第30話おまけ② 一般的に女子は神話生物
前回までのケイオスハウル!
初めての商船護送任務を成功させた佐助!
彼はたどり着いたゴーツウッド諸島の工業都市セヴァンで、ナミハナと共に宿をとることになる。
訪れた久方ぶりの穏やかな時間、佐助とナミハナは今までの冒険を振り返りながら眠りについた……筈だった。
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「…………」
困った。眠れない。
この佐々佐助は今まで女の子と一つ屋根の下で眠ったこととか無い。
母親とさえ眠った記憶があまり無いのだ。いや、そもそも母親の記憶が殆ど無い。
ともかく、ともかく、ともかく!
隣のベッドでナミハナがすやすや眠っているという状況が俺にとっては非常に困ったものである! 勿論嬉しいけど困っているのも事実なのだ!
「……ちょっと? 貴方、何をなさってるの?」
隣のベッドで眠っているナミハナが突然こちらに声をかけてきた。
何を? 何をって何だ? 俺は特に何もしてないぞ。
これは目を開けて事態を確認すべきか?
俺がそう思った時だった。
「あら、起きてたのお嬢様?」
俺はやっとこさ事態を把握する。
アトゥがどうにも眠っている俺の直ぐ側に居るみたいだ。
聞こえてきた声の感じからして、目と鼻の先ってところか。
これは下手に目を開けると大変なことになる気がするし、狸寝入りを決めるとしよう。
本当に大変なことになりそうだったら、それから起きて事態に割って入れば良い。
「……此処だとサスケが起きるわ。表に出なさい」
もう大変なことになってるわこれ!
「あら、メイドを誘って星でも眺めるの? 我輩、星の見方なんて知らないのだけれど」
「それ以上余計な口叩くと、その前に血を見ることになってよ?」
「もう、仕方ないわね。我輩現在被雇用者だし、素直に言うことくらい聞くわよ」
二人は連れ立ってベランダの方へと向かっていった。
そのままベランダのドアは閉じられ、ここからは何も聞こえなくなる。
これ、下手に起きるとそれが切っ掛けで殴り合いになりそうな気がするんだ。
どうしようこれ。
『ヘイ、サスケ! 何やら大変なことになっているみたいじゃないか!』
チクタクマンか!?
こいつ、直接俺の脳内に……!
『ああ、そうだ。君の言うとおり君の脳内に直接語りかけている。何が有ったか説明してくれ』
助けてくれ、女子二名が一触即発の事態を迎えている。
『オーケー! 事態を整理しよう。アズライトスフィアでも最強クラスの対邪神強化を施されたデザイナーズチルドレンのナミハナと、我々ニャルラトホテプの中でも物理的戦闘能力で五指に入るアトゥが、君を巡って修羅場一歩手前ということだね?』
分かりやすい説明ありがとう!
でもそれだけだと状況はまったく改善しないので、助けて欲しい!
『ふふ、邪神である私としては、君がそうやって怯え嘆くところを見るのは実に愉悦なのだが……まあ良い。ここで彼女達が最終決戦を始めてしまうと、我々の計画は頓挫する』
チクタクマンが俺には聞き取れないくぐもった発音で何やら呟くと、急に俺の頭の中が冴え渡る。
「あら、手を出さないからてっきりその気が無くなったのかなあって吾輩思ったのに。なんなのかしら? お泊り会か何かなのかしら?」
「そういうことはもう少し順序を追っていくのが人間ですの。分かってくださらないかしら?」
すると、俺の耳にもベランダでの会話が届く。
実に険悪なムードである。
『どうだねサスケ?』
分かったぞ、また
『余計なことね……君はまだ幸運な方だよサスケ。彼女にこれだけ気に入られても、まだ無事なんだから』
あいつ、前科有るの……?
『彼女ではないが、先代のアトゥや彼女の姉妹は様々な並行世界で星を滅ぼしている。彼らの一族はレンアイとかいう何やら面倒な工程を踏んだ非合理的な方法で繁殖しては、三千世界に自らの種子を飛ばす習性が有るんだ』
あらやだ怖い。
『ちなみに種子が発芽・成長の後に開花すると世界はアトゥに覆われて滅ぶ』
そんな話聞きとうなかった! SAN値減ったよ今ので!
『安心したまえ、君が完全に正気を失っても私が居る限り君の心は壊れない。これからも頑張って世界を守ってくれたまえ』
助けてアトゥちゃん!!!!
俺のSAN値を守ってくれる人は多いけど、回復してくれるのは君だけだ!
「もう……ちょっと発破かけただけなのに、ここまで怒るなんて思わなかったわ」
「とにかく、今後そういうことはやめなさい。良い?」
おっと、何やらチクタクマンと漫才している間に事態は解決しそうだぞ。女子って理不尽な生き物だと常々思っていたが、こういう時の謎の社会的手段による問題処理能力の高さは見習う必要が有るかもしれないな。
とにかく良かった。
「分かってるわよ。少なくとも先手は譲るって約束はしたし、それまではお互い協力してこれ以上ライバルを増やさないようにする。それでいいのよね?」
「素敵ですわ。貴方がちゃんと約束を覚えているなんて」
「だから発破かけただけって言ってるじゃないの」
「この世界で邪神を信用する人間なんて居なくってよ」
「確かに邪神相手に対等な立場から対話を求める人間なんて、この世界には佐助ちゃんとお嬢様しか居なかったわね」
「ワタクシが対話? 冗談でしょう?」
「取引だって立派な対話よ? 貴方は神に恵みを祈るでもなく、邪神を打ち倒し財物を奪うのでもなく、ただ互いの損得から理性的に我輩と話し合い共存を選んだ。それはこのアズライトスフィアにいずれ来る革新の萌芽でもある……なんてサスケちゃんだったら言いそうじゃない?」
「……貴方、知っているように語るけど、サスケが何をしたいか分かっていて?」
「平和な時代を求めているんでしょう?」
「平和、平和ね……ワタクシはどうにも素直に賛同できないわ」
「素敵じゃない、平和な時代。全ての人間が神話生物の恐怖に怯えて眠る今のアズライトスフィアよりはずっと素敵よ」
ナミハナはそれを聞いて酷く憂鬱そうにため息を吐く。
「ワタクシには平和って言葉の意味が分からないの。生まれた時から戦い続けるのが当たり前ですもの。その分からない物への可能性を持っているなんて言われても戸惑うだけよ。しかもワタクシは恐らくその平和な時代で生きていけないと分かっているのに」
「そんなこと無いわ。貴方なら平和な時代でもやっていけるわよ。貴方の可能性は貴方が知る以上に広いもの。なにせ貴方、まだ十七よ?」
「もう十七ですわ」
アトゥはそれを聞いてクスクスと笑う。そう、まだ十七歳なのだ。其処の感覚からしてもう違う。
「何がおかしいの?」
「吾輩はまだアズライトスフィア基準にして一万と二千歳よ?」
そ ん な に。
『サスケ、アトゥは邪神の中では若い方だぞ?』
そ う な の ?
「あのねえ……貴方みたいな神とワタクシ達みたいな人間を一緒にしないでくださる?」
「やあね、気持ち次第ってことよ。まあお嬢様はサスケちゃんと一緒に、何時か来る平和な時代をおもいっきり謳歌すれば良いのよ。その時になったら今度はサスケちゃんが貴方を支えてくれるわ」
「あら、貴方はそれで良いの?」
「どうぞどうぞ、お嬢様と正面きってぶつかるくらいなら大人しく待ったほうがマシだわ。なにせ吾輩には無限の時間が有るんですもの」
「だとしても、あまり油断しないことね。神と言えど不死じゃなくってよ? 何時ワタクシに背中を刺されても良いように備えておくことね」
「あら、お嬢様こそあまりゆっくりしていると、吾輩にサスケちゃんを持っていかれるのは忘れちゃ駄目よ? ああいうタイプの子は、優しくされるとすぐにコロリと行くんだから」
コロリと行かない保証は無いので本当にやめてほしいものだ。
「…………」
「冗談! 冗談よ! 怖い顔しないで!」
怖い顔ってどんな顔なんだ……。できれば一生見たくない。
「――――まあ良いわ。部屋に戻るとしましょう。お茶でも淹れなさい。よく眠れそうなハーブティーを」
「かしこまりました。それじゃあ我輩もメイドらしく働こうかしら」
「ところでアトゥ」
「なぁに?」
「吾輩は男性の一人称よ」
「そ、そうなの? アトゥ、そんなの知らなかったわ……」
「結構抜けているわよね、貴方」
二人はキラキラと輝くように笑いながらベランダから部屋の中に戻ってくる。
何故だ。何故なんやかんや良い雰囲気になっている。今俺の目の前で何か良く分からない光景が広がっている。
そんじょそこらの神話生物よりもよっぽど意味不明な状況になっているぞ。
これは……一体?
『分かったでしょう? あまり女の子に恥をかかせちゃ駄目よ?』
アトゥ!?
今、頭の中でアトゥの声が聞こえてきたぞ!
どういうことだチクタクマン! 俺の脳内セキュリティ破られてるぞ!
『ソーリー!』
わざとだこれ。わざとやって楽しんでたに違いない。
これだから邪神の連中は信用できない。
ああもう、俺の本当の味方はやっぱりナミハナだけだ!
「さあ出来上がり! アトゥちゃん特製ハーブティー!」
「うるさくってよ、サスケが起きちゃいますわ」
「ふふ、そうね。起こしちゃいけないもの……ね」
恐ろしくなって薄く目を開けてみる。
ナミハナの隣でアトゥが薄く薄く微笑んでいた。
その笑みにどんな意味があるのか、俺には分からない。
ただ一つだけ分かることがある。
女子は――――やっぱり神話生物だ。
【第三十話おまけ② 一般的に女子は神話生物 完】
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