第34話前編 魔術神(ジェフティ)トート
前回までのケイオスハウル!
クトゥグアに乗っ取られ、暴走した第四世代型エクサス・アステリオス!
しかし二ヶ月間の修行を経て魔術の腕を上げた佐助はアステリオスを容易く打ち破る!
アステリオスを駆る幼き湖猫レン・ナガセを無事に救いだしたことで、佐助は丹陽のクルー達とも無事に打ち解けたのであった!
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「哨戒の為の再出撃は六時間後、最初の襲撃を除けば実に順調な船旅ですわね!」
「僕のアステリオスが暴走さえしなければなあ……」
「グダグダ言わずにキリキリ働きなさいな! せめて整備くらい! 貴方達が動けないからワタクシが働いているのよ!」
「うぐぅ……」
「それに関してはすまない。もう少し被害を抑えられたなら良かったんだけどな」
俺とナミハナは、格納庫でレンが俺達の機体を整備する姿を眺めていた。エクサスの整備作業の多くは機械によって自動化されており、その扱いさえ頭に入れることができるならば子供一人でも整備は可能なのだという。
「貴方が謝ることは無いわよ」
「しかし三日も出られないとなるとな……」
さて、丹陽に俺とナミハナが乗り込んで三日が経過した。
レンは暴走の初期段階で救出された為、邪神による精神の汚染も無く、肉体的なダメージも殆ど無し。
俺が神話生物に襲われた時は都合の良い助けなんて無かったけど、レンには居た。
他ならぬ俺がそれだ。少し、いや凄く誇らしい。
「なんにせよ、レン君が無事でよかったよ」
「あれだけテストを繰り返した邪神制御機構があんなに脆いなんて……迷惑をかけてごめんなさい」
「皆無事だったんだから結果オーライだ」
むしろレンがアステリオスに組み込んでいた制御機構は恐るべき性能だったように思える。何せ、あれだけ時間を稼いでくれたのだ。
正直、最初のアステリオスの硬直が無ければ危なかったかもしれない。
「ザッツライト! それにあのアステリオスはこの世界の人間が作ったものとは思えないエクサスだ! 荒削りだが技術だけならば十年も二十年も先を行っている機体だよ! それに制御機構も決して悪いものではなかった。余程良い魔術師に手伝ってもらったと見える!」
「本当ですかチクタクマンさん! そう言って貰えると設計者として感激しちゃいます!」
「ちょっとチクタクマン? あんまりレンを甘やかさないで頂戴」
「ウップス! 今言ったことは忘れてくれ。」
レンはチクタクマンと特に仲が良い。機械とメカニックの間だからなのだろうか、何事についても波長が合う様子だ。
レンは俺に対しては何か思うところが有るようで、あまり話しかけてはくれないが、その分チクタクマンが彼と良く話すので色々分かることもある。
機械いじりに関しては天才だが、案外普通の子供みたいな感性を持っているとか。
生まれと育ち故に友達と呼べる存在が居ないとか。
その話からはなんとなくナミハナの幼い日の姿が透けて見える。
叔母と甥というにはあまりにも歳が近いが、だからこそレンは彼女に共感を覚え、なおかつ憧れているのだろう。
俺とあまり話してくれないのはきっとそのせいに違いない。
「佐助? ちょっと佐助? 貴方ったらぼーっとしてどうしたの?」
「いや、ちょっとね」
チクタクマンが居るから機体のことは心配していないけど、この少年にケイオスハウルを任せていて大丈夫なんだろうか。
何時か何か思わぬ事態に襲われないか?
疑ったらきりが無いか? こんな世界で何を、何処まで、何時まで疑えば足りるんだ。そうだ。きっときりがない。
「顔色が悪くてよ?」
「佐々さん、船に酔ってるんじゃないですか? 僕も最初そうでしたから」
「いや、なんでもない。なんでもないんだ」
次第に正気が削り取られている。何時だ。完全に持っていかれるのは何時なんだ。
俺は――――――――
「すんません、佐々佐助さんですか?」
突如声をかけられて後ろを振り返る。
俺の背後をとっていたのはスーツを身にまとった黒髪の女性だ。背は比較的高い。
如何にも頭が良さそうで……隙がない。多分魔術師だ。魔力が持つ光が他の人よりも多い。
だけど、こんな兵士……船に居たか?
「そうだけど、貴方は?」
「うちの名前はハオ・メイと申します。艦長の秘書官やってます」
「メイさん、どうしたんですか?」
レンが当たり前のように受け答えをするところからすると、本当にここの軍人なのだろう。
ただ秘書官と名乗るからには正確には軍人ではないのか? ああややこしい。
「艦長が佐助さんのことをお呼びです。ついてきてくださいますか?」
メイはとびきり愛想の良い笑みを浮かべて俺に問いかける。
「ワタクシも途中までご一緒して良くて?」
「ええ、勿論です」
メイは顔色一つ変えずに即答する。
気のせいか?
なんとなく感じたこの不審感は、邪神の狂気の産物なのか、それとも直観が正しく働いているのか。
ともかく俺はナミハナと共に艦長の下に向かうことにした。
「魔術師のあんちゃん! この後訓練に付き合えよ!」
「アタシが手取り足取り教えてあげちゃう!」
此処最近は艦内を歩いていると野太い声のおっちゃんや、野太い声のオネエちゃん、それに普通のお姉さんからも声をかけられる。
「ありがとうございます! 待っててください!」
この艦は結構居心地が良い。朝が早すぎることさえ除けば軍も悪いところばかりじゃないみたいだ。
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艦長室では
部屋を見回してみる。
大量の本棚、不思議な文様の入った木材でできている。
床には蝶のような文様の絨毯。おそらく応接室も兼ねているのだろう。
俺達がハオ・メイの案内で部屋に入ると、彼女はパソコンから顔を上げてニッコリ微笑む。普段は獰猛な笑みを浮かべることが多いのに、こういう風に目が合うと優しく笑うのだ。
「二人共この艦には慣れたかい?」
彼女もすっかりフランクに話しかけてくれるようになった。
「三日もあれば慣れますよ。皆良い人ですし」
きっと艦長のこの人柄が皆を引っ張っているお陰だろう。
「ですわね。ただ少し退屈ですわ。何せ敵が来ないんですもの」
「だろうな。呼ばれもしないのにわざわざ私のところに来たんだ」
「あの魔術師と佐助を二人きりにするのは嫌でしたもの」
ナミハナは部屋の入口を見る。何時の間にかハオ・メイの姿は消えている。
「ハオ・メイのことか?」
「彼女、何時から秘書官をなさっているの?」
「数カ月前からだよ。仕事のできる奴さ。魔術師としても、秘書としても、実に役に立つ」
「ふうん……そう」
「何か気になることでも?」
「いえ、なんとなく魔術師は苦手ってだけよ」
俺も魔法使いなんだけどなー……。
「佐助は別よ?」
「あたしの前であまり見せつけてくれるな。それはそうと佐助はシミュレーターだとうちの部隊に随分揉まれているそうじゃないか? 退屈で持て余しているって言うならあんたもやったらどうだい?」
「いやはや……情けない限りで」
「ダメよ。佐助が本気を出せない状態で勝っても仕方ないもの」
「佐助に訓練をつけておやりよ。やられっぱなしだよ?」
「ワタクシのやり方よりも、ここの皆様のやり方のほうが合ってますわ。ワタクシ、人にものを教えるのに向いていないのは分かってましてよ」
「その訓練も含めてさ」
「教える訓練なんて……」
この暇な三日間、俺はずっと丹陽の直掩部隊の面々や攻撃部隊の面々と訓練をしていた。
この船のシミュレーターは性能が低く、ケイオスハウルが使用できない。当然量産機を扱うことになるのだが……いかんせん機体が……。
いや、訂正しよう。俺の腕が大したことなかったのだと散々教えこまれた。
「ナミハナが良ければ普通の戦い方も習ってみたい気がするな」
「その相手ならミリアが良いわ。あの子がそういうのには一番慣れている。努力だけならワタクシ以上よ」
「思った以上に買ってるんだな」
「だって貴方の相手を任せる為にわざわざワタクシが連れてきた娘よ?」
「二人共あたしが知らない話で勝手に盛り上がるんじゃないよ。ほらナミハナはさっさと帰った帰った。今あたしは魔術師としての佐々佐助に用向きが有って呼んだんだ」
「魔術師としての俺に?」
「詳しいことは話せないが、どうしてもあんたと会って話をしたいって奴が居るのさ。来てくれるかい?」
俺はナミハナと顔を見合わせる。何が待っているかは分からないが、ともかく行くしかないということは良く分かった。
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俺は
区画に入るまでの執拗な生体認証、魔力検知機、鍵を幾重にもかけられた書類棚、何やら良く分からないものの瓶詰め、全人軍の後ろ暗い部分が恐らくそこに転がっているのだろう。
だがそれを追いかけると今度は俺とシドさんの火遊びも嗅ぎ回られるので、見て見ぬふりをしておくとしよう。
「本当にこんな所に居るんですか?」
「船の中とは言え何処に敵の目が有るか分からない。良いというまであまり話さないようにしてくれるかい?」
「あっ、すいません……」
「謝ることは無いよ。ただ念のための警戒ってだけさ」
考えてみれば虚無教団は勿論だが、他の名も知らぬカルトの連中の存在だって有る。
何処の誰が魔術的な盗聴を仕掛けているか分かったものではないのだ。
あるいは、ここでの会話は全て録音して軍の上層部に聞かれてしまうのかもしれない。
「この船のクルーの方々ってどうやって選んでいるんですか? やはり軍で決めているんですか?」
「そうだね、ただこの艦のクルーは普段から一緒に仕事している連中さ。そこら辺は基本的に安心してくれていいよ。ただ……例外は有るけどねえ」
「例外?」
「とんでもない腕前の魔術師なんてものが居たら流石にどうしようもないよ。あんたやハオ・メイを安々と騙くらかす魔術師がもしも居たらね。まあ、今時そんな大魔術師なんてそうそう生まれはしないんだけどさ」
俺はまだしもチクタクマンを超える魔術師なんて居る訳が無い。
何せニャルラトホテプだ。同じニャルラトホテプか、あるいはヨグ=ソトースみたいな魔術神でなければチクタクマンは騙せない。
そしてチクタクマンが今の段階で俺を裏切ることもあり得ない。
うん、やっぱり不安になったのは気のせいだったんだな。
「そういえば魔術師が減っているみたいな話を聞きました」
「誰からだい?」
「ナミハナの執事のケイさんです」
「そうか、そういやあんたナタリアちゃんの執事も知っているのかい。そうだね、あの人と同等の大魔術師でもなければこの艦に忍び込むなんてのは出来ないよ」
「やっぱり凄い人なんですね」
生身でナイ神父を退けた時は本当に驚いた。
「そりゃそうよ。現役時代はナルニア社長の兄貴分としてこの世界の海を暴れて回ってたんだから。武術家としても、魔術師としても一級品よ」
「武術か……俺にはどうも縁が無いというか」
「若い内からあれもこれもと考えないで、できることだけやりゃ良いのさ。それを続けていくと出来ることが増えていくものよ」
「仕事と育児を両立している方にそう言っていただけると心強いですね」
「ふっ、どうだかねえ? あたしもまだまだ半端者さ、っと。着いたよ」
立ち入り禁止区画の最奥。幾重にも鍵のかけられた金属製の扉。俺の身長の倍以上は有る巨大なその扉が、艦長の手でゆっくりと開かれる。
「来たか。また会えたね。今度はクトゥグア相手に完勝したみたいじゃないか」
部屋の奥からは声が聞こえてくる。蝋燭の灯りしか無い部屋。部屋の奥には何本もの太い鎖に縛られた男が居た。
後ろで束ねた長い髪、細い手足、物憂げで切れ長の瞳。布切れ一枚しか身に纏っていなかったものの、その姿に俺は見覚えがある。
「お前は……!」
俺がクトゥグアに倒されかけた時に干渉してきた邪神。
俺の親父の姿を真似た邪神だ!
「面会時間は五分だ。いいね佐助?」
「時間は短くて構わない。だがそこな魔眼の少年と私の二人きりにしてくれないかね?」
「貴様は条件に口を挟むな。佐助、あんたはどうしたい?」
「俺は構いません。こいつとは少し縁が有る」
俺は男の顔をじっと見つめる。
そこに居たのは俺の父親と同じ顔をした神だった。
艦長が部屋の外に出て、重たい扉が閉じると同時にチクタクマンがその神に問いかける。
「叡智秘める
「佐々佐助にもう一度会いに来た。外なる神のメッセンジャーとしてね」
俺の父と同じ顔をした神はそう言ってニヤリと笑った。
前に出会った時と、同じように。
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突如として佐助の前に現れた
彼は佐助に外なる神々のメッセージとケイオスハウルの強化パーツの設計図を伝え、同時に新たなる脅威の存在を示唆する!
だがその間にも艦は次第に目的地のテートへと近づき……?
次回、斬魔機皇ケイオスハウル第三十四話後編「叡智、その深奥なるもの」
邪神機譚、開幕!
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