気そうですね」
「おう婿殿。帰ってきたら天麩羅食いに行くぞ。あと酒にも付き合え。お前も俺の息子みたいなものだからな。嫌とは言わせん」
「え? ああ、はい!」
「お父様! お怪我は!?」
「大丈夫だ。娘、生きて帰れよ。お前が次の社長予定だ。レンが成人するまでの間、ユリウスと仲良く頑張ってくれ」
「そんなのワタクシ聞いてないわ!?」
そういえばバタバタしてて俺もナミハナに伝えてなかったな。
ん……待てよ? 無事生きて帰ったら俺ってば逆玉か。これは父さんの理想の世界とか構ってられなくなっちゃったな。
「ところで斬九郎さん。他の皆は?」
「ああん? 若い連中はまだ交戦中だ。あのミゲルって坊主とハオ=メイって女が相当頑張っているようだが……時間の問題だな。まあ、あれだ。お前さん達は後ろに構わず突き進め。好き勝手やりたいようにやってくれや」
「分かりました。好きにします!」
「俺達はこれから世界中の支社の救援に向かう。決死隊が思ったより生き残っててよ。元気も有り余ってるんだわ」
「お父様、ご武運を」
「応ッ! 悪心影の加護ぞ有ろう!」
「儂じゃな!」
「ヘイサスケ! ぐだぐだやってる間に最後の門が近づいてきた! ここを超えれば城内だ!」
「そっちは山場か。それじゃ通信切るぞ」
斬九郎さんはそう言ってこれまた好き勝手に通信を終わらせてしまった。
「勝って帰りましょう佐助。未来にはきっと素敵なことが待っている。今貴方が泣いた分だけ、きっと笑って暮らせる明日にするわ」
「じゃあ俺はナミハナが笑って暮らせる明日を作るよ」
「ええ、待ってる」
ラーズグリーズのドリルが、ケイオスハウルの両手剣が、同時に城の最後の門を吹き飛ばした。
城に突入してみると、中はすぐに謁見の間。
一際高いところにある玉座に、長い髮をポニーテールのようにして纏めた白衣の中年男性が座っていた。
「父さん!」
「アマデウス! 覚悟なさい!」
「よく来たね。二人共。できれば直接顔を見せてくれないかな」
彼はそう言って眼鏡の位置を人差し指で直す。
半年前、殺される前の父さんと何一つ変わらない姿だ。
「そんな時間は無い! 今、貴方を止めなきゃ俺の居るこのアズライトスフィアが滅茶苦茶になる! 父さん……俺と戦ってもらう!」
「悲しい話だ。とはいえそうなるのも道理ですね。僕がアマデウスとして貴方と共に居た時が我々の最後の優しい時間となった訳だ。リンやアトゥちゃんを交えた御茶会は本当に楽しかった……」
リン……いや母さんの作ったケーキを食べながら笑い合い語り合った時間。確かにあの時間は掛け替えのない宝物だ。
それにあの時はまだアトゥが居た。神なのに人間に近づこうとして、近づきすぎて自ら死を選んだ尊くも愚かな神様。俺の心の大事な場所を奪って消えた酷い女性。
俺の腕の中で消えた彼女のことを思う度に、心が欠けそうになる。
「二人はもう居ない。俺と父さんのせいで此処から居なくなった」
「ええ、この胸の痛みが我らの罪に下された罰でしょう。もはや人ならぬ我々を裁ける者など我々自身しか居ないのですから」
父さんはそう言って悲しげに俯く。
「ところでギルドNo.10……いえ、ミス・ナミハナと呼びましょう。思えば貴方ともゆっくり話をするべきでしたね」
「だけど佐助が居なければ話なんてしなかったわ。貴方胡散臭いんですもの」
「今はどう思ってますか?」
「哀れね。ただ……佐助のことも有るし話はすべきとも思うわ」
「それは良かった。でしたら問題有りません。僕の創り上げる理想世ならば時間は幾らでもとれます。新しい世界では、僕も力を持たぬ弱い人間として振る舞うつもりですから」
「なんですって? てっきりその理想の世の中とやらを支配するものだとばかり思ってたわ」
「いえいえ、僕は――」
「一般的な人々の目線と神の視座を同時に持ち、三千世界の歴史や政治に対する知識を背景に、神の力で一つ一つきめ細かに民を助けていく。支配じゃなくて管理をしたいんだろう父さん」
「そうです佐助君。普通ならばそんなことは無理ですが、アザトースの力を以てすれば僕をこの世界全てに遍在させ、世界を善導することが可能になる。例え僕が世界を指先で弄ぶことができるようになったとしても、僕は自らの穏やかなる生活以外何の見返りも求めない」
アザトースと融合してしまえば、この世界なんてデバッグモードで遊ぶゲームみたいなものだ。確かに無理ではないのだろう。
「そんな……ふざけないで頂戴! 人を導くのは人の仕事よ! 自分だけ上から人間を管理しようだなんて傲慢じゃなくて?」
「人が人を導いて幸福なる恒久平和を打ち立てる姿を、僕はこの三千世界の歴史の何処にも見いだせませんでした。人間が人間の上に立つシステムは不完全なのです。故に神が人の上に立つ必要がある。ですが神は人の心が分からない。そこで私が神となる。この聖なる仕事は他の誰にも任せられないのだから」
「グッド、それは素晴らしい世界になるだろうね。我々邪神の居場所は其処に無いという訳だ」
「ええ、貴方の指摘する通りですチクタクマン。私の方舟に貴方達は不要です。貴方達が我々人間を幸福にしたことはありませんでした。ですがアトゥちゃんくらいは入れてあげても良いかもしれませんね。彼女の行動には私も胸を打たれました。一途で可愛いし、神様的には高得点です」
「ふざけるな! 人が命をどうこうしようなんておこがましいって父さんが言っていたことじゃないか!」
「ええ、人間が命を軽々しく扱うものではありません。だが今や僕は神。神が世界を
「理屈は通っているかもしれないけど、そんなの……やめてよ。もうやめてよ。俺は父さんに神様になんてなってほしくない! 確かに不安定な世界かもしれないけど、今の世界で精一杯生きるだけじゃ駄目なの!?」
「それは僕の能力から考えられる最適な行動ではありません。能力に応じた手段で人類に貢献するのが人間の倫理的な生き方です」
嘘だ。何か違う。父さんが何をしたいのか、それがこの言葉に入っていない。
「そういうことじゃないよ! 良いだろう程々のところで満足したって! 父さんのしたいことは何なのさ! どうするべきかじゃなくてどうしたいのさ! 今の父さんはまるで機械だよ!? 冗談が好きで明るい父さんは何処に行ったの?」
「したいことですか。そうですね……少なくとも、この世界には凛が居ません。彼女の居ない世界に僕の満足は有りません。なので彼女が死なない世界を作らなくてはいけません。確かに彼女は貴方達から見れば間違いなく狂人だったことでしょう。しかし僕の本質を知って尚、僕を人間だと言ってくれた。僕の本質に見合った居場所をくれた。彼女の居ない世界なんて僕には考えられない」
本質?
「本質? どういうことですの?」
「僕はね、先天的に他人に同情とか共感とかできないんだよ。目の前で幾ら血を流す人間が居ても衛生面の問題しか気にならないし、目の前で幾ら涙を流す人間が居てもうるさいとしか感じられない。それはそれという奴だね」
「ど、どういうことなの父さん……?」
「一般的に人でなしという奴ですね。具体的に言うと妻が親の命を奪うところを平然と見逃し、君に対して何の良心の呵責も無く十七年間一緒に暮らしていました」
なんだそれ……?
母さんは分かりやすく狂気に染まっていた。だけど父さんの異常はまた違う。俺には何を言っているか理解できない何かだ。
「貴方ね! 元の世界で自分は医師だったと言っていたじゃないの!?」
「言語化による理解をしたとしても、一人一人の患者に共感なんてしていられないに決まっているじゃないか。正確に観察して不安を抑える為の振る舞いはノウハウさえ学べば誰でもできるよ。むしろ心情を抑えることに慣れている分、僕のような人間の方が上手く演じることができた」
「でも父さん! 俺と居た時の父さんは仕事以外でも真面目で優しくて……」
「それは僕の父、すなわち佐助君の祖父にあたる人間の指導の賜物です。親の言うことは聞くものですからね。それに、内心はさておき善良に振る舞うことは社会的に有利に働きます。その証拠に君はニャルラトホテプにすら心を冒されない真っ直ぐな人間に育ちました。正直言って君が凛に似なくて本当に良かった」
「た、確かにそれは同意するけどさ!」
「そうでしょう?」
でも同意しかできないのが本当に悲しいよ父さん……。
「それと父さんの居場所ってどう関係あるの!?」
「僕はこの通り僕だ。だからだろうかね。宇宙的真実も、おぞましい神話生物も、神々の名状しがたき御姿も、僕は僕の生活の邪魔にならない限りどうでも良い。発狂とやらができないんですよ。魔術を学ぶ上でこれ以上の素質は無いでしょう? 凛のお陰で僕は魔術師という天職に出会えた。彼女には感謝しているんですよ」
「狂ってる……」
やはりというかなんというか、母さんとまた別のタイプの狂気の持ち主だ。到底俺には理解できそうにない。だけど、止めなくちゃいけない事は分かる。
「佐々総介、いいえアマデウス……ワタクシ貴方について良く分かってよ」
俺の思いを感じ取ってだろうか。
「何が?」
ナミハナが父さんに向けて不意打ち気味に仕掛ける。
「貴方との話し合いは無意味ってことよ!」
ラーズグリーズが紫電を纏って突進し、生身の父さんに向けてドリルを振り下ろした。
「そうですか?」
ドリルが直撃する寸前、父さんはナミハナのラーズグリーズに向けて手を
「ナミハナ!?」
次の瞬間、ナミハナと彼女が載るラーズグリーズの姿が消えた。
「やれやれ……一見無意味に見えた会話でもこうやって僕に抹消されないための時間稼ぎにはなったと思うんだけどな?」
「ナミハナアアアアアア!」
一瞬の、あまりに一瞬の出来事だった。
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「死んでしまえよおおおおおおおおおおお!!」
常軌を逸した父・総介の振る舞いに怒りを爆発させる佐助。
「凛は貴方の母であったかもしれませんが、僕の母ともなる女性だったのです!」
だが本性を露わした総介もまた己の感情を爆発させ、二人はついに決定的な対立に至る。
ただ、幸せになりたかった。
積み重なる思いは焔となり、全てを灼き尽くす。
その先に有るのは混沌か、虚無か。
次回、斬魔機皇ケイオスハウル 第五十話「君だけが望む全てだから」
それでも許しあえる日を夢見て。
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