第48話 祝福よ、在れ

 前回までのケイオスハウル!


 混乱に乗じて転移魔法によりカダスまで連れてこられた佐助!


 リンと一対一になる窮地を救ったのは、彼の身体の中で休息していたアトゥだった!


「ふふ……素敵よ。そこまで神と心を通わせる才能が有ったのね。やっぱりこの手で育てたかったわ」


「大丈夫よお義母様、親が無くても子は育つわ。特に、貴方のような人が居なかったからサスケちゃんは我輩好みの良い子になったのよ」


「あら手厳しい」


 アトゥの助けを借り、佐助は再び立ち上がる!


「たった半年程度だけど、俺が全力で生きてきたこの世界、このアズライトスフィアが俺の居場所だ! 俺の帰るべき場所だ!」


 起動せよケイオスハウル! 命の叫びを響かせろ!


********************************************


 アズラク☆ウルタールとケイオスハウルは正面からぶつかり合う。


 鋼と鋼の響きあう音、舌を噛みそうになる振動、ケイオスハウルより二回り以上小さい筈のアズラク☆ウルタールがケイオスハウルと正面から力比べをしている。


「馬鹿な!?」


「流石にアズラク☆ウルタールと同じ双発神機関ツインドライブシステムを持つ機体ね。性能だけで押しつぶせない敵なんて何時以来かしら?」


 俺は手元のコンソールをいじってバズーカとミサイルの使用を選択。ケイオスハウルの重装甲なら至近距離で爆発させてもこちらのダメージは少ない。


「チクタクマンが居ないと不便だな!」


 至近距離で起きる大爆発。


「きゃっ!?」


 小型機であるアズラク☆ウルタールはその勢いに耐え切れず、態勢を崩した瞬間をケイオスハウルに抑え込まれる。


「今よサスケちゃん!」


 アトゥがケイオスハウルの隠し腕を操作してアズラク☆ウルタールの小さな身体を軽々持ち上げる。


「隠し腕!?」


「今までの戦闘で使った事が無かったから、予測が出来なかったか? チェックメイトだ」


「しまっ――――!」


 完璧だアトゥ。良くやってくれた。


「ゴッドハァァアアアアウル!」


 持ち上げられて身動きの取れない猫に対して浴びせかけられる神の雄叫び。


 薄い装甲の機体ではこの一撃には耐えられない筈だ。


 魔力障壁を展開して必死に耐えているが、ケイオスハウルの隠し腕によって全身の自由を奪われた状態ではそう長く保たない。


「まだまだあ!」


 その時だった。三体のアズラク☆ウルタールの分身が突如として現れ、ケイオスハウルに背面と側面から襲いかかる。


叡智裂く鉤爪クローズ・オブ・ヴリル!」


 繰り出した鉤爪そのものはケイオスハウルの装甲によってあえなく弾き飛ばされるが、直撃の瞬間だけケイオスハウルの全身を巡っていた膨大な魔力が雲散霧消する。


 これだけ大量に有った魔力が何処へ!? 


「機体が動かん!」


「サスケちゃん! 逃げられるわ!」


 その隙にアズラク☆ウルタールが全身に仕込まれたブースターを使って身を捩り、隠し腕の拘束から逃れる。


 振り回した鉤爪が隠し腕の関節部分に当たって真っ二つになった。


「やだ、ごめんなさい!」


 だが大した問題ではない。なにせ半年間にも渡って一体化し続けた機体なのだ。


「……まあ構うことはない。修繕は終わる」


 完璧な状態を想像し、想起すればチクタクマンの仕掛けによって勝手に逆行が始まる。丁度、明晰夢のようなものだそうだ。そうあれかしと念ずるだけで良い。


「重武装、重装甲、高速再生、弱点が見当たらないわね。その機体」


「これは俺の相棒が俺の為に作ってくれた最強の機体だ。弱点なんぞ有ってたまるか」


「邪神が相棒? この戦いが終わったら貴方は裏切られ切り捨てられるとは思わないの?」


「そうしたら今まで助けてくれたことを感謝するよ」


「そう! それは素敵ね!」


 ぶっちゃけ弱点は有る。逃げる敵を追いかけられないのだ。今もアズラク☆ウルタールがケイオスハウルの射程範囲外へ逃げられたらどうしようかと思っている。


 流石にアマデウスと合流されては俺も勝ち目が無い。


「貴方達から教わったことだよ!」


 ハウリングエッジを構え、地面に叩きつける。その一太刀が大地を砕き、アズラク☆ウルタールを地割れへと飲み込む。


 だがアズラク☆ウルタールは通常のエクサスと同じ人型を捨て、一瞬で猫の姿へと変形し、重力を無視した動きで地割れから飛び出す。


 割れ目から降り注ぐ溶岩弾も器用に躱し、再び接近戦を挑むつもりらしい。


「勝ったような口ぶりだけど、舐めないで欲しいものね!」


 四体に分身、それがまた分身。合わせて八体。


 四方八方から襲い来るアズラク☆ウルタール。


 攻撃力自体は大したことないが、一撃でも喰らうと魔力を掻き消されるあの攻撃は厄介だ。


 ケイオスハウルの装甲自体は破れなかったが、何か概念的な領域での破壊を行っているのだと思われる。あまり連続して喰らうと良くないことが起きる気がする。


燦然なりしシャイニング我が魂トラペゾヘドロン!」


 機体そのものに宿るアトゥを召喚。普段のような省エネ版ではない。


 全身全霊を込めた完全な状態での召喚だ。俺が今まで感じた悲痛、嘆き、憎悪、狂気を受けて咲き誇る金城鉄壁だ。


 圧倒的熱量と質量を持つ黄金の大樹がケイオスハウルを包み込むように聳え立ち、アズラク☆ウルタールの攻撃を止める。


 そして動きが止まったアズラク☆ウルタールに対し、ケイオスハウルの三つの目から放たれる名状しがたき光条が炸裂する。


 うねり、曲がり、アトゥの捻くれた水晶の枝葉の隙間から溢れ出す光の帯は全ての分身をまたたく間に捉え、その鋼の装甲を分解して砂へと変えていく。


「流石に神同士の戦い、決着がつかないわ。この規模の魔術戦はリンも初めてだからびっくりだよ」


 アズラク☆ウルタールが灰の中から再び立ち上がる。機動性・攻撃力・分身・再生。こいつも大概卑怯な性能だ。


「一切を守り癒やす力を持つ慈愛の猫神バステトと一切を破壊する人類種の天敵獅子神セクメト。最強の盾と矛を持っているみたいだが、生憎と今の俺達は相当強い」


 セクメトという神は古来もっとも多くの人間を殺した神と聞く。ならば人類種相手の何がしかの権能を持っている筈だ。だが俺とアトゥではそれが発動できなくなっている。


 それがリンが俺達相手に攻めあぐねている理由だ。


「そうね佐助ちゃん。今の貴方は霊格こそ低いものの人間としての身体がこの世界に有るお陰で神の力を無制限に使えるし、アトゥちゃんは世界中で流血と怨嗟が有るせいで大規模なバックアップを受けている」


 ただその分リンは再生と防御に全てのリソースをつぎ込める。俺相手に千日手を繰り返せば何時かは父が儀式を終え、奴らの目的は達成される。


「どちらかの魔力切れを狙うしか無い。泥沼、か。無駄な戦いだ」


「サスケちゃん」


「どうしたアトゥ?」


「私を置いて先に行きなさい。サスケちゃんとの契約さえ繋がっていれば、この女の足止めくらいなら我輩一人でも出来るわ」


「駄目だな。リンは間違いなく奥の手を隠している。降神術に特化した家系なら対神魔術の一つや二つくらいはほぼ間違いなく有ると考えて良い。だからこそ対人特化のセクメトなんて神と契約しているに違いない」


「……もう、こんな時でも我輩教えられてばっかりね」


「俺は助けられてばかりだ。正気度を保っていられるのはアトゥのお陰だからな」


「ちょっと佐助ちゃん? リンを無視してストロベリー振りまかないでくれる!?」


 爆音、そしてそれより疾くこちらへ詰めより鋼爪を振りかざすアズラク☆ウルタール。


 緋色の爪とハウリングエッジが正面から幾度もぶつかり、その度に起きる衝撃波が周囲の岩を砕く。


 猫のような姿を自在に活かし、尻尾までバランス取りに使って前足後ろ足を自在に振り回す彼女の攻撃に俺の反応速度は追いつけない。


 徐々に、徐々に、正面からの攻撃で俺の方が窮地へ立たされる。


「このケイオスハウルを力押しで破るつもりか!」


「勘違いしないで頂戴。出力は同じよ。操る対象の基本骨格の想定、周囲を取り巻くあらゆる状況の判断、そして自分とエクサスを繋げる魔力の循環、その全てにおいて貴方がリンに劣るだけ。遅いだけ」


 霊格、内包概念、魔力、全てが対等になったその先に有ったのはごく当たり前の力量差。今まで性能で相手を押しつぶすのが当たり前だった俺にとっては初めてぶち当たる大きな壁。


「それに貴方は総介様と思考パターンが良く似ている。リンの才能と総介様の頭脳。嗚呼、考えるだけで愛おしくなってこの刃を止めたくなってしまう。抱きしめたくなってしまう」


「狂人の戯言に付き合うつもりは――――無い!」


 俺が勝負を決めるべく、全速力で剣を振り下ろそうとしたその時だった。


「遅い!」


 突如として俺の周囲に魔法陣が現れた。


 見覚えがある。あれは旧神の印エルダーサイン。旧支配者や外なる神の影響を妨げる為の拘束術式。


「――――うっ!?」


 ケイオスハウルの動きが一気に鈍る。


「急所は外してあげるわ佐助ちゃん! 死にかけても赤ん坊まで戻して育て直してあげるから!」


 アズラク☆ウルタールのカメラアイが光り、ケイオスハウルの腹部へと牙が突き立てられた。装甲は食い破られ、その隙間から爪が入り込む。


「やめ――」


 コクピットの外壁が切り裂かれ、俺へ向けて再び魔猫の爪が迫る。


「もう一度家族になるにはこれしかないじゃない!」


 思わず俺が目を瞑ったその瞬間だった。


「サスケちゃん危ない!」


「……えっ?」


 生暖かいものが全身に降り注ぐ。


 俺は漆黒の液体塗れになっていた。


 破壊の爪は俺の身体から逸れて背後に有るコクピットの壁を貫いている。


「アトゥ……?」


「なによそれ……リン知らないわよ、そんな動き。なんでよ。なんでそんな……」


 人間に近い姿に戻ったアトゥが俺の目の前で爪に突き刺されていた。


 爪を引きぬかれて俺の膝の上にアトゥが落ちてくる。


 腹の中央には風穴。人間ならば肉や臓物が有るべき場所には黄金の結晶体。そして血液が流れる代わりに漆黒の原形質が溢れ出ていた。

 

「アトゥのママは素敵なママだったわ。私が旅立つその時まで、愛することが素敵なことだと教えてくれたもの」


「アトゥ! 喋るな今治す!」


 リンが目の前に居るにも関わらず俺は記憶の中で必死に治癒の呪文を探そうとしていた。だが思い出せない。ケイオスハウルを修復する為の呪文は有っても、傷ついた生き物を治す為の呪文が浮かばない。


「無駄よ、サスケちゃん。サスケちゃんが幾ら神と一体になったとしてもセクメトに比べれば遥かに格下。この傷をどうこうすることはできないわ」


 アトゥはそう言って穏やかに微笑む。指先から徐々に金色の粒子になって崩壊と消滅が始まっているのに、何故そんな笑顔で話ができる?


「下手に喋るな! そんなことしたら……」


「泣いてくれるのねサスケちゃん。私の為に涙を流してくれるなんて」


 分かりたくない。その理由なんて俺は分かりたくない。アトゥが消えなければ何だって良い。良いのに……。


「……降伏なさい佐助ちゃん。今ならリンがその娘を治せるわ。元々治癒魔術は得意だもの。リンがつけた傷をリンが直せない道理は無いわ!」


「母さん! あんたって人は……!」


 正直、心は揺れていた。


 だがアトゥが俺の手を強く握り、首を左右に振る。


「アトゥ!」


「良いの……今、やっとサスケちゃんを独占できたんだもの。守ってあげられたんだもの。満足よ。こんな私にもお腹いっぱい誰かを愛することができるのね」


「アトゥ!? 何をするつもりだ!」


 彼女は俺の手を強く握ったままリンを睨みつける。


「リン=カルタ……一つ聞かせてちょうだい? 今、どんな気持ちかしら?」


「気持ち? そんなの良いからこれ以上喋らないで! リンでも治せなくなるわよ! 神だからって自分が不死身か何かだと――」


 アトゥは底冷えのするような笑みを浮かべ、リンに告げる。


「もう分かっているでしょう? 貴方は既に敗北している」


「何がよ!?」


「貴方にサスケちゃんは守れないし、貴方の為にサスケちゃんは泣かないわ」


「――――――――ッ!」


 沈黙するリン。


 勝ち誇ったように嘲笑するアトゥ。


「貴方と私は似ている! だけど違う! 違うのよ! その魂擦り切れるまで己の醜さ愚かさを呪うことねぇ! フフ……アハハ、キャハハハハハハハ!」


 這い寄る混沌ニャルラトホテプ。その本質をまざまざ体現するかのように、わらい、わらい、わらい、嘲笑わらう。


「アトゥ!」


 俺の受けている精神負荷をエネルギーに変えればまだアトゥは自己再生ができる。そう思った。そう思って彼女を強く抱きしめた。


 でも、俺の胸からは何時まで経っても悲しみが消えていかない。


「駄目よサスケちゃん。貴方の涙は貴方のもの。貴方の涙は私の宝。私は貴方が好き。だから――――食べてあげない」


「アトゥ……!」


 そう言って微笑んで、そしてアトゥは光の粒子となって消えた。


 涙が一滴、掌へ零れ落ちる。


「なんでよ……なんでこうなるのよ……? 神々ってものは! 何時も何時もこれよ! 何故リンを、人を幸せにしないの! システムにすぎない、事象に過ぎないものが! 何のための神よ!」


 胸が張り裂けそうだった。


 恨み言がおもわず零れる。


「父さん、母さん。何故俺も一緒に連れて行ってくれなかった。何故俺を普通の子供として育てようとした。どうして一緒に居てくれなかった!」


 言ってから気付く。これがあるいは母への止めになってしまうのではないかと。だがもう遅い。放たれた言葉の矢は過たず彼女へと突き刺さる。


「ごめんなさい……今更止まれない! 止まれないのよ!」


 神猫を宿すリンのエクサスがもう一度爪を俺に向けて振り下ろす。


「……そうだよな」


 だが、もう俺に負けは無かった。


 ケイオスハウルの両腕の装甲を犠牲にして爪牙を喰い止める。


「なによそのやる気の無い動きは! そんなことで心が折れたとでも――」


「データ解析完了、機械融合を開始する」


「機体が!? まさか――」


 リンのエクサスが完全に動きを止め、その全身から歯車やネジや鋼材や電子回路がぼろぼろと溢れだす。内部の機械構造を分解することで魔術自体を行使不能としているのだ。


「ザッツライト! 私達もやっと追いついたんだよ……少し遅かったようだがね」


 突如として左腕に現れた妖神ウォッチ、そしてその中のチクタクマンの喋り方は普段より少しだけ大人しい。


「そんな、負けるの!? こんなんじゃリンは、こんなことなら私は、一体何の為に……」


 悲痛な叫びが無線の向こうから聞こえる。


 分かっていた。この人も邪神によって道を違えた哀れな人間に過ぎない。ただ少し、救いが訪れるのが遅かったというだけだ。


 冷静になってみれば、すぐに分かる筈のことだったのに――――。


「嫌、嫌、嫌! 嫌よ! 私の力に不足は無かった筈なのに! なんで、この程度の侵食! 私ならすぐに対抗呪文だって、ああ――――!」


 傲慢な魔法少女であり、歪んだ魔女であり、愛に溢れる母であり、夫を愛する妻である。その全てであることは成る程彼女に力を与えたのだろう。だがその有り様を突き詰めれば陥るのは自己矛盾。


 心を乱した人間に魔術を扱うことはできない。


「母さん。どんなに歪んだ形であっても、俺は貴方に愛されていた。それは絶対に忘れない。ありがとう」


「佐助……ちゃん?」


「許すよ、母さん。全部許す。ごめん、分かってあげられてなくて」


「佐助ちゃん、私は――!」


 その時だった。


 真紅の機体がロケットのような速度で目の前を横切る。紫電を纏ったその機体は、俺がその到来を知覚するよりも疾く、既に動きを止めてしまった蒼い機体を爆発四散させた。


 呆気無い。あまりに呆気無い。心が折れていたのは彼女の方だった。分かっていれば、アトゥと出会った時のようにちゃんと話し合っていれば。何かが変わったかもしれないのに。


「急に消えたから驚いたわ佐助! 無事でして!?」


 真紅の機体、ラーズグリーズからの通信だ。汚い仕事を押し付けてしまった。すまない、ナミハナ。


「…………」


 俺の沈黙からアトゥの不在を察したナミハナはそのまま押し黙る。


「行こう、ナミハナ。行こう、チクタクマン」


 遥か遠くに城が聳えていた。暗雲がその城を中心に渦巻いている。


 あの城だ。あの城に途方も無く巨大な何かが居る。


「こんな悲しいこと、こんな苦しいこと、もう二度と起こっちゃいけない……だから俺が戦う! 戦い続ける! その為に力を貸してくれ!」


「……ええ、当たり前ですわ。一生付いて行くと言ったじゃない」


「オーケー! 安心し給え、少なくともこの世界を救うまでは身命を賭して君と戦おう! 私は目的のためならば死さえ恐れない!」


 壊れた機体をチクタクマンに修繕してもらい、俺達は再び歩き出す。


 我が道程に祝福よ、在れ。


********************************************


 アトゥちゃん分かったわ。


 アトゥちゃんにこの世界をプレゼントしたパパもママも本当に素敵な両親だったんだなって。


 それを教えてくれる人が居て、愛してくれる人が居て、アトゥちゃんは間違いなく幸せだったわ。


 次回、斬魔機皇ケイオスハウル 第四十九話「さようならとは言えなくて」


 ああ―――アトゥの命は咲いたのね。

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