第30話前編 これまでの斬魔機皇ケイオスハウル!は如何な理由にて語られるか
前回までのケイオスハウル!
佐助は同じ夢見人として日本から転移してきた内原と出会い、今度の依頼の目的地であるテート島についての秘密を聞かされる。
テート島を包む不穏な空気、そしてその中枢に居る男、ギルドナンバーズNo.3“アマデウス”。
アズライトスフィアを揺り動かす時代の流れが、佐助のすぐ近くで胎動を始めていた。同時に、邪神の狂気もまた、佐助の側で――――――――
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ナミハナに言われたホテル「セヴァンプリンスホテル」へ向かった俺。出迎えてくれた従業員の方に言われるままに最上階のスイートルームへと向かうと、ナミハナが広い部屋の窓辺で紅茶を飲んでいた。
「あらサスケ。遅くってよ。レディーを待たせるものではないわ」
「悪い、話が思ったより盛り上がっちゃってな。それにしても凄い部屋だな」
流石スイートルーム、ベッド二つの隣に外の風景がよく見えるお茶専用のスペースが有るなんてびっくりだ。
ユニットバスじゃない風呂がちゃんとすりガラスで区切られた向こう側に有るみたいだし、なんというか……すごい。
俺も家が小金持ちだったから多少は贅沢に育ってたつもりだったけど、そういうレベルじゃない。
明らかに二人で使うには広すぎて恐怖さえ感じてしまうレベルだ。
「どんな話?」
「えっと……まあ同郷だったから、故郷のこととかさ」
俺はわざと扉の方に視線を向ける。ナミハナならこれで“何か重大な案件を話した”と察してくれる筈だ。
「ここは一流のホテル、盗聴なんて気にしなくても良くってよ。この部屋からは魔術の気配も……あとあの盗聴機のキーンとする感じもしないから」
「ナミハナ嬢の言うとおりだサスケ! この部屋に有る全ての機械については私が掌握した。外からここでの会話が把捉されることは無い」
魔法を使えば魔力が、電子機器を使えば電流、そして電磁波が現れる。勿論、魔力であれ電磁波であれ、この世界ではそこらを飛び交っている。
大気中に普通に飛び交う魔力は風で枯れ葉が流れるようなものだし、電磁波なんて両目の機能をチクタクマンに言って調整してもらえば幾らでも見られる。
仕掛けられた魔術、あるいは盗聴機というのはその「日常の風景」を破壊する。故に俺だってそれは分かる。
「ふむ……」
だが、チクタクマンは良いとしてナミハナにも分かるのか?
だとすれば凄いぞこの世界の遺伝子工学。だが一般されている気配も無いし、長瀬重工の独占的技術で、一部の人間にしか使われない技術なのではないかと思われる。
これは邪神や狂信者に捕まらない人間、あるいは捕まってはいけない人間にしか施せない類の技術だ。奪われたら大惨事だしな。
「よし、じゃあ細かいところを話すことにしよう。その前に俺の分の飲み物も貰えるか?」
「はい、ミルクですわ。座って」
とりあえず、俺はミルクを貰ってナミハナの座っているテーブルの向かい側に座った。
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俺はナミハナに内原さんから受けた警告の内容に関して語った。
テート、そしてアマデウスという男が危険であるという話だ。
「成る程、良くわかりましたわ。そうして貴方は内原さんから独自のコネクションで情報提供を受けた。同じ世界の同じ国の出身者なんてそう有ることじゃないですものね」
「そういうこと。だからテートとアマデウスには気をつけた方が良い。依頼は受けるにしても、ね」
「……アマデウス、ね。やはりワタクシ達の前に立ちふさがる男のようですわ」
ナミハナの表情が何やら暗い。
「なにか知っているのか?」
「サスケ、貴方が眠っている間に一度だけ彼から連絡が来たの。貴方を治療する為に協力させて欲しいって」
「俺を……?」
「手法が非人道的だからお断りさせていただきました。外付けの機械脳なんて貴方につけたくないわ。只でさえ貴方はその機械の身体を厭うているのに……」
「そうか……」
それは思わぬ話だった。アマデウスとやらがギルドを通じて俺のことを知っていてもおかしくはない。だが何故俺の治療なんかに躍起になった? 奴もニャルラトホテプの一味なのか?
其処に何か重要なヒントが隠されている気がする。
湖猫じゃない、神話的真実を追いかける探索者としての俺にとって重要な……何かが。
「サスケ、貴方は何か思わないの? 自分がそんな目に遭いそうだったんだから! 何か!」
「止めてくれたのは勿論感謝してるぞ?」
「もう、そうでなくてよ! もっと嫌とか怖いとか!」
「うーん……過ぎたことだしなあ」
それはそれとしてこの引っ掛かりを解明しないことには今後思わぬところで足元を掬われる。
俺としてはそちらの方が余程気にすべき問題だ。俺が思うことは一旦置いてでもこっちの問題に方を付けてしまったほうが良い。
ナミハナは俺のそんな様子を見て呆れたようにため息を吐いた。
「もう、一人で心配しているワタクシが馬鹿みたいじゃない」
「心配してくれている人が居るから俺はここでこうしていられる。そう考えることも出来ると思う。そうか、すると俺は君に甘えている……か」
「まあ、そうですわね」
其処まではっきり肯定されてしまうとこちらも恥ずかしい。
「はっきり言うなよはっきり! なんか情けないだろ!」
俺の言葉を聞くとナミハナは初めて笑った。
「分かってましてよ。でもね、サスケ、貴方は今後来るべき問題の為に自分の知っている情報から将来起こりうる危険を推測しようとしているのよね?」
「それはそうだ」
「でも、それを分かってちゃんと貴方の話を聞く人なんてそんなに居なくてよ? ま、ワタクシだけはちゃんと察しますけど」
少し自慢気なナミハナが愛らしい。
こんな風に自分のことを過不足無く分かってくれる女性とは久しぶりに出会った気がする。
話していて何のストレスも感じない。いいや、話すのが苦手な俺を相手にスムーズな会話を成立させてくれていると言うべきか。
「正直、ナミハナ以外の人間とは仕事は一緒にできても、それ以上の色々な関わりを保っていくのに相当な苦労が有ると思う。ミリアも良い子だったし、シドさんも頼れる兄貴って感じだったけど、並び立つなら……うん。ナミハナが一番良い」
「ふふっ、サスケったらちゃんと話せるようになったのね。それともワタクシが貴方にとってのちゃんとお話できる相手になれたのかしら?」
「お前のお陰と言って欲しいんだろう?」
「まあ生意気ね。おとなしくワタクシの思うままになってくれたら良いのに。ねえ、それくらいねだっちゃ駄目? そう言ってくれたら、ワタクシもっと佐助の我儘聞いてあげても良くてよ?」
甘い声でそういうことを言われると、心が揺れてしまう。何もかもを忘れてこの子と一緒に何処か遠い平和な場所に行きたいと偶に思う。
きっとこの世界にそんな場所なんて無いし、そんなことを言えば軽蔑されてしまうのに。
だから――――
「別に……お前だけのお陰じゃないよ。色んな人に出会った」
――――と、俺は言う。
もうこれ以上甘えないように。
「あらあら意地悪だこと。ワタクシにそんな意地悪言えるのはきっと貴方くらいのものね。少し腹立たしいけど、でも良いわ」
怯えているのか、俺は。結局邪神の力無しではナミハナにとって特別な存在で居られないということに。あんなに嫌悪感を持っていた力に、もう肩までずぶずぶと沈み込んでいる。
なんだってこんなことに。なんだってこんな場所に。なんだってこんな時に。
やめろ俺、妙なことを考えるな。
思考がゆっくりと侵食され始めている。狂気に。身体を鋼で作りなおしても、心は容易く強くできないのだ。
「…………っ」
思考が、思考が思考が思考が思考が思考が思考が。
自分の頭に収まりきらないレベルの無数の思考、可能性、親父が何をしているのか、虚無教団のアザトース復活の目的、世界の善導の意味、チクタクマンの目的、ナミハナの目的、信頼関係の限界値、計画失敗時の予備プラン、最悪のパターンにおけるアトゥの運用の可否。
――――そして、もしも全てが上手くいったとして。その時俺は何をなすべきか。
そう、俺は――――!
「サスケ、頭でも痛いの?」
俺が自分の頭に手を当てているのをナミハナが心配そうに見つめている。
「いや、なんか急にな……」
「貴方疲れているのよ。少し休んだら? なんとなくだけど、そんな気がするわ」
疲れている? 焦り過ぎか?
確かにそうかもしれない。
しばし、足を止めて来し方を振り返る時間も必要か。
「今が、その時かもしれないな」
「あら?」
「ナミハナ、少し話をしよう。俺が如何にしてここまで至ったかの話を。少し頭の中を整理したいし、何より君に聞いて欲しい」
「待ち給えサスケ! それは我々の行動を――――」
ああ、駄目だ。
笑えて仕方がない。
邪神といえどやはりチクタクマンは鈍い。いや、その拙さ愚かさを理解するからこそ俺を利用すべきと判断したのだったな。そう考えると賢いのか。
ああ、ああそうだ! 俺達は良いパートナーだ……!
「良いかいチクタクマン、俺達の三文芝居ならもうケイさんには気づかれてるんだ。ナミハナが知らない訳無いだろう。お前はそんなことも気づかないのか?」
「なっ――――なに!? じゃあ、何故君と私は!」
「それが人間の築きあげる信頼関係というものだからだよ」
それを聞いてナミハナは華のように微笑んだ。我が意を得たりと言わんばかりに。
「それに……アトゥのことも知っているよなナミハナ? いや、俺の推測だが……アトゥの方からポロッとお前に漏らした筈だ。わざとか否かは判別しづらい方法でお前にだけ漏らしている筈だよ。いや、漏らしたのか……単に注意して隠さなかっただけかもしれない」
「あら……其処まで分かりますの? あらあら、じゃあアレはわざとだったのかしらね」
俺は言葉では何も答えずに笑みを返す。
アトゥにとっては俺を独占する為にナミハナが邪魔だ。だったらナミハナが俺を遠ざけるように仕向ける筈。だが彼女の目的から逆算すれば、彼女には非暴力的かつ非反抗的かつ俺の心象を悪くしない手しか使えない。
実に簡単な推測だ。
「――――それでは話そうか。俺の忌まわしき旅路の記憶を――――」
俺はここに居た。何処に向かい、何処へ消えようと。俺がここに居たと、君に、君だけには、覚えていて欲しい。
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佐々佐助は語る。
如何にして己が闇の中へと沈んでいったか。
佐々佐助は語る。
如何にして神の刃が人の愛を守ったかを。
佐々佐助は語る。
――――俺はここ居たんだと。
斬魔機皇ケイオスハウル第三十話後編「これまでの斬魔機皇ケイオスハウル!」
第三章、完結!
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