第四章 第四世代量産型エクサス、邪神蒼騎起動

第31話 方舟の守護者達

 前回までのケイオスハウル!


 佐助は「人間と邪神による対話の成立」という限りなく零に近い可能性を信じ、神話生物の生体素材を用いた第四世代量産型エクサスの開発に力を貸すことを決めた。


 その第一歩として、輸送船を護送する依頼を受けることになった佐助であったが、彼は輸送船護衛の素人。


 そこで佐助の相棒であるナミハナは、依頼開始までの二ヶ月を彼の特訓に充てることにした。


 ――――そして運命の日は訪れる。


     *


 ギルドのVIPルームにて軍からの依頼について説明を行うギルドの事務員。

 それはあいも変わらず蒼髪灼眼のロリ受付嬢であった。

 何時もと変わらぬセーラー服みたいな制服で、何時もと変わらぬ自信満々の笑顔で……だけど今日は少し緊張している。


「お久しぶりですお二人とも! 皆大好き敏腕受付嬢のマーチちゃんです!」

「妹が何時もお世話になっております、エイプリルです。とりあえずお飲み物をどうぞ、うちの支部長からの奢りとなっておりますので」


 そう、今日は彼女の姉で湖猫酒場の人気者ことエイプリルちゃんまでお出ましだ。流石に姉の前では多少大人しい。

 重要な依頼だとこうやって事務員が二人で説明するのだとか。


「あら、支部長から? 珍しいことも有るのね……折角だからいただきますわ。ワイン……いえ、紅茶を頂戴」

「ナミハナ様、銘柄はいかが致しましょう?」


 ナミハナはつややかな金髪をかきあげて微笑む。

 きっと支部長が“らしくない”ことをしているから面白くて仕方ないのだろう。


「最近異世界から来たっていうアッサムとかいう銘柄にしてくださる? 確かミルクと良く合うのでしょう?」

「はい、かしこまりました!」


 そう、今回姿も見せずに俺達に飲み物を奢ってくれたザボン島の支部長は結構なケチである。

 ナミハナとタメを張るレベルの贅沢なワガママナイスバディーにも関わらず、非常にケチなお姉さんだ。

 口癖は金が無いと予算が足りないと寄付しろ寄付なので徹底している。


「サスケさんは……」

「――ミルクで」

「ですよね! それではただ今お持ちしますね」


 エイプリルが飲み物を持ってきたところで、マーチとエイプリルによる説明が始まる。


「今回は軍事機密にも関わるということで、姉と私の二人で依頼について説明させていただきまーす!」

「ギルドと軍は互いに競合する部分が大きい組織ですが、現在は邪神という巨大な敵を前に強い協力関係を構築しております。支部長もお二人に大変な期待をしております」

「なお、今回の依頼の受託にあたって、サスケさんはCランクからBランクの湖猫に昇進です。要するに下駄って奴ですね~」

「そういう訳なのでサスケさん。今後は島の危機とか街の危機とか、ことによると世界の危機に関わる依頼をバンバン飛ばしていくのでおねがいしますね!」

「今まで通り、不良債権なんいどさぎの依頼もこなして欲しいですけどね。うちの支部長も喜んでくださってまーすしー?」

「まあ、受ける人が居ないならやらせてもらうさ。今のところ、お金には困ってないから」

「もう、佐助ったら……良いわ。死なない程度に好きになさい」


 この修行に明け暮れた二ヶ月で変わったことが幾つか有る。

 ナミハナの俺の名前の発音が良くなったり、俺が翻訳なしでもある程度この世界の言葉が分かるようになったり、そういう大切な事だ。

 この素敵な変化も含めて、俺はきっと彼女と過ごした時間に感謝しなくちゃいけない。


「いつもありがとう」

「いやー……お二人ともすっかり」

「息ぴったりですねえ~」


 マーチとエイプリルが俺達を見てニヤニヤ笑っている。

 それに気づいたのかナミハナも顔を赤くしていた。

 ナミハナは大胆かつ豪快に見えて、結構可愛いところがある。流石に最初の出会いから三ヶ月近く一緒に暮らしていると分かるようになった。


「ともかく、依頼の詳しい説明を頼む」

「はい! それでは説明させていただきまーす」


 マーチが話を始める間に、エイプリルが魔力映写機を起動させ、空中に戦艦のホログラムを投影する。


「お二人にはこちらの人類軍テート島部隊の誇る超小型万能戦艦“丹陽”を護衛していただきます! こちらの戦艦には水上戦闘用設備に加え、エクサス母艦としての機能を追加していまーす!」

「戦艦ね……しかも最新鋭の。それで一体何を運ぶの? ワタクシ達、まだ第四世代エクサスの量産化研究に必要なものとしか聞いてなくてよ」

「乗船まで説明はできないことになっておりまーす!」

「受けておいてだけど、きな臭い依頼ですわねえ」

「ごめんなさいナミハナ様、こちらもそこまで事情を知らされている訳じゃなくて……」

「エイプリル、貴方が謝ることは無いわ」

「はひぃ……」


 姉が情けない声を上げていると、横でマーチが咳払いをする。


「さて、この丹陽ですが乗組員も現在公開されておりません。しかしながら、今回は特に重要な依頼ということで、特別にお二人には情報を公開させていただきます」


 マーチがエイプリルの方に視線を送ると、ホログラムが切り替わる。

 今度現れたのはアジア系の女性の映像だった。

 白い軍服に付けられた徽章からして、全人軍の佐官といったところか。


「あら、義姉様……?」

「その通りですよナミハナ様! 今回は全人軍テート島部隊から紅蓮ホンリェン大佐が派遣されております!」

「ナミハナの姉さんなのか?」

「一番上のユリウス兄の奥様ですわ。元々バリバリの軍人だったのを必死に口説き落としたのよ。最初はどうなるかと思ってたけど、お互い仕事大好き人間だから案外相性良かったみたいでね」

「鉄の女と呼ばれる凄腕です! 常に最前線近くで指揮を続け、幾つもの大規模戦闘を勝利に導いてきた女傑ですよ! 女傑!」

「基本的に口八丁で運動音痴の兄とは大違いよ。素敵な方なんだから。なんだけど……」


 いや、そのユリウスって人の方が好きだな俺。男としてはよくやったぜ! って感じがして尊敬できるというか……。

 体育会系苦手な俺としては、艦長さんと上手くやっていけるか不安である。


「今回、ギルドから出来る説明は本当にこれくらいでして、後は艦に乗り込んでからこちらの紅蓮ホンリェン大佐に聞いていただくという形式になっております」

「要するに説明パートおしまいってことでーす!」

「事情が事情だから仕方なしか。どうしたナミハナ?」

「…………」


 隣りに座るナミハナが困ったような表情を浮かべている。


「ワタクシ家出娘でしょう? 依頼とはいえ会うのが……気まずくて」

「ほら、あれだ」


 俺はナミハナの肩にポンと手を置く。

 そう、この二ヶ月の間に変わったのは言語のことばかりではない。


「今はナタリア・ミストルティン・ハルモニア・ナガセじゃなくて只の“ナミハナ”だろ? 細かいことなんて気にしなくて良いさ」


 俺はなんだかんだと先延ばしにしていたナミハナの生まれた時の名前を教えてもらっていた。

 俺の国の文化からすると少し長いと感じるけど、立派な名前だ。


「……そう、かしら? またワタクシをお父様が連れ返しに来るのではないかと不安で……」

「もしも、誰かがナタリアを連れ返しに来たとしても、俺が追っ払う。それでいいだろ?」

「佐助……!」


 ナミハナの顔がパッと輝く。


「お熱いですねえお二人さん。あ、ギルドとしても戦力を失うのは痛手なので、有事の際にはご協力させていただきますからご安心を」

「ナミハナさんの力を多くの人が求めているんですよ」

「ふふ、マーチもエイプリルもありがとう。恩に着ますわ」


 ここのギルドとしても折角のナンバーズは手放したくないのだろう。


 特に今は、異世界の魔術師というおまけもついているので尚の事手放したくない筈だ。


「ま、そういう訳で。ナタリアは俺が、俺達がちゃんと守る。だからお前は皆を守ってくれ」


「そ、そう……! それは素敵ね。でも、ちゃんとナミハナって呼んでくれないと……ワタクシ、拗ねちゃいますわ」

「これは失礼」


 気づくと、信じられない程自然に笑顔が溢れていた。

 ありがとう、ナミハナ。


    *


 俺達はギルドの手配した輸送船で、秘密裏に沖合へと向かった。

 目的は丹陽との合流である。

 合流地点にたどり着くと、俺達はケイオスハウルとラーズグリーズに乗り込んだままディアマンテの格納庫へと誘導され、無事にディアマンテ内部へとたどり着いた。

 俺達がそれぞれの愛機から降りると、緑がかった黒髪の女性と、緊張した面持ちの武装した兵士達が俺とナミハナを出迎える。


「私がリー紅蓮ホンリェン、テート島所属全人軍大佐、丹陽艦長である。この度はギルドからの増援感謝する」


 女性は宝塚の男役みたいにハスキーな美声である。


「お久しぶりですわ大佐」


 ナミハナは彼女と握手を交わすと笑顔を見せる。


「ああ、久しぶりだね。ギルドNo.10」

「レンは来ているのですか?」

「ナミハナ、レンって?」

「ワタクシの甥っ子で――」

「ストップ、そういうのは、ここじゃ無しだ。確かにこの船には長瀬重工から技術士官扱いで一人来ているこまっしゃくれた天才少年は居るが、特別扱いはしない。アレも立派な戦力だ」


 艦長はナミハナの唇の前に人差指を出して悪戯っぽく笑う。

 案外フレンドリーな人なのかもしれない。


「あら失礼いたしましたわ。元気そうで何よりです」


 紅蓮ホンリェン艦長は俺の方にも視線を向ける。


「それで、No.10よ。君の横にいる少年が噂の魔術師殿かい?」


 俺は一歩前に出て自己紹介を始める。


佐々さっさ佐助さすけ、日本という国の出身です」

「ふむ……日本ね。我々テート島と異なる未来を辿った日本か。君は防衛戦だけならばナンバーズすら凌駕すると聞いた。だが噂は噂だ。私は自分の目で見たものしか信用せん」

「ええ、では遠からずご覧になるかと」

「そうか、悪くない」


 握手を交わす。

 目が合って改めて分かる。恐ろしい程鋭くて、燃えるような情熱を湛えた瞳。

 気圧されてしまいそうになる。


「さて、君達の為にそれぞれ個室を用意してある。部下に案内させよう。今は船の上に慣れて――」


 その時だった。

 急に紅蓮ホンリェン艦長が耳に手を当てる。

 どうやら通信装置を体内に埋め込んでいるみたいだ。


「そうか、分かった。総員戦闘配置と伝えろ、直掩部隊は準備させておけ」


 艦長は俺達を始めとしたその場に居た全員を眺め回し、大声で叫ぶ。


「たった今、大規模な神話生物の群れがこちらに近づいてきていることが分かった。大方あの厄介な積み荷が呼び出したのだろう。戦闘配置につけ」


 艦長の目がギラギラとし始める。まるでこの時を待っていたとでも言わんばかりに。

 しかし俺はこんなことになるなんて思っても居なかった。

 ここにはチクタクマンもアトゥも居る。

 本来ならば彼らの意志に従って、神話生物は攻撃を避ける筈だ。

 つまりあの二柱と対等な何かが邪魔に来ているのか?


「待機させていた直掩のエクサス部隊を展開だ!」


 艦長の命令でキビキビと動く兵士達、俺が呆気にとられているとナミハナは艦長に向けて進言する。


「艦長、ワタクシと佐助にも出撃をさせてくださらない?」


「君達は来たばかりだ。疲れているだろう。それに、其処の彼氏は何やら緊張しているみたいだが……?」


 艦長はわざとらしく俺を挑発する。

 内心、俺の腕前を見たいのかもしれない。


「そういうことなら問題有りません。俺も彼女も、むしろ身体が温まっているくらいです。是非とも許可をください」

「ほう……!」


 そういう分かりやすいのがアズライトスフィア人の美徳だ。暴力、知力、美的感覚、なんにせよ秀でている者にこそ敬意は注がれる。

 まあ、ようするに――地球で言う所のケルトだ。


「船舶護衛に関しては一通りの訓練を受けています。それに加えて――」

「いや良い。みなまで言うな。悪くないぞ佐々君、思ったよりもアグレッシブな性格をしているようだ。良いだろう、すぐに出撃し給え。君達には前進遊撃による敵の漸減を命ずる。そういう動き方は基本的に君達のようなワンオフ持ちの方が適任だ」


 悪くない状況だ。俺がナミハナのおまけではない。並び立つ男だと教えてやる。


「了解ですわ!」

「了解しました」


 俺達は声をはずませる。

 艦長は笑顔で頷く。


「……ふふ、悪くない。悪くないね」


 獲物を前にして昂揚が抑えられない肉食獣。

 そうとしか形容できない笑みを紅蓮ホンリェン艦長は浮かべる。


「精々、うちの血の気が多い連中を黙らせる活躍をしてくれよ」


 俺達にそう言うと、控えていた兵士達に向けて彼女は獅子吼ししくする。

 まるで七つの海を荒らして回る女海賊のようだ。こっちのほうが彼女の素なのかもしれない。


「お前達、客人が土産を持ってくるそうだ! 道を開けな!」


 エクサス用のリンカースーツを着た男女、そして整備兵と思しきツナギの男達、更には看護兵らしい男女までもが格納庫のキャットウォークから顔を覗かせて口々に叫び始める。


「しかたねえ、姉御の頼みだ! お前ら先に行きな!」

「見せてもらうぜギルドのエリートさんよ!」

「姉御の親戚だからって甘やかすつもりはねえからな!」

「兄ちゃん、彼女の前だからって格好つけすぎんなよ!」

「ウホッ! ボーヤかと思ったら案外凛々しい顔するじゃないのよ。キライジャナイワ!」


 俺達はその声に笑顔を見せ、それぞれの機体に乗り込むと、格納庫から真っ先に飛び出した。


 俺達の背後からは何時迄も荒っぽい歓声が聞こえていた。

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