第30話おまけ① 邪神論者が深夜に

※今回の話はシャルル・ド・ブリトーの視点となります

※第二十話を読んでらっしゃらない場合は先に読むことをオススメいたします


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 海底都市ルルイエ。島国家「テート」の海底に眠る最大最強の邪神遺跡。


 アザトースを崇拝するカルト「虚無教団テスタメント」の本拠地である。


 僕、シャルル・ド・ブリトーはいつも通り虚無教団テスタメントの帳簿と活動日誌を記録していた。


 カルト教団がこんなことをするのはおかしいと思う人々も居るだろうが、こういった得体の知れない組織だからこそ、こういう所もきっちりすべきだ。


 そうせねばこの集団が何の為にあるのか忘れてしまう者も出るに違いない。


 生まれた国こそ違えど同時代人である偉大導師エクス・グランドマスター佐々さっさ総介そうすけ様とナイ神父はこの意見に賛成してくださった。


 やはりこの世界の連中は野蛮であるからして、我々のような文明人が教化していくべきだと分かってくださったのだろう。


 そういう訳で僕は今日も帳簿をつける。生け贄に捧げた数、呼び出した神話生物の数、手なづけた犯罪組織から上がってくる上納金、滅ぼした村の数、取り込んだ村の数、その他諸々を――――


「……ふはははははは! 何をやっている! 何をやっているのだお前は! 父を笑い殺すつもりか!!」


 そんな時だった。


 水晶球を覗く我らが偉大導師エクス・グランドマスターが唐突に笑い出した。


 僕を始めとした全ての大導師グランドマスターが恐怖で凍りつき、一番年下のリン女史に至っては若干泣きそうな顔をしていた。


 普段は偉大導師エクス・グランドマスターの妻を名乗ってはばからない豪胆な女だが、中々どうして十歳という歳相応に可愛らしいところもあるものだ。


「どうしたのですかな? 偉大導師エクス・グランドマスター。奥方様が怯えておられますぞよ」


 我々四大導師の中で最も年かさのナイ神父が真っ先に偉大導師エクス・グランドマスターの機嫌を伺う。


 すると偉大導師エクス・グランドマスターはよりにもよってリン女史の顔を見て大笑いしだしたのだ。


「ぷっ……くく、くふ……あはははははは! 久しぶりだ! こんなに楽しいのは久しぶりだよ!」


「あ、あの……どうしたの? 総介様?」


「いや、個人的に佐々佐助の動向をさぐっていたのだがね。いやはやアレも母親に似たな。僕から見れば奴は彼女のように度し難い。そしてそれ故に愛おしい」


「総介様……」


 リン女史の表情が僅かに曇った。


 我らが偉大導師エクス・グランドマスターは頭こそ切れるし魔術の腕も並ぶもの無しだが、こういう感情の機微に疎い。


 恐らく、共感能力を類推能力で補っているタイプの生まれながらの狂人なのだろう。


「時に偉大導師エクス・グランドマスター、佐々佐助の次なる動向は掴んでらっしゃるのですかな? 恥ずかしながら儂らの技量では彼らに気づかれてしまいましてのう」


 見かねたナイ神父は話題を変えに入る。


 彼は彼で邪神なのに常識人というか真面目というか……。


「うむ、彼らの次なる目的地はこのテートだ」


「テート? 我らの本拠地に感づきましたかな?」


「いいや、違うね。これは僕の個人的に仕掛けていた別の計画だよ。第四世代量産型エクサスに係る計画……言うなれば君の孤児院みたいなものさ」


 それを聞いたナイ神父はニヤリと笑う。


「ほっほっほ、あれは儂の趣味ですからのう。そんな計画などという大それたものではありませんぞ」


「ああ、一度見に行ったが中々どうして良い所だったね。僕も今度は表の名前で寄付をさせてもらうつもりだ」


「それは良い。お待ちしておりますぞ」


 僕達は悪の組織だが基本的にホワイトだ。僕は時間操作で休憩も勤務も思いのままだし、ナイ神父はむしろ普段の仕事が孤児院の院長だし、虚無教団の最終決戦兵器を任じられるリン女史はあの小さな身体で主婦業に勤しんでいるらしい。


 今は此処に居ない我らがボニー&クライドもゲリラ屋ごっこが趣味にして生活手段にして任務なので気ままなものである。


 そう、あくせく働くのは下々のやること。我々は優雅に終わりの時を待てば良い。


 なにせ世界の滅びなど、レールを敷けば愚か者が勝手に走って行ってくれるのだから。


「さて、そういう訳だが……実は既にミゲル・ハユハとハオ・メイに命令を下している。貴兄等は断りなく佐々佐助に手を出してくれるなよ?」


「勿論じゃよ偉大導師エクス・グランドマスター


「僕も大人しくしていますよ! なにせクトゥグアけしかけても生き残る相手なんて馬鹿馬鹿しくて戦ってられませんから!」


「…………ぶー」


「リン? どうしたのですか不機嫌そうにして」


「リン、知らないもん!」


 やめてよ十歳! 今の偉大導師エクス・グランドマスターは機嫌良いんだからさ!


「ああ……そうか。済まなかったなリン。だが母親が息子に嫉妬してなんとする?」


「お母さん? リンが?」


 えっなにそれ知らない。


 うちのボス十歳に手をつけてたの?


 ちょっと真剣に転職考えちゃうぞ僕。


「シャルル、君は今たいそう無礼なことを考えなかったか?」


「心とは言葉、言葉にならぬ思いなど有って無きものです。偉大導師エクス・グランドマスター


「……まあ良い。せっかくこの場に居合わせたのだ。シャルル、君も聞いて行け。実に君好みの物語だろうからね」


 セーフ? セーフだった今?


 というか僕好みの物語なんて言われても困りますよ?


 もし好みじゃなかったらどんなリアクションすれば……。


「リンよ、君は我が妻の生まれ変わりなのだよ。ナイ神父の助けを借りてこのドリームランドへ来たのも、君に再び出会う為だったんだからね」


 それだけ聞くと普通の良い話だ!?


「なんと! そのようなことが!? 確かにそれは僕好みの純愛物語の気配がしますな! 偉大導師エクス・グランドマスターよ、叶うならば其処の所もう少し詳しく……」


「シャルル、お主は少し黙っておれ。質問を許可された訳ではあるまい」


 ナイ神父に睨まれてしまった。


「これは失礼……」


 神父に怒られては僕も黙るしか無い。


「総介様、それって……本当?」


「リン、私が君に嘘をついたことが有ったかい? 私はまた親子三人で幸せに暮らしたい。教団の築きあげる新たな、そして平和な世界で……多くの理解者と共にね」


「三人だけで……?」


「“だけ”じゃないよ。皆で普通に幸せになるんだ。誰かを不幸にしたまま、人間って幸せになんかなれないのだから」


 偉大導師エクス・グランドマスターはまるで我が子に語りかけるように優しく語りかける。


 普段の冷厳な印象からするとびっくりしてしまう。


「ともかくね、リン。君が魔術を極めていけば、前世の記憶を取り戻すこともあるだろう。その時に後悔しないように、佐助には少し優しくしてやりたまえ」


「……むぅ、しかたないわねえ」


 不承不承頷くリン。


 いや良かった良かった。やはり親子というのは良いものだ。


 そう、悪意で滅ぼせる世界など無い。


 この無機質で無理解で傲慢極まりない善意こそ、この世界を滅ぼすに相応しい。


 世界の終わりを取材する為にはやはりこの狂人についていくのが一番簡単な方法だと言えるだろう。


「分かってくれたなら良いんだ。ほら、いつも通り私の傍に居なさい」


 そう言って偉大導師エクス・グランドマスターは膝の上をポンポンと叩く。


「誤魔化そうとしてるでしょ!」


 頼むから上司の機嫌を損ねないでくれ十歳児。君居ないと常時シリアスモードで結構怖いんだよ君の旦那様。


 偉大導師エクス・グランドマスターはリンの追求には答えない。ただ彼女を膝の上に乗せると僕とナイ神父にいつも通りの演説を始める。


「さて、あと少し、ほんの少しで我々の宿願は叶う。もうすぐ世界は我が血にて紅に染まることだろう。そしてその時こそが我ら虚無教団テスタメントの大望であるリ・ジェネシスが始まる時だ。此処に居ない二人も含め、四大導師グランドマスターには一層の奮起を期待する。一切空に還るオムニアヴァニタス、その日が来るように」


 僕達三人は声を合わせていつもの合言葉を復唱する。


「「「一切空に還れオムニアヴァニタス」」」


 そう、一切空に還る時が来る。


 今日じゃない。明日じゃない。いずれきたる星辰正しき刻が。


 この世界に降り積もりし歪み、弱者の怨嗟、人間の怒り、邪神の傲慢、全ての咎という咎が露わになる審判の日。


 彼方なる大空だいくうより、白き衣を纏いし虚無の大神が舞い降りる。


 ――――ただ、罪人達を救わんとして。


 今日じゃない。明日じゃない。いずれきたる星辰正しき刻に。


 ああ、我らがノアの宙船ソラブネは、傲慢にも全ての人の為に用意されるだろう。


 我らが主は神故に。


【第三十話おまけ① 邪神論者が深夜に 完】

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