第40話おまけ③ 佐々総介はかく語りき

※今回の話はミゲル・ハユハの視点となります

※第二十話、第三十話おまけ①を読んでらっしゃらない場合は先に読むことをオススメいたします


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 テート島海底に在る秘密基地ルルイエ。それが俺達虚無教団の拠点だ。


「それにしてもなんでシャルルの奴は死んじゃうかな……」


 隣で寝転んでいるメイの長い黒髪を指で弄んでいると、何時の間にかため息が漏れている。


 今まで数えきれない程犯罪に手を染めてきた。それが俺みたいに邪神の遺伝子を組み込まれた保因者ハーフリングにとっては数少ない生きる道だったからだ。


 当然殺しだってやってきた。ナイ神父に拾われる前は勿論、拾われてからも奪った命は数知れない。


 だけど……あのシャルルが死んだのがこんなにも悔しい。ろくでもないデブだったし、居ないのはせいせいするが、奴は秘密を漏らさない為に自爆を選択して死んだ。奴なりの信念が有ったのだ。腹が立つ事に。


「ね、ねえミゲル?」


「なんだ?」


「まあね……そこまで気にすることないんじゃない? うちらは上手くやったじゃん? あたしだって丹陽に潜入して作戦自体は成功したし、ミゲルも軍の機体を持ち出せたじゃない?」


「なんだかんだ言って偉大導師エクス・グランドマスターのお陰だよ……俺達は結局のところあの御方の力におんぶにだっこ……」


 俺がそう言いかけたところでメイが俺の唇を塞ぐ。


「……っ」


 彼女が唇を離すと、細い唾液の糸が伸びて千切れた。


「ウチはそう思わない。本当におんぶにだっこなら偉大導師エクス・グランドマスターがウチ等を使って下さるかしら? 確かにあの暗示魔術が無ければ潜入も出来なかったけど、そこから丹陽の見取り図を送ったのはウチだし、破壊工作を成功させたのはミゲルの腕だわ。勿論ナイ神父が居なきゃ時間稼ぎもできなかったし、あのシャルルが身体を張って時間を稼がなきゃ逃げきれなかったし……」


「それで得たものが邪神一柱と第四世代の量産技術か。確かに一般的に言えば大戦果だよな。知恵の神トートをこちらに引き入れることが出来たのは大きいし、第四世代量産機は全人軍の一般的な量産機を遥かに上回る性能を持つ」


 そうだよ。立派な戦果だ。でも俺はこのアズライトスフィアに名前の知れた犯罪王。並の戦果なんて求められてない。華麗に、一方的に、やりたい放題やってのけるのが俺の仕事だ。


「だったら……」


「駄目だよ。結局のところ、んだから。リンが出撃すれば勝てるかもしれないけど……もし彼女が佐々佐助の母親だって言うなら……」


「親子で殺しあわせたくないの? 案外優しいんだ」


「頼りにならないってだけさ。親子ってのはどうしても刃が鈍る」


「あらやだ。ウチの両親はミゲルが殺したじゃない」


「そういやそうだったっけ? メイに殺させたような気がしてたけど」


「ま、死んで当然だったんだけどねあんな奴ら」


 メイはケラケラ笑う。


「全く良い女だよお前は」


 俺は彼女の肩を抱き寄せるとその柔らかい肌に指を這わせ、胸元に手を伸ばそうとした。


 だがそんな時に邪魔が入る。偉大導師エクス・グランドマスターからの電話だ。犯罪旅行えいぎょうならば知らない振りもできるが、今は虚無教団テスタメントの基地の中、知らぬ存ぜぬは通用しない。


「少し待ってて、すぐ戻る」


「早く帰って来てよ?」


 まあ少し位おあずけが有った方が燃えるというものだ。俺は諦めて偉大導師エクス・グランドマスターの下へと向かうことにした。


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 偉大導師エクス・グランドマスターは何時も通りルルイエの最奥にある玉座で静かにプラネタリウムを眺めていた。


 俺が来たのに気づくと、天井を見上げるのをやめてこちらに微笑みかける。


「いやはや良いところをお邪魔して申し訳ありません。丹陽襲撃作戦、お疲れ様でした。八十点の戦果です」


「いえ、少し邪魔が入る方が燃えるので問題有りません」


「ふははははっ! 僕もそう思うよ! いや失礼、手短に済まそう」


偉大導師エクス・グランドマスター、そのような気遣い不要でございます」


「そうかい? まあ今日はナイ神父も居ないしその堅苦しい呼び方はやめにしてくれ。良いニュースが飛び込んできたんだよ。今日の僕は機嫌が良いし、君もきっと喜んでくれる筈だ」


 本当にニコニコしてる。マジで機嫌良さそうだなこの人。息子が順当に強くなっているのがそんなに嬉しいのか? 


 俺達はさしずめ当て馬か……。


「それで偉大導師エクス・グランドマスター。一体どうしたというんですか?」


「やれやれ君もノリが悪い……まあ良い。僕も息子を贔屓しすぎたしな。まさかあの時の佐助相手にシャルルが自爆を選ぶ程追いつめられるとは思わなかったんだ。君達若者を死なせはしないから安心してくれ」


「教団の理想の為なら俺達は死も厭わない覚悟です。如何ようにでもご命令を」


「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。そんな君の為に私も報いたいと思ってね。見つけてきたよ、生き別れの君の妹と雲隠れした君の仇の最後の一人を」


「なんですって?」


 馬鹿な、ユミルが生きていると言うのか。あの弱っちくて泣き虫の妹が生きている訳が……いや仮に生きていたとしても死んだほうがマシな状態で……。


「どちらも佐々佐助と行動を共にしている。君の妹はミリアと名前を変えていたし、君の仇の方は拷問で顔を滅茶苦茶にされたせいで見つけにくくなっていたみたいだね。どちらも湖猫だ。手間が省けて良いだろう?」


「わざわざ佐々佐助を泳がせていた理由はそれですか? その気になれば始末もできたでしょうに」


「彼は良くも悪くも僕の計画の為には欠かせぬピースだ。長瀬ナルニア……いや長瀬斬九郎と佐々佐助をお互いに食い合わせ、その間に我々は最終計画を遂行するつもりだよ」


「成る程、ニャルラトホテプの力に飲まれなかった人間はこの世界にあの二人だけですからね。偉大導師エクス・グランドマスターの操る虚無の大神アザトースの力に対抗できる連中をぶつければ恐れることは何もない」


「その通り、君が持ち帰ってくれた第四世代のデータと、保護した佐々佐助の協力を元にして量産型ケイオスハウルの生産も急ピッチで進んでいます。君達の働きは無駄ではありませんでした」


 成る程、そういう計画だったのか。


「世界中に散らばった保因者ハーフリングの子供達を量産型に乗せて一斉蜂起させるつもりですね?」


「ええ、ナイ神父の孤児院は本来その兵士を育てる為の施設でしたから。それに軍や湖猫ギルド内部にも保因者を子女に持つ人間が居ます。彼等も人の親ですからね、子供達の為に道を踏み外す人間が一定数居る。世界は大混乱に陥ることでしょう」


「成る程、そしてこの戦いで死んだ者は……」


「ええ、死者の全てに我が新世界における幸福を約束しましょう」


 ああ素敵だ。本当にこの人は素敵だ。一切合切を冷淡に合理的に使い潰し、一切合切を愛し恵みを授ける。まるで神か何かのように傲慢で独善的だが、だからこそ神の力を手にして神そのものとなるのに相応しい。


「疑って申し訳有りませんでした。偉大導師エクス・グランドマスター


「いえいえ。常々思っていたのです。死ねば天国に行けると宣うテロリストは多いですが、本当に死後の天国を用意した者は居なかったな、と」


「それは偉大導師エクス・グランドマスターの元居た世界の話ですか?」


「ええ、僕は医師として数ヶ月程そういった人間の居る地域で活動していたことがあったのです。酷いものですよ、を餌にして未来ある人々を死に追いやる連中は」


 本当に天国用意してから他人を死に追いやる男が言うと説得力が違うな……。


「じゃあシャルルも……?」


「ええ、新世界創世の暁には彼に史書と神話の編纂を任せるつもりです」


 そう言って佐々総介はニコリと微笑んだ。


 胸のつかえが下りるようだ。ああ、本当にこの人に付いてきてよかった。


「貴方は佐々佐助と戦う必要は有りません。彼は僕とリンが対処しましょう。何せこれは最終決戦。僕も出し惜しみする必要は有りません」


 しかし一つ疑問が残る。


「ですが偉大導師エクス・グランドマスター、それならば最初から佐々佐助を我々の陣営に引き込むべきだったのでは……? ニャルラトホテプと長期間接していまだに正気保っているというだけで相当貴重な人材ですよ?」


「僕だって佐助君を最速で確保するつもりでしたよ……あのギルドNo.10に邪魔されなければ! 屋敷は銀腕のケイが守ってますし! そもそも下手にちょっかいを出せばあの剣聖だって黙っていません! そもそも僕の手配したミ=ゴ共の船がニャルラトホテプの乱入で内側から破壊されるなんて……」


「あの買収したミ=ゴの宇宙船が撃墜されて大赤字の件ですか? シャルルが泣きながら帳簿つけてましたね」


「ええ! あれは申し訳ないことをしました。あの赤字の補填の為に海賊島で派手に商売してもらっていた訳ですし」


「ああ、クトゥグアの一件ですか。でも今までの話を聞くとその気になればすぐに佐々佐助を取り戻せたのではないかと思うのですが?」


「息子の恋路の邪魔はできないでしょう!? どこかの長瀬重工の会長と違って私は自分の子供の恋愛に関しては積極的推進派なので!! しかもギルドNo.10……いえナタリアちゃんは一途で佐助君の心情の機微に敏くて美人ですからね……色々と仕方有りません。正直言って我が家の魔術の発展の為には邪神アトゥちゃんと良い仲になって欲しいのですが贅沢は言いません。ナミハナ……いえナタリアちゃんはうちの息子にはもったいない女の子だと思いますよ! 新世界を作った時も仕方ないので彼女に関しては招待してあげるつもりです!」


 流石……四大導師を束ねる邪悪極まりない悍ましい男だ。俺達の長として相応しいクズな発言がポンポン出てくる。


 俺が思うよりもあの佐々佐助というのは可哀想な子供なのかもしれない。


 いや、可哀想な子供だろう。今なら仲良くなれる気がする。


「……はっ、いけませんね。やはり佐助君のこととなるとついつい饒舌になってしまいます」


「い、いえその……偉大導師エクス・グランドマスターはやはり我々の長に相応しい男だったのだなと安心しました」


「君にそう思ってもらえたならば幸いです。一切空に還るその時まで、僕は君の変わらぬ忠勤を期待します」


「御意に」


 俺は跪いて頭を下げる。


「話はこれで終わりです。ナイ神父は現在事前工作に動いていますし、震電はケイオスハウルから抜き出したデータで強化を続けています。貴方はそれまでゆるりと身体を休めなさい……」


「御意に」


 偉大導師エクス・グランドマスターは、佐々総介は、ギルドNo.3“アマデウス”は、玉座から立ち上がり、玉座に掛けられていた純白のローブを羽織り、懐から取り出した仮面を被る。


「それでは僕は行って来ます。計画の最終段階は一ヶ月後、佐々佐助と長瀬斬九郎の戦いに決着がついた瞬間を以て開始とします」


 それだけ言い残すと彼の姿は霧になって消えた。


 ああ、なんとおぞましき歪な我欲の塊。


 ああ、なんと邪悪なる善意の持ち主。


 ああ、なんと名状しがたき神意の担い手。


 ――――――我が王よ、私達に貴方の理想の果てを見せてくれ。


【第四十話おまけ③ 佐々総介はかく語りき 完】

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