第42話 斬九郎魔剣帳

 前回までのケイオスハウル!


 ついにナミハナの下に辿り着いた佐助!


 再会の勢いが余って二人は熱い口づけを交わす!


 だがしかし! 二人がいちゃつく間にパパはそういうの良くないと思いますと言わんばかりにナミハナの父である長瀬斬九郎が立ち上がってしまう!


 (色々と)危うし佐助! (色々と)どうする佐助! 可愛い末娘に手を付けられた父親は本当に怖いぞ佐助! 


 そういう訳で今回はブチ切れ金剛の斬九郎の視点から物語は始まるのである!!!!


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 ああ、今日はおそらく人生最悪の日になるだろう。


「重役会の決定により、長瀬ナルニア様を会長職から解き、新会長としてユリウス・キーリク・カルディア・ゼスティリア・ナガセ様、新社長としてナタリア・ミストルティン・ハルモニア・ナガセ様に就任戴く。皆様、依存は有りませんね?」


 十人の妻の中で最も信用していた一番目の妻に嵌められ、一番目の妻の息子である長男にまんまと権力の座を奪われた男。


 それが俺だ。


 若い頃はアズライトスフィア最強の剣士だなんて言われたが、いくら剣の腕が立ったとしても、こういう時には何の役にも立たない。


「貴方、来週から二人で旅行でも行きましょうね。偶には二人きりで」


 俺のクビを高らかに宣告した俺の妻は、悪びれる様子も無く俺の隣の席に座り、耳元でそっと囁いた。


 よくよく見れば小じわが増えてやがる。こいつは俺のせいだな。えげつないことする女だが、そこだけは罪悪感を感じないでもない。


「俺みたいな異世界人は戦が終われば用済みか、諸行無常よな」


「そうね、ところで何処か行きたいところはある?」


 周囲の重役共は気まずそうに目を伏せている。おそらく我が長男と我が第一夫人様に炊きつけられてにっちもさっちもいかなくなったのだろう。まあ良い許す。元々この会社も我が第一夫人様の父君の会社だったしな。


「ちっ……旅行先はザボンが良い。あそこのソフトクリームが久しぶりに食いてえ」


「あら! じゃあすぐに手配させるわ! 来週を楽しみにしててね! 二人でソフトクリームなんてまるで若い子みたいでドキドキするわ……!」


 俺達の様子を見かねた長男が咳払いする。


「馬鹿野郎、会議中だもっと小声で話せ」


「あら、ごめんなさいね」


「今日は厄日だ……」 


 俺がため息を吐いていると、会議室のドアが勢い良く開け放たれた。


 重役会の最中に邪魔が入る程の報告か。はてさて一体何が起きた。


 見覚えのないスーツ姿の女が慌てた様子で俺たちに向けて叫ぶ。


「会長! 大変です! 侵入者の討伐に向かった抜刀エクサス部隊が全滅です! 死亡者0、エクサスの全損が40、一時的狂気状態の隊員が半数を超えることから神話生物か魔術師による攻撃だと思われます!」


「…………」


 泣きっ面に蜂か。本社に曲者が入ってくるなんて良くあることだ。だが俺の鍛え上げた抜刀エクサス部隊で片付けられない敵は無い。そう思っていたんだが特にそういう事もなかったらしい。まさか死亡者0で丁寧に送り返されるとは……こいつは末代までの恥だな。


「犯人の特定は進んだか?」


「今のところ、千貌導師マスター・オブ・ニャルラトホテプによる単独犯だと思われます!」


 やはり奴か。ならば良い。ケイも喜ぶというものだ。


 俺が椅子から勢い良く立ち上がると、妻が何処から持ってきていたのか俺の愛用の大太刀を差し出す。


「どうぞ斬九郎様」


「会議室は武器持ち出し禁止だろうに」


「武器を持ってる貴方が一番男前ですもの」


「ったく、なーんでこんな女に惚れちまったかな。ありがとよ」


 俺は愛用の大太刀を受け取ると歩き出す。


「さて、一早い報告大儀である。名前は?」


 すれ違いざまに報告に来た女の名前を聞く。少し邪神の匂いこそするが良い女だ。事件が終わった後で口説いてみるか。次は邪神の血を受け継ぐ息子か娘ってのも悪く無い。


「ハオ・メイと申します!」


「……そうか。今後も我が社の為に忠を尽くせ」


「ありがたきお言葉……痛み入ります!」


「ところでこれから侵入者をぶちのめす。お前も来るかい?」


「え、ええと……」


「冗談だよ、ハオ・メイとやら。お前は命を粗末にするなよ」


 俺はその女の肩を叩いて今度こそ会議室を出ようとする。


「お待ち下さい父上! 重役会が終わってない以上、貴方はまだ長瀬重工の会長です。勝手な行動をされては私共も下の社員達も混乱いたします」


 だが後ろで長男が叫んでいるせいでつい足を止めてしまった。


「だからどうした」


 つい無視できずに返事してしまった。普段なら下らないことと切り捨てるのに、息子に言われると無視できないから困ったものだ。


「父上!」


「後で相手してやる。何せこれからは俺も暇になるからな」

 

 それだけ言い残すと俺は窓ガラスをぶち破ってビルの外へと飛び出した。

 

 下から吹き抜ける風があまりに心地よく、俺は思わず笑い出してしまう。


「はっはっは! こいつぁ良い! 血沸き肉踊る!」


 三十階建てのビルからの自由落下は久しぶりだ。しかも殺気を感じて顔をあげると、数百メートル先には俺に対して狙撃銃を構えた飛行型エクサス。よくよく見ればギルドNo.7“魔弾”の乗る機体じゃねえか。単独犯とかいうあの報告は誤りだったみたいだな。


 となると今回の騒動はギルドからの仕掛けか? まあ切ってから考えるか。


夢見守ゆめみのかみ、随分なザマじゃのう。どうじゃどうじゃ、身内に裏切られるのはつらかろう!?」


 自由落下中に隣から声をかけられたので、俺はその方向を見る。なんとびっくり悪心影……もとい信長様がいらしていた。


 こうしていると初めてこのドリームランドに来た日を思い出す。あの信長様が褐色金瞳ツインテ和服美少女という衝撃で異世界に来たショックが和らいだのを覚えている。自由落下の勢いのせいで信長様のお召し物がめくれているのだが、ひとまず黙っておいて眼福を楽しもう。


「は、は、右府殿が仰いますと説得力が違いますな」


「まあのう。儂も弟にも叔母にも裏切られたが、やはり慣れぬ。して、どうするのじゃ?」


 音より疾い弾丸が俺の眉間めがけて飛んで来る。だが俺に直撃する寸前に、少女が弾丸に手をかざし、黒い霧でその弾丸を吸い込んでしまう。


「なんにせよ、敵を切れば道は開けまする」


「左様か。それは面白そうじゃ。存分に暴れよ」


「御意に。それでは――――」


 俺は背中の大太刀を抜き放ち、次に飛んできた弾丸を全く同じ軌道で弾き返した。


 弾丸は飛行型エクサスの背中に有る翼を模した噴進機を貫いた。


「邪神剣の一が崩し、魔穿マガツ矢返し。とくとご覧あれ」


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 瞬殺であった。魔弾は適当に狙撃を弾き続けていたら勝手に襲撃を止めた。逃げた相手を追う時間は無いので勿論放置だ。


「いやー愉快であったのう! お主また腕を上げたな?」


「魔弾の奴のことです。余力を残して逃げ出したのでしょう」


 俺は信長様を肩に乗せてエントランスを駆け抜ける。


 エントランスは既に魔界と化しており、深きものどもや夜鬼といった神話生物が跋扈し、社員たちが逃げ惑っている。


「邪神剣の二、さざなみ


 信長様の持つニャルラトホテプとやらの魔力で右腕の関節を変形させ、まるで鞭のようにしならせながら片腕で大太刀を振るう。


 鞭の速度と大太刀の質量を併せ持つ斬撃がすれ違う神話生物を瞬く間になますへと変えていく。


「邪神剣の二、さざなみが崩し――――波花なみはな


 斬撃にニャルラトホテプの魔力を乗せることで、魔力の刃を四方八方に飛ばす剣だ。俺の近くに居る神話生物だけではなく、異界と化したエントランスで暴れまわる神話生物が全身の穴という穴から血を吹き出して砕け散る。


「会長! 来てくださったのですか!?」


「助かりました会長!」


「ここは危険です会長! お逃げ下さい!」


「うるせえぞお前ら! つべこべ言う暇有ったら武器をとれ、戦える奴だけついてこい! 怪我人は上の医務室まで退け! こんな馬鹿な戦で死ぬんじゃねえぞ! あくまでこれは俺の喧嘩だ!」


 戦場は楽しい。本当に楽しい。やっぱ大企業の長とか似合わないんだよな俺。

 

 こうやって殺したり殺されたりしている方が性に合う。


「……さあて、行くか」


 俺はエントランスを通り抜けて金庫室が有った筈の辺りまで走る。この辺りに来るともう殆ど異界だ。見慣れないオブジェや歪んだ回廊、奇妙な景色ばかりで嫌になる。


 曲がり角の向こうから数機の自律飛行砲台ドローンを連れた真紅のエクサスが飛び出す。


 あれは俺の可愛い初孫か。俺に自ら牙を剥いたことは褒めてやる。あの長男ユリウスよりはよっぽど見込みがある。少し相手してやるか。


「――――其処までだよ爺ちゃん!」


「おう、レンじゃねえか」


「誰だよその肩の女の子!」


「儂か? チクタクマンと同じニャルラトホテプじゃよ」


「爺ちゃんまた浮気かよ! これ以上叔父さんとか叔母さんとか増えても困るんだけど!」


「言っておくが浮気じゃない。俺は世の中の女の子が皆好きだ。まあそれはそれとして若い女の子も大好きだが、丁度お前のお祖母ちゃんくらいの心労で老けた女ってのも味わいがあるものさ。特に俺のせいでああも老けちまった女ってのが良い。情熱を秘めた肉体って言うのか?」


「そんな話聞きたくなかった!?」


 ところで、アステリオスは最新鋭だけあって乗り手である湖猫と機械の神経を完璧に繋ぐ特別な機体だ。故に中の人間の動揺はすぐさま機体の制御ミスに繋がる。


 要するに祖父から祖母との惚気話を聞かされた程度で過剰反応する思春期のガキには扱いきれないメカってことだ。


「隙ありだバカ孫」


 懐から数本の小刀を取り出して投げつける。


「邪神剣の三が崩し――――」


 投げつけた小刀は空中で魔術により誘導されて自律飛行砲台ドローンを突き刺し、動かなくなった自律飛行砲台ドローンを踏み台にして俺は孫のエクサス“アステリオス”へと飛びかかる。


「ああっ!?」


「乱れ飛び三段突き!」


 こいつは信長様の持つニャルラトホテプの知識とやらで見た未来の剣豪の技だ。卓越した歩法で相手の攻撃をすり抜け、風水の原理を応用した縮地で無限に相手を追いかけ続ける刺突技。


 俺はこいつに鎧徹よろいどおしの技も組み込んで、エクサスの装甲をぶち抜いて内部の重要機関だけを突き通すことができる。


「一丁あがりってな」


 孫のアステリオスは完全に沈黙する。とりあえずコクピットから引きずり出して後続の社員どもに預けておくか。


 そう思った時だった。アステリオスのコクピットの中から突如叫び声が上がる。


「ええい、僕ごとやれミリア!」


「ガッテンであります!」


「なに?」


 振り返るとミサイルの雨が俺の視界を埋め尽くしていた。誰だか知らないが殺気を完全に隠して不意打ちの気配を伺っていたのか。


 その向こう側には重武装の砲撃用エクサス……我社の新作サイコパルティアンのカスタムモデルだ。お得意様か、嬉しいねこいつは。


「――――邪神剣の一が崩し、火矢ミサイル返し」


 まあそれはそれとしてぶちのめすけどな。


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「かったりいなあ!」


 馬鹿孫及び謎の眼鏡美少女をエクサスから引きずり出して後から来た部下に任せ、俺は尚も走り続けた。あの眼鏡美少女はあと三年もすれば化けそうなので後で連絡先を聞いておこう。


 今の俺が目指しているのは俺の屋敷に繋がる大金庫。あれには特別な魔術が施してあるので、俺にはその場所が分かる。ともかくあれにたどり着かなければ千貌導師マスター・オブ・ニャルラトホテプには追いつけない。


 しかしもうすぐ其処に辿り着くというところで、俺は無人エクサス部隊とその隊長である有人機肉入り相手に足止めを喰らってしまっていた。


 既にその場に居た無人機は八つ裂きにしたが、中々どうして有人機の動きが鋭くて困る。


「俺を苛つかせるとは中々だ。賊の癖に粘るじゃねえか三下」


 鬼のようなデザインのエクサスの攻撃は苛烈だ。二本のメイスによる連続攻撃、そして不意打ちのように浴びせかけられる火炎放射。剣気で炎を切り払えなかったらとっくに死んでいただろう。


 とはいえ大太刀でメイスを受け流す度に、メイスからも炎が吹き上がり、俺の残り少ない髪が焦げそうになってしまう。こいつは困った。


「にゃははは! 老いたのう夢見守ゆめみのかみ!」


 左肩に乗って騒ぎ立てる信長様が居なければもう少し楽なのだが、この人はそういう人だ。それに惚れた弱みってものも有る。この人の前では最高に意気がってて最高に格好良い小僧でなくちゃいけない。


 右腕一本でもこいつは倒してみせたいところだ。


「右府殿、そりゃこの男に失礼だ。こいつは鍛錬の末にちゃんと強くなったんだからな」


「なんじゃ、機嫌を損ねたか? むう、本気にするでない」


「という訳だ坊主! そろそろ俺も右府殿も退屈してるんでよ。死にたくなかったら道を開けな。もうそろそろ手加減できねえぞ?」


「悪いな爺さん。この先でダチが何処ぞの狸爺にさらわれた御姫様を助けに行っているところでよ。今は通行止めなんだわ」


「気に入った。特にその啖呵と機体のデザインセンスが良い。なあお前、俺の近衛部隊に入れ。今回の狼藉を不問にしてや――――」


 殺気を感じて背後に向けて刀を振りぬく。


「邪神剣の一、矢返し」


 直感で振るった剣だったが、見事俺に近づく弾丸を打ち返すことに成功する。


 いつの間にか、俺の背後の物陰に狙撃手が居たのだ。


「危ねえ!」


 おや、あの狙撃手め。俺の邪神剣躱しやがった。


「もっとしっかりやれアヲノ! 小娘肩に乗せた爺さん相手だろうが! 後で腕立て百回だ!」


「軍に居た頃のノリは勘弁して下さいシド先輩! 無理なものは無理です! あいつ強すぎます!」


 妙に強いと思えば元軍人の傭兵コンビか。道理で骨が有る訳だ。


 だがこれ以上粘られると俺の娘を攫いに来た馬鹿の面を拝めなくなる。


 少しズルいが本気を出そう。


「右府殿!」


「良かろう!」


 俺と信長様は声を合わせ詠唱に入る。


「「我が剣は第六天より注ぐ虹霓! 魔王の指先、鏖殺おうさつの一刀!」」


 詠唱によって活性化したニャルラトホテプの魔力を借り受け、大太刀に纏わせたまま全速力で振りぬく。


「「邪神剣の四、死地転抜刀!」」


 大太刀を覆っていた魔力は斬撃と共に漆黒の奔流となり、目の前の鬼のようなエクサスと物陰に隠れたエクサスを同時に飲み込んでどこか遠くへと押し流す。


 壁を砕き、廊下を削り、天井を飲み込む一撃により、俺の目の前には巨大な道が出来てしまった。


「にゃっはっは! やっぱ斬九郎は無敵じゃのう! 天下に混沌を布くのはこの儂じゃあ!」


「それは良いけど金庫探すの手伝って下さい右府殿」


 ま、あの二人は運が良ければ生きているだろう。


「んー? おい夢見守ゆめみのかみ、あれがお主の探す金庫じゃろう?」


「おお! 流石ケイの奴が作っただけはある! 随分と丈夫にできてるじゃねえか!」


 大破壊の後、俺の大事な大事な金庫はニャルラトホテプの魔力を受けてなお傷一つ無く新しくできた道の真中にポツンと取り残されていた。


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「おや、お帰りなさいませ旦那様」


「お前が門番の真似事をしているのはまあ良いだろう。だが何故脱いでいる。ケイ」


 俺が返ってくると屋敷の前で上半身裸のケイが座禅を組んでいた。


「先程の戦いでつい脱ぎ捨ててしまいましてな」


「お前の弟子とかいう男か?」


「ええ、若かりし日の旦那様と違って素直で大人しく気の優しい少年です」


「そんな奴が俺の会社に乗り込んで娘を奪うかよ?」


「男というのは惚れた女の為ならばなんでもするものでしょう。例えば自らの正体がバレるのも構わずにニャルラトホテプの力を公衆の面前で使ったり、例えば自らの正気を投げ捨ててでもより大きな力に身を委ねようとしたり」


「俺の話か?」


「彼の話でも有ります」


 尻拭いには苦労しましたよ、と執事は笑う。思えばこいつとも長い仲だ。良くこんなところまで付いてきてくれたものだ。


「そうか……悪くない男だ。なあケイ、俺会長辞めさせられちまったわ」


「それはおめでとうございます」


「なに?」


「リタイア後は只の湖猫にでもなって零から再出発というのは如何ですかな?」


「……ほう、それ面白そうだな。ついてこいよケイ。ジジイ二人の腕利き湖猫コンビとか面白そうだぞ!」


「奥様方は放っておくつもりですか?」


「お前が面白い事言うのが悪い! どうせ会長とかいう面倒な役職から離れることができたしな! 俺は好き勝手に余生を使い尽くすとしよう! お前も付き合え」


「やれやれ、また私が怒られてしまいますな……」


 ケイは拳を握りしめ、ファイティングポーズを構える。かつて、俺と同じ夢見人から教わったという拳闘の構えだ。


「どうしたケイ?」


 ケイは俺を見てニヤリと笑う。


「夢見人だかなんだか知らねえがよ」


 ケイは俺と初めて会った日と同じ啖呵を切る。


「ここじゃ腕っ節が全てだ。俺を従えたいなら腕ずくで来な」


 ああ懐かしい。まるで昨日のことのように思い出せる。


「組み打ちか! 面白え! 悪いが右府殿、ここの仕切りは俺に任せてもらうぜ! 邪魔するんじゃねえぞ!」


 俺はケイに初めて会った日と同じ台詞でそれに応える。


 信長様はわざとらしく肩を竦めると俺の肩から降りる。


 俺は無言で信長様に大太刀を投げ渡す。彼女はそれを片手で掴みとる。


 そしてそこら辺の草むらに胡座あぐらをかいて、両膝の上に大太刀を乗せた。


「お主の好きにせい」


 その言葉が終わると同時に俺とケイはほぼ同時に拳を繰り出した。


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 なんとか勝った。だが全身ボロボロだ。左腕の骨とか折れてるに違いない。ケイの奴め、本気で殴りやがったな。


「あー……痛ぇ」


「なんじゃ、傷なら久しぶりに舐めてやろうか?」


 信長様は俺の隣で変わらずケラケラ笑っている。


「ば、馬鹿言うなよ。そんなこと右府殿にさせられるかっての」


「かかかか! お主ともあろう男が初心なことを言うではないか! こちらに来たばかりの頃は同じ布団で寝ることも有ったというに!」


「そ、そんなんじゃねえ! これは主従の問題だっての!」


「本当かー? 何か儂に言いたいこととか無いのかー?」


 俺は痛む全身を引きずりながら我が家へと帰り着く。


 玄関でもあるエントランスホールは広く、エクサスが大暴れしても問題が無い。十人の妻の為に広い家をつくろうとした所エントランスも必然的に大きくなってしまったのだ。


 そしてそのエントランスの中央にある大階段で不敵に腰掛ける少年が居た。


 俺と同じ東洋人だが、その瞳は驚く程冷たく鋭い。短期間に過酷な体験をしてきて生き延びてしまった修羅を宿す男の目だ。


 良い混沌力こんとんちからを感じる。ニャルラトホテプを否定もせず、かといって呑まれもしていない。こいつならば俺と対等に戦えるかもしれない。


「来たか、長瀬斬九郎」


「よう、お前が千貌導師マスター・オブ・ニャルラトホテプか」


「佐々佐助だ」


 佐々佐助は立ち上がり、こちらをその鋭い瞳で睨みつける。


「ナタリアを、娘を何処にやった?」


「貴様に教える義理は無い」


「お前さんとナタリアを引き離したからか? 俺を恨んでいるという訳か」


「そうだ」


 口数は少ないが、その冷たく鋭い瞳が雄弁に語っている。


 人見知りをするが篤実で腹の底に熱いものを秘めている男だと聞いた。


 今の俺は奴にとっては大切な女を奪った大敵である。この冷たい対応もあえて文句は言うまい。


「そうか……この俺と刃を交えてもあの女が欲しいか」


「欲しいさ」


 馬鹿な小僧だ。抱くだけならばもっと良い女が山と居るだろうに。だが、こいつが求めているのはそういうものではない。俺もそういう頃が有った。


「お前に俺が殺せるか!」


「殺してやるともさ!」


「お前が、俺の待っていた男だと言うのか!?」


「そうだ。ニャルラトホテプの力を使うのが貴様ばかりではないことを教えてやる!」


 思い出す。まだこのアズライトスフィアに来たばかりの日々、刃を振るい化け物どもを片っ端から切り伏せることしか知らなかった日々。


「お前が、俺の最高傑作に並び立てるというのかっ!?」


「そうだっ! ナミハナとしての彼女も、ナタリアとしての彼女も、俺が幸せにすると決めた!」


 そして栄華を極め、相対する敵が無くなった後の無聊。終わり無き目標無き鍛錬のなんと虚しかったことだろう。


「無理だな、この先お前もニャルラトホテプに呑まれるぞ! 心が壊れ、最初に持っていた願い以外の全てがゆっくりと摩耗し、傲慢になり欲深くなり周囲の人々を傷つける! そして最後はこのザマだ!」


「このザマ? ! 築き上げた物を失ったからなんだ! 息子と妻に裏切られたからなんだ! それでも前に進み続けているんじゃないのか! だからニャルラトホテプに呑まれずに居るんじゃないのか! 違うか! 違うのか! そうだろうそうであってくれ! 答えろ長瀬斬九郎!」


 悪くない。


 実に悪くない。


「……熱くなってきたじゃないか小僧。良いぜ、中々どうして悪くない。何故もっと早く俺の前に現れなかった!」


 大太刀を引き抜き、天に掲げる。


「我は鬼――ただ一刀に懸ける修羅――死して屍拾う者なし! ぶち殺してやるぜ! 悪心影ぇっ!」


 信長様の姿が光の粒子へと変わり、俺を包み込む。そして光の粒子は俺をコアとして、胸に三日月を刻んだ真紅の甲冑武者のようなデザインの中型エクサスへと再構成される。


未来混沌へと至る最極いやはて咆哮さけび! てっ、ケイオスハウル!」


 虫のようなデザインの漆黒の大型エクサスが地面からせり上がり、佐々佐助はその中に吸い込まれていく。


 俺達のエクサスは同時に刃を構え、睨み合う。


「小僧、テメエの啖呵は気に入った! だが娘は絶対に渡さん!」


「あの娘はお前の道具じゃねええええええええええええええええ!」


 俺達は同時に刃を繰り出す。


 悪心影の大太刀とケイオスハウルの両手剣が音を立ててぶつかった。俺はすぐさま鍔迫り合いで相手の出力を測る。どうやら互角だ。


「信長様」


「なんじゃ、その名で呼ぶとは無礼な」


「俺、死ぬかもしれねえわ」


 一太刀で直感わかった。太刀筋はまるで素人だ。尋常の立会ならば二合とかからず切り伏せることも出来ただろう。


 しかし扱う力のレベルが違う。あのケイオスハウルが巨象ならば、この悪心影は孤狼にすぎぬ。こんな体験は初めてだ。


 きゃつこそが我が生涯最後最高のに相応しい。


「所詮人間五十年じゃ。その時は一緒に死んでやる。お主が死ぬ時は儂のアズライトスフィア征服も叶わぬ夢になる訳じゃしのう」


「そうか、そりゃ良い。愛してるぜノッブ」


「こりゃ! お、お主という奴は!」


 今までに無い戦の予感に俺の心は躍っていた。


********************************************


 激突するニャルラトホテプとニャルラトホテプ!


 佐助の咆哮が、斬九郎の一刀が、大地を揺らし天を打ち砕く!


「褒めてやる! 俺と右府殿をここまで追い詰めたのはお前が初めてだ!」


 そして! ついに! 長瀬斬九郎がニャルラトホテプ“悪心影”の全力を解放する!


「よく見ていろ佐々佐助! これが俺の混沌力こんとんちからだ! 邪神剣の終、悪心影ぇええええええ!!」


 次回、斬魔機皇ケイオスハウル 第四十三話「ニャルラトホテプvsニャルラトホテプ!」


 邪神奇譚、開幕!

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