第45話 父と息子と時々ママン

 前回までのケイオスハウル!


 ついに明かされた衝撃の真実!

 なんと佐々佐助の父親は虚無教団の長、すなわち偉大導師エクス・グランドマスターだったのだ!

 それだけでなく彼の母である佐々凛までもが、魔術師である父の師として彼の隣に立っていた!

 信じていた日常、幼き日の思い出、守るべき世界の全てが崩れ落ちた佐々佐助は絶望の叫びを天に放つ!

「親父いいいいいいいいいいいい!!!!!」

 機械邪神譚! クライマックスへ!


     *


「今日はこの天を借りうけ、ギルドNo.3“神に愛されし子アマデウス”として皆さんにお話させていただきたい」


 スクリーンの向こうの俺の父親は、まるで患者に接する時のような柔らかな雰囲気で話し始める。


「この世界は病んでしまいました。かつて魔弾や私のような魔術師、そして剣聖のような戦士が世界大戦で邪神の勢力を宇宙そらへ押し返した理由を覚えていますか? それは我々人間が本来の持つ自由と尊厳を取り返し、この世界を平和で健全なものにしたいと思ったからです」


 父さんも戦っていたのか。正義を守る為に。理不尽を踏破する為に。

 じゃあ何故? 何故今になってこんなことをしている? アザトースの復活などという手段に訴えでた?


「今、演説を聞いている貴方は自由ですか? 貴方の人生に尊厳は有りますか? 仮に有るとしても、貴方の目に映る人はどうですか? 街の寂れた一角で貧困にあえぐ子供達、辺境の地で細々と生きるまつろわぬ少数部族、貴方達は彼等をどう扱ってきましたか? 貴方達は彼等のある者を保因者ハーフリングと呼び遠ざけ虐げ、また彼等のある者を邪教徒と呼び邪神の手先扱いして迫害しました」


 溜息をつく父さん。

 目元がうっすらと涙で濡れている。


「地下資源の為に村を追われた民族が居た。新型兵器の実験の為に地図から消えた島が有った。捨てたソフトクリームの包み紙を拾って舐める子供が居た。浮浪者の憂さ晴らしに殴り殺される子供が居た。私にはこれが嘆かわしい。虐げられし人間の為に立ち上がったというのに、今度は人間が虐げる側に回っている。私のやったことの意味は何だったのでしょうか? 少なくとも私は……こんな世界の為に邪神と戦ったのではない!」


 玉座の肘掛けを拳で打ち付け、父さんは叫ぶ。

 俺と離れていた間に一体何が有ったというのだろう?

 ナミハナと一緒に居ることが多かったせいで俺はこのアズライトスフィアの暗部について詳しく知らない。


「モニターの前の君よ! 私は、ギルドNo.3の名前を捨て、もう一度弱き者達の為に立ち上がることを約束する!」


 だが父さんは見ていたのだろう。あまりに多くの悲しい出来事を。俺達の元居た世界と何ら変わらぬ悲劇の重なりを。

 一体どれだけの時間見た? 一体どれだけの悲しみを重ねた? 俺には分からない。分からないけど……今の父さんは俺の知っている父さんじゃない。こんなの駄目だ。こんなやり方じゃ何も変わらない。こんな理に外れたやり方、感情的なやり方、俺の尊敬していた父さんのやり方じゃない!


 ――――待てよ?


 そうか、確かにこれは父さんのやり方じゃない。

 何か別の狙いが有るんじゃないか?

 そうか、そうか……まさか……!


「この理不尽に憤るならば我が巡礼に伴え! 同じくこの理不尽に嘆くならば我が巡礼に伴え! 私は、決して虚言を弄したり、誤魔化したりはしない! 従って私は、いかなる時も我が同志に対して、妥協したり口先だけの甘言を呈したりすることを拒否するものである! 何故なら私こそ神の子アマデウスであり、我が振る舞いこそ神の意プロヴィデンスだからである!」


 今、メガフロートの外は一体どうなっているのだろう。

 この演説に踊らされている人々も居るのだろう。

 駄目だ。こんなの弱い人々を踊らせる為だけの甘い誘い文句だ。今の状況に満足できない人、不満の有る人、そして立場の弱い人だけを「自分の意思で未来を掴みとるんだ」と思わせる扇動だ。


「父さん……そんな……」


 この流れなら間違いなく次に来るのは「君達自身が起ち上がれ」というような煽り文句だ。何故なら今までの演説に耳を傾ける人が待つのは、自分達のこれからの行動を“肯定”する言葉だからだ。

 彼等はそうやって「自らの意思でアマデウスに付き従った」と意気高々に破滅へ歩き始めるのだ。


「私は、我が理想の実現がおのずから達成されるとは諸君らに約束するつもりはない。我々が行動するのである、そう君達自身が手を取り合って行動しなければならないのだ! 君達自身の未来の為に! 汝、欲することを為せ!」


「「「「「「「然り! 然り! 然り!」」」」」」」


 画面外から無数の人々の声が聞こえてくる。

 あのカメラで映した映像の外側に、一体どれだけの人が居るのだろう。

 分かっているのか? 俺の父が行おうとしていることを。

 分かっててそのスクリーンの向こう側で叫んでいるのか?

 俺の問いかけに答える者は無く、大空のスクリーンに映しだされた佐々総介の姿は消える。


「……ユリウスから通信が来た。不味いな。全国各地でギルドや軍、そして大企業を目標とした武力蜂起が発生している」


 斬九郎さんは手元の通信端末を眺めながら溜息をつく。


「シット! なんてことだ! こんな形で我々に攻撃を仕掛けてくるとは!」

「苦しむ人々の心を束ねて養分にする。神だった頃の我輩と似たようなことをしているのね。なんだかやられたって気分だわ」


 チクタクマンとアトゥもこのやり方は予想外だったらしく、ギリギリと歯噛みしている。


「やるのうアマデウス! 異世界に政治家ヒトラーの名演説持ち込みチートか! そのうち儂の天下布武計画で真似してやっても良いかもしれんなあ」


 カラカラと笑う悪心影ノッブ。こいつもチクタクマンやアトゥと同じでこの戦いの後は俺達の敵に回りかねないのか。嫌な話だ


「なんですのアレ……!? 腹が立つことがあるって言うなら自分で戦えば良いじゃない! 何故他者を巻き込もうとするのです! ワタクシはあのような卑れ……あのような行いは許せません!」


 ナミハナは卑劣と言いかけて口をつぐむ。気を使ってくれているのだろう。


「そうだな、俺も許せない。あれは卑劣なやり口だよ。頭の良い人間ってのは、自分が他人を動かせることを当たり前だと思う。それを誰も叱ってくれないと何時の間にかああやって人間味も品性も失っていくんだ」

「佐助……?」

「なんだ?」

「…………」


 ナミハナは何かを言いづらそうにして、うつむいている。


「お前さん、親父が敵だと分かって動揺しているんじゃないのかい?」


 横から斬九郎が俺に問う。


「お父様!? 人が言おうとしたことを勝手に言わないでくださいまし!」

「お、俺は! 俺はトート神から父が虚無教団の首領であると教えられた時、覚悟はしたつもりです」

「トート神? あいつか……成る程ねえ。じゃあ良いさ。付き合ってやる」


 斬九郎さんは俺達に背中を見せる。


「これから俺は本社に戻る。アマデウスがどう動くにせよ、俺と長瀬重工は邪魔者だ。しかも婿殿と俺は殴りあってお互い弱ってしまった。今の内に何がしかの攻撃を仕掛けてくる可能性が高いんでな」


「お父様何をおっしゃっているの!? 大怪我してるのよ!? 腕も、足も、邪神の肉体で埋めただけの偽物じゃない! そんな身体で戦えて!?」

「考えてみろ娘。俺達一族の会社みたいな巨大企業はな。ああいう演説で喜ぶ連中にまず真っ先に狙われるぞ。俺が刀一本で手に入れた筈の社員が、富が、多くの物が損なわれる。俺にはそれが許せん」

「でも! だからってお父様が!」

「俺が行かなきゃお前や婿殿が戦ってしまうだろう。あいつらはな。自分より偉い奴、豊かな奴を人間と思わん。そうなった人間は人間ではない。畜生だ。そういう薄汚い畜生の相手を自分の子供にはさせられん」


 斬九郎さんは振り向かない。


「斬九郎さん……いえ、今はあえてお義父様と呼びます。具体案は有るのですか?」

「ユリウスに決死隊の編成を提案し、俺がそいつらを率いて本社から打って出る。敵の最優先目標は至高神アザトースに対抗しうる神の子ニャルラトホテプの力を使える俺と婿殿だ。俺が右府殿と可能な限り時間を稼ぐから、その間にナミハナを何処なりと連れて行け。誰に遠慮することはねえ、好きに生きろ。ま、運が良ければその間に俺がアマデウスをぶった切っているさ」


 何を言っているんだこの人は。

 それは俺とナミハナがアマデウスを仕留めに行って初めて意味を持つ作戦だ。アマデウスを倒さないかぎり、その決死隊と斬九郎さんがやることは只の終わり無きディフェンスだ。

 アニメじゃないのにそんなことやったって何の意味も無い。


「お父様!? 貴方は何時もそうやって勝手を!」

「待ってくれナミハナ」


 激昂するナミハナを抑え、俺は斬九郎さんに問う。


「……アマデウス、いや佐々総介と戦えとは言わないのですか?」

「俺は好きに生きた。好きに死ぬ。そんな男がお前達に何の命令を下す権利が有るって言うんだ?」


 自分がそうしたように、心のままに生きろと言いたいのだろう。己が正しいと思ったことをまっすぐに為せと言いたいのだろう。だけど――


「そんな、それでも……それでも子供に一言くらい有って良いでしょう? そうやって親が好き勝手やってると子供は何処を目指せば良いか分からなくなるんですよ。それを分かってくださいよ……!」


 声が震えていた。落ち着いていなかったのはどうやら俺だったみたいだ。情けないけど、俺もまだ子供だったんだな。


「……良いぜ、俺に勝った男の言うことだ。聞こう」


 斬九郎さんは振り返ってナミハナの瞳を見つめる。


「俺は勝手な男だ。死ななきゃ治らん。だから娘よ、俺は俺の勝手でお前達の為に命をかける」


 ナミハナの青い瞳がじわりと涙に濡れる。


「お前の母さんにそっくりで良い女になったな。もし俺が死に損なったら13番目だったかになる孫の顔を見せてくれや」

「……分かりました。せいぜい長生きしてくださいまし」

「応ッ! じゃあ行くとすっか右府殿。結局二人きりだなあ俺達!」

「にゃっはっは! 是非も無いネ! 子供らよ、また会ったら茶ァでも点ててやるから楽しみにしておれ!」


 去りゆく斬九郎に悪心影が寄り添う。きっと、初めてこの世界に来た時も彼等はこうして旅していたのだろう。だから最後の旅路もまた二人、か。


「……行っちまったな」

「そうね……本当に、勝手に……」


 去りゆく彼等の姿はあっという間に道の先へと消えた。

 隣のナミハナは何時の間にかポロポロと涙をこぼしていた。

 俺は珍しくおとなしかった二柱の邪神の方を見る。


「チクタクマン」

「安心し給え、君達の機体の修理はとっくに始めている。私は修理に専念するのでしばらく応答できなくなるが許し給え」

「そうか……。アトゥはこの後はどうする?」

「そうね~、我輩も疲れちゃったからサスケちゃんの体内で少し休むわ。戦闘になったら起こしてちょうだい」

「分かった。お疲れ様」


 二柱の邪神の気配が消える。


「ねえ佐助。貴方は側に居てくれるわよね?」

「勿論」

「そう……貴方はお父様と違って私の為だけに命をかけてくれるわよね」

「あの人みたいなこと、俺にはできないからな」


 ナミハナは涙を袖で拭い、優しく微笑む。


「ねえ佐助? 貴方の子供の頃の話でも聞きたいわ」


 この後は最後の戦いになるだろう。生きるか死ぬかも分からない。

 そうだよな。


「そういうのも、偶には悪くな――」


 俺がそう言い終わるかどうかの瞬間のことだった。


「――だったらリンも混ぜてもらおうかしら! まずは佐助ちゃんが生まれた日のことね!」


 俺とナミハナは突然声をかけられて慌てて振り返る。

 其処に立っていたのは先程まであの紫影差す大空に姿を映していたあの少女。

 俺を置いて若くして死した筈だった俺の母。


「嘘だろママン……?」


 彼女が此処に居るのはもはや突っ込むまい。だが違う。俺が突っ込みたいのはそういう部分ではなかった。


混沌カオスの空に導かれ、巡る定めの星が照る!」


 ビーズで装飾された黒の三角帽子、可愛らしいピンクのフリルのついた黒いローブ、大きな赤い宝石のついたステッキを構え、いかにも魔女っ子といった出で立ちの母親(肉体年齢推定13歳)が一般的には可愛いとされるだろうポーズを決めていた。


「注ぐ光は命の奇跡! 大導師グランドマスター☆リン! ただ今見参よ!」


 だが、だがその光景は……俺にとってあまりに冒涜的キツかった。


     *


「ママで! 魔女っ子で! 女王様で! 大魔導師! 即ち記憶を取り戻した今のリンが最強ってことね!」


 突如として現れた虚無教団テスタメント四大導師グランドマスターが一人、佐々凛!

 彼女は佐助とナミハナを佐々総介が待ち受ける遙かなるカダスへと誘う!

 臨戦態勢となる二人を前にして、まず凛は佐助に母親として語りかけるが……。


「あああああああああ! お前ら二人共絶対に許さねえええええ!」


 佐助の嘆きが宇宙そらを揺らす!


 次回、斬魔機皇ケイオスハウル 第四十六話「化身・佐々佐助」


 邪神奇譚、開幕!

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