第34話後編 叡智、その深奥なるもの
前回までのケイオスハウル!
全人軍に雇われ、軍の機密である第四世代量産機生産の為、軍艦“丹陽”の積み荷を警護する佐助とナミハナ!
特に大きな問題も無く進んできた艦。そして艦長の息子を助けた佐助は大きな信用を得ることに成功していた。
魔術師としての立場、そしてある筋からの要請も有り、佐助は第四世代量産機の鍵を握る“積み荷”との対面を許可される。
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「トート……エジプトの魔術神。ニャルラトホテプの化身、お前だったのか。この前、俺に会いに来た神は」
「私の事も知ってはいたみたいだね。とはいえ外見情報から私にたどり着くことはできなかったのだろうが」
俺の父と同じ顔をした神は嬉しそうに頷く。
何が楽しいのか分からない。不愉快な奴だ。
「ヘイ! Mr.トート! 手短にメッセージを伝えたまえ!」
「ああ、我々ニャルラトホテプからのメッセージは伝えるさ。君達は良くやっている。虚無教団が表立って動き出せないのは佐々佐助のお陰だ。よって褒美を渡そう」
「待て、俺のお陰? そいつは一体どういうことだ?」
「ナイ神父、シャルル・ド・ブリトー、この二人と戦闘を行い、撃退に至っている。虚無教団の最高幹部が手土産一つも無く叩き返されるのは本来異常事態だ。更に、君と戦ったせいで湖猫ギルドの方に情報が渡り、彼等の動きは停滞を余儀なくされているんだよ。特にクトゥグアから生還されたのが彼等にとっては予想外だったみたいだね」
「計画が狂ったってことか……」
「勿論、ナイ神父が公衆の面前に引きずり出されて袋叩きにされたのも大きい。あれによって虚無教団の存在に懐疑的だったものも対策の必要性を感じている」
俺としては手応えが無かったとしか思っていなかったのだが、湖猫ギルドは思ったよりも優秀だったらしい。
いや、違うな。これだけやばい世界なのだ。少なくともこれくらいの危機感が無ければとっくに滅びているか。
「そこで少し佐々佐助と問答をしたくてね。君が魔術師として何処までの位階に至ったか。それを図り、至上なるお方に伝えるのも私の仕事だ。君の解答、それ
鎖に縛られていた筈のトートは造作もなく鎖をすり抜け、俺に手を差し出す。
差し出した手には光の粒が集まり、天秤が形成される。
「問おう、佐々佐助」
「答えるとは言ってない」
「答えないのか?」
「答えるさ。だが褒美をくれるというならまずその顔をやめろ。親の顔した他人というのは不快だ」
「良いだろう。気に入っているが仕方ない。この顔で得られる君の情報は十分収集した」
トート神は佐々総介の顔を剥ぎ取り、伝説に伝えられるようなヒヒの顔へと変ずる。
「君は父親を敬愛している。良いことだ。麗しき親子愛だ。私達ニャルラトホテプの力を得て、未だにそれに溺れないのはその麗しさが根本に有るからなのだろう。いずれにせよ非凡な人格だ」
「…………」
「そんな君に問おう。無辜の人々を犠牲にして邪悪な怪物を討つ行いは果たして善か悪か」
「犠牲の末に得られた結果に正当化なんて不可能だ」
「そんな君に問おう。無辜の人々を貪った邪神を糾弾もせず側近く侍らせ、あまつさえ愛でる行いは果たして善か悪か」
「神が人を裁いたところで、人は神を裁かない。人が神にできることは覚えることか忘れることだけだ」
「そんな君に問おう。休眠していただけの異星の知的生命体の住居に押し入って宝を奪いとるのは善か悪か」
「交渉に応じなかったのが奴らの運の尽きだ。何よりあいつら何時人類の敵になるか分からないし、駆除するに越したことはない」
「――――――――ふっ。君は天秤に乗るつもりも無いということか」
トート神は忍び笑いを漏らす。
「善悪を決めることに意味は無い。俺は俺が為すべきと信じることだけを為す。こう答えたら満足か?」
「そうか……脱構築主義者。混沌の申し子として申し分ない。だがな、そうだな。それ故に……いや分かったよ。悲しいことだ。君は本質的に秩序を求めていない」
「ヘイ! トート! 君はそろそろ手の内を明かしたらどうかね?」
「いいや、分かったかもしれないよチクタクマン。こいつの言いたいことが」
俺がそういったその瞬間。トートはこれ以上無い程の笑顔を見せる。
邪悪? いいや、邪悪であったならどれだけ良かったか。邪悪であれば打ち破れる。だが純粋な歓喜、善意、そして希望は決して打ち砕けない。打ち砕いたところで意味が無い。故に俺は、全てを悟った俺は絶望する。
「どういうことだねサスケ!?」
「佐々総介は虚無教団の首魁だな?」
「ホワット!? 彼がアザトースの信奉者だと! いや、だが……まさか……」
「チクタクマン、親父について知っていたのか?」
「ウップス! これは君とは関係の無い話だ!」
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
笑うトート。叡智持つ魔術神。彼は何が楽しいのか。俺にはわからない。
「その嘲笑を以て肯定とみなす……良いのか?」
「構わんよ。佐々佐助」
勿論こいつが大嘘をかましている可能性は有る。
だが、だが、だが、俺がわざわざ神話的狂気の世界から一人だけ特例として救い出されたことに理由を求めるならば、それが一番簡単な理由なのだ。
嘘なら「ああまたニャルラトホテプが適当かましてらあ」で済む。この可能性を織り込み済みで今後戦った方が合理的だ。
「仮に父親が相手だとしても俺のやるべきことは変わらない。俺は俺の道を歩く。俺が守るべきだと思う者を守る」
俺は理不尽により誰かを虐げる何がしかを打ち倒す。
俺こそがこの世界にとって最大の理不尽であり、異物であり、破壊者であったとしても。
その思想故に何時か自らを喰らう時が来るとしても。
俺が滅びる最後の日まで俺は誰かを助ける為に生きたい。
「俺が生まれたのはきっと、そういうことをする為だ」
「善き哉! 君はそういう種類の可能性か! この全ての夢が集う始原世界で君は君を確立させた! 佐々総介とは全く違う形でね! 君達は同じ目的の為に違う道を辿っているだけだと気がつくであろう」
「なんだこれは?」
「ネクロノミコン完訳版.pdf」
電子版!?
「詳しくはチクタクマンに解析させると良い。君達にさらなる力を与えられるだろう」
「こんなものを俺に与えてどうするつもりだ……!?」
「我は
そう叫ぶとトート神は自ら鎖へと繋がれ、再び瞑目する。
「行くと良い。佐々佐助」
「ジャスタモーメント、トート! 君はまだ知っていることがあるだろう!」
「そうだ、トート。チクタクマンの言うとおりだ。お前は何なんだ? 父さんとどんな関係が有る?」
「ふふ、気をつけろよ二人共。この船には君を遥かに超える魔術師が――――」
その瞬間だった。船体が大きく揺れる。
「ああ、佐々総介に感づかれたか。いかんな、やはり私にも盗聴魔術が仕込まれていたか。ええい、構わない。急いでケイオスハウルまで戻れ。アレに乗らぬ君など三流魔術師だ」
次の瞬間、部屋の扉が大きく開いて
「佐々佐助! ここから退避するよ! この区画に封印された第四世代試作機が何者かに奪取された!」
「どういうことですか!? 一体そんなこと誰にできるっていうんですか!」
「分かるかそんなもの!」
艦長に腕を掴まれて、俺は走りだす。俺は閉じゆく扉の奥のトートの方を振り返る。
『究極の秩序、究極の混沌、果たしてそのぶつかり合いの先に何が生まれるのか。楽しみにしているよ』
扉が閉じるその刹那、トートの神は何やら満足そうな笑みを浮かべていた。
そして扉を閉じた丁度その時、俺の目の前で次元が歪む。
水柱が起こり、先ほどまで前を走っていた艦長の姿は消えた。
「艦長!? いや、今は……!」
人が死んだかもしれないのに、俺は驚くほど冷静に辺りの状況に目星をつける。
頑丈な筈の丹陽の外壁が崩壊し、外の海が丸見えだ。空間操作魔術の類か。
損壊箇所は俺の居た船底近くの外壁、そして魔力の痕跡が第三艦橋の辺りにもある。
ダメコンをミスると沈むなこの船。
「サスケ! エクサスだ! 邪神の反応がする!」
正面には月光を受け橙色のマントを他靡かせる紫の巨大エクサス。
「ナイストゥーミーチュー! 僕の名前はミゲル・ハユハ!
スピーカーからの大音量。何をどうしてこうなったか全く分からないがやばいってことだけは分かる。
どうすれば良い。不味い。実に不味い。俺の頭の中が真っ白になる。
しかし左腕の妖神ウォッチのチクタクマンは珍しく苛立ったような表情を浮かべていた。普段なら慌てふためくだけだというのに。
「エクスキューズミー? ――――舐めるなよ、三下」
こいつ、こんな人間的だったか?
チクタクマンが目の前の紫のエクサスに乗った湖猫に向けてそう言い放つと同時に、俺の目の前の時空が歪み、漆黒の拳が紫のエクサスに叩きつけられた。
「サスケ、君にコントロールを渡すぞ。いつまでも惚けるな。君は私のパートナーなんだからな! 人間として、この私と対等に話せる唯一の男だ!」
「オ、オーケー!」
紫のエクサスが
久しぶりにサイボーグらしいことしたな。
「やれっ! ケイオスハウル!」
俺を肩に乗せたまま暴れまわるケイオスハウル。暴れ牛のように両腕を叩きつけるその姿は、チクタクマンが普段に無く怒りを覚えているせいに見える。
「流石だよ佐々佐助ッ! ぶちのめせ震電!」
敵の機体から聞こえてくる声、それと共に紫の巨体はケイオスハウルの両腕を掴み、取っ組み合いの状態になる。
俺はサイボーグの身体能力を生かして震電とかいう紫のエクサスに飛び移る。
「へぇっ! 面白いね!」
震電はケイオスハウルから逃げて、滅茶苦茶に動くことで俺から逃げようとする。
「アトゥ!」
「やっと呼んでくれたわね!」
俺の機械の左腕が金色の結晶に覆われて肥大化、そのまま震電の頭部を包み込む。
俺の体内に巣食っていたアトゥに魔力を与えて急成長させたのだ。
このままエクサスにとって欠かせないセンサー部分を破壊してやろう。
だが、その時突然目の前に蒼白い粘液質の四足獣が現れて、俺の首筋へとかじりつく。
完全に不意打ちを食らった俺は震電から振り落とされる。次の瞬間には粘液質の四足獣は消えていた。
海面に叩きつけられそうなところでケイオスハウルに拾い上げられ、そのままコクピットへと詰め込まれた。
「ふぅん、油断だらけだなあ。ミゲルだけが大導師ではないと思わなかったのかい? Mr.サスケ」
声だけが無線を通じて届く。
聞き覚えが有る。この人を小馬鹿にしたような男の声!
虚無教団の
「今こそ始原を謳おうか! 虚数霊機ッ! ヴェルハディイイイイイスッ!」
絶叫と共に海の中から蒼白い粘液を纏った灰色の小型エクサスが現れる。
一対一で負けるつもりは無いが二人がかりとなると―――――
「あら、どちらが油断だらけですの?」
目の前で大気が弾け飛ぶ。
一瞬だけ目を瞑ったその刹那、ヴェルハディスの上半身は消し飛んでいた。
「おぉおおおのれぇえええっ! 女! 僕の美しき登場を邪魔したか!」
「ご存知かしら? 戦場ではそういうナマ言ってる奴から死ぬのよ?」
「ふざけるな! 今頃船内は僕と
「それがナマって言うのだけど……馬鹿ですわね」
ケイオスハウルの隣にナミハナのラーズグリーズが現れる。
時間を操ると思しきシャルル・ド・ブリトーに、純粋な速度と戦士としての直感だけで不意打ちを成功させたらしい。
つくづく彼女が恐ろしく、頼もしい。
「アハハハハ! 客が増えたねえ?」
「佐助、よろしくて?」
「ああ、これで二対二だ。負ける可能性は消えた」
俺は自分の首筋から露出するワイヤーとネジをアトゥの結晶で覆い隠す。
「行くぞッ!」
敵が誰であろうと、俺は戦う。
戦うしか、無い。
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※ネクロノミコンの入手に伴い、佐々佐助のステータスが変更されました
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急襲を仕掛ける虚無教団!
熾烈を極める戦い!
そして――――
「きゃあああああああああああ!」
「ナミハナッ!」
次回、斬魔機皇ケイオスハウル第三十五話「落花」
邪神機譚、開幕!
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