第29話 夢見人・内原富夫

 前回までのケイオスハウルは!


「ここがセヴァン! アズライトスフィアでも有数の工業都市ですのよ! ここも夢見人が立てたの!」


 ナミハナの友人から受けた依頼でゴーツウッド諸島のセヴァンという街を訪れたサスケ!


 そこで彼らは偶然にも以前共に戦った湖猫のミリアと再会する!


 彼女の案内で邪神スペインバル「内原食堂」を訪れたサスケはなんだかんだ美少女二人から「あ~ん」してもらうことで「名状しがたいクトゥルヒのアヒージョ」と「冒涜的なBLTサンド」を味わうのであった!


 しかしそこに佐助と同じ日本人の内原ないはら富夫とみおが現れて……?


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『――――さて、佐助君! 店の人払いは終わった。夢見人同士腹を割って話しあおうじゃないか! この部屋は特別製だから外に話が漏れ聞こえることもないしね』


 営業時間を終えて、俺と富夫さんは店の奥のVIPルームで二人きりになった。


『あ、あの……良かったんですか富夫さん? 夜の営業とかの準備が……』


 翻訳魔法を一時的に停止させ、俺は日本語で尋ねる。久しぶりに話す日本語というのもなかなか悪くない。


『うちのバイトは優秀だし、僕がサボったところでかみさんがなんとかしてくれるよ。なにせ同じ日本人の夢見人が来たんだ。こういう時くらいはあいつも許してくれるさ』


『結婚なさってるんですか!?』


『あ、驚いた? 良く言われるんだよね、料理にしか興味が無い男だからさ』


『いえそういうことではなくて……こっちでお相手を?』


『うん、もう僕も三十路手前だったし、店を出すにしても社会的信用って奴があるからね。いくら腕が良くても異世界から来た独り身の料理人に店とか土地とか貸してくれる人居ないもの。それに……まあ年下の可愛い子ちゃんだったしねぇ?』


 うん、奥さんについては闇が深いので聞かないでおこう。


『夢見人の互助会って奴は使わなかったんですか?』


『あそこにはあまり借りを作らない方が良いよ。昔ならばいざ知らず、今は政治的な活動がすっかり増えてアズライトスフィア人に煙たがられているからね』


『げっ、そうだったんですか。参考になります』


『あと十年、いや二十年? 夢見人やその子孫がもっと増えていった辺りで一度衝突が起きるかもしれないね』


『考えたくもない話ですね……そういえば富夫さんは何時頃の日本からいらしたんですか?』


『僕は1999年の日本だな』


『結構近いんですね、俺はその頃だとまだ赤ん坊かな?』


『マジかい。僕が転移したのは君と同じくらいの年頃でね……当時は慌てたもんだよ。それでも料理だけは得意だったからおやっさんに拾ってもらって言葉も覚えて……』


『やっぱり言葉が大変ですよね! 俺も苦労しました……』


『でも君は魔術師だろう? 翻訳魔術の習得とか、元からこっちの世界の言葉知ってるとかで少しは楽だったんじゃないのかい?』


 厳密に言うと魔術師じゃないんだけど……まあもはや否定する意味も無いか。


『そうなんですけど……最初は翻訳魔術の不具合とかで無駄に怪しまれちゃって……』


 俺はナミハナとの出会いの時の話をする。勿論全てではないが、知識の違いから衝突したくだりなんかは特に面白いものだろうと思ったのだ。


『はは! 成る程そういうこともあるのか!』


『ちょっと笑いすぎですよ内原さん!』


『だが成る程ねえ、君はこの世界の怪物について知った上でこの世界に来ていたのか。僕なんか知らないから平気で料理しちゃったよ!』


『美味しかったんですけど、本当に怖かったんですからね!』


『神話生物食材って、昔は食うに困った貧乏人のものだったんだ。この世界の人間だってつい最近まではおっかなびっくりだ! でも今じゃ若者に人気の……』


『B級グルメ?』


『そう、それ! いやあ使わないと日本語って忘れちゃうよ』


『やっぱりそういうものなんですか? まだこっちに来て一ヶ月も経ってないものですから分からなくて……』


『それで湖猫をやってるのか! そいつはすごいな!』


『運が良かっただけですよ。俺の力なんて……』


『どうだろうね。邪神を従えているのは君の力量だ』


『――――――なっ!?』


 自分の表情が凍りついたのが自分でも分かる。


 対して内原さんは薄い微笑みを崩さない。


『彼らは……俺のパートナーです』


『好ましい、自分が従っていると卑下もせず、さりとて邪神を従えているとも言わないのが実に好ましい。その冷静さだけで、魔術師としての資質が分かる。良く居るんだよ、契約した神々の力を自分のものだと勘違いする手合が……』


 内原さんは俺を指差す。


『だが、君は違う。非常にムイ――――良いブエノ!』


 僅か、ほんの僅かにだがその言葉に魔力の光を感じた。


 チクタクマンもそれを感じたのだろう。俺達の会話に割って入ってくる。


「ストップだ! トミオ=ナイハラ! 君がサスケに何かしようと言うなら容赦はせん!」


「…………」


 ただ、俺は翻訳魔術を解いているのでチクタクマンが何を言っているか分からない。


 だが内原さんはとびきりの笑顔を見せて彼に答える。


 それは俺やナミハナの前では見せない酷く好戦的な表情だった。


『やあ、チクタクマン。僕のことは気軽にトニオと呼んでくれ。君たち人外とアズライトスフィア人に間違った発音で呼ばれる度にむず痒くなるんだ』


 俺がサスケと呼ばれる度に複雑な気持ちになるようなものか。


「トニオだかなんだか知らないが、私としては同じニャルラトホテプは信用できなくてね!」


『安心してくれよ、僕は料理以外何もできないタイプの化身だ。それになにより君たちの味方だよ。僕は新婚だし、何より店も成功している。世界など滅ぼされてはたまらない』


「だとしても君がサスケにとって危険である可能性は否定できん。違うかね?」


 どうにもチクタクマンが内原さんを警戒しているらしいことは分かる。


 ひとまず俺はチクタクマンをなだめることにした。


『チクタクマン、ひとまず落ち着いてくれ。今回はアトゥと違って人間的な相手なんだから……普通に話し合っても……』


「君はナイ神父のことを忘れたのかねサスケ! 警戒してしすぎることは無い!」


『なあ、チクタクマン。翻訳魔術もう一回かけてくれ。何言っているか分からん』


「ウップス! ソーリーサスケ!」


 俺達のやりとりを聞いていた内原さんはゲラゲラ笑い出す。


 チクタクマンもそれを見て毒気を抜かれたのか溜息をつく。


 俺はひとまずチクタクマンを窘めるところから始めることにした。


「チクタクマン、お前が好き放題叫んでた間も内原さんは一々日本語で答えて俺に話が分かるようにしてくれたんだぜ? ニャルラトホテプの化身だからって一々殴りかかっていたら俺達まるで迷惑なシナリオブレイカー系探索者だよ?」


「サスケ」


「ん?」


「シナリオブレイカー系探索者とはなんだ?」


「お前たちみたいな神々が出るゲームが有るんだ。ホラーゲームなんだけど、マナーの悪い参加者も多いの。そういう奴らみたいなことするのは良くない。オーケー?」


「対話を求める相手に答えないのは非紳士的行為だと言いたい訳か?」


「ザッツライト、その通り」


「私の口癖を真似ないでくれたまえ!」


 俺達のやりとりを聞いて、またもゲラゲラ笑う内原さん。本当に何をやっているのだろう俺達は……。


「すいません、お騒がせしました内原さん」


「いや、こちらこそ驚かせようとして演出が過ぎたようだ。しかし君たちもナイ神父と出会っていたとはね」


「貴方も遭ったことが?」


「うん、互いに立場が有るから相互不可侵ってことで落ち着いたけど……怖かったなあ。僕は怖がらされるのが嫌いだよ」


「相互不可侵……」


「すまないね佐助君。君の戦いの力にはなってやれなさそうで。ああ、ところで今店の地下から漂ってくる怖い気配の方も対処してくれれば助かる」


「店の地下……? アトゥかな」


 俺がそう言うと同時に床の下から金色に輝く水晶の樹が伸び、瞬く間に人の形に変身する。


「へえ、人間型でも我輩のことが分かるのね?」


 明らかに殺気を漂わせている。やはりニャルラトホテプ同士は仲が悪いのか知らないが、やる気満々って感じだ。


 いや、もしかしたらこの前のナイ神父の襲撃の時は助けに出られなかったことを、アトゥなりに気に病んでいるのかもしれない。


 だとしたら可愛い奴だ。今回は迷惑だけど。


「ニャルラトホテプの化身以外の存在については疎いけどね。僕はあくまで料理人だ。良ければだが、佐助少年に免じて君たちにも何か奢るよ?」


「あら、じゃあ我輩パフェが食べたいわ!」


 懐柔されんの早いなー?


「良いだろう。今、作ってこようじゃないか。トカゲの黒焼きパフェ魔女風だ」


「わぁ! 素敵だわ! アトゥ、あまいもの、だぁ~いすき!」


「ヘイ、アトゥ! 君はあまりにも安すぎるぞ!」


「チクタクマン、君にも天然機械油を用意しているぞ。シリコン油をベースにしてワサビノキ油と馬油を独自のバランスで配合した後、小型のショゴスを漬け込んだ特別製だ」


「――――むっ! だ、だが私は……!」


「僕は人間だが料理の神でもある。僕という人間を君がどう思おうと構わないが、僕の料理も食わずに、僕という人間を判断されてしまうと不服だな」


「……とりあえず食べてみなよチクタクマン、先に無礼を働いたのは俺達だし」


「君がそういうのであれば私も彼の誘いに乗るのにやぶさかではないが……」


「じゃあ決まりだ。内原さん、おねがいします!」


『任せ給え佐助君! 神相手に料理を作る機会に恵まれるなんて今日は良い日だ! こちらこそお手柔らかにお願いするよ!』


 日本語でそう叫ぶと、内原さんは嬉しそうな足取りで厨房へと向かった。


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「美味しい! このトカゲの黒焼きの風味がパフェの味わいを引き立ててるわ! おかわり!」


「これはサービス、もっと食べたいならまたお店に来てください。」


「仕方ないわねえ! 神に供物を受け取りに出向けというのね!」


「お代も忘れないで下さいね。神様でもお客様ですので。ちなみに佐助少年の血を一滴垂らすと、そう、一滴だけ垂らすともっとお好みの味になるかと」


「サスケちゃん!!!!!!!!!!!」


「やめて。ていうか俺まだサイボーグの身体だから。出せないから」


「はぁい……」


「どうだい佐助君? 美味しい料理ってのは凄いだろう? これが僕の唯一にして最高の魔法だ。何処であろうと食材ある限り僕は神だ」


「全く勘弁して下さいよもう」


 内原さんはお茶目のつもりなのかニコニコ笑っている。


「怖いなあ……チクタクマン、どうなのお前の方は?」


「ふむ、機械の私だが五臓六腑に染み渡るという言葉の意味がよく分かる!」


「それは重畳。神はまだしも、機械相手に料理をつくるのは初めてでしたが、僕の腕は証明できたみたいですね」


「トミオ=ナイハラ! 君は素晴らしい料理人だ!」


「トニオと呼んでください」


「ソーリー、トニオ!」


 富夫さんの料理は恐ろしい。邪神二柱が即落ちであった。


 内原さんの料理を食べた二柱の邪神からは敵対心の三文字が抜け落ちていた。


 異世界グルメものの主人公のような活躍だ。流石に料理の神を名乗るだけはある。


 ちなみに俺も冷やしショゴス飴を頂いている。美味しい。とろみと甘さと生姜のフレーバーでSAN値がどんどん下がっていきそうな味だ。うますぎる。この人に敵対されていたら俺達一行は間違いなく詰んでいた。恐るべし、料理人。


「真面目な話をすると、僕がこうして佐助君に正体を明かしたのには理由があるんだ」


「なんです?」


「これは僕が他の化身から聞いた話なんだが……うん。唐突だが君はテート島という場所を知っているかい?」


 聞き覚えが有る。今度の依頼の目的地だ。第四世代量産型の研究を行っている場所だけど……。


「帝都?」


「ああ、その帝都だ。僕達の知る日本とは異なる日本から都市と軍港がまるごと転移してきた脅威の都市、夢見人の互助会が力を持ち始めたのも彼らの出現以降だしね」


「軍港……それじゃあ……」


「そうだね、テート島は単独の島でありながら他の諸島による連合や人類軍のような巨大な武力を持っている」


 そこに第四世代量産型が加わるのか。もしも邪神の脅威が無くなったら真っ先に危険視されそうな島だ。


「……俺達の行動についてはどこまでご存知なんです?」


「どういうことだい?」


「いえ、その……俺の試みはテートの軍拡に手を貸してしまうものです。邪神と人間の戦争を終わらせたところで、今度は邪神同士、人間同士の戦争が起きると危惧しているんですよね? 俺も正直、危険だと思います。だけどこのままじゃ何も変わらない。いや、何時か本当に人間が追いつめられて……」


「ストップ」


 内原さんは俺の口の前に人差し指を出す。


「君が考えていることは推測できる。でも下手に口に出してはいけない。何処で誰が聞いているか分からないからね。人間の盗聴は対策できても、神々の耳は騙せない」


「はい……すいません」


「君が最悪の可能性を踏まえて動いているなら構わないんだ」


「ええ、勿論です」


「じゃあそんな君に一つアドヴァイスをしよう」


「なんです?」


「テートに居るギルドNo.3 “アマデウス” という湖猫に気をつけてくれ。彼はギルドから派遣された男だが、テートの政府はおろか何がしかの邪神と繋がっている節が有る。僕はクトゥルフじゃないかと睨んでいるが……所詮は僕も人間だ。分からない」


「何から何までありがとうございます」


「構うことはない。僕もニャルラトホテプの中では穏健派だから、手伝うのは当たり前さ。それでも感謝してくれるなら……そうだね。今度生まれる僕の子供が生きている時代は、長き歴史の中でも非常に稀な平和の時代であって欲しい。それだけだ」


「子供が……!?」


 ニャルラトホテプ、と言っても人間の化身ならばそういうこともあるのか。


 だとしても聞いただけじゃ信じられない。


 信じられないが……今のところ一番自然な俺達への肩入れする理由だ。


「ふふ、驚いたかな? 妻に似て可愛い女の子と、僕と同じ天性の舌と鼻を授かった男の子、双子なんだよ。彼らには平和な時代を生きて欲しい。君のような少年にこんなことを頼むのは心苦しいが……どうか頼むよ」


「は、はい、出来る限り頑張ります!」


 ああ、やはりこの世界からは帰れそうにない。帰る機会を失くしてしまった。


 もう、託されたものがあまりに大きすぎる。


 そう思っていた時、エクサスジャケットについた大きなポケットの中の連絡端末がぶるぶると揺れる。ナミハナからのメールだ。


「あいつらか……」


「おっと、もう彼女さんがしびれを切らしてしまったか。また遊びに来てくれよ、メアド渡しておくからその時には連絡もね」


「あっはい」


「ところで君、漫画雑誌はホップ派? チューズデー派? それともマーガリン?」


「漫画家志望だったので全部買ってますけど、一番好きな作品は少年スペードに載ってます」


「じゃあ大丈夫だな。実はホップに載ってたフィッシャー×フィッシャーが大好きでさ。もうそろそろ最終回だったりしない?」


 俺は首を左右に振る。先程まで格好良かった内原さんがひどく哀れな生き物に見えた。


 何故ならフィッシャー×フィッシャーは……。


「休載続きで今やっと第三部突入です」


「…………」


「……あっ、主人公の師匠死にました」


「……えっ、ええっ? それは……帰りてえなあ元の世界」


「分かります……」


 俺達は乾いた笑みを浮かべながら互いの境遇を慰め合い、そして別れたのであった。


 なんだか、今更だけど疲れちゃったな。


********************************************


 内原と分かれた佐助はナミハナに呼ばれるままホテルに到着した。


 だが異世界に来てからの精神的負荷を自覚してしまったせいか、様子が少しおかしい。


 心配したナミハナは彼に少し休むように勧め、佐助は休憩がてらに自分の気持ちを整理する為に今までの戦いを語り始める。

 

 次回、斬魔機皇ケイオスハウル第三十話前編「これまでの斬魔機皇ケイオスハウル!は如何なる理由にて語られるか」


 邪神機譚、総集編!

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