第47話 始源(アザトース)

 前回までのケイオスハウル!


「母さんの寿命を2年伸ばす為に四人か。誰を使った……?」


「貴方のおじいちゃんとおばあちゃんよ」


 四天王最後の一人にして最強の大導師グランドマスター佐々凛から明かされる衝撃の真実!


「あ゛あ゛あああああああ! お前ら絶対に許さねえええええ!」


 信じていた両親から裏切られた怒りを爆発させる佐助!


 激情のままにケイオスハウルを暴走させ、リンを生身のまま打ち倒してしまう!


 だがその代償は大きく、彼の正気を保つ最後のか細い糸は千切れ、その意識は深い混沌の中へと迎え入れられた……。


********************************************


「……ッ!」


 自分を認識した。消えていた筈の俺が居た。


 ゆっくりと瞼を開く。最初に目に入ったのは長い黒髪とつぶらな瞳。そして袖の濡れた純白の衣。


「起きたのねサスケちゃん! もうダメかと思ったんだから!」


「アトゥ!? 一体どうなってるんだこれは?」


 俺が目を覚ますとそこは見覚えの無い荒野の只中。


 ケイオスハウルは有るが妖神ウォッチもチクタクマンも無い。


 偶然俺の体内で休眠していたアトゥだけが側に居るという状況か。


「起きたらいきなり敵に襲われてるし良く分からない場所だし! 我輩が説明してほしいくらいよ!」


「だからアトゥちゃん? リンは敵じゃないって言ってるのだけど? 佐助ちゃんが暴走しそうだったから周りを巻き込まないように慌てて佐助ちゃんを運んできたのだけど?」


 遠くから声が聞こえる。その方向を見ると猫耳を生やした母さんが猫耳を岩の上に腰掛けていた。


 なんで生きているんだろうこの人。なんでホッとしているんだろう俺。


「幾らアマデウスの所で働いていた時の上司でも、そんなフリフリ猫耳衣装を着た怪しい女なんて信用できないわ! しかも旧神の匂いまでさせて! アマデウスの下で働いていた時は我輩を騙していたのでしょう!」


「騙していたし悪気も有ったけどリンはアトゥちゃんの敵じゃないわ! むしろ味方! 敵を騙すなら味方から! だからお話しましょう!」


 このナチュラルに人を人とも思わない物言い。もう泣けてくる。誰か俺の母親になってくださいお願いします。


「待て、アトゥ。旧神の匂いってなんだ?」


「あら? 気づかないのサスケちゃん? あのリンって女は――」


「佐助ちゃんが二柱のニャルラトホテプをその身に宿すように、私も二柱の旧神と契約しているのよ! さすが親子ね!」


「あのロリがお義母様なの!? やだご挨拶しないと!」


 そうか、アトゥは寝てて今までの話の流れ分かってないのか……。


「ねえアトゥちゃん今何か呼び方おかしくなかった? 佐助ちゃんの母としてちょっと言いたいことがあるんだけど」


「サスケちゃんのママなら我輩のママも同じよ! 失礼したわねお義母様! 感動の親子再会じゃない! 我輩嬉しいわ!」


「あら、そう思ってくれるのは私も嬉しいわね」


 ん? ああいかん。こいつら気質が一緒だ。放っておくと際限なく盛り上がる。


「つまり我輩お義母様公認ヒロインレース思わぬ一等賞!? 果報は寝て待てって奴ね!」


「確かに人間と神の交配なんて魔術師の家系だとよくあることだし、そっちの方が一族の魔術を受け継ぐにしても優れた子孫が生まれるでしょうね……けど絶対に認めません! よりにもよってニャルラトホテプなんて! 例え一族が栄えても佐助ちゃんが不幸になるわ!」


「今更真っ当な母親面するなよ!」


「あら、私は終始母親面よ? だって早死したことを除けば真っ当な母親だもの」


「真っ当な親が自分の親殺して良いのかよ!」


「リンが手を下さなくても長くなかったし、少し分けてもらっただけで吸い殺しはしなかったわよ? リンだって腐っても元魔法少女だしよ。というか何時殺したって言ったの? ま、リンは佐助ちゃんの為なら殺されても構わないけどね」


 嘘だろ母さん……?


 なんでお前が、なんでお前が平然とそんなこと言えるんだよ。


 悪逆非道の魔女じゃないのかよ?


 俺は、俺はどうすれば……!


「……あっ、ああ……あああああ!」


 俺は激情に駆られてあんたを殺そうとしたんだぞ! なのにそんなこと言われたら俺は、俺はどうすればいいんだよ……。


「激昂などの感情の変動による忘我、そしてそれに伴う神との融合。我々魔術師はそれを神化と呼び、高次存在との接触の為にしばしば用いた。リンの生まれた家ではその研究が盛んだったわ。つまりその血を受け継ぐ貴方もその気になればそれが出来る筈なのよ。さっき私を殺そうとした時のように、ね」


 呼吸が上手くできない。崩れ落ちそうになる俺の手をアトゥが握る。


 動揺も、絶望も、苦痛もゆっくりと彼女の中へと吸い取られて消えた。


「落ち着いてサスケちゃん。今の貴方は限りなく神に近づいているわ。人で居たいなら心を穏やかに保って」


 神に近づいている? さっきの黒く染まった両腕はそういうことか。だったらもうこれ以上激情に呑まれては行けないのも分かる。先ほどの暴走を繰り返す訳にはいかない。


「ふふ……素敵よ。そこまで神と心を通わせる才能が有ったのね。やっぱりこの手で育てたかったわ」


「大丈夫よお義母様、親が無くても子は育つわ。貴方のような人が居なかったからサスケちゃんは我輩好みの良い子になったのよ、きっと」


「あら手厳しい。もっと可愛げの有る子連れて来なさい佐助ちゃん。あのナミハナちゃんとか良いわね。ママの好みよ」


「黙れ! あんたは此処で俺が止める! 俺が決着をつけなくちゃいけないんだ! お前みたいな奴がこれ以上俺の大切な人に触れるな!」


 母さんは悲しげにため息をついて項垂れる。


 遠くからでも目元が潤んでいるのは分かったが、もう心を迷わせる暇は無い。


「貴方をこのカダスの荒野まで連れて来た以上、私の目的は達成された。そうなっても構うことは無い。だけどその前に一つ良いことを教えてあげるわ。虚無教団テスタメントが何を目指しているかを知りたいと思わない?」


 カダス? ドリームランドの中心地じゃないか。


 さっきの戦闘で倒されそうになっていたのはあくまで演技で、最後の瞬間に間違いなく俺だけを連れてくる為にチャンスを狙っていた訳か……。


 俺が暴走したのもこいつの狙いじゃないか?


「そうやって俺をまた言葉で惑わそうとするんだろう!」


「佐々総介が目指す理想。それはこの宇宙の根源であり、空間の全てに遍在する真理、すなわち始源の虚空アザトースとの一体化よ。貴方がそうやってニャルラトホテプと一緒になっているのと原理は同じ。だから今なら貴方も理解出来ると思ったのだけど……」


 俺は言葉に詰まる。


 このまま殴りかかるのは簡単だ。だがこの情報は聞いておく価値がある。それにもうこれ以上衝撃的な事実は無い筈だ。ならば大人しく相手してやろう。


「……くっ、そんなことをして何になる!?」


「ねえ佐助ちゃん。子供って本当に可愛いのよ。ナイ神父は自らの魔術を継承させ、真理の探求を続ける為の部品でしかないって言っていたけど、それは違う」


「会話してよ母さん! 質問したじゃないか!」


「簡単なことよ。真っ当な親なら誰だって神々アザトースの気まぐれ一つで潰れる世界に自分の子供を送り出したくないと思うじゃない?」


「……そうか」


 分かった、全て繋がった。


 ナイ神父の言っていた再創世リ・ジェネシスとはそういうことか。


 虚無教団テスタメントの掲げる幸福な世界という理念はそういう意味か。


「まさか父さんは自らが神になって世界を作り直すつもりなのか?」


「察しが良いわね。今も全世界を巻き込んだ儀式の最中よ」


「なんでアズライトスフィアで?」


「この世界はかつてドリームランドと呼ばれていた。そしてドリームランドは無数に存在する並行世界の夢が集う特異点。三千世界の改変を行うには最も適した場所だからよ」


「だからって世界中を混乱に巻き込むことは無いだろう!」


「単調なフルートと太鼓ではアザトースが目を覚まさないわ。戦火と砲雷、悪逆と非道、流血と悲鳴が必要なのよ。しかもこの世界が血に染まれば三千世界の夢が暗黒に包まれ、他の並行世界でも必ず騒乱が起きる。総介様も言っていたわ、だって」


 俺とアトゥは沈黙する。


「事情は概ね今説明した通り。佐助ちゃんはどうするの? やっぱりこの母が許せない? それとも今までの事情はさておき新世界の為に手を貸してくれる? でも佐助ちゃんならどうするのが一番利口な方法か分かっている筈よね?」


 俺とアトゥは顔を見合わせる。


「サスケちゃん。貴方の心に従いなさい。貴方がどちらを選んでも我輩は従うわ」


 分かっている。


 今ここでこいつらを止めたとして、残されているのは大混乱の中に叩きこまれた最悪の世界。俺が戻ったところで居場所なんて残っているかどうか分からない。今まで以上の憎悪と戦争に満ちる殺伐とした世界になっていることは間違いない。しかも失敗すれば父母の手で俺の仲間達はきっと皆殺しだろう。


 分かっている。


 今ここでこいつらを止めなければ、幸せで善意に満ちた最高の世界。世界の在り方として多少歪になったとしても父さんが神の力を得たなら上手く管理してくれそうだ。もし何か有ったとしても、俺が一緒に居てそれを正す為にアトゥやチクタクマンの力を借りて活動することだってできる。


 もし本当に俺の知る人々を守りたいならどうした方が安全かなんて分かりきっていることだ。


 だけど――


「俺、こいつら止めるよ……こんなの誰にも任せられない。他の誰でもない俺が二人を止めなきゃ駄目なんだ」


「やめなさい佐助ちゃん。貴方の居場所は私と総介様の間だけよ」


「違う。俺の居場所は其処じゃない」


「なんですって?」


「ナミハナが、ケイさんが、受付の双子が、ミリアが、レンが、シドさんが、紅蓮ホンリェンさんが、ユリウスさんが、ザボン島のギルドマスターが、多くの人が俺の帰りを待っている。信じてくれている」


「そんな、リンは、母さんは、貴方を待っていたのに!」


「たった半年程度だけど、俺が全力で生きてきたこの世界、このアズライトスフィアが俺の居場所だ! 俺の帰るべき場所だ!」


 リンは口をパクパクとさせながら手を震わせる。そして俺が意思を変えるつもりが無いと悟るとかぶりを振って深く溜息をつく。


「そう、それは残念」


 涙を拭って再び俺と目を合わせた彼女はもう息子に見捨てられた哀れな母親ではなかった。


「どんな形であれ、どんな親であれ、俺は望まれて祝福されて生まれてきた。それが分かった。もうそれだけで十分だ。俺はそれだけで生きていける。もう貴方達の手助けは不要だ!」


 己の為すべきことを為す。善であれ、悪であれ、貫き通した信念に嘘偽りは存在しない。


 好きにしろ、佐々凛。俺も好きにする。


「シャルルが自爆し、ナイ神父とミゲルが長瀬重工襲撃を行っている。貴方はすべてを知った上で総介様に歯向かうことを決めた。ならばリンが貴方を止めるしか無いわね。四大導師グランドマスター最後の一人として」


 母さん、いや大導師グランドマスターリン=カルタは空中へと浮かび、空中にできた魔法陣のステージへと飛び乗る。


 魔法陣を舞台に、魔法のステッキをマイクに、そしてまるで自身を偶像アイドルにか何かに見立ててリンは詠唱を開始する。それは正しく歌って踊る愛らしいアイドル。悪夢のような光景だ。


慈悲深き母猫女神いあ いあ ばすてと! 峻厳なる獅子女神いあ いあ せくめと!」


「来るわよサスケちゃん! 二柱の神の同時召喚が!」


「ああ、良いともさ――――」


 だけどやられっぱなしは此処でお終い。ペイバックタイムといこうじゃないか。


「――――起て、ケイオスハウルッ!」


 ケイオスハウル重装改のカメラアイが緑の光を放ち、俺とアトゥをその体内へと取り込む。チクタクマンが居なくても問題なく動くということはつまり……俺がもう一柱の神として認識されてしまっているということだろう。


 だが良い。それで構わない。この女を倒すことができるなら!


砂糖菓子より甘くて素敵な奇跡しゅがー しゃめっしゅ しゃめっしゅ誰にも渡せない宝物ばすてと つがー ふたぐん私にくれた神様ありがとうせるけと つがー ふたぐん!」


 魔法陣の中から腕を組んだ猫耳エクサスがせり上がり、リンは転移魔術によってそれに乗り込む。


 猫耳? そう猫耳だ。ピンクの猫耳に青いボディー。どう見ても頭おかしいがもう慣れた。


「出撃するわ! 神獣機・輝ける幻夢猫アズラク☆ウルタール!」


 魔力によって生まれる星の煌めきを纏うアズラク☆ウルタール。両手の緋色の爪を静かにこちらへゆっくりと向ける。


未来混沌へ至る最極いやはて咆哮さけび! 斬魔機皇ケイオスハウル重装改!」


 両腕から純白に輝く光の翼を展開し、力強く天に向けて腕を掲げるケイオスハウル。


 カダスの荒野に二機のエクサス、否、機械神が向かい合う。


「皆、もう少し、もう少しだけ持ちこたえてくれ」


 きっと遠い場所で戦っている仲間達のことを思う。彼等は俺が戦ってそして帰ってくることを微塵も疑っていないだろう。


 ああ、もう迷わない。


 こんな親でも、こんな形でしかぶつかることができないとしても、これがきっと母さんと俺が正面から向き合える最後の機会だ。


 彼女に勝って、親父に勝って、世界を守って俺は帰る!


 皆のところへ!


********************************************


 ついに始まる母との決戦!


 自らに眠る力を完全に解放した佐助に対して、リンは複数回の転生による圧倒的な知識と経験を駆使して互角以上の戦いを繰り広げる!


 双発型邪神機関ツインドライブを搭載する機体同士の戦いにより崩壊を始めるカダスの中で二人はぶつかり合う!


「フフ……アハハ、キャハハハハハハハ!」


「そんな、やめなさい――やめて!」


 そんな中ついにアトゥが邪神としての本性を表し……?


 次回、斬魔機皇ケイオスハウル 第四十八話「祝福よ、在れ」


 君は――神の涙を見る。

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