第41話後編 男の戦い
前回までのケイオスハウル!
ナルニア会長直属の抜刀エクサス部隊に包囲された生身の佐助!
絶体絶命の危機かと思われたその瞬間、アマデウスの発動した大魔術により彼は長瀬一族の邸宅に続くワープゲートと共にルルイエへと転移する。
待ち構えていた仲間達に後のことは任せて彼はナミハナの待つ長瀬一族の邸宅へと突き進む!
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俺は走る。走り続ける。だが見えている筈の邸宅に何時まで経ってもたどり着かない。
「思った以上に長いな」
「道がまっすぐで目指す建築物が大きい為に誤認してしまうが、長瀬邸はここから数km先に有る。少し走った方が良いかもしれないね」
「我輩は疲れたから休むわね……用事があれば起こして頂戴」
「ああ、さっきは負担をかけた。ゆっくりしていろ」
アトゥの気配が薄れる。次の戦闘までに彼女には回復してもらわないと困る。今は英気を養ってもらうとしよう。
「おい、生きておるか佐々佐助よ」
頭の中に魔術を用いた音声通信が届く。この妙に老成した雰囲気の有る少女の声はギルドNo.7“魔弾”だ。
「お陰さまで。ルルイエの様子はどうなってますか?」
「うむ、弟子の報告によればまあまあ良い感じで膠着状態じゃのう。ナルニア……いいや長瀬斬九郎は今のところ儂が狙撃で食い止めておるが……」
斬九郎? この女もナルニアの真名を知っているのか。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 何故貴方がナルニア会長の真名を!?」
「なあに古い知り合いで……ふは、あいつ刀一本で銃弾をこちらに打ち返してきおったわ」
キィンと高い音が通信の向こうから響く。銃弾と刀剣がぶつかり合って……今度は爆音? 何やら激しい戦いが続いているということしか分からない。
「成る程……余裕有りそうですし良ければ相手の戦い方やデータを後で送ってくださいませんか? 余裕有りそうですし」
「ううむ、やはり良い男じゃのう。腹の奥がこう……熱うなってきおるわ。これは五十年前に儂を振った報いを受けさせてやらねばな! ん? 何か言ったか?」
このスナイパーロリババア完全に私怨で参戦してやがった!
本当に今回の愉快な仲間達は皆考えていることがバラバラだな!
「斬九郎氏との戦闘が終わったらデータをこちらに下さい。あと早く本題に移って頂けますか。何か話す事があったから連絡したのでは?」
「むー? やれやれ若い者はせっかちでいかん。儂が伝えたいことは単純じゃ。お主は斬九郎との戦いを可能な限り避けろ。アマデウスの奴はどうにもお主と斬九郎をぶつけたがっているようじゃからな」
「アマデウスさんが?」
「根拠は有る。まずアマデウスの用意したルルイエには斬九郎を止める為の策が明らかに用意されていない。そしてお主がそちらに行った後、ルルイエの維持管理を口実にアマデウスの姿が消えた。お主の仲間が奮闘すれば抜刀エクサス隊とかいうあのトンチキな連中は食い止められるじゃろうが……斬九郎はあんなものでは絶対に止まらぬ。少なくともアマデウスが出陣して前線で戦わねばな」
「俺と長瀬斬九郎を食い合わせるのがアマデウスさんの目的だと言うのですか?」
「うむ、お主らの力を削いだ上で何かまた悪巧みをするのじゃろう。奴はそういう男じゃ。軍、ギルド、企業、様々な集団の暗部に一枚噛んで甘い汁を吸う。お主もせいぜい気をつけろ」
「覚えておきましょう」
「後これはおまけじゃがな。銀腕のケイと戦う時は初撃を躱せ」
「銀腕?」
「お主の目の前に居る男のことじゃよ」
「目の前? なんですって?」
俺が聞き返そうと思った瞬間、魔弾の気配が消失する。
それと同時に何もない筈の目の前の空間から濃密な殺気が突如として放たれた。
「誰だ!?」
「お久しぶりですな。サスケ様」
俺が驚いてよく目を凝らすと、俺の走る道の中央に燕尾服の好々爺が立っていた。
銀の髮、銀の髭、穏やかな笑顔。常に余裕を持って優雅な執事。
ケイ……ケイさんだ。
「ケイさん!? やっぱり待っててくれたんですか!?」
「ええ、待っておりましたとも。ただ一度、貴方と全力で戦う為に」
そう言ってケイさんは両の拳を構える。もうその顔は笑っていない。
まさかと思っていたがこの人も戦うつもりなのか……?
「…………」
「おやどうしたのですかサスケ様?」
「俺達が戦う意味が有るのですか?」
「例えサスケ様に無かったとしても私には有る。貴方は我が生涯の好敵手だった旦那様と同じようにニャルラトホテプの
考えてみれば言う通り……か。
俺は戦いたくないけれど、ここで戦わなければ男が
「分かりました。だったら良いんです。あの日、あの時、貴方が俺を信じて、貴方が俺を見守ってくれた。だから俺はここに居る。俺はそれを貴方に後悔させない為に戦います。貴方が仕え、そして育てた娘は俺が連れて行きます」
「ふっ……いつものサスケ様らしくもない饒舌だ。そんな姿さえ微笑ましい。だから教えてさしあげましょう。初撃だけは躱しなさいと」
そう言うや否やケイさんは燕尾服の袖から無数の銀食器を乱射。フォーク、ナイフによる不意打ちを喰らった俺は反応が遅れ、回避することができない。
「Mr.ケイ! 君にサスケはやらせんよ!」
チクタクマンが魔力障壁でフォークやナイフを弾き飛ばす。だが妙だ。攻撃の威力が思った程大したことない。
ナイ神父を仕留めた時のようなえげつない追尾も無い。しかしケイさんともあろう方がこんな手ぬるい攻撃をするとも思えない。どういうことだ?
いや待てよ、まさか――――!
「しまった!」
「ヘイ、サスケ! 早く動き給え! 何をぼーっとしているんだ!」
「身体が動かないんだ! 影縫いか!?」
首だけを無理矢理動かして辺りを見回せば、弾き飛ばした筈のフォークやナイフの全てが俺の影を突き刺している。
成る程、こうやって噂の初撃を確実に当てに来たという訳か。
「申し訳ありませんなサスケ様。全力で躱せと警告はしました故、平にご容赦を」
ケイは勢い良く燕尾服を脱ぎ捨てる。
その下から出てきたのは筋骨隆々の老人とは思えない肉体。そして銀色に輝く金属の右腕。
「不味いぞサスケ! あれが直撃すればいかなる邪神とて一撃で消し飛ぶ! 我々も例外ではない!」
「分かってる。安心しろ」
ケイはその輝ける右拳を強く強く握りしめ、こちらへとゆっくり歩いてくる。
男としては一発ぐらい正面から殴られたい気分なのだが、これに一発殴られたらナミハナ救出どころではなくなる。ケイさんとしては俺を倒してナミハナを奪い取れというつもりに違いない。
「――――行きますぞ?」
「……応ッ!」
俺の返事と共にケイさんが駆け出す。風のように、それに乗って走る
仕掛けるべき時が来た。
「今だアトゥ!」
「勿論よ! 十分休んで元気いっぱい! 唐突な解雇の恨みは此処で晴らすわっ!」
再び地面から溶岩を伴って飛び出すアトゥ。この衝撃で地面が崩れ、俺は影縫いを脱出する。
「チクタクマン!」
チクタクマンは俺の肉体を精密に操作、突如現れたアトゥの身体を踏み台代わりにして三次元的な動きでケイさんへと迫る。
「君の思考はダイレクトに伝わっている! 任せ給え!」
ケイさんの厄介な武装とはあの銀色の義手だ。
そして銀色の義手は右腕だけについている。ならばケイさんから見て左に回り込みつつ、チクタクマンの演算能力で拳の軌道を予測しながらカウンターを狙えば良い。
利き腕の逆側に回れば多少は相手も動きづらい筈で――――
「唸れ、我が
――――特にそんなことは無かった!
ケイさん俺に向けて身体の捻りを使って体重を乗せた右ストレートを打ち込む。
その拳は大気を裂く光の渦を伴い、例えるならまるで銀色の嵐のようにして俺達の前に迫って来た。直撃すれば俺も、チクタクマンも無事では済まない。
しかし回避は無理だ。
「
まずケイさんの拳から放出された旧神に由来する魔力だけを、全力で展開した魔道障壁で斜めに反らす。逸らした魔力は遠く彼方の山を軽く消し飛ばした。
とは言え魔力の放出を凌いだところで次は物理的な拳打が待っている。
「だから!」
直進する以上、それを躱すことはできない。痛烈な一撃が俺の顔面を捉える。
「まだまだぁ!」
そうだ。拳そのものは顔面に受けたが、今の俺の身体はチクタクマンが操っている。俺がいくら痛くても止まることは無い。
「ぃよっしゃあ!」
チクタクマンは俺が考えた通り、体重を載せた拳をケイさんの腹へと叩きこむ。肉が潰れ臓腑の弾ける水っぽい音がして、ケイさんの身体は空高くへと舞い上がった。
「――――って、ケイさん!」
思わず叫ぶ俺。
受け身も取らずに地面に激突するかと思われたケイさんだったが、その直前にアトゥが自らの金色の蔦を伸ばして彼の身体を優しく受け止める。
俺はアトゥのとった思わぬ行動に目を丸くする。
「……おや、これは思わぬ相手に助けられましたな」
ケイさんはそびえ立つ金色の大樹を見上げ、口元を緩める。
「唐突な解雇の恨みは晴らしたし……これは覚えの悪い
「そうですか。主の意を汲む良いメイドとなったものです。いやはや……人生とは面白い。そういう神も居るのですな。これでは人間より人間らしいではないですか」
地面に降ろされたケイさんはゆっくりと立ち上がって大きく深呼吸をする。
すると腹に刻まれた拳の跡が見る見るうちに消えて、魔眼に映る身体の中の魔力の乱れも少しずつ消え始めた。信じられないことに回復を始めている。
「お受取りくださいサスケ様」
ケイさんは何処から取り出したのかカードキーを俺に投げ渡す。
「ありがとうございました」
俺はカードキーを受け取ると、深く頭を下げる。
「なに、こちらこそ。旦那様がもうすぐ戻ります。お急ぎください」
ケイさんはそう言ってまた何時もの好々爺然とした微笑みを浮かべた。
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純洋風の造りとなっている長瀬邸は驚くほど静かで、使用人の一人も居やしない。まるでお伽話の魔法使いの城みたいだ。恐らくケイさんかユリウスさんが事前に逃がしてしまったのだろう。
俺は事前にユリウスさんから教えられた部屋へと真っ直ぐ向かい、その可愛らしい装飾が施されたドアを叩いた。
「お入りなさい」
俺はドアを開いて部屋の中へと入り込む。
「ナミハナ、迎えに来た!」
部屋の奥には初めて会った時と変わらないピッチリとした真紅のリンカースーツを身に纏ったナミハナがベッドで寝そべっていた。
彼女はベッドから起き上がると、俺が来るのを分かっていたというような余裕に溢れた顔で俺を出迎える。
「いらっしゃい佐助……佐助、ふふっ、佐助。よく来てくれたわ佐助。でも少し遅くってよ。待ちくたびれて着替えまで終わっちゃったじゃない」
彼女は真っ直ぐ俺の下へと歩み寄り、俺を抱きしめ、耳元で囁く。
「ねえ佐助、ユリウス兄様に地下にラーズグリーズの最新モデルを用意させたの。一緒に取りに行ってくださる?」
ナミハナはまるで秘め事を囁くように戦支度を急かす。だがこれでこそだ。彼女は深窓のお嬢様などではない。生まれながらの戦士だ。
何故そんな女の子を好きになっているのか、愛しているのか、執着しているのか、それにはっきりした一つの答えなんて無い。
ただ、そういう彼女の真っ直ぐで気高い有様を尊いと思っている。
「勿論!」
俺はそう言って彼女を強く抱きしめる。よく引き締まっているものの、出るべき所は出ている身体。彼女の熱が伝わってきて心臓が早鐘を打つ。
「そう、それなら良いわ。つもる話もしたかったもの」
「でもその後は俺に付き合ってもらうぜ?」
「あら、どちらまで?」
彼女はわざとらしく小首を傾げる。
彼女の背中に回していた腕に力が篭もる。
「何処までも、何時までもだ」
「素敵ね、乗ったわ」
そう言って大胆不敵に笑う姿を見ているともう我慢ができなくなっていた。
俺は彼女を強く抱き寄せると唇を奪う。
これは奪わされたのだろうか。
でもそんなことはどうでも良い。敵が近づいている筈だけど、そんなことを考える頭も働かない程、俺は彼女を求めてしまっていた。
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男の名は
巨大軍産複合体長瀬重工の長にして、アズライトスフィア最強の剣士。
そしてニャルラトホテプと契約し、アズライトスフィアに降り立った最初の男。
次回、斬魔機皇ケイオスハウル 第四十二話「斬九郎魔剣帳」
もう一つの邪神奇譚をここに。
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